りずりら_10話
幼い頃から世の中を恐れていた女の子。
そんな彼女の景色を変えようと、手を差し伸べる男の子。
少しずつ変わり始めた彼女の世界。しかし、まだ性格までは変わらない。
そんな2人も15歳。来年は高校生。恋を知るには十分な環境。
とは言え。男女同士の間には、恋と言う形は存在しなかった。してはいけないと思っていた。
一線を超えてしまえば、この関係は終わってしまう。あくまで幼馴染止りで丁度いい。
だから、これからお互い、別々の恋をしようと誓う。
そして高校1年の春──。
その子の姿に、彼女の心は吸い込まれた。
黒髪ロングヘアでありながら、ハーフ顔で帰国子女の美女。
自分には、何もかも不釣り合いな存在であった筈なのに、気がつくと隣りにいてくれた。
彼女の運命を変えてくれた姫。
自然と彼女の視野が広がると、いつの間にかクラスの人気者になっていた。
ここで認識する彼女の外見。どうやら、姫に匹敵する程の容姿らしい。自覚は一切無かったけれど。
彼女と姫──
いつしかクラスでは、2人をこう呼ぶようになっていた。
リズリラコンビと。
~ BBQ sequel_10 これからも、いつまでも ~
彼も彼女と同じ高校へ通い、クラスは違えど、陰ながら彼女の事を案じていたある日。
クラスに一際目立つ存在が現れる。
ハーフ顔の帰国子女。それは彼女のクラスにいる、噂の美女なのか?
いや、違う。明らかな違いは、見れば直ぐに理解出来た。
彼のクラスに現れた帰国子女は、『男』だったのだから。
気がつけば、彼は帰国子女の男子。通称:王子様と、妙な縁で繋がりを持つようになった。
リズリラコンビと言う噂を耳にした彼。
幼き頃の彼女とは、似ても似つかぬその変貌ぶりは、彼にとっては嬉しい事だった。
女友達と一緒に笑っている彼女なんて、想像がつかなかったからだ。
そんな彼女を変えてくれた存在。聞けば、王子様の姉さんだと言う事が判明した。
しかし彼はそれを認めなかった。彼は知っていたのだ。
もう1つの噂の事を──
帰国子女カップル。
ハーフ顔で同じ帰国子女同士。どこか運命を感じるこの2人。
美しい容姿ゆえに、憧れの的となっている存在。
しかし、2人のスキンシップは、少し過激に感じてる光景も目撃する。
そこから噂が広まった『2人は付き合っている』説が、男女をカップルにしてしまった。
その事は、当人達は知る由もなく。
そして高校1年の夏──。
お互い、帰国子女ブランドの友を相棒とし、親睦を深めている中。
2人は、夏の花火大会で再開する。
彼と彼女が、幼馴染と言う事を王子と姫に伝え、仲の良い姿を認識した2人の友は、幼馴染カップルだと思い込む。
色々と状況が拗れている中。王子の視線に彼女は胸をときめかせ、姫の仕草に彼は胸を打たれた。
こうして動き出す、彼と彼女の恋心。
そして、とある事件がきっかけで知ってしまう、姫の秘密────。
「と。ここまでは、この流れでいい」
「なんだろう。こうやって構成見てたら、春馬とリズリズが、付き合って終わるって流れが、自然に思えるよ」
「冗談じゃないわ。これは、あくまでも皆の思い出。人と精霊の物語よ」
「しかし、馬鹿正直にありのままを描くのもな。特にここからは」
おそらく、同じ所で立ち止まるだろうと思っていた大きな壁。
それは、精霊を語るには必要でありながら、世間を考えると不必要な出来事。
「だから、ここからは”フィクション”で行くぞ」
「でもそれじゃ~」
春馬の提案に、リアリティを求める莉樹が口を挟むも、読者を楽しませる事を優先に考えるなら、話しの内容はある程度変更して、思い出の部分だけは使えばいいと言う意見。
クリエとアペリラは、春馬の意見に賛成し、莉樹も、ここだけは妥協する事になる。
「変更するからには、俺が責任持っていい内容にしてみせるぜ。だから、莉樹とクリエは絵を、リラは……とりあえず莉樹との思い出をここに書き出してくれ」
それぞれの役割を理解し、1つの作品に全力で取り組む。
思えば、4人がこんなに必死で、同じ目標を目指した事はありませんでした。
これも1つの思い出作り。青い春は、熱い夏の大舞台へと羽ばたくのであります。
☆★☆★☆★☆
ここが会場か。
と言うか、何で僕に頼むかね。久々の再会場所がここってのも、時代が変わったからかもしれないな。
ま、嫌いじゃないんだけどね。
日差しを手で隠しながら会場を眺め、人混みの波に乗るように、僕はあるサークルの元へと歩き出す。
「見せて貰おうか。精霊たちが作った、同人誌の実力ってやつを」
白いワンピースに、桜色のロングヘア。
ボクがこの街で、ママに出会った時と同じ格好。唯一違う所は、髪の長さや身体が大きくなった事。
ン?何でこの格好かって?それはね。今日は特別な日なんだ。
リズリズがね、「コミ会の売り子はインパクトが大事」と言うもんだから、精霊役のコスプレ?をボクがする事になったんだ。
ま、本物なんだけど。そんで、どうせならって事で、クリエも髪を元に戻して参加する事になってね。
「すげえな。これが本物のリラなのか?」
「クリエ…………やっぱ似てる……わ」
なんかお客さんにインパクトを与える前に、互いの相方に、影響を与えているみたい。
「そんなに……変わるかな?」
「リアル過ぎてコスプレじゃないな」
「まあ地毛だしな。で、似てるって髪の色がか?」
ボクとクリエをじっと眺めて、何かを考えている彼女。
こんな時でも妄想してるのかなー?って思っていると、意外な答えが返って来た。
「うん、そうだね。似てる。やっぱあんたたち姉弟なのよ。だからなんだわ」
「どうした?夢の舞台で緊張し過ぎて、頭がおかしくなったか?」
「大丈夫よ春馬。私は至って正常。ただ気づいたから、うん。やっと気づけたわ」
それ以上は何も言わず、ボクたち3人は少し彼女の事が気がかりだったけど、とりあえず、彼女の中で何か腑に落ちたみたい。だから、この件は保留にする事にしたんだ。
そして。遂に始まったボクたちのコミ会。
沢山の人が彼女の本を手に取り、読んでもらっている。
その光景だけで、胸が熱くなる彼女。でも、せっかくだから買ってもらいたい。
今ボクが出来る事は、少しでもこのブースに人を集める事。
「初参加でーす。どうぞ見て行って下さい」
「あんな姉ちゃん見た事ないな」
「そんだけ亜咲花の想いを、誰よりも強く感じてるって事だろ?俺達も負けてられないな」
「…………リラ」
それからしばらくして、彼女の描いた作品が売れ出す。
不思議なもので、1度売れ出すと、次から次へと買って行く人が増えて行き、落ち着いた頃には、既に半分以上がなくなっていたんだ。
「こんにちは。このイベントなら、その髪の色でも違和感ないな」
ボクの目の前に現れた男の人。短髪でメガネをかけつつ、年相応の服装。
少しだけ、おじさんぽくなっちゃったけれど、まだまだ若いその人の名は。
「おにーちゃん」
「名前をつけて言ってやれ。お久しぶりっす。ヒロさん」
そう、ヒロおにーちゃん。
ボクが学校へ行くきっかけをくれた人であり、って。説明はいいよね?
「あの。リラの知り合いさんですか?それともクリエの知り合いさん?」
「初めまして。春馬くんだよね?自己紹介の前に質問に答えると、僕は両方の知り合いだ。あ、とりあえず中に入っていい?このまま話すと営業妨害になりそうだし」
ボクらのブースにおにーちゃんが一時的に加わり、交代で彼とお話をする事になった。
「改めまして、僕はヒロ。この子の両親の友達であり、その子の母の後輩で、ついでに言うと、春馬くんが知っている、しのとも友達。まあ、言い出すときりがないが、後で直ぐに解るさ」
「私、知ってます。ヒロさんって確か……みあさんの愛人だったとか」
「誰だ?そんな大問題を平気でねつ造したヤツは?先輩か?先輩だろ」
察しのいい彼がクリエに向かって問うと、黙って頭を何度も下げている。
「僕とみ……彼女は、ただの友達だ。所で、莉樹さんの描いたデビュー作を見せて貰えないかな?」
莉樹が彼に作品を手渡すと、軽く会釈をして、静かに読み始める。
彼は、内容を知っているのか?知らないふりをしているのか?
ボクには分からなかったけれど、最後まで読み終わると、莉樹の顔をじっと見つめる。
緊張のあまり、目が泳いでいる彼女。そして。
「この本だけど、7冊いただいていいかい?買い過ぎかな?」
「え?別に構いませんが、差し上げますよ?」
「いや、これは君たちの努力の結晶。こんな素晴らしい作品を無料でなんて、こっちが逆にお断りだ」
「あ、ありがとうございます。でも何故7冊も?」
「あ~それはね。実を言うと、僕は代表なんだ。さっき言ってた"みんな"のね。この後、仲間と合流するんだよ」
その言葉を聞いて、ボクとクリエの動きが一瞬固まり、脳裏によぎる互いの親の姿。
確か、しのおねーちゃんは、今年もコスプレ参加するって言ってたような……まさか……ね?
「あの、待ち合わせ場所って何処です?」
ボクより先に、クリエが彼に問うと、彼は少し困った顔をしながら口にする。
「ご想像通り、コスプレ会場さ。みんなも店が一段落したら来るかい?おじさん世代のバカ騒ぎが、見れるチャンスかもよ?」
そう言って、おにーちゃんは買物を済ませて会場を後にした。
「7冊買ったって事はさ、あと6人いるんだよな?」
「ウウン。多分もっといるよ。だってボクの知り合いが、全てココに集結してるんだもん」
「だな。バカ騒ぎって言ってたから、オレのママも来ている。パパは流石に来ないだろうがな」
「私。会いたい。リラリラの理解者が、この会場に集結してるだなんて、運命としか考えられないわ」
イヤ。多分、しのおねーちゃんのコスプレ参加がバレたからだと思うよ。ウン。
あれは5ヶ月くらい前────
『すっかりお腹、大きくなってもーて。予定日は?』
『もうすぐね。動ける時に、しのに会えてよかったわ』
『ほんまめでたいわー。今日はうちがおごったるから、遠慮せんとき』
出産前にしのおねーちゃんと会う事になったママ。
1人じゃ心配だったから、ボクも付き添って近所のカフェへ。
会話の邪魔をしないよう、ボクはおとなしくしているんだけど。
『めでたいのはね、私だけじゃないのよ?ね?アペリラ』
『ン?何が?』
『今言っときなさいよ?後で言うより今の方が、連絡の手間が省けていいじゃない』
『うぅ。あ、あのね、しのおねーちゃん。ボクに……か、彼氏が出来ました』
ああ。来るんじゃなかったかな……報告だけなのに、こんなに緊張するなんて。
きっとこの後。名前とか、どんな人とか、色々と聞かれるんだろうな……
少しうつむき身構えていると、彼女から予想外の言葉が告げられたんだ。
『おお。ついにアペちゃんのハートを掴んだんやね?"春馬くん"は』
『『何で知ってるの?』』
────て、事があってね。しのおねーちゃんの、コミ会参加の件が拡散されたのさ。
もちろん、ボクの事もだけどね。
話しは戻るけど。リズリズは興味があるみたいだし、春馬もコスプレ見たいでしょ?
クリエは正直、会いたくないだろうけど、多数決でと言われれば、ボクが全てを握るはめになる。
正直、気持ちは半分半分。だけど、今のボクを見てもらいたい気持ちもあるんだ。だから、答えは決まってる。
「じゃあ、もう少しお店を頑張ったら見に行こうよ。まだ本も残ってるしさ」
「そうね。みんなお願い。最後まで私に付き合って」
☆★☆★☆★☆
コミ会終了の1時間前。
皆はコスプレ会場へと向かい、アペリラとクリエの親、そして、その仲間達と会う事になります。
親世代の底知れぬパワーを、目の当たりにした幼馴染2人。
親の情けない姿を見られて、恥ずかしがる精霊2人。
バカを演じながらも、どこか憧れる。そして、絆の深さと信頼の大きさ。
この部分を細かく語ると、軽く1話分を一行に奪われそうでしたので、ここはあえて割愛させていただきました。
コミ会終了のお知らせとともに、消えて行く人だかり。
一行も別れを告げ、各々が解散して行く中。子を抱きながら、彼を呼び止める人妻の姿が。
それに気づいたアペリラでしたが、彼が旦那と自分の妻に合図を送ると、2人が彼女を連れ、その場から遠ざけます。
「ほんと、何もかもアンタに押し付けてごめんなさい」
「いや、それはいいけど。僕以外には?」
「話せる訳ないでしょ……こんな事。ほんとは相談する事じゃないけど、アンタなら信用出来るし、あの子にバレても……許してもらえ」
「待った。子の前では、しっかり笑顔で安心させてあげなくちゃ。そんな顔は、みあには似合わないな」
「ヒロ…………」
「それにさ。いずれこの本を見れば、みんなにはバレるさ」
みあとヒロは、一体何を話しているのか?
もうお気づきかと思われますが、花火大会でアペリラが彼氏に話した事件。
みあは、この本が彼女達の全てであるのなら、包み隠さず事実を残しているのではないか?
もしそうだとすれば……そんな不安から怖くてこの本を見る勇気がありません。
ですから。彼に頼み、先に内容を把握してもらおうとしたのです。
「それって……やっぱり……そうなのね?」
「新時代の彼氏彼女たちは、僕たちみたいに、単純で不器用な子ではないようだ」
そう言って、みあに本を開くヒロ。
一瞬両目を閉じた彼女でしたが、恐る恐る確認して行くに連れ、自然と優しく穏やかな表情になる。
「……私らより、よっぽど大人なのね……おねーちゃん」
「んじゃ、この件はもう忘れるから。お前も彼女を信じてやれよ。今の状況からすると、きっと何も心配する事はないさ」
「そうね。ありがと。お礼した方がいいかしら?」
「何の事だ?僕は初めから、何も頼まれちゃいないぜ?今日はみんなに会えて楽しかったさ」
そう言い残し、背を向け、右手を振りながら去って行く彼。
「ほんと、ハクトっぽい事するなっての……ばーか」
肩の荷が降り、晴れやかな顔つきで、悪意のない言葉を投げる彼女。
子の頭を撫で、家族の元へと歩き出す。
☆★☆★☆★☆
静かな夜に。賑やかな親子と、息子の彼女が、仲良く並んで歩いている。
意外とありそうで無かった風景。
コミ会の会場で、周りの雄共を魅了した、バニーガール姿の母。
自分から見れば、お世辞にも若いとは言えないけれど、女性としての魅力はアペリラ並み。正に理想の老け方。
ベースがこんな美人なんだもん。彼も美系になるわね。あと、彼女の遺伝子も混ざってるんだし。
親子を観察しながら、頭の中で彼氏の顔を分析している私。
「あなただって、十分魅力的な女性よ?この子には勿体ないくらい」
「え?もしかして、声に出てました?」
私と彼の母の視線が合い、心の中を見透かされたような言葉に、私は驚いてしまった。
「まともに答えると、自分が不利になるぞ?」と、彼が遠回しに、相手にするなと言って来ると、彼の母が否定をし、頬をふくらます。
仲が悪いようで、実はとても仲がいい。これが、親子のバランスなんだと知った私。
改めて顔が和らぎ、2人をそっと見つめながら歩いて行く。
「ねえ?莉樹ちゃん」
「はい、何でしょう?」
彼の母が、私の近くまで寄って来て、息子を指差しとんでもない事を聞く。
「クリエとの営みは、あなたを満足させられてる?」
思わず赤面した2人。すぐに息子が母に怒鳴り声を上げ、私に黙秘権を与えてくれたけれど、声には出さず、泳いだ瞳で彼女を見て、素直に小さくうなずいた私。
「ふふっ。素直な子は大好きよ。ごめんやで。うちってこんな性格なんよ~」
「ええ。それは存じて、あ。いえ、今のは決して悪い意味ではなくて」
緊張のせいか、彼女の不思議な力のせいか。
この状況の中、自分を保つのが精一杯な私。彼の母には、よい印象を与えときたいって考えもあってか、言葉が上手く話せない。
そんな状況を楽しみながらも、彼女の優しい手が、私の頭の上に乗り、軽く撫でながら口を開く。
「こんな話しは、まだ早いかもしれへんけどな。莉樹ちゃんがクリエと添い遂げたい気持ちがあるなら。婿養子として貰ってくれへんやろか?」
「またそうやって彼女を」
彼が、母の悪ふざけを止めようと口を挟むも、真面目な顔で息子を見る。
それを察したのか、何も言わず、彼は私にうなずいた。
「あんな~莉樹ちゃん。さっきも言った通り、うちはこんな性格やし、旦那は研究ばかりや。しかも、うちとの愛する行為すら実験材料にされた挙句、息子がこんな状況や。だから、うちに嫁に来てくれても、世間的にいい印象はもたれへんかもしれん」
「でもそれは……公表してないでしょ?私は平気です。クリエさんとお付き合いすると決めた時から、覚悟はしてますし」
「ありがとうな。あなたの覚悟は相当なものよ。だって、精霊と結ばれようだなんて考えれるんだもの」
その言葉に、私は首を左右に振り、言葉を添える。
「精霊以前に、貴女の息子さんです。私は、彼の全てを愛するつもりです。もちろんお母様の事も、お父様の事もです」
「ふふふ。ここまで彼女に言わせておいて、捨てるなんて事はしないでしょうね?」
「大丈夫だ。オレも、彼女を幸せにしたいと思っている。が、この流れだと、もう結婚する事にならないか?」
え?ええ?
もしかして、愛の誓いをさせられたの?
これも、お母様の作戦だったりするの?
「ま~うちは、今すぐでも構わへんけれど、まずはお互い卒業して、進学するか就職するかを選んでからや。もちろん、する事はしてもええけど、間違った事は許さへんから、そこらは覚悟しときや?」
「心得ました。クリエさんは紳士ですので、お母様が心配するような事は、決してないかと」
「これからしっかり先を考えて、ママを安心させられるようにする。だから、今は見守っててくれ」
2人の言葉が母の胸を熱くさせ、私の頭を今一度撫でると、彼の手と私の手を繋がせた。
「ええ。でも我がまま言っていいなら~あまり待たせ過ぎないでほしいかも。うちも、もう歳だし」
2人に向かって投げキッスをし、お母様は家に帰る。
世間では忘却武人だの、いいかげんだの。そんな印象を受ける彼女だけれど、本当は違う。
私は知っている。おそらく、彼女をしたっている仲間の皆様も。
本当は、誰よりも真面目で、面倒見がいい。
決して表向きには出さない所が…………ほんと、かっこいいです。
いつか私も……お母様のような人に……。
「家まで送らせてくれるか?」
「はい。お願いします。未来の旦那様」
甘く囁く私の声に、少し照れる彼の横顔。
言葉の代わりに差し出す手が、彼の答えだと知りそっと握る。
「…………行こう。次なる目標を目指して」
☆★☆★☆★☆
早朝に流れるラジオ体操の音が、南風に運ばれて微かに届く。
その音にリズミカルな呼吸を絡ませ、河川敷を駆け抜けて行く夏疾風。
途中、前から向かって来る人に手を振られ、ゆっくりと立ち止まり挨拶を交わす。
「おはよう、早いのね?」
「おはようございます。まだまだ若いので、睡眠不足でも平気っす。娘さんは?って、寝てますよね?」
「おかげさまで。朝方まで君に付き合わされてぐったりよ。これも若さなのかしらね?春馬くん」
彼女が河川敷で出会った人は、娘の彼氏。
早朝のランニングコースに出くわした彼と、説教も兼ねてお話し中でございます。
話しの内容は、当然彼女。
「ぅーン。ハル…………」
昨夜の疲れで、今も幸せそうな夢を見ておられる彼女。
精霊と言えど、疲れもあれば眠気もありますゆえ、今も寝床で充電中なのです。
「ですから、本当に彼女さんの事は大切にしてまして、みあさんが思うような事は」
「別にいいわよ。ねえ、春馬くんは、亜咲花さんの人生を変えたのよね?それは彼女に、自分の事を見てて欲しかったから?」
彼は少し考えて、彼女に答えを述べます。
それは、とても彼らしい答え。彼女が期待していた通りの言葉を、見事になぞってくれた。
まあ彼は、いつものように、素直な事を口にしただけでありますが。
だから彼女は、娘を安心して彼に任せられる。そう確信したのですが、彼のお調子者性格が、事態を少々ややこしくしてしまうのです。
「これからも、あの子の彼氏でいてあげてね?」
「もちろんですよ。みあさんを"お母さん"と呼べる日も、遠くはないはずですから」
彼の言葉に、悪意はないと思っていながらも、どことなく自信ありありの態度が気に障る母親。
「お母さん……ね…………ねえ?君は足には自信あるかしら?」
「え?まあ、早い方だとは思いますけど?」
それを聞いた途端、彼女の体育脳に火が灯り、彼の両目の前に右手の人差し指を近づけ、宣言する。
「勝負しなさい」
「しょ、勝負っすか?何でまた」
当然、状況がまったく読めず、彼女の気迫のこもった、言い返せば、久々の決めセリフに、若干後ずさりする彼。
「あなたがあの子の彼氏なのは認める、でもね。結婚するなら、私を倒してからにしなさい」
「い、意味が分かりません。って、もしかして。みあさんに勝てば、結婚してもいいの?」
「女に二言はないわ。どう?勝負する?」
ドヤ顔で彼を挑発するみあ。
しかし彼は、結婚条件がこんな楽な事でいいのか?などと、心の中で思ってしまいまして。
「いいでしょう。で、勝負の内容は?」
部屋の窓から流れて来る涼しい風が、白き頬をくすぐり、少し強い日差しが目蓋に当たると、いつもより小さく目を開く。
思考が曖昧でも時間は何となく把握出来た彼女。
「うぅー。眠いけど……彼に会いたいから……」
そう自分に言い聞かせ、足をフラつかせながらも、洗面所へと歩き出す…………
しかし、否。当然彼女は知らない。
この時、彼と母が、結婚を賭けて勝負をしている事を。
「ルールは簡単。この河川敷の直線400メートルを、早く駆け抜けた方が勝ちよ」
「ほんっとに、こんな勝負でいいんですか?本気で走りますよ?」
「当然。あの子の為、必死になりなさい。春馬」
2人が並んで互いの顔を見る。
どちらも余裕の笑みを浮かべつつ前を見ると、真剣な眼差しに変わり構える。
さて、この勝負。
どちらに軍配が上がったのでしょうか?って。もうお分かりでしょうな。
「な。この俺が……てか、圧倒的だ」
「どうしたの?私はまだ7割も出してないわよ?今の君の実力なら、あの子にも負けるわね」
「彼女に勝てるわけないでしょ?みあさんだって勝て……」
「200メートルまでなら勝てないでしょうね」
「え?…………嘘でしょ?リラでも勝てないのか?」
自分の倍以上も生きた人だから、老いのハンデが存在する。なんて甘い考えを抱いていた彼。
見事にその思考と自信を打ち砕かれ、結婚への道のりが遠く感じて来ておりました。
「私はね、あの子との交際は認めてるけど、結婚となると、そんな簡単に許す程、甘くはないわ」
「それは……俺が未熟だからですか?」
「それもあるわね。でも、1番の理由は、あの子の生涯を、"簡単に手に入る"なんて考えた事よ」
「…………確かに俺は…………すみませんでした」
落ち込む彼の頭を軽く撫で、隣で彼女が本音を語り出す。
「嫌われたかしら?でも、親としてはね、娘の幸せを願って、相手の人に意地悪しちゃうものなのよ。他人から見て、それが……ごっこ遊びだったとしてもね」
「それは違いますよ。みあさんは、もう彼女の母です。現に、俺の間違いを正してくれた。だから、俺は諦めてませんよ」
「ほほう。自ら障害を増やすのね?」
「生憎、俺も負けず嫌いでしてね。なんせ、今後彼女を奪って行く人間ですから。みあさんをいつか負けたと言わせて見せますよ」
その言葉を聞き入れ、遠からず来る再戦を、心待ちにしようと思った彼女。
お互い笑顔で空を見上げると、2人の頭上をスズメたちが通過して行く。
その光景に、お互い口元がゆるむ。
が、次の瞬間。これまたデジャブな光景が。
「はーるまー、と、ママー」
2人の頭上から突然現れた白き精霊、アペリラ。
重力に逆らえず、そのまま落下して来るのを見て、慌てて両手を広げ、彼女を受け止める春馬。
それを確認し、2人に背を向け、その場を後にしようとするみあ。
「みあさん。1つヒントを下さい。いつ頃から、その走りを身につけたんですか?」
「そうね。高校3年くらいには、ほぼ完成してたかな…………って。まさか……」
何か引っ掛かり、慌てて振り返って見れば、金色に輝く瞳。
「ちょっと待って。そんなのズルでしょうに。アペリラ、彼が何をしようとしてるか知ってるの?」
「ウン。ボクのために、ママに勝ちたいんだよね?だったら応援するのも彼女の役目でしょ?」
「あんた本当に意味分かってるの?」
「ン?何が?」
(分かってないじゃない……てかまだ寝ボケてるんじゃ?)
全力で2人の元へ走り、時間移動を止めるべく手を伸ばす。
「大丈夫です。コツを掴んだら、すぐに帰って来ます。よし、行こうアペリラ」
「じゃあ、行ってきます。ママ」
みあの目前で空間が歪み、2人の姿が消える。
ほのかに香る桜の匂いと、偶然手に掴んだ、甘乾きの長い髪の毛1本を残して……
「身だしなみまで気にするようになったのね。ふふ。昔の私みたい…………てか。若い姿を見られるのは、少し恥ずかしいわね」
時は今から数十年前の夏────。
住み慣れた場所のはずなのに、見慣れない建物やお店が並び、未来とは違う街並みを、彼は見ている。
その横顔を近くで眺め、にっこり微笑む彼女。
「そっか。リラは久しぶりなのか」
「ウン。ボクはおねーちゃんたちを見て来たからね」
「じゃあ。早速みあさんの場所まで案内してくれ」
「それは無理。だって、すべての時間を知ってるわけじゃないんだよ。でも安心して。助っ人は呼んでおいたから」
彼女が言葉を言い終わると同時に、左手を伸ばす。
すると、数秒もせずに現れた人影が2つ。
「こんな面白そうな事。私ら抜きで楽しもうって思ってた?残念。楽しみは分け合う物よ?」
「ま。姉ちゃんのシグナルが正確でよかった。1歩間違えば、迷子になる所だ」
やっぱお前らかと、すんなり状況を認めた彼。彼女に優しくお礼を述べ、みんなに目的を伝える。
現在のみあは高校3年生。今の彼氏彼女と同い年。そう、同級生なのであります。
「他校の生徒だと偽って、みあさんと接触すれば」
「春馬、それはダメだ。この時間の干渉に繋がる。下手をすれば、オレ達の存在も、繋がりも、消えるかもしれない」
そうです。ここは現実世界からの時間移動。過去の出来事を改ざんするのは御法度。
アペリラは、簡単に注意事項を説明し、それにあった作戦を、皆で話し合う事にした。
「よし。なら俺とコイツは、みあさんがよく利用してた、グランドに行ってみる」
「OK。なら私達は、アキトさん達が行っている、バイト先に向かってみるわ」
どうやら二手に別れて、彼女を探すようですな。
最後に待合せ場所と時間を決め、先に男性陣が動き出す。
「じゃあ、また後でな」
「何かあったら直ぐに教えてくれ。こちらもそうする」
軽くうなずき、互いの彼に手を振る彼女達。
見送り終わると、莉樹が彼女の目元を眺めて、ニヤけた顔で呟く。
「寝る間も与えてくれないんだ」
その一言で完全に目が冴え、高揚した彼女が全力で否定するも……
「恋って、こんなに眠くて疲れるものだったんだね」
「いや、それはもう恋じゃなくて愛情だから。もっと言えば欲情かもね」
「リズリズの方もそうなの?」
「リラリラには敵いません事よ」
2人は笑顔で笑い飛ばし、互の利き手が自然と絡む。
「また、新しい思い出が増えるね。リズ」
「だな。リラとの思い出は、大半が誰にも話せないけどな」
見つめ合って、繋いだ手に力が入る。
「これからもヨロシクね。リズリズ」
「ああ。いつまでも親友だ。リラリラ」
出会ってから今日まで。それはもう、様々な事がございました。
楽しい事も辛い事も、2人で分け合って全力で向き合って来た。
そんな彼女達だからこそ、友情崩壊の危機すらも、種族違いの境界線も、予測不能な未来の不安さえ、乗り越えて行ける。
さて。過去の時代で始まる新しい物語……
同い年の一行を目の当たりにして、新世代の一行はどのような刺激を受けるのでしょうか?
そして、春馬の再戦の結末は?
誠に残念ながら、ここらで幕引きでございます。
これからの物語は、読者様方のご想像で具現化して頂ければ幸いです。
「「さあ、行こう」」
2人は前を向き、大きく1歩を踏みしめ走り出す。
これからも、いつまでも……
- おわり -