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カーライル

 

 一目見た時から、好きになっていた。


 普段、王立魔法研究所から滅多に外に出ないカーライルだが、魔法学園卒業式当日、第二王子ヴィンセントからの調査依頼を受けて卒業式へ自身に認識阻害(めくらまし)をかけ出席していた。ようやく春になりかけた、この忙しい時期の調査依頼にカーライルは最初煩わしさを覚えた。

 手掛けていた仕事を素早く終わらせると、研究所を出て王城に向かう。神殿の神官長すら、城門をくぐるのに身分証の呈示を求められるのに対し、顔を見せるだけで城門をくぐる事が出来るのは研究所所長の自分だけである。

 城門ならず王都そのものの結界などの防御システムを作り替え、管理しているのがカーライルだからこそなのだが、あまり知られていない事だ。

 城門を抜け左手を一振りすると、黒いフロックコートの下の研究服は燕尾服に変わり城門の中からそのまま北の魔法学園へと向かう。転移魔法を使ってもいいが、使える者がほとんどいないので、誰かに見られると問題があった。

 王太子殿下が魅了魔法をかけられているのではないかとのヴィンセント王子の見立てに最初カーライルは困惑した。

 龍の血をひいている王族は、強力な洗脳魔法でもない限り、基本的に他者からの精神魔法にはかからない。王族に魅了魔法をかけようと思っても、カーライルが作った魔法防御の真銀の魔道具(カフリンクス)を王族は身につけている為、必ず魔法は防がれるはずである。

 研究者の白衣から着たくもない燕尾服に着替えた自分は、たいして面白くもないものを見に行くつもりだった。

 カーライルはもとは貴族だったが、研究者となった今ではその貴族社会の煩わしさを好まず、こういった場所に出て来る事もなかった。

 自身が飛び級してろくに通う事のなかった魔法学園の門をくぐり、卒業式の行われている広間に進む。むせかえるような貴族特有の香水に一瞬顔をしかめ、壁際でそっと様子を伺う。

 卒業式も終わり、隣の舞踏会場に皆が移動し、生徒達の歓談とダンスの時間が始まる。卒業式の感動的な雰囲気が浮足立ったものに変わる。

 誘ってほしそうにチラチラとカーライルを見る令嬢達に嫌気が差し、早々に認識阻害の魔法を自身にかける。こうしておけば誰からも咎められる事もない。

 そこに先に卒業証書を授与され控室へと下がっていた王太子殿下が女性を伴って戻ってきた事で、会場の空気は一瞬ざわめく。

 カーライルは王太子と女性に目を向ける。


 リリー・モリス男爵令嬢を見た時、カーライルの息が止まる。


 淡紅色のふわりとした肩口までの髪、小柄な体。そして時折、金色に輝く髪と同じ淡紅色の瞳。すがりつくように王太子の腕を取る様子は一見、庇護欲をそそるが見る者が見れば同時に醜悪さも感じさせる程媚びた態度だ。


 だけど、そうじゃない……それは表面上の事であって、彼女の本質は違う。



 ――――――本当の彼女は――――――



 一瞬、魅了魔法をかけられたのかと思いはっとするが、洗脳(ブレインウォッシュ)があるカーライルに、精神魔法は効かない。


 王太子は観衆の前で公爵令嬢に婚約破棄を告げる。王太子は魅了にかかっている様子だが、それに気づいているのはカーライルと、かけた本人だけである。

 王子の髪色に合わせたのであろう、黄色のドレスは彼女には似合っていなかった。自分なら髪色と同じ淡紅色のドレスか、純白のドレスを贈るのに――

 カーライルはリリーを見つめる。その公爵令嬢を見る顔からは、憎しみが伺える。カーライルは探索魔法で自身が作ったカフリンクスの無残な破片を見つけ、手に取る。

 通常の魅了魔法で、カーライルの魔道具を壊す事はほぼ不可能である。


 何故こんな事をするの? 君が愛しているのは誰? 


 王太子ではない。好きな相手に廃人になる程の魅了はかけない。


 では、誰を?



 ――――――僕を好きになってほしい――――――



 カーライルは、突然湧き上がってきた自分の気持ちに戸惑う。



 ***



 王族の成人式当日。神殿での王家の儀式の間、男爵令嬢は王宮の応接室に待機し、国費を費やすことに励もうとしていた。

 応接室に燕尾服に銀縁眼鏡、白い手袋をした上背がある男がやって来る。


「シェラード宝石商の、カーライルと申します」


 男は優雅にお辞儀すると男爵令嬢の手を取り口付ける。彼女に触れ自分の胸が高鳴っている事に悦びを感じる。


「私はリリー・モリスよ♡ 今日はシェラード宝石から買えるので嬉しいわ♡ 沢山買うわね♡」


 リリーは、会って早々に魅了魔法を使ってカーライルを操作しにかかる。カーライルは魅了にかかったふりをして応接室いっぱいに高価な宝飾品を次々と並べていく。

 応接室を我が物顔で使い、馬鹿のふりをしながらリリーは換金性の高い物を中心に購入していく。この宝飾品は後にどこに流れていくのか、予想がついた。

 カーライルは、円卓にずらりと広げられた宝飾品の中からブレスレットを一つ手に取る。


「腕をお出し頂けるでしょうか? サイズを見たいので」

「ええ、いいわ」


 一見、優美なミスリルの腕輪に見えるそれは、カーライル特性の眠りの魔道具である。リリーの細い手首に腕輪がまとわりついた瞬間、カーライルは微笑み、意識を失うようにして倒れるリリーを抱き止めた。


「やっと、僕の腕の中に来たね」


 卒業式で会って以来、この時をずっと待っていた。他の誰にも触らせたくなかった。魅了にかかった王太子ですら彼女に触れるのが我慢ならなかった。成人式後、龍の血が何らかの形で現れてきたら、彼を実験という名の拷問にかけたいと思うほどに。

 彼女の顔にかかる淡紅色の髪を愛し気に耳にかけしばらく顔を見つめる。色白のまだあどけなさを残す相貌は愛らしいが、陰りがあり、人生の深さを思わせる。

 カーライルには不思議な特技があった。初めて会った相手でも、その人となりから送ってきた人生をうかがい知る事ができた。

 この娘ほど純粋に生きてきた者も珍しい。自分は彼女の魂の純粋さに強く惹かれ、この娘を欲している――


「これからは、ずっと一緒だよ」


 カーライルは愛しい少女を抱き上げ、研究所へと連れて行った。


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