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恋とは甘いものかしら?  作者: 遠野翔
2/10



「カティア、どうしたの?もうすぐアンリ様がいらっしゃるみたいよ」



 振り返ると、そこには不思議そうに私を見つめるお姉様がいた。

 お姉様が、いつものシンプルなドレスに、薄手のカーディガンを羽織っていた。



「…お姉様、いつもと同じ服装ですのね」

「ええ、きちんと着替えた方が良かったかしら…」

「いいえ、そのままでいいと思います」


 綺麗に着飾った私と、普段と変わらない姉。

 …アンリお兄様に、変に思われないかしら。でも、もしかしたら、私のことを特別綺麗だと思ってくださるかもしれないわ。


 ほどなくして、扉が開く音がした。



「シシィ、カティア。待たせてしまったかな」

「アンリお兄様!」



 グレーのスーツを身にまとったアンリお兄様は、扉を閉めるとこちらに歩いてくる。

 本当に不思議。お兄様に会うと、会うまでの不安などはみんな忘れてしまった、ただ幸せな気持ちだけが残るのだから。

 私は、はしたないと思いながらも、思わず駆け寄ってしまう。



「お兄様がダンスレッスンに付き合ってくださるなんで驚きました」

「アッヘンバッハ家のご令嬢が社交界デビューするのだから、僕も何か2人の手伝いができないかと思ってね」

「まあ、うれしいですわ!」



 背の高いアンリお兄様と背の低い私では、距離が縮まれば縮まるほど、目線は自然と見上げる形になる。自分がちょっとでもでも可愛く見えるように、上目遣いで、アンリお兄様を見つめる。お兄様は私の頭の上に優しく手のひらを乗せてくれたけれど、お兄様はすぐに私の後ろに視線をそらした。



「シシィも久しぶり、変わりはない?」

「…ええ」

「そうか」



 お姉さまったら、なんて素っ気ないお返事をするのかしら。せっかくアンリお兄様が我が家まで来てくれたのに。

 


「でも、どうしようか。一度に2人の相手はできないから、交代で踊る?」 



 アンリお兄様のその言葉を聞いて、私は思わず悪知恵を働かせてしまった。 



「ねえ、お姉様。二人分ダンスをするのでは、お兄様も疲れてしまうわ。お姉様はダンスがお上手だし、そんなに練習しなくても平気ではないかしらと思って…今回は私がお兄様と踊ってもいいかしら?」

「…え?」



 お姉様は、なんて言うのかしら。

 私の提案を聞いたお姉様は、不意を突かれて少し驚いた表情を見せたものの、それは一瞬のことで、またいつもの笑顔に戻って頷いた。



「それでいいわ、カティア。…私は、サントスに相手を頼むことにします」

「お姉様、ありがとう!」



 サントスというのは、我が家で一番若いバトラーで、年齢は確かお姉様の3、4歳上だったかしら。

 少し冷たい印象を与える切れ長の瞳に、細長く通った鼻筋。口元にあるホクロが艶やかで中性的な容姿は、黒い燕尾服と相まって、バトラーと言えど人目を引いた。

 どうやら、地方貴族の出身らしいけれど、あまり詳しいことは知らない。


 そばに控えていたサントスも小さく頷き、両者の納得が得られた私は、再びアンリ様に向き直った。



「そういうことなので、さあ、アンリお兄様。踊りましょう?」と。言おうとした。けれど、言えなかった。それは、アンリお兄様が、じっとお姉様を見つめていたから。何か、ただならない雰囲気を感じて、私は少しの間だけ言葉を失ってしまった。



「あの、アンリお兄様?」

「…あ、ああ。」

「そういうことなので…踊りませんか?」

「そうだね、…踊ろうか」



 そしてヴァリオリン奏者の音楽に合わせて、私はアンリお兄様とダンスを踊り始めた。



「…っ」



 まだ私が幼かった頃には、手を繋いだこともあった。けれど、アンリお兄様を異性として意識するようになってから、こんなふうに手を握ったり、身体に触れられるのは初めてだった。


 ドクドク、ドクドクと、胸の鼓動が息苦しいほど跳ねるのを感じだ。私が笑顔を向ければ、笑いかけてくれる。そんな当たり前のことが嬉しい。本番のパーティーでも、こんなふうにアンリお兄様と踊れたら、どんなに幸せかしら?



「お兄様は、やはりダンスがお上手ですのね」

「…ああ」

「男性も、やはりダンスの練習はなさるのですか?」

「…」

「…アンリお兄様?」



 1曲目のワルツが終わり、2曲目に切り替わろうとする頃。アンリお兄様の様子が少しずつおかしくなっていくのを感じた。笑顔を向けても、何回かに一度しか目が合わず、会話をしてくれているように見えて、どこか上の空になってしまっているよう。

 何か話しかけてみても、「ああ」とか「そうだね」ばかり。



 一体、どうしたのかしら?アンリお兄様の顔を見ている時に、なぜかその視線が気になって、その目線の先を辿ってみたの。



「…え?」



 アンリお兄様の視線の先には、サントスとお姉様。

 サントスたちが右へ左へと移動するたびに、エメラルドグリーンの双眼も同じように左右に動くいている。


 つられるように、私も二人を見た。

 背が高いお姉様と同じく高身長のサントスは、絶妙な距離感で、優雅にダンスを踊っていた。穏やかな表情で、二人はダンスを楽しんでいる様子がある。私と違って、こちらを見る余裕などないような。


 確かに、二人に見とれるのは、分かるわ。でも、どんな理由だったとしても、好きな人が自分とのダンス中によそ見をしているのは、面白くないものでしょう?



「アンリお兄様」

「…何かな?」

「サントスたちが気になるのですか?」

「え?」



 淑女として、はしたないかもしれないと思ったけれど、しきりにお姉様たちを気にするアンリお兄様に我慢ならなくて、少し力を入れて、お兄様の手を少し引き寄せた。

 急に引っ張られたことに驚いたお兄様は、案の定こちらをみる。



「僕、そんなによそ見をしていた?」

「ええ。何か気になることでも?」

「…ううん。なんでもないんだ。ごめんね、ダンス中に」



 「本当ですわ」と、責めたい気持ちもあったけれど、無自覚だったのか、本当に申し訳なさそうにするアンリお兄様をみて、怒ることなんてできない。



「もう、よそ見しないでくださいね」

「うん」



 …ふたりのことなんて、お姉様のことなんて見ないで。だって、女だもの。お姉様だって、私と同じアンリお兄様の幼馴染で、年齢で言えば、お姉様の方がアンリお兄様と近いのだから、いつだってライバルになり得てしまう。



「…私だけを、見てください」

「え?」



 そう思った私は、無意識に、大胆なことを言っていた。でも小さな声だったから、聞こえなかったのか、アンリお兄様が少し顔を近づけてきて、情けないことに、驚いてしまった私は足を踏み外してしまったのだ。



「きゃ、」

「っ、カティア」



 ふらついてしまった私は、アンリお兄様の胸に抱きとめられた。

 ふわっと柔らかなミントの香りに包まれて、少し頭がぼうっとして、すぐに私はアンリお兄様と抱き合うような姿勢になったことに気づいた。



「ご、ごめんなさい。お兄さ、」



 普段通りの妄想の世界ならば、このままお兄様の腕の中に閉じ込めてほしい、恋人みたいな抱擁をしてほしいなんて思っていても、いざその時が訪れると恥ずかしくて仕方ない。反射的にお兄様の体から自分の体を離せば、心配そうなお兄様の顔が覗く。



 「ありがとう、おにいさ…」



 きっと顔が赤くなっているだろう。そう思って、お兄様の顔を見ないように顔を上げると、アンリお兄様の肩越しに、こちらをじっと見つめる、お姉様の姿が見えた。

 その瞳は、何かを訴えかけるような、そんな視線で。わずかに眉を寄せたお姉様の瞳からは、何も読み取れない。何だか、アンリお兄様がお姉様を見ていた目に、何となく似ていた気がした。お姉様も、こちらを気にしているの…?どうして…?


 その日のダンスレッスンは、私が転倒によって足を挫いた可能性があるとのことで

、早々に切り上げとなった。アンリお兄様は、「体が第一だから、ゆっくり休んで」と笑ってくれたけれど、せっかく会えたアンリお兄様ともっと一緒にいたくて、私は庭園でのお茶会をせがんだ。


 お姉様はというと、意味深な目配せのあと、すぐにいつもの調子に戻り、「少し疲れてしまって…お部屋で休むわね。楽しんでね、カティア。アンリも、今日はありがとう」と、そそくさと自室に戻ってしまう。


 私は二人きりでアンリお兄様とお茶をできるとわかり、怪我のことも忘れて喜んだけれど、結局お兄様も1〜2杯のお茶を飲んで「ごめんね、用事があるんだ」と言って、帰ってしまわれた。帰り際に、父の執務室に入っていったようだけど、何か用事があったのかしら?


 自室に戻った私は、夢のようなダンス練習や、ハプニングの抱擁に想いを馳せる一方で、素性の知れないモヤモヤを抱えていた。でも、きっと何でもないのだと。そう思うことにして、数ヶ月後に控えた社交界デビューのことを考えることにした。

 どんなドレスを着ようかしら?流行りの髪型もチェックしなければならないわね。



お付き合いありがとうございます。続きます。

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