4話_んじゃ。行くね
しっかし。予想以上の破壊力だな。これなら魔物も仕留められる、か。でもな~
「見事に俺が喰らっちまったな」
あの時、賭けに負けた俺は、自分のスキルで自爆した。ヒロには厳しいツッコミを入れられたが、あいつがしのさんを回復させた時、しれっと俺まで回復させやがった。おかげで痛みは和らいだし、仲間の戦闘パターンも把握出来たんだが。
ま~あれだな。あの戦い方じゃダメだ。
各々の強さはある程度ある。でも勝機が見出せないのは"個人芸"だから。
要するに、それぞれの職業に合った戦い方を"組み合わせ"ればいいんだ。
おそらくヒロが言った言葉の本当の答えは、『ハクト。お前は今後、何もするな。お前が倒れたら、このチームの指揮は誰がとるんだ?』と、言う解釈にしておくか。
「さてと。実際は"俺達は強い"って事を、実感してもらうか」
俺は仲間の元へと走りながら"切り札"を準備した。って事で、語りを任せるぜ。
~ Battle Bet Quest 4ミシシッピ_んじゃ。行くね ~
承知いたしました。
ハクトが到着するまでの間、戦闘はどうなっているのかと申しますと…
「みんな、とりあえず僕の後へ。少し休んで」
「せやかて、コイツを仕留めんとどないもならへんやん」
焦りで、拳も乱雑になって来ているしの。明らかに2度目の限界が近い模様。
「あーもう意地っ張りなんだから」
みあが全力疾走でしのに突進し、両手で彼女を突き飛ばす。おかげで、少しだけ魔物から遠ざける事に成功したのも束の間。魔物の素早い攻撃が、みあに降り注ぐのでありました。
彼女は攻撃を受ける覚悟を決め、その場で屈みながら、両手で頭を守ります。
しかし、そもそも盗賊という職業は、素早さはあっても防御力はほぼ皆無。例え攻撃を防いでも、直撃すればほぼ致命傷になるくらい、正に紙の装甲であります。
そんな事はお構いなしと、彼女目掛けて向かって来る一撃。
「みあちゃん」と、空間一体に広がる声。滅多に大声を出す事のない彼女が、今にも泣き出しそうな表情で叫んだ時。
「戦いの最中は、常に敵さんを見てなくちゃ。本当にやられちゃうぜ?」
確実に当たったはずの一撃は、彼女には届かず、大きな体によって受け止められたのであります。
一瞬何が起こったか理解不能の彼女。両手の隙間から、声のした方へ視線を向けて、ようやく事を理解する。
「見つめながらダメージ受けろって?そんな事したらトラウマになるでしょ?でも気をつけるわ。ありがとう、ハクト。……痛くない?」
「ん?あ~多少はな。だが、タイミングは合ってたからな。どうやらあいつは解って来てる」
彼は一体、何を言っているのか?またしても理解に苦しむ彼女でありますが、彼をよく見ると、身体全体が白く光っている事に気がついたのであります。
「もしかして。ヒロ?」
「もしかしなくてもな。さ、しのさんと一緒に一旦離れて、最後のターンにしようぜ」
ハクトに守備力アップのスキルを使い、それと同時に相手に向かって行くヒロ。途中、しのに回復スキルを使用しつつ、間もなく魔物の目の前に辿り着く所でございます。
「そこの爆発カップル。早くしのと合流してくれ。ここは僕が"時間を稼ぐ"から」
「だぁれぇが爆発よ?って。ちょっ、ハクト?」
「へいへいっと。急ぐぞみあ」
ヒロが足を止めずに魔物に挑みに行く。それと同時に、ハクトがみあを抱きかかえて離脱する。
去り際に、ヒロに向かって何かを投げたハクト。それを左手で受け取り、道具袋にしまう。
「バカみあ。無茶しないで。ハクトはん。ほんまありがとう。そしてごめんなさい」
しのがみあに抱きつき、涙を浮かべ、視線をハクトに送った。その姿をあまり見ないようにして、2人に語る。
「あまり時間を掛け過ぎるとヒロが危険なんでな、手短に話すぞ。"連携攻撃"をする」
「「れんけいこうげき?」」
「ああ。俺達は、ヒロのような無茶苦茶なスキルは持っていない。だが、スキルの使い方次第で、俺達も奇跡は起こせる。要は、クマ型野郎を倒せると言うわけだ」
「ちょっと待って。それならヒロに、奇跡のスキルでアイツを仕留めたらいいんじゃない?」
「最もな意見だ。だが、今のヒロには奇跡スキルは使えない。白魔導士になってるし、レベル20くらいなら最大2回が限度ってとこだな」
「何でそんなに詳しいん?まるで、このゲームを知ってるようやんか」
「このゲームは初めてだが、知識はあるぞ。俺はこう見えてオンラインゲームの達人でな、色んなゲームに手を出して、プレイしてたんだ。だから、ある程度ならこのゲームの攻略は可能だ」
「だって。ま、このまま戦ってもどうせ勝てないんだし、ハクトに乗るわ」
「せやな。うちも正直限界やったし、これに懸けるしかなさそうやな」
「決まりだな。んじゃま、作戦を伝えるぞ。勝負は1度きり、多少のミスもアドリブでなんとかする事」
2人は互いにうなずきまして、ハクトの作戦に耳を傾けたのでございます。
・・・
・・
・
この戦闘が終わったら、武器でも買おう。
なぜそう思ったか?それは、僕は武器を装備していないから。そもそも奇跡師専用の武器なんてない。言い返せば、何でも装備は可能っぽい。ここだけの話、武器はある。それは初期設定時に"村人"に用意されていた"草刈鎌と竹槍"。こんなの装備して戦っていたら、「何?あんた百姓一揆でも起こすつもり?」なんて彼女にツッコまれて笑われるだろう。だから、あえて素手で戦うと決めた。そう。決めたんだけど。
「やっぱ素手は痛て~な。全然効いてないし」
実際、僕なんかがコイツを仕留める事は不可能。少なくとも"今は"って話。
だから、今僕がやる事は、コイツを引き抜く。
僕は魔物の攻撃を受けながらも、ヤツに刺さっているナイフに手を伸ばした。
「くっ。抜けないか。だったら」
僕はナイフを引き抜くのを諦め、押し込んだ。
ん?怯んだ?もしかして効いてる?
僕は再度、魔物にナイフを押し込んだ時。突然僕を地面に叩きつけ、刺さっていたナイフを引き抜き、投げ捨てた。そして魔物は逃げるようにして、僕との距離をとった。
「よっと。武器は返してもらったわよ」
その声は空から聞こえた。
投げ捨てられたナイフを空中でキャッチして、僕の近くで着地する彼女。
「待たせたわね。……まだ動ける?」
僕は痛さに耐えながら、立ち上がろうとしていた時。
「よっと。これで貸し借りなしだ」
「ヒロくん。無事なん?」
ハクトが僕を起こしてくれて、心配そうに駆け寄って来るしの。
どうやら準備は整ったようだ。
「みんな……それよりヤツは倒せそうかい?」
「倒せそうじゃなくて、倒すのよ」
彼女がナイフを構えると同時に、足下に黄色い光が現れる。
それが合図と知った僕たちは、集中し、構える。
「んじゃ。行くね」
光を纏ったその足で、彼女が地面を蹴った。
その風圧が僕たちに届く頃には、彼女の姿は見えなくなっていたんだ。
「なっ。どうなってる?」
「説明は後で彼女にしてもらえ。俺らも行くぞ」
・・・
・・
・
まさか通常戦闘がここまで長引くとは、作者も思っていませんでした。しかし、この戦いは、一行を強くするきっかけにもなるのです。連携攻撃。平たく言えば、仲間との絆が勝利の要となる。この連携を積み重ねる事により、一行は、更なる苦難も乗り越えて行けるでしょう。
さて。スピードを上げ、魔物との距離を詰めて行くみあ。それに気づいた魔物も、自慢の素早さで向かって来るのであります。
足の勝負では五分五分と言った所。いやいや、これは先程までの状況。
彼女の足に纏っておられる黄色い光。その力が、互いの素早さに差をもたらしたのでございます。
「さっきとは違う。これなら絶対に当たらないし、確実に狙える」
余裕の表情を浮かべ、攻撃していた魔物も、もはや彼女に翻弄されている。動きは止めず、今度は両手に黄色い光を纏う彼女。攻撃のミスを見逃さず、懐に飛び込んだのであります。
「あんたのコレ。貰ったわよ」
彼女がナイフを構え、さっき刺さっていたナイフの傷口を斬りつける。そして、すぐさま手を伸ばし、相手から"メタルの装甲"を3枚奪ったのでございます。
お気づきかと思いますが、これは彼女特有の特技、"ぶんどる"。いやはや、彼女の職業にふさわしい特技でございますな。
「しの、ハクト、受け取って」
奪った装甲は掌サイズ。1枚はしのに、残りはハクトに向かって投げる彼女。
しのは魔物に向かって直進しながら、左拳に赤い光を纏わせます。そして、飛んで来る装甲に向かい、タイミングを合わせるように拳を引いた。
「自慢の装甲だろ?これなら光も通さないよな」
しのが攻撃する直前。ハクトが魔物の背後に回り込み、受け取った装甲2枚を、目に押当て視界を奪う。
その隙を見逃さず、全力で拳を装甲に打ち込むしの。
「これならどうや!」
まるで赤い光の弾丸が、魔物目掛けて飛んで行く。攻撃を確認したと同時に、ハクトは魔物から離れ、防御態勢をとる。赤い光の弾丸は、見事に命中し、全身ピカピカのメタルの装甲が、バラバラに砕けたのであります。
砕けた装甲のダメージを受け、魔物の動きが止まった事を確認したしの。これはチャンスと、再び赤の光を拳に纏わせ、走るのです。
「これで…とどめ……」
長引く戦闘で、既に限界を超えていたその身体。
拳の光は消え、魔物の目の前で倒れたしの。
「まずい。みあ、それを投げてくれ」
「え?あ、お願い」
とっさの判断で、みあからナイフを投げてもらうヒロ。
飛んで来るナイフに合わせて走り出し、道具袋から何かを取り出した。
「ハクちゃん、アレを使う。彼女を連れて離れて」
「そう言うと思ってな、今向かってるよ」
彼より先に、足が動いていたハクト。倒れているしのを、両手ですくって走り出そうとしていた時。
魔物の鋭い攻撃が襲いかかって来ます。
「させるかよ」
相手の肩にナイフが刺さり、攻撃が一瞬遅れたおかげで、間一髪避ける事に成功したハクト。そして、みあのいる場所まで距離を置くのです。
「アンタは本当に強かったよ。でも、おかげで僕たちは成長出来た」
魔物の目の前に立ち、右手に"カード"を持つヒロ。
「あれは?ハクトのカード?」
「みあ。危ないからハクちゃんの後へ」
「何言ってるの?その技は相手にカードを渡さなきゃでしょ?」
「カードならもう渡してる。敵さんの肩を見てみ」
しのを守るため、相手に背を向け語るハクト。
見ると、魔物の肩に刺さったナイフに、カードも刺さっていたのであります。
「切り札は最後までとっておくのが基本なんだぜ。ま、スマートな勝ち方じゃないけどな」
「そう言う事。初の実戦がこんなオチで申し訳ないけど、今はこれが精一杯だ」
ヒロがカードを魔物に見せる。
それと同時にハクトも笑う。
「バカ。そんな至近距離じゃ、あんたまで」
彼の元へ向かおうと、急いで足に黄色い光を纏わせようとしていた彼女。しかし光は現れない。彼女もまた、限界を超えていたのであります。
「う…そ。こんな大事な時に」
やがて辺りは、大きな爆発とともに、白い光に包まれていたのであります。
周りの景色が元に戻って行く。それは、離れた空間が元に戻った事を意味します。
無事に戦闘に勝利した一行。爆発により荒野と化した片隅に、仰向けに寝ている男性と、その顔をそっと撫でる女性の姿があります。
「戦いの最中は、常に敵を見てなくちゃダメだって言ってたのに。……私のせいで……ごめんなさい」
「……俺が…背を向けてたのはな……あの一手で勝負が着いてたからだ。だから、君が気に病む事はない」
「ハクトさん。気がついたんですね?」
潤んだ瞳で彼を見て、笑顔を魅せる彼女。しばし2人の会話に耳を傾けるといたしましょうか。
「そんな顔をしないでくれ。それより、ちゃんと守れたか?ケガでもさせたら、アイツらが黙っちゃいないしな」
「はい。爆発のダメージはありません。みあちゃんも無事でした」
「そっか。彼女は?」
「みあちゃんは、貴方の相棒の介抱に。ここから数百メートル先の木陰付近かと。彼女を怒らないであげて下さいね」
「何で怒らにゃならん?いつもの彼女に戻っただけなんだから」
「ふふっ。ハクトさんもそう思う?ほんと、可愛いでしょ?彼女」
「ま~な。でも、しのさんも俺は好みだがな」
「そう?なら私も試してみます?」
「これはとんだご褒美だな。でも今回は、破れた服の隙間から見える、小麦色の肌と、綺麗な膨らみを隠している、水色の布で十分だ」
「ええ!?は、はぅ。み、見んといてよ」
「はぁ~ありがたや、ありがたや」
両手を合掌して彼女に手を突き出す彼。胸を両腕で隠して彼に背を向ける彼女。
戦闘後のささやかなスキンシップと言うものでございましょうか。その後、2人は地面に並んで寝そべり、体力の回復を待っておりました。
「あ。いたよ~。ハクさんとしの……さん?え?え?何で服が?もしかして襲った?」
空間が戻り、突然消えた仲間を探していたロケバス組。さわが荒野を見つけ、先に様子を見に来ていた所に、2人を発見いたしました。が、少々状況が判断出来ていない模様。
「な~に?見つかったんか?妹」
「あ、え~え~と、まだです。勘違いです。ほんと、だからもっちゃんさんは向こうを探して下さいです」
この状況を先輩に見られては、良いネタにされると判断したさわ。すぐに先輩を遠ざける事に成功し、なぜか忍び足で2人に近づく。
「襲われたのにしては、良い顔で寝てるわね。は。合意の上の出来事だったの?」
いつの間にか眠ってしまってたしの。彼女の事が気になり、隅々まで確認するさわ。
「今は眠らせてやってくれ。それと、誤解の無いように言っとくが、俺は何もしてない」
「わぁ。ハクさん、寝てなかったの?」
「俺まで寝たら、彼女を守る事が出来ないからな。姉御を遠ざけてくれたのには感謝するよ、店長さん」
「ハクさん。もうその呼び方はやめてよね?名前で呼びづらいなら、妹でもいいんだよ?」
「いや。そっちの方が色々と誤解されそうだからな。すまんがしのさんを頼めるか?」
「それは構わないけど、ハクさん一緒に行かないの?」
「俺は残りの仲間を連れて来るさ。それまでケバスに乗って、この場所で待っててくれ」
彼は静かに立ち上がり、さわに背を向け、軽く右手を上げる。
・・・
・・
・
身体が少し重い。でもなぜか温かい。ほのかに香る草の青さと、甘くて優しい香りが伝わってくる。
けれどそれだけ。実際は何も見えない。ただ暗い空間に浮かんでいるようだった。
『あ。見つけた。おにーちゃん』
誰かに呼ばれた気がしたけれど、何処にいるのか判らない。でもこの声には聞き覚えがある。
『あー暗くて見えないんだね。待ってて』
その言葉の後、暗い空間に光が産まれ、辺りを白く染める。僕は眩しさのあまり、自然と目を開けた。
そこに現れたサクラ色の髪の少女。よく見ると、姿は別人だったんだ。
『……それが本当の君なのか?』
『ウン。迎えに来たよ、ヒロおにーちゃん』
どうやら彼女は、現世からいなくなった僕たちを探し、ここに辿り着いたようだった。
どうやって連れ戻すかと質問すると、少し困った顔を見せて口を開いた。
『こっちから時間を戻して、おにーちゃんたちを連れ戻そうと考えたんだけど、能力が弾かれるんだ。おにーちゃんたちは、どうやってそっちの世界へ行ったの?』
『それは僕たちも調査中なんだ。それに今は帰れない。帰るならしよを救ってからだ』
『しよおねーちゃんがどうかしたの?』
僕は手短に、事情を説明しようとした時。彼女の体に乱れが走る。
『クッ。時間がない。なら……せめてこれだけでも……手を伸ばして………おにーちゃん』
伸ばした手の上に"丸い玉"が乗せられる。これは?と聞く頃には、彼女の姿が消えて行くのがわかる。
『ちゃんと説明出来なかったけど……しのおねーちゃんに……聞けば……な』
最後まで言葉を聞けず、彼女は消えた。そして白く染まった空間も、再び闇に包まれたように暗くなる。
僕は、彼女から受け取った玉を道具袋に入れ、心地よい香りと風を感じながら、目蓋を閉じた。
気のせいだろうか?頭が少し軽くなった気がする。そして後頭部に伝わる温もり。
少しずつ身体が楽になって来た。ふいに暗闇が晴れるように、太陽の光が目蓋ごしに届く。
僕は眩しさに耐えきれず、自然に右手が目元に向かって動いていた時。
「……よかった」
誰かの声とともに、優しくて暖かい両手が、僕の右手を包み込む。
突然の出来事で僕は驚き両目を開くと、疲れ果てた表情で、ぎこちなく笑顔をつくる、彼女の姿が見えたんだ。こんなに近くに?しかも頭に温かさを感じる。え?これってまさか……膝の上に?
状況を理解した僕は、すぐに膝から頭を起こそうとしたのだけれど、彼女が黙って首を左右に振り、頭を両膝に戻す。それを察して、好意に甘える事にした僕。
「そんなに優しくしないでくれ。調子が狂う」
「……今だけよ。まだ痛む?」
「そうだな。でも、楽にはなって来ているんだ。みあのおかげかもな」
彼女に看病されている事を、素直な気持ちで言葉にしたつもりだったのだけど、突然視線を逸らし黙る彼女。ん?口元が少し汚れているな。
「どうした?草でも食べたのか?口元が汚れているぞ?」
「え?そんなもん食べるわけないでしょ?た、食べてはいないんだから」
視線を元に戻し、右手で口元を拭う彼女。そして、いつもの強気な表情になって口を開く。
「でも、あの爆発を間近に受けて、よく無事だったわね」
「あの時。爆発の寸前に、僕は防御力アップのスキルを発動してね、そのおかげでダメージは軽減されたんだ」
「あんな無茶苦茶な事、今後しないと約束して。アイツにも説教しとくから」
「お。鋭いな。何でアイツまで?」
「そんなの簡単よ。だって、あのスキルって賭博師のモノでしょ?あんたはカードは使えても、爆発までは起こせない、違う?」
「はは、そうだな。白状すると、僕が魔物の近くにいた理由は、そうしなきゃダメだったからなんだ」
そう。あの時、魔物の目の前に行かなければ、切り札は完成しなかったんだ。賭けというスキルは、どちらかが必ずダメージを受ける技。言い返せば、至近距離でどちらかがダメージを受ければ、相手も巻き沿いに出来ると言う発想。だから勝負なんて最初からどうでもよかったんだ。
「呆れたわ」
「そりゃどうも」
いつもの笑顔で噛み合う2人。ふいに右手で自分の足下を撫でる彼女。
「ごめん。重いだろ?」
「平気よ。これが動いてくれたら、あんたを守れたかなって」
「もしかして、あの光か?あれは何なんだ?」
「え?あんたも使っているスキルよ?あ、私のは"特技"って言うらしいわ」
「ちょっと待て。さっき戦闘中に、その光が無くても魔物と互角にやり合ってただろうに」
「そうね。だって、あんたが本気を出せと言わなかった?だから期待に応えてあげたのよ」
なっ。通常時で能力を底上げ出来る事なんてあるのか?だとすれば、彼女はまだまだ強くなる。いや、もう既に強いんだな。僕も頑張って強くならなきゃな。
「僕はてっきり、特技を使ってたと思ってたんだがな。なぜ使わなかったんだ?」
「知らなかったからよ」
「まったく。呆れたよ」
「褒め言葉として貰っておくわ」
彼女が前屈みになり、僕の顔を覗き込む。彼女の体の動きに連れて、自然と頭も動かされる僕。一瞬視界から彼女の顔が見えなくなり、甘い香りが鼻先をくすぐると、彼女は慌てて体制を元に戻す。僕の表情を少し伺い、少しだけ恥じらいを魅せる彼女。
いつしか、風の音が聞こえて来るくらいの静寂。
何だこの展開は?こんな彼女は見た事ない。てか膝枕されているだけでもありえない。いつもなら、僕をからかっておしまいのパターンだろ?そうだ、これは夢なんだな?そう。これは夢にして、冷静に目を閉じて考えよう。ほ~ら閉じたぞ。ん?そういや、さっきも僕は夢を見ていなかったか?確か精霊に何か受け取ったような……でもこれも夢なら何もかも……
「ヒロ…………いいの?」
え?何が?
色んな思考が頭を巡り、脳内崩壊寸前の僕は、彼女の誘惑声で目を覚ます。
「え?ちが、ごめん。そんなつもりじゃなくて、夢オチなんだろ?」
「夢?何を言ってるのよ。バカ………でも…いいか」
後半の言葉が聞こえずらかったけど、彼女は何かを思い出して、軽く微笑んだんだ。
「お。しけこんでいる所悪いが、そろそろ出発らしいぜ?」
遠くの方からハクトの声が聞こえて来る。その声に反応した彼女は、急いで僕の頭を投げ捨てる。
「は、ハクト。誤解しないでよね?これは看病してただけで」
「へいへい。みあらしいお返事だな。ほら行くぞヒロ。いつまで寝ている?」
「もう、何がなんだかわからん」
結局の所。彼女が僕といた時間は全部本物。紛れも無い事実。
僕としては夢であってほしいと若干願っていたんだけども。
て事は。アペリラに会った事が夢?
仲間の元へと向かっている途中、ふと道具袋に手を入れた僕。
「こっちも……夢じゃない?」
「ん?どうした?まだ彼女酔いか?」
「ちょ。やめてよハクト」
「ははは。何でもない。さぁ、行こう」
こっちも本物だったんだ。なら、まずはこの玉の使い方を、彼女に聞いてみるしかなさそうだな。
一見、紅色をしている小さな玉。それを右手の掌に乗っけて目元まで持って行くと、鏡のように自分の顔が映ったんだ。
おや?口元に何か付いてるな。僕は左手で口を拭って確認してみた。
「これは……草?」
・・・
・・
・
時は現代。彼の部屋の真ん中で、1人の女性と精霊が背中合わせで座っている。
女性は肩を揺らしながら胸に手をやり呼吸を整える。一方精霊は、元の姿に戻っており、冷静に事を整理しておりました。
「はぁ、はぁ。こんな経験、一生ないわね」
「ン?あーごめんね。なんか危険な事に巻き込んじゃったみたいだ」
「それは別にいいの。連れて行ってとお願いしたのは私だしね。これがアペリラちゃんの能力なんだ」
「今回は色々と応用したんだ。少しやり過ぎたかなと思ったけど、これで丁度いいなんてね」
「"世界のコピー"と"時の先"の力だっけ?」
「ウン。時の先はまだ未完成なんだ。だから長くは使えない」
一体2人は何を話しているかと申しますと、少々時を遡った出来事から、お話した方がよいかもしれませんな。
一行の消えた理由。その答えがBBQと推測した2人。そこでアペリラは、その世界に干渉し、連れ戻そうと考えた。しかし、逆に取込まれてしまったのであります。
ですが。実際は取込まれてなどおりません。なぜか?それは、先程まりが言っていた通りでございます。
アペリラは、世界のコピーと、時の先の力を使っていたのです。
現実世界と同じ世界を造り、そこへ時間移動を使って未来へ飛んだ。そして、取込まれる寸前に"現実世界の元の時間に戻った"。と言うわけですな。
「でも、先が見えた結果がアレだったのなら、もうすぐ私達も」
「ウウン。大丈夫。ボクがそんな事させない」
「どうするの?この時間に影響が出ないようにと、世界のコピーを造ったのよね?」
「ウン。だからね、ボクは何もしない。そうすれば、さっきの未来は回避出来るよね」
「ええ?それって…」
「そう。ズルだよ。でも全てなかった事にはしない。解った事が何個かあったし」
「解った事?やはりみなさんはゲームの中に?」
まりの質問にうなずき、向こうの世界で起っている出来事を説明するアペリラ。
「しよさんが捕われている?」
「多分ね。おにーちゃんが救うと言ってたし、きっと誰かに捕まったのかもしれない、それに……」
「どうしたの?」
「あ。えっと、ごめん。気にしないで」
言葉を濁した事で、アペリラの気遣いを理解したまり。静かに振り返り、背後から彼女を抱きしめ、囁くように言葉を伝える。
「これから先、私は無力で足手まといになるかもしれない。だけど。きっと何かの役に立ってみせるから」
「まり……おねーちゃん……。あ、そうだ。どうしてもボクには出来ない事があったんだ。だからお願いしていい?」
まりは感謝の気持ちを込めて、彼女の名を呼ぶ。そして、彼女から託されようとしている内容を聞くのであります。
「じゃあ、私がゲームの世界へ行けばいいのね?」
「ウン。さっきはおねーちゃんまで消えてほしくなかったから止めたけど、ボクじゃこっちからは入れないみたいだし、あっちの世界で会ったおにーちゃんは普通だったから、安全だと思うんだ」
「でも、アペリラちゃんも一緒に吸い込まれてなかった?」
「そうだね。でも、次は確実に入れない。さっきの干渉で、ボクを否定しようとする力が感じられたしね。だから、おねーちゃんにお願いするしかないかなって」
「そうかぁ。なら私は、みなさんの所へ行って、アペリラちゃんの渡した玉の、"本当の使い方"を伝えればいいんだね?」
「また辛い思いをさせちゃうかもだけど。平気?」
「大丈夫。あの人も頑張ってるんだし、私だけ黙って見過ごす事なんてしたくないよ」
「……その性格はおにーちゃんにそっくりだね」
「あら?貴方も同じ気持ちなんでしょ?大切な人を守りたいとか、失いたくない気持ち。それは私達が持ち備えてる、"人間"の感情なのよ」
「フフフッ。精霊力を見ても、そう言ってもらえるのは嬉しいよ」
ゲームの世界へ飛び込む覚悟を決めたまり。パソコンの前に座り、BBQを起動し準備を整えます。
職業選択:戦士
「これでいいんだよね?じゃあ。まり、行ってきます」
「絶対に無茶はしないでね?みんなの所まで、辿りつければいいだけだから」
「うん」
彼女に笑顔を魅せ、顔を画面に戻し、マウスの持つ手に力が入る。
さぁ、新たな仲間が、一行の元へと向かいますぞ。
まりは開始ボタンをクリックし、眩しい光と共に消え………………てはいませんな。
「あれ?どうして?怖いの我慢して押したよ?」
「やれやれ。どうやら本当にいるんだね……能力者が」
「能力者?それって精霊?」
「わからない。でもずっと感じてるんだ。ボクと似ている力……でもこの地球上では、ボクと似た存在は感じられないんだよ」
「もしそれが本当なら、他に消された人もいるかもしれないね」
「……そうだね。とにかく今は、入る方法を考えないと。作戦の練り直しだよ」
両手の掌を顎に持って行き、頬杖をつく彼女。
ため息をつき、次の考えをまとめようとした時、まりが意外な言葉を口にするのでございます。
「いいえ。作戦続行よ」
「え?何で?…………あ。そう言う事か」