時を遡る魔道具
拷問室を出ると、洗脳は自白魔法を使ったという事にしてカーライル様は王家と公爵家に私の事を報告した。
カーライル様は洗脳魔法持ちだという事を公にはしていない。知っているのは一部の人間だけらしい。
知られれば、私の様に必ず利用されるだろう。
カーライル様は自ら私を抱いて研究所の個室へと運んでくれる。広い研究所の廊下では不思議と誰ともすれ違う事はなかった。『君の姿を誰にも見せたくないから、巡り合わない魔法をかけているんだよ』とカーライル様は教えてくださった。
私を私室のベッドに寝かせて、脈をとったり水を飲ませたりと、カーライル様は何かと世話をしてくださり、私は申し訳ない気持ちになる。
カーライル様からの洗脳の後、私は目に見えて衰弱していった。
カーライル様が『無理をするな』と言ったから。私の体には、これまで無理してかけてきた魅了魔法の反動が出ている。
何日かカーライル様に献身的にお世話して頂いて、その度に涙が流れた。
ある日、青ざめ、息も絶え絶えな私をカーライル様は再び優しく抱き上げると、研究所の白い回廊を音もなく歩き出した。
春の日差しが暖かい午后だった。木々や花のやわらかな香りが風に乗って心地よく頬を撫でる。
いつの間にか研究所の中庭にカーライル様と私はいた。
「君は、人体実験が終わると、処刑されてしまう運命だ」
カーライル様は静かな、悲しみに満ちた声で私に語りかける。彼の声は不思議と私を安心させた。
「しかし、このままでは、処刑される前に死ぬだろう」
私は、カーライル様の腕の中なら、それもいいと思える。考えていたよりも穏やかな死を迎える事ができそうで、安らかで嬉しい気持ちになる。
「だから、君の精神を、過去の一つに飛ばす」
私の体はもう限界に近く、半分朦朧とした意識の中で彼の声を聞いていた。
魔法研究所の中庭に、それは置いてある。一見すると、何処の庭にでもある、白い木で出来た揺れ長椅子だが、人を横たえ前後に揺らすと、乗っている人物の精神は過去へ遡る事ができる。時を遡る事は、魔法界では禁忌とされている。
だから、この魔道具の存在はカーライル様しか知らず、他の職員には「座るな」とだけ言ってあるそうだ。
カーライル様が開発した禁忌の魔道具に、私を横たえ彼は傍らに跪く。
「君の人生は、いつも誰かのものだった……」
「しかし、本当は他の誰のものでもなく、君の為にある」
カーライル様が優しく髪を撫でてくれると、私はくすぐったい気持ちになる。
「君は、僕に生きる喜びを教えてくれた……今度は君が、それを知る番だ。僕はこのまま、君を死なせたりはしない」
カーライル様は私の手を握って優しく言う。
「僕は、君の内臓の色まで好きだよ」
カーライル様は私に口付けし、自分の全ての魔力を譲渡する。その途端に私の体内にこれまでにないほど魔力が満ちていくのがわかる。
「来世では、洗脳なんかじゃなく、本当に僕を好きになって……」
カーライル様の手の力が強くなる。胸が締め付けられるような声がする。
「……来世の僕にも……君を、好きにならせてくれ……」
「僕は、この世界の何処かに君がいるだけで、生きていけるから……」
カーライル様は懇願するような目をして言い、私を横たえた長椅子を、そっと揺らした。
「君の人生を、自分のものにしておいで」
カーライル様が何か言うのが聞こえる。
私は、それに応える前に深い眠りに落ちて行った。