拷問の刻
冒頭から残酷なスプラッタなので、苦手な方はご覧にならない様お願い致します。
ミッドランド王国、王都。上空から見ると王城を中心にして、三角形に建物が並んでいる。
三角形の頂点が王立魔法学園、向かって右側に神殿、左側に王立魔法研究所が存在した。
荘厳な神殿と王立魔法研究所は同じ白亜の建物で、歴史深い煉瓦づくりの王宮を守るように見える。
広大な王宮庭園には薔薇の蕾がふくらみ、神殿と研究所の中庭の木々の木漏れ日も心地よい。浮き立つような春の空気は甘く、ミッドランドの国民を笑顔にさせる。
しかし、その内部で何が行われているのかを知っているのは、この国で一握りしかいない。
この王立魔法研究所で、私、リリー・モリス男爵令嬢は王族に対する反逆罪で人体実験という名の拷問を受けていた。
王立魔法学園の卒業式で、私は王太子に魅了をかけ、その婚約者の公爵令嬢に無実の罪を着せ、国外追放に追い込んだ。そのせいで王太子は廃嫡され、公爵令嬢は追放後、行方不明になった。
王太子は成人式で魅了が解け、私はすぐさま研究所に捕らえられた。拡張魔法が施された白い部屋は亜空間のようで、拷問器具で溢れている。私は拷問台の上で拘束されていた。
「しぶといね……ここまでされても口を割らないなんて……」
王立魔法研究所の所長、カーライルは真銀縁の眼鏡を取り、額の汗を袖で拭う。背の高い端正な顔をした20歳前後の男は、若くして研究所の所長に登りつめた天才と言われていた。
長い黒髪を一つに束ねた怜悧な男は、もう何時間もエゲツない拷問を私に繰り返している。
私が何故、王太子を謀ったのか、研究所は私から自供を引き出す為に、拷問を始めた。
この国独自の、拷問官用の黒い詰め襟の長掛服を着たカーライルは、さながら黒い死神の様だ。
カーライルの側には、ありとあらゆる拷問器具が置かれている。
私は爪を剥がれ、目を抉られ、鼻と唇を削がれ、又裂きにされている。
肩口まで届かない淡紅色の髪も、抜けるような白い肌も、血で洗われていた。16歳の愛らしいといわれた私の体は見る影もないほど無残な様相をしている。
だけど、私は一言も悲鳴を上げない。
又から内臓が出てくるのを、カーライルが光魔法で完璧に修復する。剥がれた爪も、溢れた目も元に戻され、また違う拷問が何度も繰り返される。繰り返される拷問に時間の感覚が無くなり、今がいつの何時なのか全くわからない。常人なら気が狂っているだろう。
しかし、カーライルが拷問を繰り返す度、私は笑ってしまう。
「そんなもの、効かないわ」
実際、私には効かない。痛みを全く感じないのだ。
シヴァ帝国の間者である私は、様々な拷問に耐えられるように、脳の感覚のリミッター解除魔法をシヴァ様にかけられている。
そもそも、孤児の時にはリミッター解除無しで同じ様な事をされていたのだ。
孤児であった私を拾ってくれたシヴァ様の為に、私は何をされても耐えられる。
「……君は、魅了魔法の使い手だね?」
カーライルは拷問をやめ、魔法で私を治癒すると、血塗れの部屋を浄化し、私の体についた血も消して裸の私に一瞬で、元着ていたのとは違う淡紅色のドレスを着せる。
「そうなの? 知らないわ。素敵なドレスね。もう拷問は終わり? 完全回復が使えるなんて、流石所長さんね。部屋も綺麗になってよかったわ」
この白亜の研究所に来た時、私の魅了魔法に耐えられる職員は所長のカーライルのみという事だった。脳のリミッターが外れている私の魅了魔法の威力に耐えられる人間がいる事自体、予想外の事だ。
白々しくとぼける私を拷問台から降ろし椅子に座らせ拘束すると、カーライルが異空間から小箱を取り出して見せる。箱には金色の髪の毛が数本入っている。
「殿下の櫛から採取したものだ」
カーライルは異空間から試験管と瓶を取り出し、液体と髪の毛を試験管に入れる。液体は私の髪と同じ淡紅色になっていく。
「何の変哲も無い回復薬に、卒業式当日の殿下の髪を入れた。これを飲むと、どうなるかわかるかい?」
カーライルが手を振ると手の中のポーション瓶がラットに変わる。物質同士を小規模に転移させたかなり高度な魔法だ。カーライルが見えない糸でラットの口を広げ、液体を一滴垂らすとラットは目まぐるしく動き出し声にならない声を上げ、やがて息絶えた。
カーライルはラットと道具を消すと、私に向き直る。
「卒業式以前から、君は殿下に魅了の魔法を使っていたね。当日は、廃人になる程の魔法を行使していた」
カーライルは、ハンカチに包んだ割れた銀ボタンの欠片を出す。
「殿下が身に付けていた、魔法防御の袖留めだ。これを壊すほどの魅了魔法を、君は使った……」
「…………」
「君は、殿下が好きだったの……? 僕にはそうは思えない。君は、殿下が廃人になっても構わなかった。君の想う人は、別にいる」
「…………」
「これだけ拷問されて耐えられるという事は、君は感覚のリミッターを外されているという事だ」
「…………」
カーライルが左手を振ると、拷問器具が全て消える。
「でも、知っていた? 君が、感覚のリミッターを外す度に、君の寿命は縮んでいるんだよ」
「…………」
「普通の魅了魔法は、龍の血を引く殿下にはかからない。ましてや、僕の作った魔法防御の魔道具を壊す事など、絶対に不可能だ。君の魅了魔法は、君の生命力を最大に使ったものだね? それも、感覚のリミッターを外したから出来た事だ」
流石に、所長ともなると、普通の人間がほとんど知らない魅了魔法にも詳しい。リミッターを外さずに魅了魔法を使っていた時は、その負荷に耐えられず頭が割れるように痛んだ。
「君は若い。君にリミッターを外す事を教えた人は、君を利用しているだけだ。君はまだ、その人を庇うの?」
「…………」
あんたに、何がわかるの。
私を救ってくれた人は、彼だけだった……
「他人のリミッターを外す方法は、洗脳しか無いと言われている……そして、洗脳を行使出来るのは、この世に2人だけだ」
「…………」
「君を洗脳したのは、シヴァ皇帝だね?」
彼の名を聞いて、表情に出さないものの私の心臓は高鳴る。
「シヴァ帝国の兵士が、街で暴れた後に死んだ事があってね。兵士を調べたところ、強く洗脳されていた事がわかった。洗脳の魔法は、強過ぎると人を狂わせる。君の魅了魔法と一緒だ……」
「…………」
「シヴァ皇帝が一代で築いた帝国の兵士達は皆、洗脳されていた。リミッターを外した兵士達は、痛みを感じず、戦場で自身が兵器のように戦い、壊れて死んで行った……このままだと、君もそうなる」
「…………」
「シヴァ皇帝の洗脳を解く方法は今のところ解明されていない。しかし、僕には、彼の洗脳を解く事が出来る」
私は失笑した。この大陸最強のシヴァ様の洗脳を解く事なんて、誰にもできっこない。
常人なら洗脳にかかっている事すら気づく事すら出来ないが、カーライルは気づいた。しかし、それまでが限界だろう。強力な魅了魔法を持っている私でさえ抗う事すら出来ない程、シヴァ様の洗脳は強大で甘く、狂おしい。
「笑わせないでよ! たかが研究所の所長に、何が出来るっていうの‼︎」
カーライルは私の前に立つ。背の高い男は私を見下ろし、真銀縁の眼鏡の奥の漆黒の美しい瞳は誰かを思い起こさせる。
「君の瞳、一見すると髪と同じ淡紅色だが、たまに金色が走るね。これは、君が精神操作系の魔法を操る、上位魔族の末裔だという事を示している。シヴァ皇帝も同じだ。普通なら、どうにもできない……しかし僕が、君のシヴァ皇帝への気持ちを消してみせよう」
(私のシヴァ様への想いを消す? コイツが?)
カーライルは左手の拷問官の黒い皮手袋を口に咥えて外し、私の頭に優美な手をかざす。
「……不可能ではないよ。現在、確認されている洗脳の使い手は、シヴァ皇帝と……僕だ」
カーライルの漆黒の瞳に金の輪が広がる。彼の瞳から私の瞳へと魔力が注ぎ込まれる。
脳の中で、私の、シヴァ様への想いが消えていくのがわかる。12歳でシヴァ様に出会ってから忠誠を誓った私の気持ちが全て、その思慕が全て、消えていく。
やめて。
あの人への想いを消さないで。
私は、これだけで生きてきたのだから。
偽物だと、わかっていても。
利用されていると、わかっていても。
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああ」
私は研究所に来てから初めて叫ぶ。
消さないで。
消さないで。
あの人を消されると、私には何も無くなってしまうから。
あの人は、私の、全てだから……
「ごめんね……」
カーライルの声が頭に響いた。