木漏れ日の中で
研究所の一室の寝台で、私は目覚めた。
部屋の壁の姿見を見ると、エドガーが言った通り、真っ白な寝衣を着た16歳の私になっていた。健康そのものだが筋力がほとんどない身体は、起き上がるだけで大地震に揺られたような目眩がする。
研究所の白い無機質な廊下を、壁にもたれながらやっとのことで歩く。神殿の中庭と研究所の中庭の作りは同じで、カーライルが所長になった後に大々的に作り替えたのだと気付いた。
研究所に不必要な中庭は、彼にとって唯一の憩いの場だったということが、今ならわかる。
廊下から中庭の回廊まで体を引きずるようにすすみ、回廊の角で息を整え、自身を励ます。
彼に会いたい気持ちが、私を動かしていた。
(きっと、あの場所までいけば会えるわ……)
動き慣れない体は歩く度に貧血のように目の前が暗くなる。
もう少し。
もう少し。
私はやっと、中庭の木の下に置かれた白い揺れ長椅子を見つける。
力を使い果たし、そのまま長椅子に横たわる。午后の暖かな熱をはらんだ風が木を揺らしている。ひだまりは私の冷えた体を優しく包んでくれる。
休むうちに眠ってしまったようだ。梢の揺らぐ音がして目が覚め、やわらかな木漏れ日が顔にかかった。
いつの間にか、側に背の高い男が立っている。
白いシャツにベージュ色の脚衣とシングルの襟付きベスト。ベストのボタンホールから左のポケットに懐中時計を仕舞った、こういう格好もよく似合う。少年の頃は細かったが、胸板も厚く、背が高くしなやかで、大人になった彼はとても素敵だなと思う。
慈愛に満ちた漆黒の瞳が真銀縁の眼鏡を通して私を見守っている。
沢山、話したい事があるのに、胸が苦しく涙が溢れて言葉が出てこない。
何もかもわかっているように、カーライルは微笑み、そっと頬を撫でてくれる。
「おかえり」
この声がずっと聞きたかった。
「ただいま」
私は彼の手を取り、微笑んだ。