Ⅴ
3日間も自室に引きこもって過ごした結果。
アンリお兄様が社交パーティーでお姉様をエスコートしていた事実と、2人が婚約しているという事実は必ずしもイコールではないという結論に至って、私は部屋を出ることにした。
3日ぶりに姿を現した私に、サントスが少し驚いた様子で、「大丈夫ですか?」と珍しく声をかけてきたわ。
さすがに家族の食事の場には行く気はしなくて、庭に出ることにした。
すると、そこにはお姉様の姿があった。…正直、まだ会いたくなかったわ。
一瞬たじろいだけれど、私の頭の中には「エスコートしていただけで、婚約はしていない」という可能性があって、仮に婚約していても、まだ奥の手はあるの。だから、大丈夫だわ。
だから、ここは恐れず、思い切って声をかけることにした。
「お姉様」
「…カティア!」
声をかけると、お姉様はこちらに走り寄ってきて、私を抱きしめようとした。
けれど、私は半歩後ろに下がってそれを避けた。お姉様はそれでも、少しためらいながら、手を握った。
そして開口一番こういったのだ。
「カティア、ごめんなさい」
お姉様は、何を謝っているの?アンリお兄様にエスコートされたこと?2人で踊ったこと?それとも、婚約したこと?謝れば、済むと思っているの?
私はきっと、無意識のうちに、お姉様を睨みつけていたと思う。
お姉様の目が、悲しみに染まるのがわかったもの。
「何を謝っているの?」
「…あの夜、社交パーティーのことよ」
「だったら、教えて。アンリお兄様がお姉様なんかのエスコートをしていたの?」
「それは」
言葉では謝ってくるくせに、誠意を見せないお姉様にイライラした。
言葉に詰まる姿を見て、まるでアンリお兄様との間に2人だけの秘密があるようで、許せなかったの。
「いいわ、別に。社交パーティーのエスコートくらい」
「カティア、」
「エスコートだけよね?でも、それだけでしょ?」
私は、祈るようにお姉様を見つめた。
見方によっては、脅しているように見えるのかもしれないわね。
今まで、お姉様は気が弱くて、私が少し睨みつけたり、怒りをぶつければ、私が望むようにしてくれたわ。
怒れば、謝る。おもちゃを欲しがれば、譲ってくれる。自慢すれば、褒めてくれる。
…だから、イライラしたの。
困ったように視線を足元に落とすお姉様に、「婚約なんてしていない」という言葉をくれないお姉様に。
「…婚約を申し込まれて」
「…え?」
鉛でも飲み込んだかのように喉の奥が詰まって行く感覚がした。
体の中から、細胞が分解されて行くような、頭の中が真っ白になっていく。
「う、そよ…どうして、お姉様なの?」
緊張からか、口の中の唾液が全くなくなって、嫌な粘つきを感じた。
まるで、見えない手に首を絞められているかのように、喉から声が出ない。
信じられなくて、信じたくなくて。
なぜ、お姉様なの?
「返事は、したの?」
「え?」
「アンリお兄様に、返事はしたの?お姉様」
「…いいえ、まだ。カティア。でも、あのね」
…ごめんね、お姉様。
「私、アンリお兄様を愛してるの」
「…っ」
「お姉様、わかっていたわよね?私はアンリお兄様じゃないとダメなの、ずっと好きだったの。どうしようもなく好きになってしまったの。…もし、アンリお兄様が他の誰かのものになるなら、死んでしまうかも…」
「…っカティア、そこまで…」
「そうよ、私はそれほど、アンリお兄様を愛してるの」
恋は、甘くて、苦しい。
私のアンリお兄様への愛情は、最初は小さな蕾のような、可愛らしいものだったわ。
だけど、長い時間をかけて、私はその蕾を大きく育てたの。大切に、大切に…。
優しい姉を脅してでも、この恋は、渡せないわ。
次回、回想編に入ります。