テーマ 『身代わり』
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「もう知らないわ!」
女が駆けだす。髪をぐちゃぐちゃにしてまで。
気にするそぶりを見せないのは、それだけ必死だということだろう。
しかし、家を出たところで何者かに腕を掴まれてしまった。
「おい、待てよ。俺たち、夫婦だろ?」
そう言うと、いきなり男は女にキスをする。
浅いキスだったが、女は驚愕して体を硬直させる。
顔を赤らめ、力が抜けたようにへなへなと座り込んだ。
「そんなことされたら、別れられるわけ、ないじゃない……」
女と男はそのまま寄り添い、家へと帰っていった。
その一部始終を見ていた住民たちは、口々に意見を述べた。
「ありゃあ、相当仲睦まじい夫婦だろうな」
「ケンカしちゃったら、まあ、ああなるわよねぇ」
しばらくざわめきは続いたが、やがてみんな「結局仲直りしたし、いっか」と考え、住民たちは散り散りになって去っていった。
人がそうやってまばらになるころ、ある一人の女が、建物の陰に潜んでいた。
「アイツら……、早くしてくれないと、私が危険になるじゃない」
あんな演技でだまされないわ……、と小声で言うと、女はすぐに身をひるがえしてどこかに去った。
その数か月後、国の衛兵がこの小さな町にやってきた。
完全武装した衛兵は、ある一枚の紙を持っている。
そしてそれを読みながら、住民に問うて回るのだ。
「このセレスティーナ・アンドロイドを知らぬか?」
彼女は貴族を次々に殺し、財宝をかすめ取ってゆく悪党だった。
住宅を捜索したところ、そこには別人が住んでおり、すでにその女はいない。という話を聞いた。
逃げたとみて間違いない、と衛兵たちは思った。
あの騒動の時、建物から真っ青な顔をしてみていた女。
「このセレスティーナ・アンドロイド。衛兵なんて、まいてやるわ!」
真犯人は、ただただ、闇夜をかけ、追手から逃げるのだった。