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説明

 あれから、エドガーは一週間部屋から出てこなかった。中庭の木々は黄色く色づき、風も肌寒いものになっていた。中庭に面する回廊を通って、私は食事を部屋の前まで運ぶ。食事は少し手をつけられただけで、かなり量を残している事がほとんどだった。

 彼に合わせる顔がない。だけど、他に出来ることが何もなかった。


(なんて身勝手なのかしら……)


 彼を傷つけておきながら、また普通に口をきいてほしいと思っている自分が嫌になる。

 昼食を乗せたワゴンを部屋の前に置き、手がつけられていない朝食のワゴンを回収し立ち去ろうとすると扉が開いた。


「おはよう……」


「おはよう……あの……ごめんなさい……」


 いたたまれなくなり謝る。泣き腫らした私の目に気づいた彼が優しく微笑んだ。


「だいぶ、堪えたよ……」


 一週間目に、ようやく笑って部屋から出てきたエドガーは少し(やつ)れていた。窶れても浄化魔法で身綺麗さを保っていたのか、艶やかな黒髪は真っ白な祭服にさらりと流れ、相変わらず美しい。


「……本当にごめんなさい」


 口をきいてくれた事にほっとする。彼はくすりと笑う。


「いいんだ。心が落ち込んでいる時程、良いものが出来るって言うだろ?」

「……え?」


 促され入ったエドガーの部屋は、最初は神官用の簡素な部屋だったはずだが、いつの間にか魔術師が使う部屋のように改装されていた。

 普段あるべきベッドや鏡が取り除かれ、壁にはずらりと薬品棚が設置され、様々な魔道具がところ狭しと置かれていた。


「僕は、元々、魔道具作りが趣味で、異空間収納(インベントリ)はこういった物で溢れているんだ」


 エドガーが左手を上げると、膨大な薬品棚と魔道具は一瞬で仕舞われ、代わりに部屋の中央に見覚えのある白い揺れ長椅子(スイングチェアー)が現れる。


「これって!」


 揺れ長椅子は元の世界にあったものと寸分違わない。


「……どうにか、こうにか試行して、頑張って作った。僕って、天才じゃないか?」


 おどけて言う顔は愛情に満ちていて、前世の彼を思い出させる。


(でも、一体、何故?)


 今更ながらこの魔道具があっても、どうにもならないのではないか……

 私の胸の内に答えるようにエドガーが説明する。


「君は、君が居た未来の世界を消してしまったわけじゃないよ」

「何ですって?」


 エドガーは揺れ長椅子に手をかける。

「君が逆行する時、カーライル……ソイツは、()()の(・)()つ(・)に、君の()()を飛ばすと言ったんだ」

「待って……一体、どういう事?」

「過去・現在・未来は、一つではないという事だよ。別の世界が無数に存在する。君が今いるこの世界の歴史を変えても、元の世界の未来には何一つ影響しない。君の好きなソイツも、消えずに存在している」


 エドガーの言葉は私の時間を止めてしまう。開いている窓から秋の心地よい風が入り、白いレースのカーテンをはためかせる。


「……そ……それじゃあ……私は、元の世界に戻れるの? また、カーライルに会えるの?」


 やっと言葉を取り戻した私の、すがるような声をエドガーが肯定してくれる。


「不可能ではないよ……というか、その為に『来世の僕にも君を好きにならせてくれ』と言ったんだろう……」

「……え?」

「ソイツは、君に洗脳(ブレインウォッシュ)完全回復(パーフェクトヒール)を与える事で、過去をやり直させ、神殿が君を迎えに来るよう仕向けた。そして僕と君を会わせ、君に僕を保護させ、尚且つ君に、ソイツか僕か選ぶ権利を与えたんだ……僕が君に会ったら必ず君を好きになる事を見越して、()を(・)()に(・)()け(・)た(・)。君がソイツを選ぶ時、僕は、この魔道具を作らざるを得ないし、君が僕を選んでくれても、君は絶対に幸せになれるから……」


 エドガーはとても悔しそうな、やるせなさそうな顔をする。


「僕達は、最初から、ソイツの掌の上で踊らされていたってわけだよ」

「……そんな。もし、そうだとしても、本当にカーライルの元に帰れるの? 未来は複数あるんでしょう?」


 カーライルの思惑よりも元の世界に戻れるかを気にして焦る私にエドガーは苦笑する。


「……不可能ではないよ。僕が、この魔道具を使って、君と、君の中にあるソイツの魔力を乗せれば、君の精神は迷わず元の世界に辿り着けるはずだ。ただし……君は、君でなくなるかもしれないけれど……」

「私でなくなる?」

「元の世界の君の肉体は、おそらくもう存在しない」

「あ……」


 どうして忘れていられたのだろう? 私の肉体はボロボロだったし、あったとしても処刑されてしまったはずだ。絶望が押し寄せて来る。


「だから、君の精神は、元の世界に戻ると、全く違う他人の体……それも脳死している状態の人に入るのが通常だが……」

「通常だが……? どうしたの? 私は、どんな身体に入ってもいいわ! 男でも女でも、子供でも老人でも! また彼に会えるなら、そんな事どうだっていい‼」


 私は叫んだ。


「いや……君の思っている様な事にはならない……というか、君は全く心配する必要はない……」

「どういう事?」

「……君は、ソイツをとてもいい奴だと思っているかもしれないけれど……僕から言わせれば、何もかもが計算ずくの出来事で……全てが最初からソイツの予定調和の中にあったと考えていいと思う」

「……全く分からないわ……」


 ばつの悪そうな顔をして、すまなそうに私を見る。


「僕は、信じられない程、嫌な大人になるんだなって事だよ……今、僕の口から全て言うのは、(はばか)られるから……その時が来たら言うよ……」


 エドガーは、何処か遠い目をして言った。


「元の世界に帰れると知っていたなら、早く教えてくれればよかったのに」


 不安が取り除かれた事に安心して少し拗ねながら言うと、すまなそうに笑う。


「魔道具を作るのに時間を取られてしまったのもあるけど、ふられた側としては、未来のソイツよりも、少しでも僕の事を考えていてほしくて……君の泣き顔も見ていたかったし」


 部屋から出ないと思っていたが、どうやら毎日泣き顔を見られていたらしい。


「人が悪いわ……」

「すまない。君があまりにも可愛くてさ」


 私は恥ずかしいような、むず痒いような気分になる。


「……ところで、私が元の世界に戻ったら、この体はどうなるの?」

「君が今入っている肉体には、16歳の君の精神以外に、この世界の12歳の君の精神が入っている」

「……」

「君の精神が出入りする事で、その子は消えてしまう事はないから心配しないで。しかし、もし、君がこのままこの肉体に留まっていれば、5年から10年ほどで完璧に君と12歳のリリーの精神は融合するだろう。君が僕を選んだ時は、君がいつか死を迎え、君とリリーの融合した精神が死によって完全に分離されるまで、ソイツは待ち続けるだろうね」


(だけど、私は、その道を選ばない。この娘は、私が帰ってしまう事で錯乱するかもしれないわ……)


 思えば、胸の中に小さな温かさをいつも感じていた。これがもう一人の(リリー)だろう……


「エドガー……あの……」


 私が全て言う前に、わかっているという風に頷く。


「僕が、もう一人の君を放っておくと思う?」


 エドガーはにっこり笑った。


「大切に……とても大切にするよ」

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