8話_Bye Bye Quandary
乾いた風と温かい日差し、素肌も焦げる暑い日々から時は巡り、季節は春。
ここは、とある住宅。新しい季節に新しい生活の始まり。
そして───
「ほら~、早くしないと迎えが来ちゃうわよ?」
「おはよう。やけに気合いが入ってるじゃないか」
「だって~、今日はあの子にとって大切な日なのよ?何事も始まりが肝心」
2階にある自分の部屋から、階段をゆっくり降りて来る少年。
「面倒だからオレは行きたくない。姉ちゃんだけ行かせばいいだろ?」
寝起きなのか不機嫌なのか?それとも、これが通常のやり取りなのか?とにかく、文句を零しながらも、食卓につく彼。
父がいて母がいて子がいる。どこの家庭にもある風景で、朝の会話と食事を済ます。
「おっはよー。行きたくないだろうけど、"学校"行こう」
玄関口から勢い任せに入って来て、彼を呼ぶ女の子。
その声に反応し、嫌々席を後にする彼。
彼女の前に姿を現すと、左手で長く伸びた黒髪をかき上げ、優しい笑みを魅せる。
「じゃ、今日からお互い頑張ろうね?"クリエ"」
「オレは別に頑張らない。"姉ちゃん"だけ真面目にやってろ」
相変わらずの態度をとる彼の頭を眺め、彼女が「黒髪、似合わないね」と腹を抱えて笑う。
気にしている事を指摘され、赤面顔で家を飛び出す彼。
「あー。待ってよ?ボクを置いてかないで」
「アペリラちゃん」
走り去る彼を追いかけようと、玄関口に背を向ける彼女。走り出す直前に、呼び止められる声が聞こえ振り返る。
「バカな息子やけど、どうかお願いね」
「ウン。任せといて。だってボクは、クリエのおねーちゃんなんだもん」
左手を軽く振って、彼を猛ダッシュで追いかける彼女。
さて、これから始まる2人の新生活。あいや、挑戦と言っても過言ではないでしょうか。
果たして。彼と彼女は、"精霊"としてではなく、"人間"として、無事に生活が送れるのでありましょうか?
───と、言う流れで。シュラフによる精霊完全化計画から数ヶ月。
一行の生活も変化が訪れ、それぞれ新たな始まりを迎えているのであります。
ですが、それを語る前に。あの戦いの後。ゲームの世界で一行がすべき最後の課題。
要は、"元の世界へ帰る方法"を見つけ出すと言う難題が残っておりました。が、それは直ぐに解決される事となるのです。
あまりにも手抜きの流れになりますゆえ、そこをご容赦いただきつつ、語らせていただきます。
魔王を倒したゲーム世界。正式には、ネットゲームのユーザー達の中では、何やら衝撃的な事が起ってしまっていたようで───
シュラフを倒し、魔王の座が再び巨人へと戻り、ゲーム設定にも、何も影響はなかったようですが、魔王を倒せばゲームクリアと言う流れはふりだしに。精霊の件を表向きにさせる事は当然出来ず、考えた末。出来上がった答えがこちら。
「マジか?あんなパーティでクリア出来るのか?」
「クソゲー確定だな」
「いや、やり込みの勝利かもしれないぜ?」
プレイヤーから1組のパーティに、様々な意見がゲーム上で拡散され、噂が広まる。まさに炎上状態でございます。
まあ無理もありません。魔王を倒したパーティ。それは一行には違いなし。ですが、倒した面々がこちら。
遊び人、賭博師、ものまね師、村人。
直訳しますと、先輩、ハクト、さわ、ヒロ。明らかに、戦闘タイプの集まりではございません。そう、ナメプなのです。
しかし、それで魔王を倒したと来たものですから、こうなる事は察しがつくかと思われます。
「ねえ?本当にこれでよかったの?」
「いいんじゃね?でもなんだ、これで運営はゲームバランスを見直すだろうがな」
「結果的に、運営さんに迷惑を掛けたんじゃないのかな?」
「ええやん。とりあえず、これで色々と誤摩化せたんやから」
これが後に、BBQ伝説エピソードとなるのですが、真実は、誰にも伝える事が出来ない、闇エピソードとなったのも、事実でございました。
さて、元の世界へ帰る方法の件ですが、それはシュラフが準備中でございます。
「選ばれた者をここへと誘うには、クリエの力と、私の開発した転送装置が関係している。これは絶えず稼働していて、迷い込んだ者を(以下略)」
要するに、彼に任せておけば無事に帰れる事が確定したのです。
しかし、先の戦闘で装置が故障。修理し完全に直るまで、数日はかかるとの事。
彼が準備をしている間、一行は”守り神”の所へ。
お世話になったあの武器を、約束どうり返却する為にと、向かっていたのでございます。
「こ、これは魔王様。わざわざこちらに参られるとは」
「久しいな。お主のおかげで、随分と助かったぞ」
「はて?私は何もしてはいませんし、失礼ながら、この人間どもに……お負けになられたのでは?」
極めて無礼な質問を、恐る恐る問う守り神に対し、巨人改め、魔王は、ただ微笑みながら、一行と談笑を始める始末。
「ん~色々と事情があるんだよ。はい、約束どうり返すね」
「本当は、元の世界に帰る時まで、借りておくつもりだったけど、その必要もなくなったから」
さわとヒロは、守り神が管理する宝箱の中に、"全魔断刀"と"全魔断刀改"を納めた。
「で、2人はいつ夫婦になる予定だ?」
「「ならないって」」
「メオトって何だ?」
「ご飯を食べる時の器だよきっと。前におねーちゃんがヒロおにーちゃんに渡して……」
「こらーアペリラ。余計な事言わないで。しかもそれは茶碗でしょ?」
守り神と2人の会話に、クリエとアペリラが割り込み、みあの内緒のプレゼントを暴露……あいや、自ら自白した。
それを聞き、一行の反応も様々。喜ぶ者やからかう者。笑う者に嫉妬する者まで。
「みあ~。抜け駆けなんて最低ね」
「ちょ、しよ。抜け駆けなんてしてないし、あんたそう言うキャラ設定じゃないでしょ?」
「何やら見かけない子供が2人いますな。魔王様の手下でございますかな?」
「否。この子らは、主様方の子だ」
「だから、また誤解される言葉を……巨人。この連中は、事実を平気で曲げられる連中なのよ?」
「ほうほう………全く理解が出来ん」
魔王とみあの会話が、理解出来ない守り神。見かねてヒロが手短に説明し、ついでに戦士の事も伝える。この世界にはもういない、彼女の代わりに頭を下げ謝罪する。すると、少し遅れて全員が頭を下げる。
これには、さすがの守り神も呆気にとられる。
「お前は約束を守ってくれた。それだけでもはや十分。今は出会えた事を感謝している」
その夜。一行はこの地で過し、楽しく賑やかに、宴が行われました。
同時刻。柱の研究室では、昼夜問わず修理に勤しむ彼の姿が。そこへ近づく女性の足音。彼の背を確認出来る距離まで近づき、足を止める。
「君の方から私を訪ねて来るとはね。本当は顔も見たくないだろ?」
「そうですね。今でも貴方を許す事は出来ません」
「当然だ。だから私は、どんな罰も覚悟している」
彼が作業を中断し、判決を聞き入れようと、彼女の前に立った時。彼女は少し柔らかい表情で、首を左右に振り、彼を見つめる。
「許す事は出来ませんが、気持ちはわかります。だって……私も同じだったから……」
彼は少し驚き、彼女の話しを聞く為に、椅子に座らせ、温かいコーヒーを2つ用意する。
好意に感謝し、冷めないうちに、カップに唇をつける彼女。そして、彼に伝えたかった事を言葉にした。
「成程。お互い、欲に負けて自分を見失ったようだな」
「ふふ。そうですね。手に入らない物なら尚の事ですしね。だからシュラフさん」
彼女は椅子から立ち上がり、彼の前に右手を伸ばす。
「私は貴方を許しませんが、嫌いにはなりません。先輩の旦那様なんでしょ?私は奥様の後輩ですからね。これも何かの御縁と割り切って、今後とも、宜しくお願いします」
「…………君って人は…………少しだけだが、救われた気がしたよ。ありがとう」
彼女の手に答えるように、彼も右手を差し出す。
研究室前の壁に背を預け、大きな胸を抱え込むように、腕組みしながら聞耳を立てている女性。
壁から耳を離し、片手を口元に当てる。毎日が快晴の彼女には、似合わないにわか雨。
彼女は、一行のよきムードメーカーでありトラブルメーカー。
しかし彼女もまた、悩みを抱える女性に過ぎません。抱え込む選択より、頼る選択を選んだ事で、自分に課せられる責任感と罪悪感。ですが、よき仲間に恵まれ、信頼され、馬鹿にされ。結果的には、自分以上に力を尽くしてくれた。そして、今も彼を救おうとしている。
「歳かいな。自然と濡らしてしもうとる。……でも……おおきにやで……しよちゃん……そして、みんな」
それから時は経ち、ゲームの世界から旅立つ時が参りました。
この世界に吸い込まれた人々は、眠っている間に、元の世界へと転送し、目覚めれば、各々の場所へ戻っていると言う、正に夢オチ作戦を実行。本当に夢と信じるか信じないかは、貴方次第の都市伝説。
そして、最後に残ったのは、いつもの面々でありました。
「誠に愉快な日々を与えて貰った事、感謝するぞ」
「気が向いたら、また遊びに来い。今度は俺様が、お前達を楽しませてやる」
一行と別れの会話をする、魔王と守り神。それぞれ言葉を掛けて、シュラフの元へと歩き出す。
「あの、シュラフはん。元の世界へ帰るって事は、それぞれが居た場所へ帰るんですよね?」
「ああ。しのさんの言う通り、各々が吸い込まれた場所へと届けるつもりだったのだが?」
「それって、ひとまとめにして転送する事は可能なのかな?」
「無論、可能だけど、さわさんも皆も、元の場所が不服なのかい?」
一行は顔を見合わせ、代表してみあが彼に事情を説明すると、二つ返事で引き受ける。
「パイセンはどうします?初対面しときます?」
「うちはパスや。クリエと旦那で、ゆっくりさせてもらう。でも、また会うてくれる?」
「ええ。こちらも、クリエに会いたがる子がいますんで」
「おねーちゃん、余計な事は言わないでよ」
ふと、クリエと視線が合うアペリラ。
無関心な表情ながらも、真っ直ぐ彼女を見る瞳に、何故か照れて視線が泳ぐ彼女。
それを見てニヤける母親と、母親代行のおねーちゃん。
魔王と守り神に手を振り、この世界から姿を消す一行。
BBQは、多少のバグが生じましたが、元のオンラインゲームへと戻り、今も絶賛稼働中であります。
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白く輝く天の川の中で、はくちょう座を発見する。それを指でなぞって、夏の大三角を作って見せる女性陣。
それを眺め、元の世界へ戻って来た実感を噛み締める男性陣。
「じゃ、僕は先に行くね」
彼が一行より先に別れ、数メートル先のインターホンを押す。
扉を開き、笑顔で迎えてくれる女性。しばし見つめ合い、彼がぎこちなく呟く。
「た、ただいま。まり。無事に終わったよ」
「はい。お帰りなさい。皆さんは?」
彼女の言葉を理解し、彼が振り返りながら指を指す。指を辿ったその先に、大きく手を振る一行の姿が。
彼女は小さく手を振り、頭を下げる。
そして、「どうぞ、お入り下さい」と、一行を招き入れたのです。
部屋のリビングにあるテーブルの上には、沢山の料理が並べられている。
「あー。ボクの好きな桜餅もある」
「季節外れだけど、意外とお店には売っていたからね。いっぱい食べてね」
「ありがとう、まりおねーちゃん」
いただきますの合図で始まる、食事会と言う名の反省会。
いつものように、明るくて楽しく、笑顔が絶えない時間。
「時間と言えばさ、1年くらいあっちで居たわよね?生活面は大丈夫かしら?」
みあの言葉に現実世界の恐怖が迫る。
「せやな、うちは旦那残して蒸発したも同然やし」
「そんな事言ったら、私もそうですよぉ。絶対浮気してるし」
「俺とアキトは仕事面だな。クビだろうな、きっと」
「仕方ないだろ。これは、受け入れるべき事だ」
「大丈夫ですよ、皆さん。こちらはまだ、1日も過ぎてません」
各々が不安を抱える中、まりが口にした意外な一言。
確かに、一行があちらの世界で過して来た日々は、約1年。ですが、こちらではまだ1日も経過していない。これは正に、ウラシマ効果の反転。とは言え、一行にとりましては、好都合な展開でありましたゆえ、この件につきましては、素直に受け止める事にしたのです。
───時は戻りまして。夕焼色が街の風景を彩る頃。
「はう。今までボクは、なんて楽をして来てたんだろうと、反省しているよ」
家に帰るなり、自分の部屋に入ると、ベットに向かって頭から倒れ込むアペリラ。
跳ねる身体と靡く黒髪。左手で髪を触り、今日の出来事を振り返る彼女。
『君の髪、本当に綺麗だね。うっすらピンクに光って見えるし』
「それは元々の色だもん。でも、この色も悪くないかな」
仰向けに体勢を変え、髪をいじりながらニヤける彼女。どうやら同じクラスの生徒に褒められたようですな。
「なーに妄想しとるか?子供にはまだ早いぞ」
「わ、わぁ!何で突然来んのさ?不法侵入しないでよ」
「言うようになったわね。帰ってるなら、声くらい掛けなさいよ」
部屋のドアを開け、お玉杓子片手に彼女に小言を言うみあ。
最近は、すっかりお母さん目線で彼女に接して来るようになり、少々窮屈そうでございます。
デニムワイドパンツのポケットの奥から振動が伝わり、空いている手でスマホを取り出し、画面を確認するみあ。
彼女にお玉杓子を渡して、部屋を後にする。
「へいへい。後は任せといてー」
長い髪を束にしまとめ、ポニーテールで部屋から出走。
目指すは、キッチンにあるごく普通のお鍋。ちなみにIH用。
その周辺には、切った野菜とお肉、そして箱に入ったカレールーが置いてある。
「覚悟しろ。ボクだって、これくらいは出来るようになったんだ」
左手に握っている、お玉杓子を鍋に向け、意気込みを述べる彼女。
アペリラ。着実に女性らしく、人として巧ましく成長中であります。
・・・
・・
・
息子の帰宅を玄関先で待つ母親。その姿に気づき、恥ずかしそうに近づく少年。
「お帰りクリエ。学校はどうやった?」
「ま、ママ。頼むから家の中で待っててくれ。心配しなくても、ちゃんと約束は守ってるし、姉ちゃんも付いてる」
親バカとはよく言いますが、先輩もまたその1人。空白の時を埋めるべく、彼女なりに必死なのでしょうな。
しかしながら、年頃の男の子には、なんとも言いがたいモノでございます。
「それでもママは心配なんよ~。でもクリエを信じて、明日からは玄関口で待っとるから」
「それも嫌だ。とにかく中へ入ろうぜ」
客間に座布団が2枚。どうやら来客が来ると知った彼。
オレには関係ないなと思い、シャワーを浴びる。
シャンプーを黒髪に着けながら、鏡に映る自分を眺め、彼女の事を思い出す。
『おっはよー。行きたくないだろうけど、"学校"行こう』
「確かに、オレだけなら行きたくない場所だ。けど、姉ちゃんと一緒なら」
どうやら、彼にとって彼女の存在は、心の支えになっているようで。それは、同じ遺伝子同士だからと言う事もあるのかもしれませんが、単に彼が、好意を持ち始めているのかもしれません。不器用な本人は、気づく事はないみたいですが。
「じゃあ。一緒に、体洗いっこしようか」
突然風呂場に瞬間移動で現れたアペリラ。もはや既に、裸になっている模様。
「お、オマエ、何でここに来てんだ?ってか力使うなよ」
「は?だって、さっき「姉ちゃんと一緒なら」って、大声で言ってたし。期待に答えるのがボクなのさ」
滅多に見る、あいや、初めて魅る彼女の素肌に、諸々の危険を感じたクリエ。
慌てて背を向け誤解だと説明する。
「「こらアペリラ。そんな事は親がいない時にしなさい」」
元気よく返事をする彼女と、言ってる事を理解していないだろ?と、呆れてため息を漏らす彼。
ですが、彼の胸の中で響く鼓動は、確実に早くなっている事を知るのでございました。
「で。何で家に来てるんだよ?しかも何だ?この恐ろしいくらいに汚れている鍋は」
「こ、これでも頑張ったんだもん。大丈夫、カレーで失敗はないよ……たぶん」
「ごめんな、クリエくん。パイセンにお呼ばれされて、ご飯作って来るはずだったんだけど」
「外見はアレだけど~中身は普通に見えるし、とりあえず食べてみればええんとちゃう?てかうちが手直ししたろか?」
そうは言ったものの、もはや何を足しても手遅れの予感がすると悟る一同。
覚悟を決めて食べる事を決意した時。
「ただいま。みあさんとアペリラちゃんの為に、お寿司用意したぞ」
「「お帰りなさいませ。救世主さま」」
先輩とみあの言葉がハモり、対応に困るシュラフ。
落ち込むアペリラを横目に、鍋に入ったカレーを食すクリエ。
「意外と旨いんじゃないか?コイツはオレが責任もって食っといてやる。どうせ痛みも感じないしな」
「キミは一言多いんだって……でも、ありがと」
今更ではございますが、みあと先輩は、あの子達を通じて、頻繁に会う間柄となりました。
ですから。互いの家に招待したり、されたりは当たり前の事。
現在は、先輩後輩の仲ではなく。言わば、ママ友付き合いの仲なのであります。
「みあさんも、そろそろだったよね?」
「え?ああーそうですね。色々としていただき、感謝してます」
「気にせんでええ。少しばかりの恩返しみたいなもんや」
精霊達が変わろうと努力しているように、彼女もまた、変わろうとしておりました。
否。人々は皆、変化を追い求めて成長して行く。そんな気もいたします。
故郷を離れ、新天地で生涯を捧げる者。自分を磨き、手を伸ばす先に見えるパートナー。愛のすれ違いで知る、本物の愛。きっかけは十人十色でございます。
さて。私が語るのも、どうやらここまでのようです。
この続きは本人にお任せして、物語の幕引きといたしましょう。
~ Battle Bet Quest 8ミシシッピ_Bye Bye Quandary ~
ふと気がついたの。
みんなは着実に、確実に変わっていて、私だけが、立ち止まってるんじゃないかって。
BBQの件もあったから、あやふやにしていたけれど、それじゃダメなんだってね。
だから──────
元の世界に戻り、生活が安定して来た頃。
さわっちの一声で、とあるカフェで女子会を開く事になり、集められた、しよ、しの、私。
「で。結局、どちらを選ぶ事にしたんですか?」
席に座り、店の雰囲気を楽しむ間もなく、私に向かって体を乗り出し、真剣な眼差しで質問して来たさわっち。
「それが目的なら、わざわざみんなを呼ばなくてもよかったでしょうに」
「うちは構へんよ。こんな事でもなきゃ、滅多に会えんしな」
「私も、たまに会って話せるのは嬉しいかも。で、お相手はどっちなの?」
「その前に、しよはどうなのよ?苦手要素も克服出来たから、告白されまくりでしょ?」
否定も肯定もせず、なぜか勝ち誇った笑みを私に向ける彼女。
この自信と余裕。こやつ、もしかして?
「好きな彼が忘れられないの~」
「あーんーたーねー。真面目に答えてよ」
「せやなー。うちも白状するとな、彼と添い遂げたかったんよ」
「しの、あんたまで何を言って?」
「わ。わた、私は心も身体も捧げて~って、このノリは無理です。ごめんなさい」
「さわっち、あんたも十分こっち側に来てるわよ」
みんなして何?何であいつの事を引っぱり出すのよ?
「「「誰の事だと想像して怒ってるの?」」」
「え?からかわないでよ。あんたたちと同じ人に決まってる」
そう言って答えを突っ返すと、各々が口にした人物は別人だったわ。しかも、あいつの名前なんて出て来ない。
それより驚いたのは、しよが答えた彼氏の名前。しのもさわっちも私だって初耳のカミングアウト。聞けば、将来を見据えてのお付き合いだとか。
「まあ冗談はここまでや。うちらってさ、結局の所、彼を中心にして繋がった仲間やん」
「その円から出来た縁。それがアキトさんとハクトさん」
「どちらを選んでも、彼に迷惑を掛けるかもしれないよね?その事を気にしてる?」
「そうじゃない。私だって真面目に悩んでいるし、変わらなきゃって思う」
そう。みんなだって、悩み、考え、そして変わって来た。
過去を清算し、我慢する所はしっかり我慢して、前に向かっている。
「アペちゃん春から学校なんやろ?」
「ええ。ほぼ無理矢理だけどね」
「でも納得したって事は、変わりたい気持ちがあるからじゃないですか?」
「……そうね」
「この機会にさ、あなたも変わったら?2人仲良く新たな挑戦として」
「…………あのさ」
私は無意識に、彼女と目を合わせ、この落ち着かない心のモヤモヤを、言葉にしようか迷っていると。
彼女の方が先に理解し、私の右手を両手で包み、優しく宣言する。
「私は大丈夫。必ず幸せになってみせる。こう見えて、結構頑張ってるんだから」
ほんと、あの子には敵わないな。色々と言いたい事があったけれど、こうも簡潔にまとめられたら、口出し無用じゃない。
なら安心ね。その笑顔に答える為。私も迷いは捨てる事にするね。
「わかった……答えを出す。いつまでもこのままってのも悪いし。私も、先に進むわ」
──────それから、季節は春へ。
それはどこまでも白く、明るい空間の中で、彼は、慣れないタキシードを着て私を待つ。
式場に集まってくれている仲間たちが見守る中。ぎこちない足取りでバージンロードを歩く。
『みあさんも、そろそろだったよね?"結婚式"』
『え?ああーそうですね。色々としていただき、感謝してます』
『気にせんでええ。少しばかりの恩返しみたいなもんや』
この会場を用意してくれたシュラフ夫妻。
「ほんま綺麗や、みあちゃん」
パイセンの言葉に静かに頭を下げ、ゆっくりと前に進んで行く。
お決まりのBGMがこの場を盛り上げ、私の心も静かに高ぶる。
徐々に彼との距離が狭まる中。あの日の言葉が脳裏りに蘇る。
『こんな事、二度と言わないからね?………………私を。一生愛して下さい』
ま、まあ私にしては、頑張った方だと思うわよ?
ベールの内側で笑いをこらえ、彼の目の前に辿り着く。
彼の両手がベールに触れる───
恥じらいながらも彼を見つめる───
そう。今日は私とあなたの───
・・・
・・
・
桜色のスマホを片手に、部屋のすみっこで通話をしているアペリラ。
話の邪魔をしないようにと、席を外し、家の外へと出る夫婦。
少し気まずい気持ちを覚える彼女は今。あるお宅で絶賛居候中なのよ。
ん?どうしてかって?それはね。
「もう。外に出なくてもいいじゃん。てか、出る立場なのはボクの方でしょ?」
通話を終え、玄関のドアを開けながら口を開く彼女を、笑顔で出迎えて、散歩に出掛ける夫婦と少女。
「で。奥様は、新婚気分を満喫しているのかな?」
「おにーちゃんがおねーちゃんの事をそう
呼ぶと、何だか違和感あるね」
「あら、私はむしろ、今までの関係に違和感を感じてたわ。ま、これからは、浮気じゃなく不倫になりますからね?」
「な、何だよ2人して?呼び方はともかく、まり。彼女とは本当にそんな関係じゃないから」
まりさんは悪戯っぽく笑いながら、アペリラの頭を優しく撫でる。
黄昏時の空をみんなで眺め、楽しく手を繋いで歩いている。
3人が空を眺めている頃。私も同じように"満点の星空"を眺めている。
19時間の時を遡り、ハワイ島にある珍しい天然白砂ビーチで、私と彼はいるわ。
そうなの。現在、私らは新婚旅行中なのよ。
で、アぺリラをヒロ夫妻に預けさせてもらってる。
ビーチの名はマウナケア。
私はどうしてもここに来たかったの。それは、あの子と彼が出会った場所だったから。
この目で確かめて、新たな決意と告白を彼にする為でもあったわ。
星から彼に視線を移し、私は優しく弱く、言葉を差し出す。
「ねえ?帰ったらさ、あの子のパパとママになってあげたらダメかな?」
「何を言ってる?そんなのとっくになってるだろ?俺は、それも含めて、君を幸せにする男だ」
真っ直ぐな言葉で清々しく返してくれる彼。いいえ。私の愛する旦那様。
「ええ。そうね…………じゃあ、甘えていい?」
彼を見上げて目を閉じると、何も言わず私を包み、唇を重ねる。
最後の幕引にしては物足りないかもだけれど、私にとっては大舞台の大団円。
てか、私で締めようとするからこうなるのよ?
ん?結局相手は誰かですって?
それは──────もう解ったでしょ?
~ Battle Bet Quest ___END ~
──────2年後。
その日の授業は、まったくもって上の空。
いつになく気持ちが高ぶり落ち着かない。
例えるなら、祭り事が近づく、あるいは、好きなアーティストのライブが近づく高揚感。
残念ながら、答えはどちらも当てはまる事はないのですが、それ程のウキウキ、ワクワクがあったのです。
放課後のチャイムと同時に教室を飛び出し、廊下を掛けて行く2人の女の子。
「急げ、リラリラ。途中まで見送ってやんよ」
「ウン。ありがとう、リズリズ」
階段の横にある手すりを滑り台にし、軽快かつ迅速に、階段を下りて行く。いや、滑って行く彼女達。
3階から2階までは順調。そして1階まで降り、下駄箱まで一気に走り抜けようとする中。先生に注意され、足止めを喰らう。
しかし、そんな事で彼女は止まれない。止まる事は出来なかったのです。
友達が先生に背を向け、前屈みになりながら口を開く。
「先に忠告しとくね、先生。上を見たら訴えるかんね?」
友達は両手を彼女に差し出し、合図を送ると、彼女はうなずき両手に向かって走る。
「行って来~~~い」
両手に足が乗った瞬間、力の限り持ち上げると。先生の頭上を、彼女が軽快かつ繊細に飛び越えて行く。
それはまるで、新体操の選手のような身のこなし。身体能力は人並み以上の彼女。
「先生ごめんなさい。明日ちゃんと怒られるから」
その言葉と友達を残し、彼女は、学校を後にした。
・・・
・・
・
全速力で走りきり、少し汗ばんだ額を右手で拭い、左手で髪をかき上げる。
肩を揺らしながら、息が整うまで、その場で待機する彼女。
ここは何処かと問われれば、彼女の住んでいる家の玄関前。
乱れた黒髪を手でとかし、ドアノブに手をかけ……
「そんなに急いで帰って来なくても、この子は逃げたりはしないわよ?」
ドアを開ける前に開くドア。
いつから家は自動開きになったんだ?と言う、ユーモアをかましておきたかった所ですが、そんな余裕もない。
「これから一緒に暮らす家族だからな。早く会いたかったんだろ?でもその前に、帰った時の挨拶がないぞ?」
「ただいま。パパ、ママ。ねえ?もういいでしょ?ボクも早く抱かせてよお」
彼女の両手に納まる愛の結晶────命の光──────
それは、とても暖かく。とても眩しい。
「「お帰りなさい。アペリラお姉ちゃん」」
両親から初めて伝えられる言葉。お姉ちゃんと言う響き。なんだか照れる彼女だけれど、まんざらでもない様子。
「これで本当のパパとママだね。みあさん、アキトさん」
「何を生意気な事を言ってるの?あんたも私らの大事な娘よ?ちゃんと自立出来るまでは、嫌でも面倒見てやるんだから、覚悟しなさい」
「アペリラ。これからも、俺やみあを頼れ。もちろん、仲間も、友達も、そして……お前を愛してくれる人もだ」
「ボクを愛してくれる…………ウン。これからも、よろしくお願いします。パパ、ママ」
小さな命に笑顔を送り、彼女達は家の中へと入って行く──────
ところで。もう名前は決まったの?
ああ。さっきママと考えて、偶然かつ必然的に、しっくり来た名前が浮かんだよ。
へえー。なんて名前なの?知りたい。
ふふふ。この子の名前はね──────"あやせ"──────女の子らしい、可愛い名前でしょ?