最初と最後の一文がお題で3時間チャレンジ「白の散る時」
ノリで書いた。深夜テンション。
きっと仕方の無い事なのだ。
時折鳴らすことを強制される拍手が、そろそろ嫌になってきた。手が痛い、そして熱い。けれど我々はこちら側の人間なのだから、この痛みは仕方の無い事なのだ。
「…………お前、何でそんな笑ってられんだよ。」
「ん?」
時に明るく、時にしみじみと。会場を流れるBGMは、来賓客達の感情を影ながら掌握して止まない。けれども主張は控えめなソレは、後ろのテーブル席で吐かれた忌み言を拾える程度には小さかった。着慣れないドレスを突っ張らせ、後ろに身じろぐとその男と眼が合う。
否、眼が合うと言うよりは。こちらが遅く、彼からの視線に気が付いたという方が正しい。じとりと不機嫌そうな細目が、両手を叩きながらこちらを射抜いている。
後ろを向いてしまった事を、後悔するには既に遅く。
「お前、アイツ好きだったろうが。何でそんなに笑ってられるんだよ。」
「なんか悪いかよ! えぇ!?」
「良い悪いが俺に決められる訳無いだろ。」
結婚式の引き出物あるある、新郎新婦の印刷された皿。正直要らない。二人分の紙袋の紐が腕に食い込んで痛い。だがこんな酔い潰れた奴に、こんな重たい割れ物を持たせる訳にはいかない。
「呑み直す! 呑み直すぞお前!!」
「行かねぇから。駅まで送るからさっさと帰れ。」
「じゃあ宅飲みだ!」
「これ以上呑むなっつってんだよ。」
白い花弁を散らして隣を危なっかしくフラフラ歩くこの女は、数時間前。新婦によるブーケトスを受け取るという形で、学生時代からの恋に引導を渡された。コイツは最早太古の化石の様に、アルバムに貼られた写真と同じ様に、アイツらの結婚を受け止めていたらしいが……事が起こったのは呑みの席。新郎新婦の居ない間に学生時代の頃について弄り倒してやったのだ、俺が。結果は呆気なく陥落。今でも好きだ、好きに決まってんだろと叫び散らかし、正直眼も当てられなくなった。そして連れ出して、家に返そうとしている訳だ。
「巫山戯んなよ、ンだよあの雰囲気。結婚こそがスバラシー、的な? 結婚したら人生で最高に幸せです的な?? 黙れ、死ね!!」
「ブーケに当たるな。」
「知るか、こんなもん!!」
バッサバッサと音を立てて振られていたブーケは、遂に近くのゴミ捨て場に叩き付けられた。ネットに中途半端に絡まって、見るも無残に散り散りだ。
「はっ、あー清々した! ついでだついで、その皿もアスファルトに叩き付けちまえ!!」
「それは流石に駄目だろ、危険だし。」
「妙に冷静なの止めろっつーの! おい、拾うなブーケ!!」
何本か無事なままの白い薔薇だけで、何とかブーケの形に戻す。紙さえあれば、不格好でもブーケはブーケだ。当の本人にとっては引導の役目しか果たさなくても、それでもブーケはあの二人が、コイツの幸せを祈った証なんだ。
「そら、ちゃんと持て。皿は持ってやってんだから、花ぐらいは。」
「いやだから! 捨てろよ!!」
「物に当たるのは、良くない。」
正面切って冷静に言ってやれば、あーとかうーとか言い返そうとしてから、けれど観念したと言わんばかりにブーケを俺からひったくる。根は、優しい奴だと俺は知っている。
ただ、優し過ぎたツケを払う時が来てしまった。
「大学の友達の恋愛相談に乗って。それが『ネットで友達が知り合ったらしい男』から『ずっと好きだった男』に認識がチェンジした瞬間の気持ちをどうぞ。」
「…………せーかいーはーせーまいー♪」
「HAHAHAHAHAHAッッッッッッ、」
悲しい歌声に嘲笑とも取れる笑い声が重なり、即座に笑い声は埋もれた悲鳴に変わる。何の事は無い、黒いハイヒールが爪先を押し潰しただけ。
「……ッ、の、やろぉ……!」
「ハイヒールで踏まれるのって、象に踏まれるより力が掛かってるらしいけど、ホントなのか分かんねーから丁度良い、お前踏まれてこい!」
「…………!」
このクソ重てぇ皿二枚、その顔面を叩くシンバルみたいにしてやろーか。彼は思う、暫く会わない間に実は、この女の性根は腐ってしまったのだろうかと。
「もう、巫山戯んなよ! 高校卒業するじゃん? アイツなんか遠方に就職してやがるじゃん?? 成人式も戻って来ないとか言いやがるから、もう一生逢えないのかもとさえ思ったじゃん??? それが、何なんだよ!!」
「結婚式になったな……再会の場所。」
「友達は友達で馬鹿でさ!? ネットだぞネット、顔も見えない相手の事好きになって!? 初めて顔を合わせたのだって、数日前なんだってよ!! 名前は聞いてたけど、同姓同名の奴だと思ってたよコンチクショー!」
似合いの二人だった。俺はこの女とは違い、ネット婚なんて今の時代ザラにあるのでそれに偏見を叫ぶ気にはならなかった。それよりも、これでまだリアル世界では数日の仲なのか、と思わざるを得なかった。
何と言えばいいのか、完成していた。
恋人として、夫婦として。二人の仲は完成している印象を、今日という一日だけで。俺は感じてしまっていた。
それが分からないコイツでは無いだろう。予め、二人共について知っていたらしいコイツには。
「長く続きそうか? アイツら。」
「続くだろうねぇ!! あの子めっちゃご飯美味しいよ!? アイツめっちゃ優しいよ!? 性格穏やかだし、金にもそう困らないんだろうよあのクソエリート!」
「それはそれは、ご愁傷様だな。」
「ああもう、ほんと、最悪だよ!!」
駅前の騒がしさは、甲高い叫び声を掻き消していく。どうして横切る人は誰一人として此方を見ないのだろうか。それが不思議でならなかった。
「アイツらが幸せって事実で、幸せになれてる私が一番最悪だ! 何笑ってんだよ私!!」
ブーケからまた一片、花弁が落ちる。それを止める術は見つからない。
「悲しめよ! 何で笑ってんだよ!! 恨めよ! 失恋とか、泥棒猫とか! あんだろもっと他にさぁ!!」
「……無理だろ、お前には。」
「煩い! 何にも言うな!」
「だってお前、『良い奴』だもんよ。」
「言うなっつったろーが!!」
ぐしゃりと、握り締められて薔薇の茎が折れた音がする。折れてしまってはもう戻らない。
「もう、嫌だ。人生損してばっかりだ!! 私ので人生良い事って何があったよ! ああ、沢山合ったよ!! 今日、好きな奴が結婚した! 何だよスゲー幸せじゃん!! 但し相手は私じゃない!!」
「なぁ。」
「他には何だ、良い事! そうだ私の友達が結婚した! 私の好きな奴とだ!!」
「なぁって。」
「大好きだ! 私、アイツらがホントに大好きだ!! 何なら愛してる! だからきっと、それでいい!」
「良い訳無いから、お前今泣いてんだろ。」
引き攣った口角に、下がり切った目尻を濡らして、無残に砕け散った心が、無色透明な血を零す。
「ぅ。」
「何で人の事ばっか気に掛けるんだよ。ちょっとは自分の事大事にしろよ。」
「ぅぅ。」
「そんなだから俺がお前の分まで、お前の荷物を持ってやる事になるんだろうが。……いい加減重てぇんだけど。」
「ううう、」
「で? 呑み直すなら呑み直すで、さっさと行くぞ。店が閉まる。」
「うううう~~~~ッッ!!」
きっと仕方の無い事なのだ。引き出物を下げた手が痛い。あと背中を殴るコイツの拳が滅茶苦茶痛い。かなり容赦無く殴られている。けれどこれは『良い奴』では無く、自分の本音をぶつけてくれている結果なのだから。
だからこれはきっと、仕方の無い事なのだ。
「じょじょえんだ! じょじょえん奢れ!」
「……御祝儀で大分、俺の財布事情が辛い事になってるって知らねぇ?」
「知るか! 奢れ!」
「鬼畜かよ。…………奢るけどさぁ。匂い、ドレスに移っても知らねーぞ?」
「いよっ、太っ腹ぁ!」
「…………どうしたの?」
「ああ、いや。届いたんだ。」
男は写真を眺めていた。それは先日執り行った自分達の結婚式の写真。
「あ。写ってる。」
「そりゃ写ってるだろうよ、俺達の結婚式だぞ?」
「ううん、そうじゃなくて。こっち。」
細い指の先には、自分も良く知る旧友の姿。
「本当は、来てくれるとは思ってなかったの。招待状は送ったけれど、何かと忙しそうで……。」
「俺も、来るとは思わなかった。」
「…………どうしてそう思ったの?」
「さぁ、なぁ。」
ふわりと、俺は思い出した。
高校時代の半ばか終盤、進路についての話をされた彼女が。俺の中の先行きへの不安を、吹き飛ばす為に快活に笑ってくれた姿を。
『はぁ!? 県外に就職!? あーでも、頭良いしイケるのか……うん納得。で、どこの企業さ。……へぇ、うん、知らない。ググる。…………っておい、ココ最近有名になって来てる所じゃん! マジで!? 凄いなお前! じゃあアレだな、会えそうな時が年単位で無い奴だな! え? 成人式に戻って来ぇの!? ええ、うせやん……。
……でも、仕方無いか! お前が、それがいいんだもんな! おう!頑張って来い!』
けれどその笑みの中で、見た事も無い泣きそうな表情を垣間見た事を。
その顔に、後ろ髪を僅かに引かれた事実。
そんな思い出が今でも心臓を刺すのだ。
むずかちぃ。読んだお方感想くだしゃんせ。




