3話_そんな事の為に
この街の夜景は綺麗なんだ。まー最初はそう思わなかったんだけど。
だって、その感情は"人"が生み出したモノであって、ボクには理解出来なかったんだ。
でもね。
あの時。おにーちゃんに会って、いや。救われて、人間界の生き方を知った。
文字通り、ボクの世界は変わったんだ。
今の暮らしはボクにとって幸せだ。こんなボクに構ってくれる人間達に出会って、仲良くしてくれて、一緒に笑ってくれる。
だから……
自宅の屋根の上から街を眺めるボク。
左手に意識を集中させ、精霊力の準備を整える。
さっきおねーちゃんの部屋で感じた、あの違和感は何だったんだろう?
ボクの得意能力とは別の何かなのかな?でも、人間にそんな科学出来たっけ?
まーでも。考えるより行動する方がボクには合ってる。
よし。行こう。
「きっと。いや、必ず探し出すから」
街の明かりも徐々に消えて行き、人も街も眠る時間帯。
暗くなった夜空を、静かに走り抜けて行くサクラ色の風。
「あ。先におねーちゃんの事を、おにーちゃんたちに知らせた方がいいのかな?」
これといった宛もないし、少しでも情報収集?出来るならラッキーだしね。
ボクは近所に住んでいる、アキトおにーちゃんの所へ瞬間移動。
「こんばんは、遅くにごめんね。おにー……」
な、何で?
部屋の明かりはついているのに、人気が感じられない。
おねーちゃんの時と同じだ。
2度ある事は3度ある。なんて誰かが言ってた言葉を思い出し、慌ててハクトおにーちゃんの所へ向かう。
「…………」
結論から言えば、ハクトおにーちゃんも消えていたんだ。
明らかに何かがおかしい。でも1つ理解出来たのは、みんな"同じ能力"で消えている。
それが誰の仕業なのか?どうしてボクの大切な人ばかり狙われたのか?
今のボクでは答えは出せない。だって。今はすごく気分が悪い。
それは体調不良とかじゃない、なんて言えばいいのかな?そだな、怒りに近い感情なんだ。
はは。ボクも少しは人間に近づいているのかな。
とにかく。みあおねーちゃん、アキトおにーちゃん、そしてハクトおにーちゃん。
この街にいるボクの大切な人が次々と消えている。
ん?この街?
ああ!急がなきゃ!
ボクは精霊力を解放して、夜の闇の中を、光りのように飛んで行く。
もちろん、誰にも気づかれないように、高く、速く。
「お願い。間に合って」
・・・
・・
・
消えてしまった"みあ、アキト、ハクト"を確認し、これ以上の犠牲を増やさないために、彼のいる所へと全力で向かうアペリラ。
いやはや。辿り着いた所で結果は同じ。一行は、ゲームの世界へと誘われたとも知らず。
ただ懸命に急ぐのでありました。
「この街にはまだいるんだ。ボクの大切な人」
彼女が彼の住んでいる場所までかかった時間は、おおよそ10分足らず。
車でも30分はかかる時間ではございますが、さすが人外の存在。
全力で駆け抜けて来たはずの彼女は、息切れすらしておりません。
「あった。おにーちゃんの家」
玄関の手前、家の明かりが消えている事を確認した彼女。
流石に深夜の訪問なので、呼び鈴を鳴らそうかどうか迷っているご様子。
先程のアキト、ハクト宅のように、瞬間移動で問答無用の不法侵入。なんて事はしないようでありますな。
実は、これには理由がありまして。
『いいアペリラ。アイツの家にあがるなら、絶対に瞬間移動はしないで』
『何で?ボクの事はもう知ってるからいいでしょ?』
『そうじゃないのよ。アイツはアキトやハクトと違って独身じゃないの』
『それは知ってるよ。でもあの人もボクの事は理解してもらえたじゃない』
『だぁかぁらぁ。あの2人は色々と忙しいのよ。わかる?大人の世界ってのがあるわけよ』
『ん?何を言ってるかわからないなぁ』
『別にアペリラは知らなくていいけど、とにかく。家に入るなら玄関からよ?約束して』
「まー約束は守るけど、大人の世界って何なの?」
見た目は子供に見える彼女も、今となっては年頃の娘の年齢になりました。
身長も少しだけ伸び、女の子の部分も若干ではありますが感じられます。
とは言え、それは人間ではと言う事になるのですが、彼女の詳しい情報は不明でありますな。
おっと、話しが逸れましたな。そろそろ本題に参りましょう。
とりあえず。不法侵入はせず、迷惑程度の呼び鈴で妥協したアペリラ。
「あれ?返事がない。もう寝ちゃってるのかな?」
再度、呼び鈴を鳴らす彼女。しかし数秒待っても返事がない。
「この時間に留守なんておかしいよね?やっぱ中に入ろうかな?」
彼女が左手を胸の所まで持って行き、瞬間移動を試みた時。
「あら。こんな夜遅くに可愛いお客様?それとも。能力を使って、覗き?」
背後から聞こえた声に気づき、慌てて精霊力を閉じ込めたアペリラ。
しかし。声の主から、聞き捨てならぬ言葉を耳にし、勢いよく振り返ったのであります。
「ボクの事を知ってる?あ。あと、覗きなんてしないから」
「でも。さっき覗こうとしてたよね?それか不法侵入だったり?」
「おねーちゃん。ボクを明らかに知ってる人だね?そんな帽子で顔を隠してどう言うつもりさ?」
彼女の前に現れた女性。頭に被っている帽子が、あまりにも不自然かつ深く被っている。
おかげで表情が伺えない模様。一体彼女は何者なのでしょうか?
だがその答えは、数秒待たずして解決するのであります。
「あ~ごめんなさい。両手が買い物袋でふさがってて、頭に手を持って行けなくて。悪いけど、帽子を取ってもらえないかな?そうすれば誤解も解けると思うから」
アペリラは警戒しながらも、左手で彼女の帽子をすくい上げる。
月明かりが、女性の顔を静かに照らし、優しい表情が浮かび上がる。
「あー!ヒロおにーちゃんのお嫁さん」
~ Battle Bet Quest 3ミシシッピ_そんな事の為に ~
「ほら~行きなさい!ケバス」
あれから数日が過ぎまして、一行のレベルも20を超えておりました。
そこそこのスキルと能力は手に入れたのですが、現在最強の乗り物。ロケバスの"ケバス"の活躍により、戦わずして強くなるコマンドが、常時発動中であります。主に戦闘の指揮は、先輩である事を付け加えておきましょう。
ですが。一行は気づいておりませんでした。このゲームは、レベルが上がるに連れて、魔物も強くなって行く事に。
とは言え、こんな事を続けていても、全魔導士を救い出す事が出来ないと考え、情報を集めるべく、新たな地へと進んで行くロケバス。
あいや。今更ながら、ここはゲームの世界でございます。
さて。今回語らせていただくお話はと言うと。
"初めての戦闘"ですな。
先程申し上げた通り。レベルが上がれば魔物も強くなる。すなわち、柔らか系からメタル系へと進化して行くのです。
ですが。経験値も増えて行く事も事実。
やっとこさ、戦闘らしい戦闘が始まる予感ですな。
「ね?あれ見てよ。明らかに固そうじゃない?」
ケバスの前列にいたみあが、魔物を発見し、みなに告げる。
全員が前列に集まり、確認をとった所で、先輩が指揮をとる。
「ほら~行きなさい!ケバ...」「いや、ムリやて先輩」
いつものノリで突進を選択するも、移動手段を失っては、この先大変だと察知したしのが、すぐに止めに入る。
「ね?どうすんの?斬る?殴る?蹴る?」
「その選択は、あいつを倒すとしか聞こえないがな」
「当たり前でしょ?私に逃げるなんて選択はないのよ」
「ま、みあらしい選択かもな」
「わかってんじゃない。ならあんたも参加ね?ヒロ」
「仕方ないな」
「ほんならうちも行くで。このままここでおっても、結局突進するしかなさそうやしな」
「よし決まり。しのも参加ね」
どうやら戦闘メンバーは決まった模様。
戦闘準備を整えて、ヒロ、しの、みあは、ロケバスから飛び出した!
もとい。ロケバスが停車し、安全にバスから降りて来たのであります。
「準備はいい?みんな」
「いつでもどうぞ」
「こっちもOKや」
「んじゃま、さっさと片付けますか」
「「「???」」」
「どうした?みんな俺に見とれてしまって」
・・・
・・
・
はい。今回もやって来たで~。ナレーションかつコメンタリーでお送りするコーナー。
え?もはやコーナー化させちゃった?てか、もっちゃんさん。先に名乗りましょうよ。
なんや妹。名乗る前に、既にうちの名前言うてしもうとるやん。
確かに。とりあえず今回は私、さわともっちゃんさんで進めて行きますね。
ちなみにアキトくんは運転に集中しとるからな、今回は出番ほぼないかもな。
あは。実はロケバスの中から、こちらはリアルタイムでお送りしているって設定なの。それではそろそろ本題へ。
固そうなメタル系の魔物に立ち向かう"ヒロ、しの、みあ"。と、もう1人おった所からやな。
お、真面目な進行も出来るんですね?もっちゃんさん。
なんや妹?うちは年中ボケ倒さなあかんキャラなんか?ま、その方がうちは楽でええけども。
いや、とりあえず真面目なアピールもしといて下さい。好感度アップにも繋がると思いますしね。
そう?なら読者の心と体を、私の虜にして、あ・げ・
「なー。そろそろええかな?敵さんも待っててくれてるんよ」
もぅ。しのちゃんてば、せっかちなんやから。はいはい、妹。進行したげて。
結局。真面目なのは最初だけなんだね。さて、3人の他に戦闘に加わった仲間。その人は"ハクト"さんだったんだ。
「ちょっと。何でアンタまで来てんのよ?」
「何でって言われてもなあ。確か戦闘は最大4人まで可能だろ?多い方が有利だと思ってな」
「そりゃそうだけど。賭博師って、戦闘出来んの?」
「失礼な。まあ見ときなって」
おお。ハクトさんがトランプを取り出したよ。攻撃用の武器なのかな?
いいや。あれはただのトランプや。
ええ?そうなの?あ、でもでも。ハクトさんはそのトランプを、魔物に向け、投げる体制に入ったみたい。
そもそも賭博師っちゅー職業はな、攻撃力なんて皆無に等しい存在なんや。ただ、スキルがぶっ飛んだ攻撃力を持っとるんやけど。
「待たせたな、全身ピカピカのクマ型野郎。勝負だ」
ハクトさんは魔物に向かって1枚のカードを投げ、魔物に拾わせた後、自分も1枚カードを引いたけれど、一体何なの?
あれは、賭博師特有のスキル。"賭け"や。ルールは至ってシンプルでな。互いのカードの数字を見せ合い、数の大きい方が勝ちってやつや。
へ~。あ、お互いカードを差し出したわ。どっちが勝ったのかな?
魔物→10
ハクト→2
「なん…………だと!?」
ええぇぇぇ?突然ハクトさんの足下から謎の爆発が!?
どうやら賭けは失敗のようやな。見事な散り方やったで、ハクトはん。
「きゃぁ。突然どうなってるわけ?何でハクトが爆発してぶっ飛んで行くのよ?」
「お~。みあの貴重な乙女声を聞けた気がしたな。ハクト。お前は今後、何もするな」
「なっ。あ、あんたにだけは聞かれたくなかったわね。勝負しなさいヒロ」
「ちょっと待て、仲間同士で勝負とかはなしだ。今は敵の目の前だぞ?」
みあさん可愛い声出すんだ~。
あの子は意外と純粋な子やからな。素直さがあれば、ヒロくんに甘えられるのに、残念やわ。
「だぁれぇがぁアイツなんかにぃぃぃ。パイセン、誤解を産む言葉はほんとやめて」
あ。みあさんが、怒りと恥ずかしさの力をナイフに込めて、敵に向かって突進して行くよ。
ほんま、すぐ顔に出るんやから可愛ええな~。
「うっさいわねぇ。誰かパイセンを黙らせてよ」
「…………仕方ないな」
・・・
・・
・
戦闘開始直後。ハクトさんがスキルで先制攻撃と思っとったら、いきなり自爆しよるし。みあちゃんは、ヒロくんと、いつものスキンシップを済ませて、魔物へ突っ込んで行ってる最中か。
え?ヒロくんの右手が一瞬光った気が。何やの?ま。細かい事は後でええか。
私は軽く深呼吸をして、左の拳を固め、魔物を睨みました。
「ほな、行きます!」
私は、彼女の駆けて行く方向へと走り出します。
途中。辺りの景色が徐々に消えて行く。異変に気づいた私は、無意識に足を止めてしまいました。
「大丈夫だよ。しの。僕のスキルさ」
「これが、奇跡師のスキルなん?一体何をしたの?」
「えっと、みあが先輩を黙らせてと言ったから、仕方なくこの空間だけを切り離した。正しく言えば、僕たち意外の時間を止めて、戦闘に集中出来るように、辺り一帯を切り離したって事さ」
なるほど。辺りの景色が消えたのは、空間を切り離したからっちゅーわけやな。確かにこれなら、先輩もちょっかい出されへんなぁ。納得やわーって。
「そんな事の為に奇跡を使うのはやめてーな」
「あんたにしては上出来よ、ヒロ。これで戦いに集中出来るっての」
気がつけば、みあちゃんは敵の目の前まで辿り着き、ナイフを突き立てようとしていました。
私も再度走り出し、左の拳に力を溜めました。
みあちゃんの放った素早い一撃は、見事に命中したと思ったのですが。
「うそ?コイツ速い」
彼女の攻撃は空振り。相手は意外と素早く、攻撃が思うように当たりません。
それでも諦めず、何度も攻撃を繰り返す彼女。
「あーもう。いい加減当たりなさいよ」
敵は軽い身のこなしで彼女の攻撃を避け続ける。
しかし、これはうちにとっては好都合。気付かれぬよう注意して、私は魔物の背後に回り込み、十分溜めた左の拳を、背中に叩き込みました。
「か、硬い。うちの力でもダメなん?」
私の放った一撃は、当たりはしましたが、相手はほとんどダメージがない様子。
メタル系ってこんな厄介なんや。などと関心している暇もなく、今度は魔物が攻撃を仕掛けて来ます。
素早い上にクマ型なので、力もある。敵の放つ攻撃は、重く強い。
私は武術の心得もあってか、かろうじて致命傷は免れているけれど、ダメージは蓄積されて行きます。
「みあちゃん。今のうちにはよ離れて。コイツはうちがなんとかするから」
「バカ言わないでよね。しのだけに戦わせるつもりはないわよ」
「違うんや。こんな攻撃、みあちゃんが喰らったら即戦闘不能や。だからうちが引きつけてる間に……」
私は彼女に、助けに入ろうと走って来ている彼の方へ顔を向け、すぐに彼女の眼を見て、軽く頭を下げました。
彼女も理解したようで、隙を見て彼の方へと駆けて行きます。
「こう言う判断力は大したもんやな。さて、次はどうやってコイツを倒すかやな」
・・・
・・
・
さて。場面は変わりまして、現代の続きを語るとしましょう。
夜風に靡く黒髪のロングヘアが、月明かりと交わり、つやめいている。
両手に持っている買い物袋を地面に置き、右手でそっと髪をかき上げ、少女に向かって軽く微笑む女性。
左手に持っている帽子を彼女に手渡しながら口を開くアペリラ。
「こんな遅くにお買い物なの?ヒロおにーちゃんのお嫁さん」
彼女はクスッと微笑みながら帽子を受け取り、サクラ色の髪を優しく撫でて、話し始めました。
「ちょっと眠れなくてね。散歩がてらに行って来たの。あと。お嫁さんて言い方は恥ずかしいから、"まり"って呼んでね。アペリラちゃん」
「ウン。まりおねーちゃん1人なの?おにーちゃんは?あ。お嫁さんに聞く時は、、、旦那さんは一緒じゃないのですか?」
「ふふっ。みあさんの教育もしっかりしているのね。そんなに気にしなくていいから普通に話して。その方が楽でしょ?」
「ありがとう。ヒロおにーちゃんは一緒じゃないの?もしかして寝てる?」
アペリラの質問に、困った表情になった彼女。
しばらく黙っていましたが、玄関のドアを開け、家の中へと招く。
廊下に足を着いた途端。あの違和感を感じたアペリラ。
「遅かったんだ…………ね。ごめんなさい」
その言葉を聞いた瞬間。なぜか安堵し、深く息をはいた彼女。
そして、こちらの物語も、動き始めようとしておりました。
「よかった。もう少しでアペリラちゃんを悪者にする所だったよ」
「え?ボクが悪者?まりおねーちゃん、ヒロおにーちゃんを消した人物は、ボクに似てたの?」
「いいえ。実際に消えた所までは見てないの。でもね、消えた事は理解出来たわ。多分、他のみなさんも……だよね?」
「…ウン。きっとこの調子じゃ、しよおねーちゃんも、しのおねーちゃんも消えたと思う」
「だから。こんな事を出来る人物って、貴方しかいないと思ったのよね。でもアペリラちゃんはそんな子じゃないのも知ってたし、ごめんね。人間てこんな生き物なのよ。すぐに誰かを疑ってしまう」
「それは構わないよ。確かにそんな非常識を見たら、ボクは真っ先に疑われるよね」
「でも貴方は助けに来てくれた。良い子はもう寝る時間帯なのに、夜更かしをしていたのはそのためだったのね」
まりとアペリラはヒロのいた部屋に入る。
そして2人は座り、お互いが知っている情報を交換する時間となります。
まずアペリラは、みあの部屋で感じた違和感の事。続くアキト、ハクトの時も同じ違和感を感じた事。しかし、手掛かりになる物がなく、何より、本人達の存在が感じられなくなったと伝えます。
「可能性として考えられるのは、何者かに消されたとか?連れて行かれたとかであってる?」
「多分ね。でもそんな事って人間は可能なの?」
「え?まず不可能だと思うわ。アペリラちゃんなら可能なの?」
「ウーン。出来ると思う。けどボクは」「これを見てくれない?」
彼女の言葉の途中、まりは口を挟み、メモらしき物を彼女に見せる。
「これは?ヒロおにーちゃんの?」
「ええ。あの人が消えた部屋にあったの。これって手掛かりにならないかな?」
彼が残していたメモの内容は、『職業』、『裏技検索』、『BBQ』。
まるで何かの暗号のように2人を惑わせる言葉でありました。
「ボクにはさっぱりわからないや。まりおねーちゃんは?」
「そうね~。職業を探すため、いい条件のバーベキュー屋がないか検索してたとか?ってか、転職するのに、何でその方向なのかが謎なのだけど」
「バーベキュー?メモにそんな言葉あったっけ?」
「ほら。このBBQって文字はね、バーベキューの略なの」
「へー。でもBBQって言葉。どこかで聞いたような……」
アペリラは頭を傾け、数時間前の出来事を思い出していました。
みあが消える前の時間帯。すなわち、朝から夜までの間。この時間に耳にした言葉。
『あんたも誘うつもりよ?BBQ。ついでに奥さんも一緒に誘えば?』
「思い出した。ねぇ、おねーちゃん。おにーちゃんから何か一緒にやらないとか言われなかった?」
「そうねぇ。確か、オンラインゲームを一緒にやらない?って誘われたかも」
「オンライン?そう。みあおねーちゃんがみんなを誘おうとしてたゲームもBBQって言ってた」
「なるほどね。可能性があるとすれば」
まりは部屋にあるパソコンの電源を入れ、ネットからBBQを検索。
画面の上部に、"もしかしてバーベキューではありませんか?"と言う文字が現れた下欄に、BBQのサイトを発見。アペリラに画面を見せるのであります。
「あった。これよ」
「Battle Bet Quest?」
「とりあえず、サイトを見てみるね」
Battle Bet Questとは、SNS上で動作するオンラインゲーム。
パソコン、スマートフォン端末を使用して遊ぶ事が可能。
ジャンルはRPG。
世界を闇に埋め尽くそうとしている魔王の手から、世界を救う。
と言うのが目的ではありますが、遊び方は自由。それぞれに合った遊び方を楽しんで下さい。
と、記されておりました。
「もし。みなさんがこのゲームを始めた事によって消えたとしたら?いや。そんな事ありえるの?」
「でもそれなら、みんなが消えた答えにもなるよね?」
「わかったわ。なら……試してみましょ」
「ためす?おねーちゃん一体何をする気?」
まりはBBQのゲーム画面を開き、右手に持ったマウスを走らせ、スタートボタンをクリックしようとしております。
若干手は震えており、少し息づかいも乱れている事に気付いたアペリラ。
もしかして。彼女が実際に消えるかどうかを、ボクに確認させようと?
その考えが頭に過った途端。アペリラは、まりの右手を左手でそっと押し退け、左右に頭を振りました。
「お願い。それだけはしないで」
「アペリラ……ちゃん」
「もし、思った通りなら。もう誰も失いたくないんだよ。だから」
その言葉を聞き入れ、マウスから手を離すまり。
パソコンの画面に左の掌を突き出し、意識を集中するアペリラ。
もしこのゲームが関わってるのなら、あの違和感の正体もわかるはず。そう思い精霊力を解放する彼女。
「アペリラちゃん!?。これが本当の貴方?」
「こんな姿は滅多に魅せないよ。久しぶりに人間に見られたかもね」
「ええ?みあさんも知らないの?」
「ウン。驚かせてごめんなさい」
「いいえ。とても綺麗。その姿で何をするの?」
「フフフッ。それはね、"このゲームの時間に干渉するのさ"」
いやはや何とも。精霊という存在は、正に常識を超えているようです。
半信半疑の表情で、アペリラの様子を見守るまり。
本当にそんな事は可能なの?と言う彼女の問いに、さぁねと答えを返すアペリラ。
しかしながら、黄金に輝く虹彩は力強く、そして自信に満ちている模様。
一行が消えた原因がこのゲームであるのならば、ゲーム内の時間に干渉し、消えた一行を探し出す。そう言う結論に達したのであります。
掌が眩しい光に包まれて行き、これまでにない程、意識を集中させ、ゲームの時間に干渉して行く。
自然にまぶたを閉じ、あちらの世界に溶け込んで行く。
「まだ完全には……な……このチカラは……ボク?………あ。見つけた……クッ……せめてこれだけでも………手を伸ばして………おにー」
「アペリラちゃん!!ダメ」
女性の悲鳴に似た叫び声で、まぶたを開くアペリラ。
お腹と背中辺りに暖かい体温を感じ、抱き締められていると理解したと同時に、何かに引き寄せられる力を感じたのであります。
「ま…り?うわっ。ナニ?」
「アペリラ。お願い行かないで」
小さな体にしがみつく大きな体。
アペリラを飲み込もうとしていた正体は"パソコン"でありました。
「やっぱりこのチカラは…まり離れて!キミまで巻き沿いになる」
「そんな事…出来ない…よ」
持てる力の全てで彼女を支えるまり。
しかし、その抗いも虚しく、小さな体の三分の一は、パソコンに埋まっているのであります。
「……フッ。もういいかな。ごめんね、まり。危ない事に付き合わせちゃった」
正に絶体絶命の危機の中、なぜか不気味に笑うアペリラ。
彼女が意識を集中させて、2人の周りを眩しい光が包み込む。
既に半分まで飲み込まれた体。まりの両腕も一緒に埋もれてしまい、悔しさのあまり、瞳を潤ませ、まぶたを閉じる。
そして、不気味に笑うアペリラの口から、呟くように出た言葉。
「mana ole」
・・・
・・
・
実際の戦闘経験は今回が初めてだった。
レベルもそこそこ上がっているし、スキルだって増えた。だから、どんな魔物でもなんとかなる。なんて軽い気持ちでいた。
でも。僕たちは、大事な事を学んでいなかったんだ。
「大丈夫か?みあ」
敵に背を向けるのは、きっと性に合わないだろう。しかし、しのの判断で一旦引く事を選んだ彼女。
「私は平気。それよりしのを助けなきゃ。て、手伝ってくれるわね?」
手伝っての部分が小声になる彼女。ま、いつもの彼女だと実感する僕。
「ああ。ダメージも相当受けているようだし、彼女を回復させてあげないとな」
「どうするの?アイツ相当硬いし、強いわよ?しかも速いし、無茶苦茶な相手よ」
「う~ん。みあはアイツに張り合うスピードは出せるかい?少しだけ本気な部分出してよ」
「張り合うじゃなくて、勝ってみせるわ。足だけは誰にも負けたくないしね」
「期待してるよ。少しの間だけでいい、アイツと鬼ごっこでもしといてくれ。その隙にしのを回復させる」
「わかった。しのをお願いね」
空を見上げて、大きく息を吸い込んだ彼女。
体に入って行く空気が、綺麗な膨らみを引き立たせる。
装備服のせいもあってか。僕はその姿に魅了されていた。
それに気付いた彼女。ゆっくりと息を吐きながら、僕の顔をジト目で見て、捨て台詞を残し駆け出した。
「あんたも男って事はよくわかったわ」
ちょ…。………そだね。
戦いが終わったら頭を下げに行こう。でも、まずはしのだな。
彼女の後を追うように、僕も全力で駆けて行った。
「しのー。避けて」
「え?みあちゃん?」
先程の攻撃よりも、更に加速をつけた一撃を与えようと、ナイフを構える彼女。
それに気付いたしのは、魔物の攻撃を受け流し、相手を転ばせようとしていた。
バランスを崩した魔物は、受け身がとれない状態でいる。その隙を見逃さず、彼女の一撃は見事に入った。
そう、入ったのだけど。
「あれ?ぬ、抜けない。あ。しの、早く下がって」
ナイフを抜くのを手伝おうか、一旦距離を置こうか迷っているしの。
「みあ。武器は後にして、そいつを連れて行ってくれ」
ようやく僕も声の届く所まで追いついた。そして無防備で立ち尽くす彼女の手を握り、みあから数メートル引き離す。
すると彼女は、緊張の糸が切れたのか、体力の限界だったのか、両膝をついて肩で息をしていたんだ。
「はは…今のうちの力ではこれが限界みたいや。ごめんな」
「しのは十分やってくれているよ。ありがとう」
「でもアイツを倒さん限り、この空間からも出られへんのやろ?それとも解除出来るん?」
「あ~な。すまない。僕の奇跡ってのは一方通行なんだ。だから基本解除は不可。でも」
「方法はあるんやね?大体は解ったから言わんでええよ。それを聞いても絶対やらへんしな」
僕が言いたかった事はこう。スキルの解除方法は基本2つ。
1つは戦闘に勝利、もしくは逃走し、戦闘から離脱する事。
そしてもう1つは、戦闘に敗北し全滅する。もしくは使用者の戦闘不能。
察しのいい彼女はその事に気づいた。おそらく、絶対やらへんとは、僕を"戦闘不能にさせない"という意味で言ったのだと思う。
「とりあえず。コレを使って回復してくれ」
僕は道具袋から、薬草を取り出して渡した。
これで少しは体力を回復させられる。後はみあと合流して敵をどう倒すか……と、ん?
彼女が両膝に続いて両手まで地面についた。そして左手に握りしめた薬草を僕の前に差出し、まるで捨てられて泣いている子犬のような顔を魅せ、こう言ったんだ。
「草を使うくらいなら、うちは死ぬ」
……おい。そんな事言ってる場合じゃ……って。その潤んだ瞳で上目遣いはやめてくれ。
傷つき、服も体もボロボロになっている彼女。そして僕に魅せるその表情。
「こーらヒロ!お前は鬼畜か!!一体それは何プレーだ」
遠くから、武器を失ったみあが、敵と互角の素早さで戦って、いや、逃げているのが見えた。
ま~今のあいつには武器がないし、逃げるしか手はない。正に鬼ごっこになったな。
「てか私のツッコミは無視か。早くしのを回復させなさいよ。この変態が」
「あのな~、僕は回復スキルなんて持ってないよ。そもそも僕たちの中に魔導士系がいないから僕が……」
へいへい。そう言う事なんだな。
僕は右手を前に突き出し、白い光が全身を包んだ。
「要するに。回復スキルなら、満足してくれるんだな?」
いつまでもこんな状況にさせてはおけない。僕は彼女の返事は聞かず、"回復スキル"を使う。
さっきまで辛そうだった彼女の顔が、余裕の表情へと変化して行くのがわかった。
「おおきにな、ヒロくん。わがまま言うてごめんやで」
「ま、これで僕の役目はサポートになってしまうけどな」
「大丈夫や。それより今度はみあちゃんを」
「気乗りはしないけどな。行くか」
「ほんま、素直やないなぁ。"白魔導士"さんは」
僕と彼女は、魔物と鬼ごっこを楽しんでいる?みあの元へと走り出す。
奇跡師から白魔導士へと職業を変えて。
現状、攻撃要因2人。回復要因1人。遊び要因1人。
バランスとしては整ったかもしれない。だから今度こそ敵を倒せるという実感はあった。
しかし。実際の所は何も変わらない。戦闘に関しては魔物の方が上手だ。
「もう。武器さえあればなんとかなりそうなのに」
「確かにみあちゃんの足はアイツに対抗出来とるな。うちはパワーがあるけどスピードが足りひんから、攻撃しても急所を外されてしまうし、ダメージにならへん」
「でも、一体何でここまで差があるんだ?レベルもそんなに低くないはずなのに」
そう。敵とのレベルはそんなにない。ではなぜこうも差が生まれてるのか?その理由は簡単だった。
僕たちは、大事な事を学んでいなかったから。いや。足りていなかったんだ。
"実戦経験"と言う、基本中の基本を……