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神殿にて

 神官たちに先導され、神殿になだれこむ様に逃げ入ると、時刻は既に夕刻になっていた。

 夕餉の支度をする下級巫女や下級神官の脇を抜けて、神官用の個室を貸り、神官長に二人の部屋と着替えを準備する様に指示し、人払いをする。

 エドガーとオスカーを個室の寝台に座らせ休ませる。二人とも、神官長を訝しんでいたが、私が大丈夫だと言うと、渋々納得してくれた。


「僕達を助けてくれてありがとう。僕はエドガー・カーライル・シェラード。弟はオスカー・ルイ・シェラードです」


 エドガーが丁寧に挨拶をする。腰まである結った長い黒髪に陶磁器のような肌、漆黒の瞳は前世のカーライルと変わらないが、前世よりも少し細い体躯で、端正な顔にはまだあどけなさが残っている。オスカーと呼ばれたシヴァは背が高くエドガーと同じ黒髪で、そう体格も変わらないが、後ろ髪は短く前髪は目にかかる程長くて、一見表情が読めない。


「私はリリーよ。私の方こそ助けられたわ」


 光魔法で、二人の鞭打たれた傷を確認し癒していく。服が用意出来るまで、私が血まみれの二人の服に浄化魔法をかけると、あっという間に血の一滴も残さず綺麗になる。

 オスカーに浄化魔法をかけ終えると彼が口を開いた。 


「聖女サマは、貴族ではないのですか?」


 無遠慮に聞いてきた怜悧な目が一瞬ちらりと見える。


「オスカー! 弟が失礼しました。この国の神殿に帰属される方々は、姓と始めの名を神に捧げる決まりになっているんだ。聖女様も……?」


 私は首を振った。私には地位など無いし、必要ない。


「いいえ、私は家名などない、只の平民よ。それに聖女じゃないわ」


(私が持っている力は、カーライルが与えてくれたもので、私の真の力ではないわ)


 聖女と名乗るのは他の人を騙しているようで気が引ける。


「俺と兄さんも、ここにいれば名前を取られるのか。兄さんがカーライルで、俺がルイになるのか……嫌だな」


 私はオスカーという名で呼ばれるシヴァに違和感を感じながら、前世のカーライルが神殿に帰属していた事を知る。


(彼らは私が来なかったら、神殿に保護されると同時に帰属したのね。そしてそのまま殺されなかったという事は、神殿で癒しを受けた彼らは研究所長と神官長に打ち勝った。つまり、保護された後に能力の覚醒があった……ということは、私のした事は無意味だったのかもしれないわ……)


 前世、魔物の森に捨てられていた私を助けてくれたシヴァは私と同い年だった。神殿で能力が覚醒した後、そこを脱出してすぐに魅了使いを探していたとしたら、前世私たちが出会った時期と重なる。


(私がしている事は、過去を無駄にかき回しているのではないかしら……)


 嫌な汗が背中を伝う。これ以上過去を変えたら一体どうなってしまうのか。


「必ずしも、神殿に帰属する必要はないわ……貴方達は今、神殿の保護下にあるだけだもの」


 無意識に彼らが生きやすいようにと思ってしまう。オスカーは眉間に皺を寄せる。


「俺は、神殿になど入らない。兄さんと俺を傷つけた、叔父も、研究所も……こんな世界全て壊してやりたい。全て無くなってしまえばいいんだ」

「オスカー……君には誰も恨んでほしくない。君は自分の幸せだけを考えるんだ」


 エドガーがたしなめるように肩に置いた手を、オスカーは振り払う。切なそうに兄を見つめる視線からは思慕が伺えるが、皮肉げな声には悲痛さがこもっている。


「幸せ……へぇ、幸せねぇ。兄さん……あんな目に遭って、幸せなんて考えられるの? ……俺には無理だな。聖女サマは? 君も酷い目に遭ったんだろう?」

「私は聖女じゃないわ。私は……どちらの言う事もわかるわ。怨んでしまう気持ちも、怨んでばかりでは何の意味もない事も……」


 私は四肢を()がれた時、この世の全てを呪った。憎んで、怨んだ。助けを呼んでも、誰も来ない絶望を私は知っている。


「君は、僕の目を完全回復で癒してくれた……君は、本当に聖女ではないの?」


 エドガーが不思議そうに聞く。彼の怜悧な目には優しさがあり、純粋な眼差しが私を見つめる。


「……私は、聖女じゃないわ……」

「君は……どうして研究所に来る事になったの?」


 彼の問いかけにどこまで答えていいのか考えを巡らすが、考慮する意味を別の事のせいだと受け取られた。


「……すまない。話したくなければいいんだ」


 私を気遣ってくれる様子が嬉しい。過去に干渉し過ぎない範囲でなんとか彼らを手助けできないだろうか……


「私……親に……人をゴミみたいに扱う伯爵のところに売られて……そこで癒しを施していたら……神殿に連れて来られて……研究所に実験体を癒しに行けと言われたの……」


 魅了と洗脳、逆行の事は伏せて大まかに言う。


「神官長は、僕らを匿ってくれたけど……あれは彼の演技? 本当は、研究所から連れ出した僕らに何かするんじゃ……」


 私は首を振った。


「いいえ。私は彼に、隷属の首飾りをかけたわ。私に贈られた物を、逆につけてやったの。だから、今のところは大丈夫だと思う……」


 丁度、二人の神官用の祭服を持って部屋に入って来たハンスの首元を引っ張り、首飾りを見せる。神官長は(ひざまず)く。

 一瞬、オスカーが瞠目したのに私は気づかなかった。


「本当に隷属しているんだね……君は、一体何者なの? ただの女の子が、ここまで出来るわけないよね……」


 エドガーは前世と同じように問いかけてくる。前世は他者の意志で、今世は自分の意志で話すことができない。


(全てを話せば、完全に過去を変える事になるわ……)


「話してくれないか……?」


 私は首を振った。何て説明したらいいのか、私にはわからない。説明するよりも、もっと考えなければいけない重大な事がある気がする。


「ごめんなさい……今は、話せないわ」

「そう……でも、いつか話してくれる?」

「……ええ。それよりも、カーライル。貴方、能力が引き出されたの?」


 優しく微笑んで引き下がってくれたエドガーに甘え、私は無理に話題を変える。


「自分でもよくわからないが……君が吹き飛ばされるのを見たら、急に力が湧いてきて、力の使い方も自然とわかったんだ……」


 エドガーは戸惑ったように顔を赤らめて言う。


「貴方の能力は、国宝の魔道具をいとも容易く壊したわ。凄まじい魔力だったわ……」


 (私の洗脳魅了でも壊せなかった物を、エドガーは壊した……本気のエドガーとオスカーには今の私でも敵わないのね)


 二人の力を使ったら、国の乗っ取りなどあっさりとできてしまうだろう。強大な力を得た彼らは一方は研究者として生き、一方は残虐な皇帝になった。今世での彼らはどういった道を選ぶのか……


「君のお陰だよ。だけど……僕は、人を殺めてしまった……」


 エドガーの組んだ手も、声も、微かに震えている。後になって恐怖を実感する事は前世でもよくあった。

 私は彼の両手を自分の手で包み込む。


「それは、仕方なかった事だわ。あそこで殺さなければ、私達は体内から魔核を取られて死んでいたわ……私を助ける為にしてくれた罪は、私も背負うわ」


 私の体温が伝わったのか、エドガーの震えが徐々に収まってくる。彼は無垢な幼子のように美しい瞳で私を見つめている。


「へぇ、そういう事ね……」


 静かに私とエドガーを見ていたオスカーの言葉が響き、私は我に返った。

 服を着替えて、と言って私は部屋を出て行き、廊下の壁にもたれかかる。

 怒涛の一日の疲れとは別の、不安の入り混じった気持ちがこみ上げてくる。


(私は正しい事をしたはずなのに……なんでこんな気持ちになるの……)


 私は、歴史を変えた。


 過去の彼を救い、自分と、大勢の子ども達も救った……


 だけど、とてつもない間違いを犯しているような気がして、私の胸は重く沈んでいた。



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