序.最後の一人になるのは難しい
「参ったなこれ…」
アサルトライフルの短い連射音と共に、俺が背にしている岩に煙が上がる。先ほどから2分間ずっとこんな状態だ。
だが、両サイドに他に遮蔽物はない。飛び出したら最後蜂の巣にされるのがオチだろう。
安全地帯の縮小開始まであと2分。次の安全地帯に行くには、前の敵を越えなければいけない。つまり、2分以内にこの状況を打開しなければならないのだが…
依然として敵は銃を撃ち続けている。まだまだ弾は尽きないらしい。よりにもよって、3点バースト射撃で射撃間隔もバラバラ、リロードのタイミングが全然掴めない。幸いなのは敵がグレネード系を使ってこないことぐらいか…まぁこっちも使い果たしたんだけども…
そのとき、ブザーと共に視界の隅に、赤い飛行機のアイコンが出現する。
急いでマップを開くと残っているわずかな安全地帯、そのちょうど今俺がいる地点を、赤い帯が通っている。
「ここを空爆かよ!?」
地面に置いていた89式小銃を、急いで取り上げ走る準備をする。
すぐにジェットエンジンの爆音が聞こえ始めた。空を見上げると、遠くの空に黒い鳥のようなものが見える。その鳥は、爆音とともにどんどん大きくなってきた。成層圏の要塞こと、アメリカ空軍の戦略爆撃機、B-52 ストラトフォートレスだ。
爆弾投下まで残りわずか。
89式のセレクターレバーを"ア"の位置から"3"の位置へ動かす。これで安全装置が解除され、3点バースト射撃が可能になる。
銃だけを岩の影から出して、3連射を2回。敵がいた木のあたりに闇雲に放つ。
もう時間がない。敵が頭を引っ込めたことを期待して、そのまま岩影を飛び出した。
幸いにも敵は撃ってこなかった。しかし、代わりに不気味な風切り音が聞こえる。爆弾だ。
全力ダッシュでマップの赤い帯の範囲から遠ざかる。
次の瞬間、俺の背後で爆弾が炸裂した。凄まじい音と押し寄せる爆風。体が一瞬宙に舞う。足元から地面を失ってバランスを崩した俺は、盛大に山の斜面へ顔面ダイブした。
「いってぇ~…」
つい口に出たけど実際は痛くない。ただ衝撃で体が動かしにくくなっただけだ。自分のHPを確認すると2割ほど減っていた。
急いで起き上がり、前に立っている木の根元に滑り込む。HPを3割回復させる簡易回復ポーションを、ストレージから取り出して飲み干した。
1時間半の戦闘で疲れた体と頭に、現代ではほぼ絶滅した、瓶入りサイダーの柔らかな甘さがしみる。空になった瓶はすぐに手元で消滅した。
さて、問題は前にいた敵だ。
ずり落ちかけてる89式を引き上げ、木の影からスコープで山の斜面を観察する。少なくとも先ほどの地点にはいないようだ。どこに行ったのか、普通に考えれば、安全地帯の中心方向である山の尾根側に登るだろう。
バレないように匍匐で斜面を登る。現実だとまず無理だろうが、筋力にブーストがかかっているので造作もない。
登っている途中で、ベルの音とともにマップアイコンがオレンジで点滅した。安全地帯の縮小開始の合図だ。
幸いなことに、尾根まではあと少し。次の安全地帯はその尾根を越えて3メートルほど下ったところだ。今のペースでもおそらく間に合うだろう。
不意に尾根の向こう側から銃声が聞こえた。
急いで木の影に隠れたけど、こちらからは見えないようなので再び登る。
尾根に到着し、まだ安全地帯に余裕があるので、隠れながら双眼鏡で前方を偵察する。銃声はまだ続いていた。
斜面を下った先に小さな岩場があり、その岩の脇に生存者の姿が見える。どうやら、さらに下にある畑の物置小屋を警戒しているようだ。
その時、物置小屋の小さな窓の奥が一瞬光った。次の瞬間、銃声が俺のところまで届く。
どうやら前の岩の生存者と、物置小屋の生存者が交戦しているらしい。
俺のことは警戒していないようだ。
物置小屋から見えにくくなるように意識しながら、尾根を越えて斜面を下る。すぐに次の安全地帯の縁にたどり着いた。手頃な茂みの後ろに隠れる。
下の二人は膠着状態。どちらもまだ動こうとしない。
消音器つき狙撃銃でもあれば、岩のところの生存者を狙撃してやるのだが、生憎今回は見つけていない。
唐突に、物置小屋が爆発した。同時にキルログが視界端に表示される。
【"海老フライ"のグレネードにより"枕投げ名人"が死亡しました。】
どうやら物置小屋の中にいた生存者"枕投げ名人"が死亡したらしい。それにしても、もうちょっとセンスある名前つけろよ…
頭の隅でそんなことを考えながらも、体が動く。すぐに射撃姿勢をとり、前の岩のところにいる敵に銃を向ける。
3点バーストを3回。弾が吸い込まれるように、無警戒の敵に命中する。
そのうちの何発か急所に命中したらしい。敵が倒れ紫色の煙になって消えた。
【"June"の89式小銃により"さぶまりん"が死亡しました。】
俺がキルしたことを示すキルログが流れる。
これでこの試合6キル目だ。
「よしっ…!」
思わず小さくガッツポーズ。でもあまり勝利の余韻に浸っている時間はない。
試合はまだ終わっていないし、既に次の安全地帯縮小の時間が迫っている。
次の安全地帯は…下の麦畑を越えた先まで行かないとか…
銃の残弾は15発。移動する前にリロードしないといけなそうだ。
セレクターレバーを安全位置に戻し、弾倉についている小さなボタンを2回押す。手が勝手に動き、弾倉を銃から外す。そのまま地面に投げ捨て、新しい弾倉をベストの胸ポケットから取り出して装着した。外して捨てた弾倉が消滅し、空になった胸ポケットには新しい弾倉が現れる。
準備完了。
縮小開始のカウントダウンは残り45秒。
茂みから立ち上がり、俺は走り始めた。
先ほど倒した岩の裏、倒した敵の装備が落ちているけど、時間的に回収する余裕はない。
そのまま岩の裏から飛び出し、麦畑を目指す。
突然、額に走る衝撃と共に頭が空を仰ぐ。そのまま体が後ろに倒れ、地面に叩きつけられた。
視界が真っ赤に染まり、目の前に並ぶ【You're dead】の文字。動かない俺の体が紫色の煙をあげる。
俺の意識はそこで途切れた。
気がつくと、真ん中にテーブルがあるだけの小さな部屋に立っていた。
テーブルの上に置いてある箱に触れる。
軽い音楽と共に箱が開き、ビックリ箱のように目の前に【12位】という文字が現れた。
トップ10にすら入っていないことに落胆しながら、目の前の文字に触れる。
文字がホロパネルに切り替わり、試合結果が表示された。
個人戦闘ログを見ると、俺をキルしたプレイヤーの名前は"海老フライ"…どっかで見た名前だな…
気になって、全体戦闘ログで自分が死んだ頃の時間をチェックする。
1:38:07【"海老フライ"のグレネードにより"枕投げ名人"が死亡しました。】
「ああっ!!物置小屋にグレネード投げたヤツのこと、忘れてたっ!!」
思わず声を大にして叫ぶ。
完全に自分のミスだということに気がつき、元から沈んでた気分がドン底まで沈む。
一応、自分が死んだ時のリプレイムービーを再生した。
"海老フライ"は物置小屋のさらに向こう、麦畑の畦道を楯に伏せていたらしい。
武器は…イギリスの軍用狙撃銃に似せた"SrL96:typeA"か…
彼の銃から放たれた1発の弾が、無警戒に岩影から飛び出した数分前の俺の眉間を撃ち抜く。ヘルメットも意味を成さない見事なヘッドショットだ。
ため息をついてムービーを終了する。
そのまま【帰還】ボタンをタップした。戦闘中に集めた装備たちが消え、アバター衣装のみに戻る。
「今日は勝てると思ったんだけどな…」
誰にも届くことのない俺の呟きとともに、部屋が暗くなり、再び明るくなったとき、俺は行きつけの酒場のいつもの席に座っていた。
思いついた勢いだけで書いてしまった新作です。
銃の名前については一部変更しました。よくFPSでライセンス的な問題から名前変えたりしますし。自衛隊のはそのままでも大丈夫かな?
GMOと同時に書いてるので、あまり投稿ペースは早くないかもしれませんが、よろしくお願いします。