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恋とは甘いものかしら?  作者: 遠野翔
7/10

現在に戻ります



 ”ねえお姉様。アンリお兄様との婚約はお断りして?”

 アンリお兄様への想いだけは、ゆずれない。諦めて、お姉さま。



 でもその直後、私の耳に届いたのは、お姉様の声ではなかった。


「…だめだよ」

「っ!」

「…アンリ、」


 間違えるはずのない、大好きな人の声。

 そこには、アンリお兄様が立っていた。


 こちらに静かに歩み寄ったお兄様は、私なんて見えていないかのように、まっすぐお姉様に近づいていく。

 そして、アンリお兄様はおもむろ手を伸ばし、お姉様に触れようとした。


 …やめて、お願い。触れないで。

 アンリお兄様が、お姉様に触れるところなんて、見たくない。


 けれど、私の願いが言葉になるより前に、何かを叩いたような、乾いた音が響く。


「お願い、触らないで」


 それは、お姉様が、今まさに自分に触れようとしたアンリお兄様の手を振り払った、音。お姉様は、さらに、アンリお兄様を強い瞳で見つめて言った。アンリお兄様は、ただお姉様のことを見返している。



「…アン、リお兄様」


 ここで、私が口を開いて良いものなのか少し迷いながらも、私はどうしてもきになることを聞かずにはいられなかった。緊張のせいか喉が締まっている気がする。すがるような思いで、お兄様に声をかけた。



「…お姉様に、婚約を申し込まれたのですか?」

「…本当だよ」

「っ、そんな!」


 

 お兄様は、無表情のまま。こちらを見ることもしなかった。でもそんなことより、今は”婚約を申し込んだ”という事実だけが、頭の中で繰り返されて。目の前が真っ暗になるような心地がした。本当のことだったの?



「…なぜ、そんなことができるのですか」



 両腕で体を抱えるように立つお姉様の瞳には、わずかに怒りの色が浮かんでいた。



「そんなことって?」

「…何度だって、言います。私は、あなたとは結婚できない…」

「たとえそれが、もう、決まったことだとしても?」

「いいえ、いいえ…そんなことありません。…あなたを傷つけたなら、謝ります。でも、それでも、私はあなたとは一緒になれないの…!」


「お姉様…」


 必死に、アンリお兄様に抗議する姿は、いつもの大人しく穏やかな姉の姿とはあまりにもかけ離れていて。

 お姉様にも、こんなにも大きな声が出せたのね。こんな険しい顔をするのね。そんなこと冷静に考えてしまう。


 気弱で、お人好しで、優しくて。でも、気丈な人だった。

 お母様が亡くなった時も、悲しみにくれる父に寄り添い、涙は見せなかった。次の日、確かに目を晴らしていたけれど、自分が取り乱す姿を、人前で見せるような人ではなかったのに。

 

 頬を赤くして、必死に口論するお姉様は、何かのために戦っているようにさえ見えるわ。

 けれど、不意に耳の中に滑り込んできた言葉は、あっという間に私を現実に引き戻した。

 


「アンリ、そもそもあなたは、カティアと婚約するはずで、…っ」



 私との、婚約?



「…それって、どういうことですの?」

「……」

「お姉様、お願い答えて」

「カティア、」

「シシィお姉様!」



 気づけば、叫んでいた。肩で息をする私を見て、お姉様は観念したように口を開く。



「…本当は、社交界デビューを終えたら、あなたとアンリは婚約するはずだったの」

「え…?」



 私と、アンリお兄様の婚約?

 では、なぜ、アンリお兄様はお姉様に婚約を申し込んで…?

 

 すると、私たちのやり取りを見ていたアンリお兄様が口を開いた。



 「…シシィ。君は、そこまで僕のことを…」



 アンリお兄様は、その先の言葉を続けるのを躊躇った。形のいい眉と目を歪ませて、まるで助けを求めるように、お姉様に手を伸ばした。


 ついにその手が、お姉様の髪に触れそうになった瞬間。黒い影が、お姉様を覆った。


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