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恋とは甘いものかしら?  作者: 遠野翔
4/10


 今宵の社交パーティーは、王家が開催する、格式のあるパーティー。

 今年デビューを迎える貴族の令嬢たちが、こぞってこのパーティーで社交界デビューすることで有名なの。

 しかも今年は、適齢期を迎えた第3王子が婚約者を選びにくる、という噂があるようで、いつもより多くの令嬢が参加しているらしいわ。


 確かに王子様も素敵だけれど、私にとっての王子様は、幼い頃からアンリお兄様ただ一人。

 もしかしたら、今夜の私には多くの声がかかるかもしれないけれど、私の瞳にはお兄様しか映らないわ。


「それでは、行こう」

「はい、お父様」


 いよいよ、この時がきたのね!

 何メートルもあろうかという、立派な扉の先に広がるきらびやかな世界。


 城の衛兵によって開けられた扉の先には、今まで見たことのないような人数の貴族が、ワインなどの飲み物を片手に社交をしていたり、握手をしたり、時には遠巻きに他の貴族を見つめたりと、想像していた通りの貴族社会が広がっていた。


「なんてすごいの!」


 私は、期待していた光景に胸を躍らせながらも、アンリお兄様を探す。


 アンリお兄様は、今年で19歳。男性は女性よりも結婚適齢期が遅いとはいえ、お兄様みたいな素敵な男性に婚約者がいないのは珍しいことなのよね。


 だから、社交界で婚約者を探す令嬢や、愛人を探す夫人から、アンリお兄様の人気が高いのは間違いないでしょうね。

 時折、そんな社交界でのお話をするアンリお兄様は、憂鬱そうな顔をしていたもの。

 「私がいれば、そんなご令嬢たちは蹴散らしてあげられますのに!」と言った私に、「カティアは頼もしいね」と笑ってくれたお兄様を思い出して、私は会場中に視線を泳がせて、お兄様を探す。


 けれど…。会場のどこにもお兄様は見当たらなかった。


「お父様、今日の社交パーティーにアンリお兄様はいらっしゃらないのですか?」

「…いや、来る」

「来る、ということは、これからいらっしゃるのですか?」

「…そうだ」


 隣にいる父に尋ねると、父はいつもより気難しそうな顔をしていた。


 どうしたのかしら…?


 父の表情に違和感を覚えながらも、アンリお兄様がこれからやって来ることがわかり、ホッとする。

 そうだわ、扉の近くに行って、すぐにお兄様のそばに行けるようにしましょう!


「お父様」

「なんだ」

「私、扉の近くにいますわ。アンリお兄様がいたら、すぐ気づけるように!」


 私はお父様に微笑んだ。


 父がフライベルク家との縁が欲しいと思っていることを、私は知っている。


 アッヘンバッハ家とフライベルク家が特に親交が深いのには理由があって、それは父親同士が親友だということ。

 いつかお互いの子供が婚約するようなことがあればいいな、と話していたのを幼い時に聞いたことがあったの。


 きっと、私がアンリお兄様の婚約者になったなら、お父様も叔父様も喜んでくれるはずだわ。

 だからこそ、私がお兄様をお慕いしている、ということを父にも知っておいて欲しかった。


 父も喜んでくれるだろうと思ったのだが、予想に反してお父様の表情はなぜか固いまま。


「…カティア」

「なんですの?」

「これから何が起こっても、決して取り乱してはいけないよ」

「…どういうことですか?」

「きちんと説明するから、今夜のパーティーが終わるまでは、だ」


 父はそれだけ言って、私を見送った。


 どういうことなの…?

 私は何が何だかわからないまま、首を傾げながら、扉の近くにかたまっていた友人らの輪に加わった。


「みなさま、ごきげんよう」

「ごきげんよう、カティア。ようやく社交界デビューですわね」

「ええ、とっても嬉しいわ。」

「カティアはずっとこの日を待っていたものね!」

「あなたのドレスとっても素敵よ、きっと今夜はダンスの申し込みで列ができるんじゃない?」


 私の友達は性格の明るい、噂好きの令嬢が多い。

 おしゃべりや社交が上手な彼女たちと一緒にいるのは、楽しいわ。


「でも、私、最初のダンスの相手はもう決めているんですの」

「え?誰ですの?」

「まあ」

「素敵ね、お相手が気になるわ。」


「それは…」


 アンリお兄様、と言おうとしたその時だった。

 後ろの方から、つまり背を向けていた扉の方から、扉の開閉音が聞こえた。

 それと共に、どこからともなく小さな悲鳴や感嘆のような声が漏れる。


 何かしら?もしかして…アンリお兄様?


 そう思って、私が後ろを振り向くと、そこには、思った通りのアンリお兄様が。



 なぜ…?


 けれど、その傍らには、アンリお兄様にエスコートされる、シシィお姉様の姿があった。


「フライベルク家のご長男の、アンリ様よ!噂に違わず、素敵ね…。」

「あれ?隣にいらっしゃるのってもしかして?」


 友人たちの視線が一斉に私に集まるのを感じた。


「ねえ、カティア?」

「確か、お姉様のシシィ様も今年がデビューだったわよね?」

「まさか、アンリ様とご婚約されたの?」


…そんな、はずはない。…婚約なんて、冗談じゃないわ。


 私と、アンリお兄様の距離は5メートルもなかったはずなのに、その瞬間に、2人をとても遠く感じた。

 なんで?どうして?なぜ、お姉様をアンリお兄様がエスコートしているの…?


 それから、お父様に呼ばれて、いつの間にかアンリお兄様と離れていたお姉様と、親交のある貴族の方々へ社交デビューの挨拶をして回った。

 私は、たくさんの男性にダンスのお誘いを受けたけれど、私が踊りたいのはアンリお兄様。

 とてもショックで、お姉様とアンリお兄様がダンスを始めようと手を取り合うのをみて、「耐えられない」と思った私は、お父様にお願いして先に家に帰ったのだった。


 それから3日間、私は自分の部屋にこもったの。

 サントスが何度か、扉を叩いて、食事を運びにきてくれた。運ばれる食事の傍らには、私が唯一好きな、町評判の焼き菓子が添えられていて。


 「こんなものっ」

 

 私は、そのお菓子を壁に、思い切り叩きつけた。



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