自供
カーライル様が私の頭に手をかざしていたのはどのくらいの時間だったろうか。決して長い時間ではない。
拷問官の長掛服は拷問にかけられ死を迎える者を弔う為のものでもある。背の高い黒炭のような色の艶やかな髪を一つにまとめた死神は優しく私の拘束を解いてくれる。
「リリー、君の事を詳しく教えてくれるかい?」
カーライル様が私の椅子の横に寄り添うように立ってくれたので、とても嬉しくなる。シヴァ皇帝は私を洗脳し利用しても、私に優しくする事はなかった。だけど、カーライル様からは一つ一つの動作にいたわりを感じる。
「はい……私は帝国の北の、貧しい農村で生まれました」
カーライル様の大きな温かい手が、新たに洗脳をかけられた私の肩にかけられ、私は生い立ちから現在までを話し出した。
私の生い立ちは恵まれたものではなかったから、12歳からの自分の境遇を思い出すと、時折言葉に詰まってしまう。
言い淀む私の頭をカーライル様の手が優しく撫で、思わず顔を上げると、漆黒の慈愛のこもった瞳が真銀縁の眼鏡を通して私を見つめている。その瞳に勇気をもらい、私は今までの事を全て話終えた。
私が話し終えると、カーライル様は目を閉じる。
「……あまりに、悲惨な過去だ。君の人生は、一体何だったのだろう……」
心から私を思いやってくださる慈愛に満ちた声に感動を覚える。
「私の人生は、貴方の為にあります。カーライル様」
私はカーライル様を見つめる。死神のような装束でも、カーライル様の見姿はとても素敵で、自分が急に貧相な人間になったような気がして、私は恥ずかしくなった。
平民出身で男爵家に魅了魔法を使って養子に入った私は礼儀作法もおざなりで、幼少の頃から伸びると両親に髪を切られて売られてしまったので貴族令嬢が自慢とする長い髪もない。両親と離れてからは伸びた髪に慣れず、肩口で切り売りして得たお金を孤児院に寄付していた。
王太子を魅了してからはいい生活をさせてはもらったが、私が得たものは全てシヴァ皇帝に送られ帝国の軍事資金となり、私が得たものは何も無いに等しい。
だけど、もうその狂おしいほどの洗脳も解け、私は新たにカーライル様に心酔している。
シヴァ皇帝が得たいと願った公爵令嬢への、胸が掻きむしられるほどの嫉妬ももう感じない。むしろ、追放してしまってすまなく思う。自分がこれまでやってきた事の罪の重さを思い知る。死んで今まで迷惑をかけた人々に償いたいと心から思った。
「リリー、君は、王族に害をなした罪で人体実験後処刑される。しかし、君はリミッターを外された事によって、能力以上の魅了魔法をこれまで無理して使ってきた……君は、処刑されなくても、あと数日で死ぬだろう」
カーライル様は冷静な、だけど苦痛を堪えている様な声で言った。何故、一人の手駒に過ぎない私の行く末にこんな表情をされるのかわからなくて、不思議な気持ちになる。
「そうですか。わかりました」
私は人形のように話す。悲しみに満ちている私の人生がようやく終わる。
人生が終わる事で、私はやっと安心を得られる。恐怖はない。生きている時は常に恐怖の連続だったから、死は私に安らぎを与えてくれると思っていた。
ただ、僅かに心細い気持ちがある。今の私は、カーライル様に本音を言える。
「私が死ぬ時、側にいてくれますか?」
カーライル様は、少し驚いた顔をして、ゆっくりと頷いた。
「ああ。側にいるよ」
カーライル様が、後ろから抱きしめてくれる。驚きとともに嬉しさが湧き上がってくる。記憶にある限りで、優しさを持って私を抱きしめてくれた人は誰一人いなかった。
カーライル様の温かさに包まれ、彼が死神なら何も怖くないなと思い、私は穏やかに微笑んだ。
無意味な私の人生の中で、初めて意義のある時間だった。