6話_私は、ここにいる
人の気配が全くしない、廃墟と化した街を走り抜けて行くケバス。
街の中心に向かうに連れて、黒い霧が濃くなり視界が狭まる。
しかし、決して止まろうとはしない。なぜなら。
「やだやだ。暗いし、なんか霧がまとわりつくし」
「暴れるな。お前をシュラフ様の元へ連れ帰らなくては、我らの命が危ない」
「そうだぞ。でも、どうやって逃げ出したんだ?お前とシュラフ様はもはや一体化しているはずなのに」
「へ?しよ姉はアイツと?じゃなかった。逃げ出したんじゃなくて、おつかいを頼まれたのよ。そしたら道に迷って、あんたたちに捕まったってわけ。てかちゃんと持ちなさいよ」
「いちいちうるさいな。運んでやってるだけありがたく思え」
「そうだぞ。これでも気を回しているんだ」
「もう~。変なとこ触ったら許さないんだから~」
ゴブリン系の魔物2体に、両肩と両足を持ち上げられる形で運ばれている"さわ"。
一行が止まろうとしない理由。それは、彼女が魔物に連れ去られているから……と、言いたい所ですが、実は。
「耐えて下さいね」
「ん?何で僕にそんな事を言うのさ?」
「この中で彼女を特別視している存在だと思ったからです」
「はは。確かに否定はしないよ。でもね戦士さん。これはさわちゃんの作戦。みんなも同意した上での行動なんだ。それを個人的な感情で台無しには出来ないし、僕だけじゃなくて、みんなも同じ気持ちだと思うよ?君もだよね?」
「……そうですね。すみません」
「それと、誤解されないように言っておくけど、僕も彼女も、君が考えているような位置づけではないから。想いがあるならちゃんと伝えたらいいよ」
「え?い、いえ私は、僕はそんなつもりで言ったんじゃなくて」
「?。僕もいいかな?その刀。守り神がすごく怒ってたけど、何をしたのさ?」
「僕は単に、その宝箱に入っている刀がニセモノかもしれないので、僕が鑑定士に見せて来ると言っただけです」
「……それで素直な鳥さんが君に手渡して返って来なかったと。そりゃ人間不信にもなるわな」
「もちろん返しますよ。でもまだこの刀が必要なんです。あなたの腕輪を斬るため、そして、この世界から出るためにね」
「はい、みんな集まって。これから全魔導士奪還作戦の最終確認や」
「おっと、この話しは後で聞かせてくれる?」
「もちろん。さ、行きましょう」
先輩の力強い声を聞き、各々が集まって来る。
もうすぐ始まる全魔導士奪還作戦。果たして一行は無事に彼女を救えるのでしょうか?
そして元の世界へ帰る事は?……それでは最終決戦の幕開けと参りましょうか。
~ Battle Bet Quest 6ミシシッピ_私は、ここにいる ~
魔物を追いかけ辿り着いた先に聳える黒き大きな柱。
見上げる程の高さと視界の悪さで、どこが頂点なのか検討がつかない一行。
その不気味な柱の前で。魔物はさわを解放し、全魔導士を連れ帰ったと報告する。
「そうか。所詮は魔物と言う事だな。……消えろ」
上空から、ゴブリン2体とさわを目掛けて落ちて来る青白き閃光。当然のように予想していた先輩が、防御アイテムを展開。閃光をかき消し空を睨む。
「……久しいな。そんな無力な集まりで、私を止めるつもりか?」
「何言うとんねん?うちらを"止める"の間違いとちゃう?」
見上げた視線はそのままに、彼女は右手を道具袋に忍ばせ、戦闘準備に入る。それを見ていたさわが、魔物達に逃げるようにと指示を出したのであります。理解不能でありながらも、身の危険を感じた魔物は即退散。さわも一旦距離を置き、戦闘準備に入るのであります。
「くだらん。お前達は止めなくても勝手に止まる運命だ。クリエ」
名を呼ばれ、静かに姿を現しながら、瞳の色を金色に変化させる精霊クリエ。桜色の髪にあの瞳。間違いなく彼女と同じ。ただ1つだけ違いがあるとすれば、彼女ではなく彼。短髪と引き締まった体つき、クリエは男の子なのであります。
「遊んであげるよママ。覚悟はいいかい?」
視線をクリエに向け、小さく我が子の名をつぶやく彼女。しばしの沈黙の後、先に仕掛けたのは母親であります。
クリエに向かって走り出し、道具袋から右手を引き抜き、空に向かって何かを投げる。クリエはその場から動かず出方を見ている模様。やがて空が明るくなり、アイテムの効果が現れます。
「ナ。どう言うつもりだ?」
「あら、少しは動揺してくれるのね?それだけで十分よ」
空に現れた数十枚の光。それはクリエと先輩が写っている画像でございました。先輩は最初から攻撃するつもりはなく、あくまでも動揺を誘うため、否。隙を作るためと言い換えた方が正しいようで。
「君はやはり若い。そして心の底では母を愛している」
クリエの背後から声が通り過ぎ、柱へと駆け抜ける2つの影。そして母の行動の意味を知るのです。
「またキサマか戦士ヤロー」
自分の失態に怒り、力を解放する精霊。黒い霧が一瞬晴れて、上空が見やすくなった事を確認した戦士と巨人。
「見つけましたよ、後はお願いしますね」
「心得ている。我に任せておけ」
瞬間移動で戦士の目の前に現れたクリエ。すかさず抜刀し一太刀浴びせるも空を斬る始末。巨人は加勢しようとしましたが、「跳んで下さい」と戦士が叫ぶ。その言葉を受け止め、任務を遂行するため高く跳ぶ。
目指す先は、柱から少し離れて浮いている巨大な物体。まるで戦艦のような形をしていながらも、外壁は魔物の皮膚のような物に覆われている。これがシュラフ本人なのか?ただこの物体を操っているのか?検討はつきませんが、こやつが全魔導士を捕えているのです。
「焼けて消滅するがいい、"元魔王"」
大砲の様な部分から、青白き閃光が巨人に向かって降ってくる。が、その閃光を喰らいながらも、目標目掛けて跳び続ける。
「貴様から魔王の座を奪われようとも、たとえ魔力が尽きていても、我にはまだ戦える力は残っている」
ようやく到達点に辿り着くと、全ての力を解放し元の巨大な身体に戻る。右腕を振り被り、大きくそして重い一撃を叩き込んだのであります。
叩き込んだ場所。それはシュラフの胴体であろう部分。そしてその場所に、1人の女性が衰弱し、うな垂れていたのです。巨人は彼女を傷つけないように拳を打ち込み、彼女の右腕が胴体から剥がれたのを確認し、小さくつぶやく。
「ほほう、確かに似ているのだな……」
全魔導士の姿と、ものまね師の姿を重ねた巨人。微笑みながら目蓋を閉じ、地面へと落ちて行く。先のダメージは隠し切れなかったようでございます。
「巨人。誰かフォローを……」
「よそ見をしちゃいけないと言ったのはオマエだったよな?」
隙を逃さず、クリエの拳が戦士の顔面へと降り降ろされる。が、盾を構えた男が割り込んで来たのでございます。ですが、そんな事はお構いなしに最後まで振り切る拳。その勢いに2人は飛ばされ、地面へと激突するのです。
「いてて。ほんと容赦ないっすね先輩の子は」
「かんにんや。ヒロくん、重傷やないよね?」
「ええ。本番はここからですからね。戦士さんも無事かい?」
「はい。助かりました。巨人は?」
「心配はいらないわよ。アイテムは出し惜しみせず使い切るつもりだったし、それにサポート出来る仲間は沢山いるしね」
巨人の周りに、みあ、しの、ハクト、アキトの姿を確認した戦士。軽く会釈をし戦闘態勢に入る。
「オイ、そこの変な力を使うヤツ。邪魔をされた礼にオレが真っ先にキサマを潰してやろう」
「やっぱそうなるか……すごいな、先輩の読みは。さすが親子って感じだ」
ヒロは腕輪を変化させ、背中に光の翼を造る。そしてクリエに向かって飛立つと同時に、無数の矢がヒロの背後を追い越して行く。
「オレにそんな攻撃はきかんぞ」とクリエは構える事なくあざ笑う。
「だろうな。しかし狙ったのはお前じゃない」
アキトの放った矢はクリエを追い越し、シュラフに向かって飛んで行く。その後を追うように、ハクトのカード攻撃、さわのものまねスキルの閃光が続く。
そう。これは全魔導士奪還作戦。あくまでも優先順位は彼女なのでございます。
「先にパパを落とすつもりか?」
「それもあるけど、まずは大切な仲間を返してもらう」
気づけばクリエの目の前にヒロが現れ、両手で体を掴み地面へと投げる。しかし、空中で直ぐに止りヒロを睨んだ時。キューブ型の器が視界に現れ、その中に閉じ込められたのです。
「今や、みあちゃん」
先輩のかけ声で、全魔断刀改を構えたみあが地面を切り裂き、次元の狭間を造る。
「考えたな、オレをそこへ落とすつもりか?だがこんな拘束具がいつまでも通用するとは……」
「もちろん思ってないさ。だけどね」
左手を道具袋に入れ、取り出した精霊の玉。その力を解放し、器を強化させるヒロ。「キサマ、その力は」と驚くクリエ。2人はそのまま地上へと落下し始める。先程までの余裕が焦りに変わり、冷静さを奪う事に成功したのを確認し、その玉をしのに向かって投げる。
「2人とも頼む。僕は奇跡の準備に入る」
「任せとき。タイミングはうちが言うから。頼むで、ここしかチャンスはないんや」
飛んで来た精霊の玉を受け取り、再び力を解放するしの。彼の時とは比べ物にならない程、精霊力が溢れ出している。
「みあちゃん。コレを持って次元の狭間に」
みあに向かって投げられる精霊の玉。
それを手にした彼女が、次元の狭間へと入り込もうとした瞬間。漆黒の槍が、彼女の背を貫こうとしていたのです。
今から避けても無駄と判断した彼女は、迷わず次元の狭間へ手を伸ばす。そして痛みを覚悟し目を閉じた時、身体が勝手に動いたのを感じたのです。
急いで目を開くと、痛みはおろか、矢も刺さっておらず驚く彼女。ただ自分は、次元の狭間の入り口付近で倒れていた。そこでようやく思考が追いつき、身代わりになった"彼"の方へと視線を向ける────
『奪還作戦中にクリエの隙をついてあの子を召還する?』
『はい。手短かにお話します。御一行様が持っている精霊の玉、実の所、これは元の世界とこの場所を繋げる事の出来る鍵みたいな物なのです。ですがいくつかの条件がある。上手く行くかは解りません』
『でもやってみる価値はあるって事だよね?だったら僕の奇跡を使おう。おそらくこれが最後だと思うから』
『せやね。ならこの作戦は、うちとみあちゃん、ヒロくんと戦士さんで。タイミングは先輩に判断してもらうっちゅー事でええ?』
『はい。何があっても僕は御一行様をお守りいたします────』
「バカしないでよ!誰か早く回復して」
「……いいんです、みあさん。私はあなた達と違って"ここに召還"されていません。だから大丈夫です。それよりこれを託します……それと、最後に……あの人に伝言をお願いします」
零れ落ちる涙を拭いながら、精霊の玉とともに次元の狭間へと入った彼女。
その数秒後に、静かに姿を消して行く戦士。
その光景を察し、涙声で彼に合図を送ったしの。
その声が空に届く頃。器を破壊され、再び翼を装備した彼。空で浮かびながらも、精霊と睨み合いが続いていたのであります。
「くだらん遊びはもう終わりだ人間。キサマらがどこであの力を隠し持っていたかはママに聞く。だから安心して消えろ」
「クリエ。残念だけど僕じゃ君には勝てない。でも、あの子ならきっと君を止めてくれる。さっきの動揺で確信したからな。よく見とけ精霊。これが僕らの切り札だ」
彼の右手の掌から魔法陣が浮かび、眩しく輝き出す。
その隙を逃さず、クリエが彼に向かって突進して来る。
「もう誰も倒させへん」
精霊に向かって赤い拳の波動が届く、が。痛みがない彼の動きは止まらない。しかし一瞬の目隠しにはなった。そのわずかな時間の間にヒロは移動し、更に奇跡を重ねた。
「頼む……届いてくれ。最後の1回はどうしても残したいんだ」
・・・
・・
・
時刻は15時を過ぎようとしていた頃。彼女の動きが慌ただしくなるのを感じたんだ。
どうやら最後の勝負に入ったみたい。ボクはここで見届ける事しか出来ないんだけどね。
そっと彼女を眺めていると、「そろそろ出番だよ?準備はいい?」って、背中越しに語りかけて来たんだ。
「もちろんさ。やっと助けに行けるよ」
軽く準備運動をしていると、彼女はパソコンから離れてボクを抱き寄せる。
「お、おねーちゃん?どうしたの?」
「どうやら私が出来る事は、もうなくなったみたい。後はお願い。彼が導いてくれるから、お姉さんを目指して」
優しくて温かい彼女の温もりと、少しだけ震える声を感じて、ボクは彼女を抱き締め返す。
「ありがとう、後はボクに任せて。必ず一緒に帰って来るから」
ボクと彼女が左手で交わすハイタッチ。
頭の中で彼の呼ぶ声が届く。彼女から数歩離れて意識を高める。ゲートが開いた事を確認し、その座標にパスを通すボク。
「いってきます」
ボクは笑顔を彼女に魅せて、この世界から旅立った……
・・・
・・
・
時は少々遡り、シュラフに攻撃を仕掛けている、アキト、ハクト、さわ。
シュラフも気づき、連続で閃光を放ち相殺して行く。
そんな中、アキトの放った数本の矢が、全魔導士の近くに刺さり、輝き出す。
「……な……に……?」
眩しい光を感じ、彼女は目を細め、反応したのであります。
「あ。しよ姉が気づいたよ?」
「ようやく姫のお目覚めのようだな。アキト、俺のカードは届いてるか?」
「問題ない。右手付近に届けたはずだ」
「上出来。まだ愛の力が残ってるって所かね」
「好きに言ってろ。とりあえず彼女が理解するまでの間、シュラフの気をこちらに引きつける」
「「りょ」」
3人は再び攻撃を開始する。いくら相殺されようが、届かなくてもお構いなしに。
「なんだか……騒がしぃ……戦闘中……なの?」
少しずつ意識を取り戻し、状況を把握していく全魔導士。見渡すと、数本の矢が近くで輝いている。見れば、手元近くの矢の先に、1枚のカードが固定されているのを発見。彼女は、自由になった右手を伸ばし、カードを矢から引き離す。そして内容を確認し、潤んだ瞳で微笑んだのです。
「わかった。みんなが諦めない限り、私もまだ頑張れる。そして信じるよ」
「目覚めたか、もう吸い尽くしたと思っていたが、まだ力が残っているようだな。……ではその力で、仲間を葬ってくれる」
頭の中に入り込んで来るシュラフの声。彼女の抗いも虚しく、みるみる吸い取られる彼女の魔力。全魔導士の力を自分の力と混ぜ合せ、シュラフの攻撃が変化し3人を襲う。
「だ、ダメ。この力は私じゃまね出来ないよ~」
「全魔導士の力か?まるで奇跡だな」
「ん?今更何言うとる。いつもの奇跡師の力だろうに」
「ど、どうするのよ?引くの?」
「「いやだね」」
魔力を最大まで高め矢を拡散させるアキト。さわの前に身を乗り出し、自ら盾になるハクト。
シュラフの攻撃は3人を呑み込み、地面が抉られ、黒い砂埃が舞い上がる。
「みんな…………いいえ、違う。みんなは無事よ」
空から状況を把握する彼女。そして近づいて来る懐かしい彼。
「しよ!右手を伸ばして、心で叫べ」
彼女は右手を伸ばす……
伸ばした手首に腕輪が入る……
そして、彼女は優しく瞳を閉じるのでございます…………
・・・
・・
・
お察しの通り、先程の語りで時が先に進んでしまった事をご理解いただいた上で、場面は次元の狭間の中。時も少々遡る事をご容赦いただきます。
正直、彼の奇跡の力なんて、今回ばかりは本当に賭けだったの。だって、失敗すれば精霊の玉の力も失われるし、あっちの世界との繋がりも途絶える。リスクが高過ぎなのよ。でもね、あの子のおかげで少しは確信が持てたわ。だって、自分と同様、いいえ、それ以上の異常な存在が立ち塞がれたらって思うと、私も同じような事はしてたのかもね。なんて無駄な事を考えてる暇なんてないわね。私が今すべき事、それは。
精霊の玉に自分の魔力を込め、誰もいない灰色の空間で彼女の名を叫ぶ。
お願い、あなたをもう1度だけ頼らせて……
「そんな悲しい事言わないでよ?ボクは何度だっておねーちゃんたちを助けてあげるから」
先に声だけが空間に響き、やがて姿を現す少女。視線が合ったその瞳は、とても優しくて力強かったわ。
「届いたのね。ありがとう、アペリラ」
私の言葉に、明るくて元気いっぱいの笑顔で返す彼女。
桜色の髪を靡かせて、私が持っていた精霊の玉に左の掌を添え、体内に取込んだ。
「ふーん。これがおねーちゃんの能力?」
「この世界だけよ?他のみんなも同じ。でもあの子には効かないのよ」
「そっか。なら早く行こう。みんなを助けて連れ帰ると約束したんだ」
「約束?……あ。もしかして……って話しは後ね、お願いアペリラ。力を借して」
「ウン。さあ行くよ。おねーちゃん」
あれから何秒たった?やはり奇跡を重ねてもダメなのか?でもここまで来て諦める事は出来ないんだ。仕方ない、残りの分も使か……!?
「何も起きないなら消えろ」
能力の発動より先にクリエに詰め寄られ、右手を強く掴まれた。
「さっきのお返しだ。そのまま落ちてくたばれ」
掴んだ右手を強引に振り回し、地面へと投げられるヒロ。あまりにも早い動作に対応が出来ない様子。
先輩としのが急いで対応しようとするも間に合わない。そう。ただ1人の人間と、1人の精霊を除いて。
「「おにーちゃーん」」
次元の狭間から伸びて来る黄色い閃光と白い粒子が、一直線にクリエへと走る。
そして接触と同時に2つに別れる光。
1つは精霊とともにシュラフと戦っている一行の元へ。もう1つは奇跡師とともに全魔導士の元へと伸びて行く。
「大丈夫?あんたがここでいなくなったら作戦は台無しなんだから」
「ああ。さすがに今回は諦めかけたけどな。成功してよかった」
「まだ成功じゃないわよ。後は自分で飛べる?悪いけど私は跳んでるだけなの。時期に落ちるわ」
「ありがとう。後で借りは返すさ」
さりげなく彼女が回復アイテムを使用してくれたのを感謝し、彼女の所へ飛んで行く彼。
「……ばーか。いつも借りを作ってくれているのを返しただけよ。頼むわねヒロ。しよを必ず取り戻して」
空から降り注ぐ強大な力が、アキト、さわ、ハクトに向かって落ちて来る。
しかし、引く事なく最後までシュラフに挑み続ける無謀な覚悟。
着弾まで数秒の所で一行を横切る小さな体。
そして、地面を抉る程の威力で叩き付けられる精霊を目撃した瞬間。少女はシュラフの攻撃を、見えない衝撃波で消滅させたのです。
「ふぅー。危なかったね、おにーちゃんたち」
「すまんな、厄介事に巻き込んでしまって」
「よ。久しぶりだな、不良少女」
「ありがと。そしてお願い。今度はしよ姉を」
「大丈夫だよ。おにーちゃんがすぐ傍まで来てる」
黒い砂埃で辺の視界を悪くする中、空を見上げる一行。
みんなの想いを右手に託し、呪われし腕輪を複製する。
「最後の奇跡だ。僕の全てを渡すから…………絶対に彼女の手を掴めよ」
全力で彼女に向かって、"光の鎖で繋がれている腕輪"を投げるヒロ。
彼女もまた、彼の存在に気づき、彼を見つめる。
見つめている視界に入ってくる腕輪、彼の言葉より先に手が動く彼女。
「しよ!右手を伸ばして、心で叫べ」
伸ばした右手に腕輪が入り、彼女は優しく瞳を閉じる。
彼もそれを見届け、瞳を閉じて落下して行く。
そして……2人が心の中で叫ぶ時、最後の奇跡が発動するのです……
2人が繋がった事を確認し、クリエの落ちた場所に落下して行くみあ。地面に着く数十センチの所でアペリラが彼女を瞬間移動させ、何事もなかったかのように地面に立った。そして、クリエに向かって歩き出す2人。
「ナゼだ。なぜオマエがここに入れる」
「やっぱりね。あんたはこの子と出会って何かを感じたのね?だからこの世界に来れないようにロックした」
「でもそれがヒントとなり、こっちに来れたんだ」
黒い砂埃がようやく消え、地上の様子が鮮明に見えた時。仕留めたと思っていた一行が生存し、その代わりにクリエが地面から立ち上がろうとしている姿を目撃するシュラフ。腑に落ちない光景ではありましたが、次に出る行動は既に決まっているようで。
「まだ息があるのなら、絶えるまで攻撃を繰り返すまでだ。私と全魔導士が融合した力の前では、どんなヤツだろうと」
「ほ~。どうやら本体の7割は彼女の力で補っていたんだな。こんなに衰弱してちゃ、右腕を動かすのも精一杯だっただろうに」
「女よ。ついに気でも狂ったか。無理もない、お前の何もかもがもはや崩壊寸前だからな。すぐに楽にしてやろう。お前の仲間達を消して」
「うるさいよ、お前。まだ気がつかないのか?もうお前にくれてやる力なんてないんだよ。なぜなら」
「私は、ここにいる」
地上からシュラフを見上げる1人の男。
その右腕の腕輪から伸びている光の鎖。
その鎖はシュラフ本体へと繋がっている事に気づく。正式には彼女にでありますが。
「ま、まさか?キサマは何者だ?」
「僕かい?……ただの"村人"さ」
全魔導士と言う動力源を失い、戦艦のように大きかったシュラフの本体が自己崩壊を始めます。それはなぜか?答えは簡単。彼は腕輪の能力を使い、アノ時のように入れ替わりを試みたのです。中身が入れ替わると言う事は、シュラフ本体にいる全魔導士が村人に変わる。お気づきですか?奇跡師が村人になっている事に。この説明も簡単でございます。彼の本来の職業は村人。条件を満たした時のみ奇跡師へと進化していた。今、地上に立っている彼の中には全魔導士がいる。すなわち、一行に全魔導士の仲間が入ったわけですから、彼は元の職業、村人へ戻ったと言う事ですな。
予想外の出来事に怒りを現すも崩壊は止まらない。徐々に降下を始める戦艦型のラスボス。
「話しは後。クリエ、お父さんを助けに行きなさい」
「?……待ってろ。直ぐに相手をしてやる」
みあの言葉に戸惑いながらも、シュラフの元へと消えたクリエ。その言動に一行は口を挟まない。
「アペリラ、彼の所へみんなを飛ばせる?」
「ウン、行くよ」
・・・
・・
・
……と、手短に説明すればこんなもんだ……
……うん。全部を受け入れるのにはまだ時間が足りないけど……
……大丈夫。少しずつ自分の物にして行ってくれ……
……わかった。ねえ?聞いていい?……
……うん……
……私って、元の体に戻れるのよね??
さっきまで片腕を動かすのも辛かった自分。でも今は当たり前のように動かせるし、疲労感もない。って言えばウソになるけど、この疲れは私のものではないんだ。だって、私は、私の体は、まだアイツと一緒にいるの。でもね……
「私は、ここにいる」
空ではあの化物の崩壊が始まっている。私は彼の体を借りて、身代わりに彼が化物に捕われてしまった。
「ほんまは挨拶が先かもやけど、後でええな?心配せんでええで、ヒロくんは初めからこれを狙っていたんや」
「もしかして、先輩ですか?狙っていた?……はっ。私の体が目的だったの?」
「そ、それは考え過ぎや。説明せんでもこの状況で理解してもらえるやろ?」
「その声は、しのちゃん。ごめん、私ったら変な妄想を」
先輩としのちゃんは、互いの顔を見合わせて笑い合う。
その後、しのちゃんが手短に説明をしてくれたの。先輩は、「ま~長い事捕われてたら、悪い事ばかり考えるわな」とか言いながらも、表情を硬くし、私に謝罪して来たから驚いちゃったよ。聞けば、あの化物は先輩の旦那さんだったなんて。なんだか色々あり過ぎて、全てを受け入れるのには時間が足りないかも。とりあえず、今優先すべき事から少しずつ整理して行こうと決めた私。今優先すべき事。それはね。
「あの、私って元に戻れます?」
「「戻れたらええな」」
「知らないの~?やだやだ、戻してよ、てか返して私の体~」
切実な願いが空へとこだまし、私の目の前に現れる仲間達。
「しよー、迎えに来るのが遅くなってごめんね」
現れると同時に私に向かって真っ先に抱き着き、離してくれない彼女
な、ナニ?この鼓動の高鳴りは?しかも彼女が変に柔らかく感じるし。
「ちょ、ちょっとみあ。そんなにくっつかないで。なんだか暑くて汗が出てくる」
「ふふふ。しよ姉、私もその気持ちわかったりして」
いたずらに笑みを浮かべ、私に腕輪を見ろとジェスチャーするさわさん。
え?もしかして彼と繋がっているの?あ。心は私でも体は彼なんだ。てか男ってわけね?だから彼女にドキドキ……?
「これってヒロの感情なの?」
「へ?ヒロ?…………あぁー忘れてた。ごめん、離れる」
「まったく、色々と誤解があるから言うけどな、あいつは異性を引きつける能力はあるが耐性は低いんだ。だから、そうやって責められると誰にでも同じ反応になる……と思う。違うか?恋敵」
「そうだな。でも相手がみあだからな。こればかりは本人に聞くしかない」
「まーまー。この話はやめにせーへん?誰も得する議論やないと思わん?」
しのちゃんの冷静な判断で、全員が納得したみたいだけど。私はなんだか複雑かも。でも、あの2人は昔からこんな感じだったんだね。私も彼女みたいな性格だったらよかったな。
「主よ、先程踏み台にした刀だ。戦士からの形見と言えばよいのか?」
「ありがと巨人。さっき跳ぶために、乱暴に扱ってしまったわね。彼の事は安心して、生きてるわ。この世界ではないけどね」
その言葉を聞き、仲間達の表情が和らぐ。ん~、やっぱ私にはわからない事が多いわね。
みあが巨人と言う人から刀を手にし、私に向かって歩いて来る。
「さ。準備はいいかしら?さっさとヒロを落として、早く元の体に戻るわよ。それと、抱き着いた事……あいつには黙ってて」
「多分もう遅いと思うけどな。それよりどうやって戻るの?」
「しよは何もしなくていいわ。巨人、その鎖を引っ張ってシュラフから彼女を剥がして」
「心得た。全魔の者よ、悪いが鎖を握るぞ」
巨人は私から伸びている光の鎖を握ると、巨大化した腕で力の限り引き寄せる。
一方上空では、崩壊して崩れ落ちて行く瓦礫を砕き、少年に支えられながら、黒い柱に向かって消えて行く人影。
「あれが本体、いや、本人なんだな。さて、早く出ないと彼女の体が危険だ。とは言え、乱暴に扱うわけにも行かないし……と言う事にしといてもらうか。全部渡してしまったからな……」
思ったよりも、彼女を拘束している魔物の皮膚は硬く、改めて巨人の力に関心した彼。自由に動く右腕を眺め、試しに腕輪に力を与えてみるも、何も反応しない。
「だよな。村人だし。今までズルしてた罰かもな……って、何だこの力?腕が」
腕輪に着いている光の鎖が一直線に地上を刺す。
鎖を目で追った先に見える仲間の姿。どうやらしびれを切らして引きずり落とすつもりだと悟った彼。抗いようのない力に身を任せ、落下の準備に入った時。鈍い音とともに魔物の皮膚から私の体が引き剥がされたの。
「よし、これで……え?ちょ、服が……」
長期間の密着と拘束により、衣服が破れて?って、やだやだ。説明したくない。
「みんな見ないでぇぇぇ~」
「さわっち、しよを目隠しして落ち着かせて。男どもは目を閉じなさい。それからヒロもよ。見たらこのまま斬り捨てるわよ」
取り乱す私に、さわさんが後から両手で両目を覆い、「目を閉じて、次に開くと元の体だから」と耳元で囁く。羞恥心でそれどころじゃないけれど、私は言われるがまま目を閉じたの。
「聞き取り辛いが、殺意の目で刀を構えられた事で何となく理解したよ。でも、もっと優しく引っ張ってくれよぉぉぉ~」
「ヒロくん。左手と両足を上手く使うんや。今からみあちゃんと一緒に服を届けるから」
空へ飛び出し頭から落ちて行くヒロ。てか私の体。しのちゃんの助言で目を閉じながらも、必死で私の全てを守ろうとしてくれているみたい。見えないけど。
「行くわよ。しの」
「うん、行こう」
2人は巨人に向かってジャンプし、光の鎖から離した手を突き出すと、それを足場として空へと舞い上がる。
空中でみあが減速し、抜刀の構えに入った時。しのちゃんが道具袋から何かを取り出し、私の体に狙いを定める。
「「せーの」」
みあによって斬り離される光の鎖。しのちゃんが投げた小さな何かが、私の身体に吸い付いた。
「お帰り、そしてお疲れさま」
「ああ。ただいま、さわちゃん。このまま手相でも占おうか?」
「いつから占い師に転職したのよ?もう少しこのままでいてくれる?」
「もちろん。みあに斬り捨てられるのはごめんだしな」
「ふふ。これで本当に作戦終了だね」
返事と同時に彼に着いていた腕輪が外れ、地面に落ちる。
長く装備していたせいか、右腕が軽くなった気がした彼。
「本当にお前は全魔導士を救う鍵だったよ。ありがとな」
なんだか凄く風を感じる。しかも浮いている感覚。一瞬意識が飛んだと思ったら直ぐに戻って来たし。一体何がどうなって?しかもこの開放感。まるで何も着ていないみたいだわ。……何も着ていない?まさか。
「やっぱり~私ってば裸じゃない」
色んな危険を脳裏に過らせ目を開く私。予想通りの姿に思わず声を発してしまう始末。でも……お帰り、私。
「裸やないで、しよちゃん。こんな事もあろうかと、捨てずに持っとってよかったわ」
「思い出すわね、あの時の罰ゲーム」
「みあちゃん、それは言わんといてー」
「落下しながら、よく普通に思い出話なんて出来るわね~2人とも」
重力に逆らう事も出来ず、ただただ落下して行く私達。2人は互いにうなずいて、ジタバタもがく私を支え巨人に合図を送る。大きな片手が衝撃を吸収し、静かに地面に足をつけたの。
「あ、ありがとうみんな。でも恥ずかしいから、あまり見ないで下さい」
仲間に背を向け、体を丸めた私。少しの視線も今は絶えられない。せめて隠せる物が欲しい。
「心配しなくても乙女の恥じらう部分はもう隠れてるわ。少し冷静になって自分で確かめてみなさいよ」
みあの呆れた声が私の耳に届き、騙されたつもりでそっと確認してみると、ほんのちょっぴりだけど、布が付着しているのがわかったの。聞けば、この布は装備品。名を"ギリセーフな布"だとか。以前、みんなが立ち寄った街で手に入れたレアアイテムらしい。
「しの使用済みのやつだけどね」
「もう、みあちゃん。でも、おかげでこの布が装備品と理解出来たしな。しよちゃん、頭の中で自分の着ていた服や着てみたい装備をイメージするんや」
私は言われるがままに、そして一時でも早く、醜体を晒したくない一心でイメージしてみたの。すると、布が輝き出し全身を覆う。やがて光が消え服が生成された。
「これは正に全魔の衣装。主よ。問うが、衣装で強さが変化するのか?」
「え?それは無いと思うんだけど、どうかしたの?」
「この者の中から、膨大な魔力と力が伝わって来る」
冷静になってようやく気づき始めた自分の力。しかも元に戻ったのに、私の中にあった疲労感が感じられないなんて。
『手短に説明すればこんなもんだ』
もしかして彼が言ってた全てって……。私は急いで彼の側まで走り安否を気遣うも、「大丈夫だ」と言う作り笑いで返された。みんなに心配かけないためだって事は知ってる。あなたはいつもそうだったから。なら私がこれからすべき事は…………これよ。
意識を集中して右手を伸ばすと、自然と魔方陣が現れる。
よし、なんとかなる。
私は初めて使用する能力を、彼に向かって使用した。
「さすが全魔導士さま。後は任せていいかい?」
「ええ。ゆっくり休んでて。みあ、あなたもヒロの側でいて」
「な、何でよ?私は平気だって、それになんでヒロの」
「はい却下。あなたも結構無茶してるでしょ?一緒に座って"回復して"て」
彼が座っている地面に描かれている魔方陣、それは体力と魔力を回復させる効果があるの。でもまだ上手に使いこなせてなくて、完全回復までには時間がかかるみたい。だから2人をしばらくその場所でいさせようと考えたの。
「せやな、アペちゃんの時から魔力使いっぱなしやしな。後はうちに任せて、しよちゃんも一緒におったげて」
「ううん、私は大丈夫。全魔導士の名にかけて、私も一緒に戦います」
「ならば主の代わりに我も同行しよう」
「俺も行く。後方で攻撃しつつ、しよを守る」
「妹、ハクトはん。酷かもしれんけど、うちらはクリエを止めるで」
「はい。こっちにも精霊さんがいるから安心だね」
「ん?いや、さっきから不良少女の姿が見当たらないんだが?」
「あの子なら、先に行ってくれてるわ。確かめたい事があるからって」
・・・
・・
・
汚れた白衣を脱ぎ捨て、黒い柱の中へ入り込んだシュラフ。
その中にある、研究施設のモニターごしに敵の姿を確認し、怒りに満ちた声でクリエに問う。
「なぜ始末せずに帰って来た?」
「パパが心配だったから」
「そうか、それは感謝しよう。だが、アイツらをいつまでも調子に乗らすな!さっさと行って消して来い」
「それはさせない。そして出来ないよ」
扉も開いていない部屋の中に、見知らぬ声が響き渡り、声の主を捜すシュラフと、声の主を知っているクリエ。
やがて足音が響き出し、ゆっくりと姿を現す少女。
髪の色を見た途端、理解し喜ぶ人間と、表情を強張らせ睨みつける精霊。
「ねえ?質問に答えてくれる?その子は一体何者なの?」
左手の人差し指でクリエを指差し、冷ややかな視線をシュラフに送るアペリラ。
彼は質問に答えず、ただただ嬉しくて笑いが止まらない。
「言いたくないなら見せてもらうだけだよ」
彼の視界から姿が消え、背後から細くて力強い左手が後頭部を掴む。クリエが直ぐに反応し救いに向かうも、彼女が放つ衝撃波で壁に激突する。圧倒的な力に笑いから恐怖へと叩き落される彼。
「ほんの数秒だけじっとしていて。じゃないと命の保証は出来ないよ」
「生意気な小娘が、まあいい。好きに覗け。そして理解しろ」
精霊の力を持ちながら、人間から産まれた存在。それなのに痛みを感じないと言う矛盾。完璧なようで中途半端な存在。例えるなら、器の中に魂だけが入り込んでいるような感じと彼女は推測するのです。
意識を集中し手掛かりを探る彼女。そして辿り着いたあの夜の事。
──道路照明灯……
───シルエット……
────桜の花びら……
「もしかして…………あの花びらからボクを?」
シュラフから手を緩めた事を合図に、クリエが瞬間移動で彼女の側面に現れる。
一瞬の隙を突かれ。アペリラはクリエの拳で壁に激突。すぐに追い打ちの体当たりで壁を壊し、柱の外へと飛び出したのであります。
崩壊した柱の部分から、落ちて行く精霊を見つめるシュラフ。悪意に満ちた表情を浮かべながら彼女を指差し叫ぶ。
「ようやく会えたな真精霊。待っていろ……その力、必ず」