Ⅹ
お姉様の姿が見えなくなると、アンリお兄様は、突然その場に倒れこんだ。
「お兄様っ、」
慌てて駆け寄る。
お兄様は、膝から崩れ落ちて、そのまま仰向けに倒れた。
私も、地面に膝をつき、改めてお兄様の顔をそっと見遣る。
普段ならばきらきらと輝くシルクのような髪は艶を失い、顔色もひどかった。
エメラルドグリーンの瞳は、まっすぐに虚空を見つめていた。
「…アンリお兄様」
「…こんなこと、するつもりは、なかった。…シシィが、他の男と夫婦になろうとも、友人として、近くで見守ることができると思っていたんだ」
それは、いつものアンリお兄様の声色だった。
柔らかくて、落ち着く。そんなことに、どうしようもないくらいホッとした。
「…でも、カティアが僕に想いを寄せているとわかってから、シシィは僕を避けるようになってね。彼女は、僕とカティアが一緒にいると嬉しそうで、…思い知った。シシィにとって、僕は、いてもいなくても良い存在なんだって。ならばいっそのこと、恨まれてしまえ、と」
「僕は、本当に馬鹿だね。愛した人も、大切な友人も失ってしまった」
心が、痛い。
「そして、カティア。…君も、傷つけてしまった。」
お兄様は、私の髪をそっと撫でる。
ボロボロになりながら、私のために目を細める姿が、痛々しくて見ていられなかった。
確かに、アンリお兄様は、お姉様とサントスの仲を引き裂こうとした。
それは、悪いことだったわ。
…でも、本当に、ふたりの仲を壊してしまう気も、なかった。
”…終わらせてくれ”
アンリお兄様は、叶わない恋をしていた。
きっと、それだけなの。叶わない恋なら、どこかで、終わらせなければいけない。
たとえ、自分の気持ちに嘘をついても、
私は、お兄様の手をそっと握った。
”アンリお兄様。
私ね、お兄様の奥さんになりたくて、たくさんお勉強したの。
お兄様と、両思いになって、結婚することが、ずっと夢だったの。
お姉様と全然違って性格が荒っぽいから、お兄様を癒してはあげられないかもしれないけれど、力になりたいの。”
もう、伝えられない言葉を、何度も胸の中で繰り返した。
でもね、私ったら、私ではない誰かを思って咽び泣くアンリお兄様を、変わらず愛しいと感じてしまうの。これは、おかしいことなのかしら?
たとえ、このカティアのために泣いてくれなくても、私は、その涙を止めて差し上げたいって強く思ったわ。
これ以上、お兄様に何も失わせやしない。何より、私がこの恋をまだ終わらせたくないのだから。
「…お兄様、泣かないで。カティアが、ずっとおそばにいますわ」
最後までお読み頂き、ありがとうございました。




