表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/19

邂逅


一部、残酷な描写がありますので、苦手な方はご遠慮ください。

 伯爵邸で子供達を癒した後、私は弟に家督を譲った伯爵が、伯爵領の中にある魔物の森に悪行を尽くした家令達と分け入って行くのを見守った。前世、四肢の無い子ども達を森に捨て、魔物の餌にして遺体を処理し、その声を聞いて愉しんでいたのだから、自分達にもそうなってもらう。


 まだ夜明け前の暗い魔物の森に、伯爵と家令達の断末魔が響くと、私は伯爵家へと引き返した。

  悪人といえども、人を殺した事は陰鬱な気分になる。だけど、誰かがしなければ伯爵はこのまま子どもを殺し続けただろう。


(誰かが泥を被らなければいけないのなら、私がその役を引き受けるわ……)


 前世からずっと憎まれ役をしていたのだ。他の人には無理でも、私になら耐えられる。


 私はそう決意すると伯爵邸へと戻った。伯爵の弟に家督を継がせるのに、王家へ連絡し、返事が来るのにとても時間がかかってしまった。季節はすっかり秋に変わっていた。

 牢から出た子ども達で伯爵邸はごった返していた。大広間を解放させ、毛布や食事をメイドに用意させ、私は子ども達を癒し続ける。


(身体的に回復しても、心まではそうはいかないわ……)


 悪夢にうなされ、涙を流す子ども達を私は抱きしめて世話してやる。すがりつく幼女の背に手を当て、カーライルがくれた光魔法で優しく撫でてやると、女の子は安心して眠りについた。

 売られて来た子供は帰る場所もなく、攫われて来た子供は、自分の家がどこだかわからなかった。

 私は新しい家令とメイド達に魅了をかけ、彼らの保護と、家族の捜索に努めた。


(こうしている間にも、シヴァが魅了使いの私を狙って来るかもしれない……)


 私はその現実に恐怖する。彼に見つかって洗脳を施されたら、カーライルの魔力があっても抗えるのかわからない。シヴァの襲来に怯えながらも子ども達を見捨てられず過ごすうちに、私は聖女と呼ばれるようになっていた。


「聖女様、聖女様に来客です」


 王都から呼び戻したトラウド伯爵の弟ローレンス・トラウドは、すっかり私を聖女だと思っていた。細身の体と鳶色の髪に口髭をたくわえた伯爵の弟には、残虐な兄とは全く違う穏やかさがあった。

 実際に人となりを見て、この人に家督を継がせてよかったと思う。

 新伯爵が差し出す最高級のドレスを押し返し、私は簡素な白いワンピースを着ていた。私は貴族ではないから最高級のものを身につける必要はないし、自分の力で生きていきたい。


「私は聖女じゃないわ」


 新伯爵はかぶりを振る。


「何を仰いますか。貴女様は、聖なる言葉であの悪夢を改心させ、家督を返上させ、子供達を解放し救出した。これを聖女と言わず何と言いましょう」


 ローレンスは子どもたちにも私にも良くしてはくれるが、聖女扱いされ心酔されるのも居心地が悪かった。


「さぁ? 盛大な勘違いじゃないの? 私は聖なる言葉なんか使えないわ。あんたの兄が勝手に改心して自滅したんだわ。ところで、来客って……?」


 私はわざとツンケンして受け答えするが、12歳の女の子の外見で拗ねても、それすら微笑ましく見られてしまう。ローレンスは困った様に笑いながら言う。


「神殿の神官長です。貴女様が聖女だという事が伝わって来たと思われます。お会いになりますか?」


 面倒臭いと思いながらも、神官長を追い返すのは伯爵になったばかりでは難しいだろう。それに、保護した子ども達を、いつまでも心の傷の残る伯爵邸には居させたくない。神殿と上手く交渉できれば、子ども達を新たに保護してもらえるかもしれない。


「……ええ」


 応接室に通されると、神官長はにこやかに挨拶する。長い神官服の上からでも彼が肥えているのがわかる。脂ぎった髪、濁った瞳と嫌らしい表情から、なんとなく前伯爵と同じ種類の人物だと感じる。神官長は神経質そうに片眉を吊り上げると仰々しく挨拶した。


「貴女が聖女様ですか? これはお可愛いらしい。私は神官長のハンス・イーザックと申します。以後、お見知り置きを」

「私はリリーよ。姓はないわ」


 私の前世の姓は、魅了魔法を使って養子に入った男爵家のものだ。私が姓を名乗らないと、神官長はあからさまに気落ちし、差し出してきた手を引っ込めた。


「聖女様が貴族出身でないのは残念ですが、それはそれ。神殿は貴女様を保護致します」


 神に仕える者は、この国では、始めの名と家名を捨てる事になっていた。しかし、貴族出身を鼻にかける者は、これを良しとせず自らの貴族姓を名乗り、その権力を利用し続けた。神官長からも尊大さが見え隠れする。


 (神官長ともあろう者がこれなんて……)


 私はわざと鼻で笑い、神官長を怒らせようとする。


「保護? 保護という名の監禁じゃないの? あんた達は私をどうするつもりなのよ。ここにいる子達を全て保護しないのなら、私は行かないわ」

「聖女様がそう仰るのなら、もちろん保護いたします。私どもは、傷ついた人々を癒す事に日々努めています。聖女様にはぜひ、その筆頭になっていただきたいのです」


 神官長はにやっと嫌な笑みを浮かべる。私がぞんざいな態度で言っても、下手に出る様子を崩さない事から、かなりの事を私に求めているのがわかる。


「筆頭になんてならないわ。それに、私、追われてるの。ずっと同じ場所にはいられないわ」


 シヴァがいつ私を迎えに来るのか、私は気が気でない。


「それは好都合です、聖女様! 神殿では探索魔法は使えませんので、聖女様は私どものもとで安心してお過ごし頂けます」


 神官長の表情が人好きのするようなものに変わるが、前世で散々利用されてきたから私はコイツもその類いだとわかる。だけど、私には洗脳魅了がある。何かあったら逃げ出せばいいだけだ。


「わかったわ。私達を神殿に連れて行きなさい」


 神官長は恭しく礼をすると、私と子ども達を馬車に乗せた。馬車が足りないので、伯爵家の馬車を何台も使い、新伯爵に別れを告げ私達は神殿へと向かった。

 私はこれから神殿のいい客寄せになるのだろう。利用されるなら、利用し返してやればいい。

 神官長に悟られないように神殿の従僕達に魅了をかけておく。これで何かあったら周囲の人間が私たちを逃がしてくれる。


 ルフアンから荷馬車で伯爵家に来た時と違い、舗装された道を快適な馬車で走るのは楽だった。秋の日差しは眩しくて活気づいた王都はにぎわっている。

 途中、何度も休憩をはさみながらようやく神殿にたどり着く。

 白亜の荘厳な建物は、癒しを求める一般人が列をつくっている。


 神殿に着くと、私達は巫女が使う湯殿に通される。湯あみをし、清潔な巫女服に着替えさせられた。巫女の衣装は真っ白でそでと裾の布地が長くゆったりとしていて、腰の部分を青い帯で締められていた。


(平民の私には立派すぎるわ……)


 伯爵家に来るまではドレスどころか平民服さえまともに着られなかった自分に、宝石を染料に使っている瑠璃色の帯と絹でできた巫女衣装は不自然に感じる。

 私の髪を綺麗に揃えてくれる侍女達にも念のため魅了をかけておく。逃げ道は多くあるほどいい。

 湯殿から神官室に戻ると、神官長が待ち構えていた。


「こちらは、私からの贈り物でございます」


 神官長は高価そうな布に置かれた首飾りを差し出す。一見すると、ただの宝飾品だが、隷属の首飾りである事は前世を通じてよく知っている。やっと手の内を明かしてくれたと、私はにやりとする。

 神官長が恭しく礼をする一瞬で、私は周囲の神官や侍従三人に魅了をかけ神官長へと向き直る。顔を上げた神官長は周囲の変化に気付かない。


「ハンス、その首飾りをつけて私に服従しなさい」


 私は魅了を最大にして使う。


 ハンス神官長はニヤニヤ笑いをやめ、虚ろな目になり、首飾りを服の下に身に着け、叩頭(ぬかず)く。


「何なりとお言いつけ下さい。聖女様」


 周囲の人間は、私が首飾りを身につけなかった時押さえつける為にいたのだろう。洗脳魅了があっても、抗えられなかったかも知れない。前世、他国の王宮に入り込む為、貴族社会の裏の裏まで見て来たから一瞬でこれが恐ろしい魔道具であるとわかったが、一つ間違えば私が平伏していただろう。


「ハンス、貴方は私に何をさせようとしているの?」


 神官長は語り出す。


「はい、私どもは、貴女様を利用し、上位貴族にのみ癒しを行わせ、多額の金銭を得ようとしておりました……」

「それと?」

「そして、私どもは聖女様を王立魔法研究所に預け、実験に協力させるつもりでした」

「実験? 私を人体実験に使うの?」

「それもありますが、研究所で今、人体実験中の人間を聖女様に癒して頂いて、何度でも繰り返し痛みを与え、その人間の潜在能力を引き出させようとしておりました。実験体の能力を引き出した後で、聖女様の体内から魔核を取り出し、完全回復(パーフェクトヒール)の研究に役立てようと私と研究所長で決定致しました」


 魔法を使える人間や魔物の胸の中心部には魔核といわれる魔力の塊の石が存在する。高魔力保持者ほど大きな魔核を持ち、こうして悪人に狙われる事も多いので、法律では魔物以外の魔核の取引は禁止されていた。


「何て馬鹿な事をしているの。裏ではこんな事をしていたなんて信じられないわ。この国の神官と研究所、それに責任者の王はどうなっているのよ」


 前世では人体実験や拷問は基本的に禁止されていた。私が拷問されたのが、前世のルドルフ王の時代で初めてだったと聞いている。憤慨する私をよそに神官長は話し続ける。


「現王の御代においては、他国に対抗する為、人体実験は必要なものとみなされています。王太子殿下は反対の様で、人道的にすべきだと仰っていますが……」


 現王太子は、前世の私が魅了した王子の父、ルドルフ王の事だ。


「私を、研究所に連れて行きなさい。その人達も助け出して、神殿に匿うわよ」


 (赦せないわ……)


 私も前世で操られていたとはいえ、沢山の人々の死に関わった。だからこそ、人をゴミの様に扱う者達を赦す事はできない。


 私は研究所へと向かった。


 ***


 研究所は神殿からさほど離れていない西側にあった。石畳の道を神官長と魅了をかけた神官たちと一緒に馬車に乗る。走って駆けつけたいが、いつも歩く事をしないらしい貴族出身の神官長が怪しまれるといけない。研究所の前で息を整える。

 研究所は神殿よりシンプルな白亜の建物だった。


(ここで人体実験が行われているのね……)


 前世のあの人は、一体どんな気持ちで私に拷問を施したのか……


 研究所の玄関に到着した私たちを体格のいい40歳くらいの男が出迎える。灰色の髪を後ろに撫でつけ、同じ色の目は吊り上がり、どこか蛇を連想させる。


「研究所所長のアロンザと申します。聖女殿」


「私はリリーと申します。実験体を癒しに来ました」


 あらかじめ神官長には「いつもと同じ様子をするように」と言って、私は従順な聖女を演じる。


「実験体ではありません。あくまでも()()()なのですよ、聖女殿」

「失礼致しました」


 馬鹿にしたように鼻を鳴らすアロンザに、私は淑やかに答える。従順にする事で、私の服の下に隷属の首飾りがかかっていると思ったであろう、嫌な笑みを浮かべる。


 アロンザに通され向かった場所は、重厚な鉄の扉に閉ざされていた。


「神官長とお付きの方々は外でお待ちください。聖女殿は私と……」

「はい……」


 重い扉の先は伯爵邸の大部屋くらいの広さだった。高い天井から鎖が垂れ下がり、その先に両手に鉄の枷をはめられ吊るされた長い黒髪を一つにまとめた少年がいる。

 少年の衣服は鞭打たれ裂け、目を抉られぐったりしている。体は血にまみれ、一刻も早い手当を必要としていた。

 その近くの拷問台では別の少年が台に括り付けられ、叫んでいる。前世で出会った時と何一つ変わらないその顔は涙に濡れていた。


 私は唖然として、声を出すことができなかった。


 少年時代の、カーライルとシヴァだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ