りずりら_9話
ふと周りに目をやると、夜なのに明るくて、見渡す限りの草原が広がる。
まるでVRの世界へと誘われたみたい。
なんて、今更こんな事言えるのは、心がやっと落ち着いたからかしら。
クリエのおかげで、リラの頭の中の引き出しは、とんでもなく散らかったみたいだけど。
ほんと純粋。何もかも綺麗な存在なのね。
色んな事で体が火照り、まだ頬が赤らんだままの彼女をじっと見て、改めて、自分と彼女の差は歴然だと思う私。
「ン?やっぱ怒ってる?」
「いや。あなたが羨ましいって思ったの」
「それは、人間にない力があるから?」
「違うわよ。私は"女"としてって意味で言ったの」
そう。やっぱ私は、彼女を追い越す事なんて出来ないんだ。
「それ、姉ちゃんには似合わない言葉だな」
腕も足も顔も。あらゆる場所に傷を負いながらも、何故か平気の顔で話す彼。
「女じゃなかったら、こんなに頭の中をおかしくされてないよ」
力強い口調でクリエを睨むも、数秒も持たず視線を逸らし沈黙する彼女。
「リラに何を送ったの?好きって伝えるだけで、ああなる?」
「告白ついでに姉ちゃんには、男の思考とはどんな物かを教えてやった」
あ。なるほど。妄想で私が植え付けた知識より、こっちの方がリアル過ぎたって事か。
「リラが心配になって来たわ。そう、心配と言えば、本当に大丈夫なの?かなり痛そうだけど?」
「ああ。オレが姉ちゃんに勝てる所としたら、これくらいだ」
私は思わず首を傾けると、彼のもう1つの秘密を教えてくれたわ。
それはあまりにも衝撃的な話しだったけれど。彼の好感度を下げるような事でもないし。むしろ特技があるって事で納得したわ。
おかげで彼女が容赦なく、彼をボコったのが理解出来たけど。
そう言えば今は何時かしら?すっかり遅くなってしまったわね。
私はスマホを取り出すと、春馬からのメッセージが届いてる。
私は気になりメッセージを確認すると、少し泣きそうになったわ。
彼は……今も探してるんだ……って。
思わず彼女を抱き締めて、驚く彼女にスマホを見せながら願った。
「明日の夜。あの秘密の場所で待ってる。いつものように……みんなで思い出増やそう…………約束してくれますか?」
彼女もそっと私を抱き締め、「ウン。約束する」と囁き、瞬間移動で姿を消した。
☆★☆★☆★☆
6畳程の空間の入口から見て、左の壁際にベットがあり、右の壁際に机とテレビ。
余分な物は一切ない、整理された部屋の真ん中で、彼女は正座をして動かない。
いや、動けないのであります。
彼女の膝の上には、仰向けになった男性の頭が乗っている。乗せているの方がいいのでしょうか。
何も知らず眠っている彼を、彼女はじっと見つめ、左手で彼の頬に触れる。
彼女の温もりを、彼は安らぎと感じているかのように、寝顔はとても穏やかで、いい夢でも見ているのか、時折ニヤけるその顔を、彼女は……独占しているのでございます。
「亜咲花あ。いいおっぱいになったな」
「……ほんと、男って…………でも。キミは男……ボクは女…………クリエのバカ」
未だに残る、男の真意に、まだ酔っている彼女。
でも、これが異性を引き付けるモノなのかと、理解し始めているのも事実。
夢の中の出来事には触れず、そっと彼を覗き込んだ時。彼が眠りから覚めようとしていました。
「……これは夢なのか?」
「ウウン。ボクの事……覚えてる?」
互いに吐息がかかるくらいの距離で、静かに会話をする2人。
「何を言ってる?それより河川敷じゃないよな?ここは?」
「ウン。ここはボクの部屋だよ」
「そうか…………って。ええ!?てか何でリラがこんな近く……!?」
ようやく脳も稼働した途端。ありえない状況にパニック状態の彼。しかし、彼女がそっと彼の口を手で押さえ、優しく微笑む。
「あまり大声出さないで。ママに迷惑掛けちゃう。今からちゃんと説明するから、聞いてくれる?」
彼は何も言わず、軽くうなずき、互いに距離を置き座り直すと、彼を真っ直ぐ見つめ、静かに語り始める。
☆★☆★☆★☆
アペリラが春馬に語り始めた時間から十数分前の事。
草原から莉樹の部屋へと戻って来た2人。彼女はお詫びとお礼も込めて、再度お茶を入れ直しにキッチンへ。
その好意を断りずらい彼は、母に一言伝える為に、メールを入れておこうと考えたようです。
[帰りが遅くなる。心配無用。]
[帰って来なくていいわよ~。若いんだし、一杯絞って、朝まで頑張りなさい。]
「バカか。しかし、少しは察しているようだな」
彼が呆れてスマホをポケットに入れようとすると、再びメールが届く。
[でも。2人占めはよくないから。本当に大切な人と愛し合いなさい。これだけはママとの約束よ~]
「……ほんと、オレの情報はママに筒抜けなのか?まさかな。でも、そこらは感謝してる。本当に大切な人……ね」
「な~に?クリエも妄想癖あるわけ?」
部屋に戻って来た途端、彼に向かって投げ掛けられた質問に、珍しくニヤけながら、「そうかもな」と答える彼。
それは彼なりのお返しの言葉だと知り、軽く微笑んでテーブルにお茶を置く。
「こんなのお礼に入らないけれど、少しだけ休んでって」
彼は素直にうなずき、再び茶会の始まり。仕切り直しと言うべきでしょうか。
先程と唯一違うとすれば、互いの距離が少し近くなっていて、素直な言葉が言い合える仲になっている所。
特に彼女がですが。
とは言え、彼女にはこれが限界。それは、彼が姉に対する想いを知ってしまったから。
ですが、彼女は落ち込む事はしません。むしろ、こんな事を口にするのです。
「いっその事、付き合えばいいじゃん」
彼女の提案に、お茶を零しそうになる彼。不意を突かれた言葉に、思わず彼が反論する。
「な、何でそうなる?さっきのは姉ちゃんを止める為の手段で」
「でも好きなんでしょ?いい加減、その姉ちゃんって言うのやめたら?」
「ねえち……アペリラを好きになってくれる人は、もういるんだ」
「春馬でしょ?知ってるわ。だから彼に譲るの?だったら私と付き合ってよ」
「……それも……今は…………」
「ねえ?私って、そんなに魅力無い?」
少しお茶で湿った唇と、アペリラ以上の豊満な体。
健全な男子なら、理性を保つのに必死な状況であります。が、クリエには弱点がございまして。
「莉樹は男からすれば魅力の宝庫だ。だが、それ故オレは困る」
「どう言う意味?遠回しに、恋愛対象外って言ってる?」
「そうじゃない。気持ちはありがたい。嫌いになる要素もない。ただ、柔いのは苦手なんだ」
「は?柔いってナニ?もしかしてリラと抱き比べして?」
「待ってくれ。これ以上、誤解を増やさないでくれ。情けない話しを今からする」
彼が彼女に伝える弱点、それは柔さの話しでございますが、お察しの通り、彼はあの膨らみが苦手なのです。
別に、見るも耐えないとかではなく、むしろ逆で、あの存在が自分の思考を狂わせるとか。
要するに、健全な男性の思考なのです。これは当たり前の事でありながらも、自分の弱さと勘違いしている。
そんな所でございます。
余談ですが、きっかけはやはりアペリラ。流石にそこまでは彼女に失礼だと思い、伏せましたが。
「あはは。ウケる。でもこれで少し安心したわ」
「安心?」
「ええ。私はまだ、望みあるのよね?なら、これから私の事をもっと深く知って行って。アペリラに負けない女になって見せるから」
「今のオレの評価では、莉樹は"変態"からスタートになるが?」
「私だって必死だったんだもん。でも、変態からでも必ず好きにさせてあげる。多分、きっと」
徐々に自信を喪失して行く彼女を見て、少し意地悪だったと感じる彼。
静かに彼女の隣りに瞬間移動し、彼女の顔を見つめる。
少し驚きながらも、じっと彼を見つめ返す彼女の澄んだ瞳に、彼は問う。
「オレは精霊だ。それでもいいのか?」
彼女の右の掌が、彼の左頬に触れ、静かでありながら力強い言葉で、彼に答えた。
「私は貴方だから好きなの。この気持ちは変わらない」
「わかった。直ぐには返答出来ないが、いい答えが出せるよう努力する」
「なら……約束……てか契約の証ね」
彼女の唇が彼の口に優しく触れ、目を閉じたまま満足そうな表情を浮かべる。
予測不能な行動に戸惑いながらも、これが彼女なんだと受け止める彼。
「ふふ。私の初めては、どんな味だった?」
「…………君も、初めてだったのか?」
根は純粋な女の子。しかし、心のスイッチ1つで、自分でも理解不能の暴走状態へ。
それは、彼女の知識の片寄りが原因でございます。今後の課題は、リアルな恋愛を学ぶ事。
さすれば、変態の称号も、自ずと消え去る事と思います。
「ほんのり甘くなかった?正直に答えてよ?」
「……ああ。お茶請けのリンゴのクッキーのおかげで、たこ焼きよりは雰囲気が出たな」
「嬉しい。これで突き放されたら、もう生きて行けなくなる所だったわ」
いやはや、端から見ると、カップルっぽい感じはあるのですが、2人が正式にお付き合いをするのはまだ先。
今はお互いスタートラインに立ったばかりなのです。
彼女には、自分がクリエに認めて貰える女になる事。
彼には、莉樹の気持ちを受け止める努力をする事。
ですが、手を伸ばせばいつでも届く距離となった2人。今後の展開に、期待するといたしましょうか。
「所で莉樹。1つ頼みがあるのだが?」
「ん?言ってみなさい」
「今夜、泊まって行っていいか?」
「…………え。あ……の……それって…………」
先程までの流れからすると、2つ返事で了解すると思っていたクリエ。
しかし、彼女の様子が変に、あいや、正常モードに戻っている。
頭の中で妄想が膨らみ過ぎて、顔が真っ赤になる彼女。
結果。
「最後にまともな彼女に戻ってくれただけ、よしとするか」
彼は独り、寝床となる場所を探し求めて、彼女の家を後にした。
☆★☆★☆★☆
本当はこんな事しちゃいけないんだけど、やっぱ心配なのよね。親としては。
ん?何をしているかですって?
それは、アペリラの部屋のドアにそっと耳をくっつけ、物音を立てないように、話しを盗み聞きしているのよ。
あの子と出会って、あの子と過して、色々と分かり合えたつもり。
だから、あの子が救いを求めるのなら、私は何だってしてあげる。
でも。
『ママ。これからボクがする行動は、間違ってるかもしれない。でも、ボクが正しいと思う事を精一杯するから。今は自由にさせて』
あの子なりに悩んで考えた結果だもんね。
ここで出しゃばるなんて事は、親としては間違ってる。でも、やっぱ気になるじゃない?
そんな訳で、最初に戻ると、私はあの子の会話に耳を傾けているの。
「春馬がここに居る事も、今も少し記憶がおかしい事も、全てボクの責任なんだ」
「確かに、少し記憶が曖昧な部分もあるけど、それは俺が寝ぼけてるだけだし、ここに居るのは俺が勝手に来て」
「ウウン。今から伝える事は、春馬にとってとても重要になる事なんだ。だから覚悟してほしい。ボクも覚悟は決めたから」
迷い無く彼の顔を見るその姿に、彼は彼女の本気を感じ、黙ってうなずき覚悟を決めた。
聞いてる私も緊張している。おそらく、今から話す事は察しがつく。問題なのは彼。
現実離れしている事を、どこまで受け止められるのかしら?
「花火大会の時ね、ボクと彼女は知らない男達に襲われ、ボクは彼女を守る為、彼女に手を出さないと言う条件で身代わりになった」
「待ってくれ、そんな事は話さなくていいんだ」
思わず声が出そうになり、手で口を塞いだ私。いいえ、声が少し漏れたかもしれないけれど、春馬くんの声で掻き消されたわ。
彼はあの子に、辛い事を思い出させたくないと言う想いで、口を挟んだのね。
「ありがとう。でも、これを話さなきゃ何も始まらないんだ」
「…………続けて」
彼は、苦しそうな声で彼女に伝えると、彼女は、出来るだけ優しい声で、彼に伝えようと言葉を続けたわ。
「男は5人いた。4人はボクの所にいたけれど、残りの1人は、約束を無視して彼女を襲ったんだ。結果、ボクが全員やっつけて解決したけれど、実はこの事がきっかけで、ボクと彼女の仲が少しおかしくなって行って。クリエの件もあったから……ね。それについては春馬も納得して貰えるよね?」
「まあな。でも今は、その話ではないんだよね?」
「ウン。彼女を守るには、あまりにも距離があり過ぎて不可能だった。でも、ボクはそれを可能にした」
なぞなぞみたいなあの子の言葉に、少し頭を悩ませていると、彼の正面になるよう体を動かし、正座の体勢から両手を揃えて、頭を床につけ、あの子は彼の顔を見ずに答えたわ。
「ボクには特別な力があってね、その力を男に使った。彼女は守れたけれど、後にこの力に興味を持ってしまったみたい」
彼は土下座姿で話さないでと伝えるも、あの子は首を振り、「このままで」と彼に願い、続きを話す。
あの子が使った力の事、自分が何者かと言う事。彼女に正体を明かし、自分を忘れてもらおうと考えた事。
その為に彼を巻き込ませた事など。全て彼に告白したみたい。
「ごめんなさい。ボクがキミの記憶を奪ったんだ」
「…………まだ素直に受け止めるには時間が掛かりそうだけど、これだけは言わせてくれるかい?」
彼女の身体が少し強張る。次の彼の言葉で、あの子の運命が決まると察したから。
あの子は何も言わず、軽くうなずき答えを待つ。
「女の子に、そんな格好は似合わない。可愛い顔を雑に扱わないでさ、俺を見てくれよ。自分で言うのもなんだが、結構イケてる顔だと思うぜ?」
「ハル…………マ…………」
自然とあの子が彼の顔を魅る。温かい雫が月明かりと反射し、あの子を更に輝かせる。
これ以上は野暮ね。
アペリラ…………いい男に出会えてよかったわね。
静かにドアから離れ、あの子の部屋から退散して行く私。
ねえアペリラ。
いつか自分に自信がついたら、自慢の彼氏を紹介してちょうだい。
たとえ、それが彼じゃなくても、あんたが本当に恋を理解し、愛に変わる頃には…………もう立派な女性になってる筈よ。
☆★☆★☆★☆
涙って、こんな簡単に出るんだ。
ウウン。きっとボクの感情が、心から働いてる証拠なんだね。
彼の優しさが、ボクを簡単に泣かせてくれたおかげで、話しは少し中断している。
でも、ちゃんと確認しなきゃ。彼の口から素直な言葉を聞かせてほしい。
「ボクは春馬に酷い事をした」「でも、今はリラを覚えている」
「ボクは春馬と違う種族だよ」「でも、俺はリラを好きでいる」
「ボクは、春馬の側にいても」「ああ。莉樹も同じ答えだろ?」
名前を連呼し、彼に全体重を預けると。彼は慌てて受け止め、ボクの髪を、そっととかしてくれた。
少し照れたけれど、彼に触れられる事は嫌いじゃないと理解出来たボク。
しばらく互いの体温を感じながら、ボクの気持ちが落ち着くまで、このままでいさせてもらったんだ。
「あはは。なんか色々ごめんね」
「気にしない。所で、俺がもしリラを拒絶していたら?」
「そん時はもう1回、記憶を無くしてもらってたかな」
「ええ!?あんな悲しいキスは、もう勘弁してほしいぜ」
き、キス?
あ。あの時……ボクは最後だと思ってたから。でも何でかな?
って。もう分かったよ。これだけ頭をおかしくされたんだもん。気づかないフリはよくないね。
「ごめんね。そっちの方も、無理矢理奪ったかな?」
「いや、俺は嬉しかったぜ。これでアイツと並べたし」
「ネ?その件なんだけど。明日の夜まで保留にしてくれないかな?リズリズとクリエと会って、ちゃんと整理したいんだ」
そう。ボクの件は解決したかもしれないけれど、まだ……みんなの中で曖昧になっている問題がある。
これもボクとクリエがかかわる問題。
きっと彼女もその事を知っていて、ボクと約束をした。
今度は一方的じゃなく、友達として。気持ちを伝える事で、また一歩進めると信じてくれている。
だから……ボクも精一杯考えるんだ。
「そうだな。俺達も、追い込むような事をして申し訳ないと思ってるから、リラの意見には賛成する」
「ありがとう。さて、もう遅くなったし、そろそろ寝よっか」
「そんじゃ、俺はおいとまするとしますか」
「ん?ママが泊まって行きなって言ったんだよね?ボクも迷惑掛けたし、一緒に寝てもいいよ」
ようやくいつもの自分に戻った事で、素直な言葉を言ったつもりだったんだけど、今度は彼が頬を赤らめて後ずさりする。
「流石にそれはマズいだろ?」
「何で?春馬は寝たくないの?」
アレ?また変な事言ったのかな?寝るだけだよね?……寝るって他に意味あったっけ?
ふと、クリエから植え付けられた男の知識を思い出し、彼の勘違いに気づき始めたボク。
違うんだよ?ボクはそんなつもりじゃなくて。ねえ、春馬?って。何気にボクの胸ばかり見ないでよ……
このままじゃ、本気になっちゃうのかな?どうしよ…………
彼の視線で身体が熱くなって行くのが解り、無意識に、手で見られている部分を隠してしまったボク。
知らぬ間に、悩ましくて、甘えているように映るボクの表情が、彼の脳を刺激する。
けれど、力一杯目をつむり、ボクに向かってこう叫ぶ。
「屋根へ飛ばしてくれ。頭を冷やして来る」
「え?あ、ウン」
言われるがまま、彼を屋根へと瞬間移動させたボク。
静まり返る自分の部屋で、胸の鼓動が大きく鳴り響く……。
「恋って…………なんなのさ?…………言葉の意味まで…………ヘンにするなんて」
「まったくだぜ。まだ俺達は始まってもいないのに。一瞬でも欲に負けそうになった自分に…………腹が立つ」
その夜。彼は屋根の上で眠り、ボクも彼の側に行く事はなかった。
☆★☆★☆★☆
若き男女が恋に目覚め、欲を覚え、互いを知る。
美しくもあり、汚らわしくもあり。
しかし、それが人だと言うなれば、これは自然の摂理なのかもしれません。
育ての親も通って来た道。
それを、これから自分も経験しようとしている4人の男女。ただこのメンバーは、特殊な恋になりそうですが。
「「「「かおんつぱかいれ」」」」
乾杯とお疲れの言葉が半々になり、同時に空洞にこだまする。
莉樹の手料理が並び、飲み物はコンビニで適当に買い揃え、夜のお食事会の始まりでございます。
引き蘢りのおかげなのか?母の指導がよいのか?彼女の料理の腕前は、自慢出来る程。
「よかったな。まともな取り柄があって」
「あら高野さん。何かおっしゃいました?不服なら、食べなくて結構ですが?」
「いえ。すみません。マジで美味いっす。一家に一台、亜咲花さんっす」
「私は家電じゃね~し」
幼馴染のアドリブが、2人の精霊を楽しませ、和やかな空気が流れる。
いつもと変わらない時間が戻った証拠。
皆の願いや想いが、アペリラの心を動かし、絆を深めた。
ですが。彼女は知っている。
自分がまだ迷惑を掛けているって事を。
「ねえ、ずっと曖昧になってたボクの答え。ボクなりに考えたんだ。聞いてくれる?」
皆、彼女がこれから何を話すのかと言う事は理解している。
ただ静かにうなずき、彼女のタイミングを待った。
「リズリズも春馬も、恋してるのは知ってる。相手が誰なのかも分かった。クリエも恋してたと知った。ボクは……恋がどんなモノなのか、まだよく理解出来ない。でも、多分ボクも、恋してるんだと思う」
彼女はクリエを見つめ、彼に向かって口を開く。
「ボクはね、クリエの事は好きだよ。でもその好きは、みんなと同じ好きなんだ。だからボクの全てはあげられない」
「その言い方はやめてくれ。オレの立ち位置が悪くなる」
若干ジト目になる2人から、「やはりそうか」と言う視線を浴びせられるクリエ。
彼は慌てて弁解するも、火に油状態。
その姿を見て、少し笑顔になったアペリラ。今度は、春馬と莉樹に向いて話し出す。
「あのね。2人は本当に、精霊を恋愛対象としてもいいの?」
「じゃあ逆に聞くわよ?日本人は外国の人と恋愛しちゃいけないの?」
「ええ?……いいと思う」
「じゃこの話しはおしまいね。春馬もそれでいいでしょ?」
「お、おう。亜咲花にしてはお洒落な回答だったな」
それは彼女なりの解釈。
人間も、住む場所が違えば言葉も変わる。精霊と言う存在も、異国から来た者と言う考えでございます。
決してそれが、正しい答えではなくても、本人の意思確認は出来たと納得し、春馬に近づくアペリラ。
自然と莉樹が彼にウインクし、自分から行けと伝える。
歩数にして3歩もない所で互いが立ち止まり、クリエの側で2人を見守る莉樹。
彼女は真剣な眼差しを春馬に送り、優しい目でアペリラの言葉を待つ彼。
「ねえ。河川敷で春馬が言ってくれた言葉。思い出せる?」
彼は黙ってうなずくと、彼女は左手を軽く伸ばし、掌が上になるようにして力を込める。
すると、掌から丸く七色に光る球体が、音も立てず浮かび上がる。
「あれは?」と莉樹が呟くと、「記憶の再現」だとクリエが答え、彼女はうなずく。
精霊力を解放し、2人の中心で、あの時の映像が映し出される。
『もっと知りたい。リラの事。そんでもって、俺の事も知ってほしい。お互い、色々と知り合ってさ、何もかも一緒の時間を2人で作って、ずっと笑って行きたいと思ってる』
映像が終わると光も薄れ、球体も自然に消えた。
「何?交際すっ飛ばして結婚でもしようっての?」
「ち、違う。あの時は、俺も必死で無い頭を絞って出した言葉だ。しかも、お前のせいで彼女がすごく落ち込んでて」
「まあ待て2人とも。今は彼女の言葉を最後まで聞いてやってくれ」
クリエの意見で静まる空間。
彼女は少し表情を和らげ、彼に問うのです。
「あの時のボクは、まだ人間として見てくれてた。でも今は精霊。それでも気持ちは変わらない?」
「俺は、アペリラと言う女性に惹かれた。だから、何があっても、決して意思は変わらない。これからもずっと」
彼の再告白に、思わずクリエに抱きつき興奮する莉樹。
「ありがとう……でも、ボクはまだ"彼女見習い"って事でいいかな?」
「はあ?リラ。あんたこの流れでその答えって何?ギャグなの?」
外野のヤジが彼女に浴びせられるも、彼女は苦笑いして言葉を続けるのです。
「誤解しないで。春馬が嫌いとかじゃなくてね、ボクはまだ世間知らずだし、もう少し時間を貰いたいんだ」
「別にいいんじゃね?それが今の答えなんだろ?これから、お互い知る時間も必要だしな」
「ありがとう、春馬…………あと……」
彼女は彼に3歩近づき、そのまま目を閉じ、笑顔のまま彼の口を塞いだ。
彼は一瞬驚きましたが、しっかり受け止め、目を閉じる。
さっきまで不機嫌だった娘さんも、これには悲鳴を上げる程。
クリエを強く包み、何度も小さくジャンプする。
恥ずかしそうに目を開け、互いに少し下がる2人。
「どう?今度は嬉しいキスになった?ボクなりに想いは込めたつもりだけど?」
「ああ。とても嬉しい。まあ、出来れば2人きりの時にして欲しかったけどな」
「フフフ。好きだよ。春馬」
こうして、春馬とアペリラは、友達以上、恋人手前。カップルと問われれば、そうでもあり、否定も可能な関係。
一方、クリエと莉樹は、恋人に向けて互いに努力しゴールを目指す仲に。ですが、こちらもカップルに近しい関係。
各々の課題を背負って、これからお付き合いを開始する4人。
さて。身勝手な恋の試練を無事に乗り越え、真の愛へと辿り着く日は…………そんなに遠くないのかもしれませんな。
~ BBQ sequel_9 青春 四重奏 ~
色んな意味で暑かった夏も終わり、季節は冬。
あれからあの子達はどうなったかと言うと。
クリエは莉樹の趣味を手伝いながら、彼女のよい所を見つける為に、日々、努力を続けているのであります。
「クリエくん。この絵、どうかな?もう少し盛る?」
「何故、呼び捨てにしない?」
「だって、今は母上いるもん。うちって、結構そこら辺は厳しくされてるのよ」
「言ってる事は理解出来るが、やってる趣味は何で何も言われないんだ?普通逆だろ?」
「あれ?言ってなかった?実はこの趣味、母上譲りなのよ?」
「ナ、んだと?」
とてつもないカミングアウトを聞かされ、声が裏返ったクリエ。
この事は、春馬は知ってて何も話さなかったのか?それとも、自分だけに明かした秘密なのか?
などと。月に数回、彼女に対する興味が増して行く彼。
「てか、さっきの返事聞かせて」
毎度の事ながら、親友の汚れた姿を堂々と弟に見せ、反応を愉しむ彼女。
「柔いのはもう少し控えめにしろ」
「え?それはどこの部分かな~?」
「オマエ、わざとだろ?」
「答えになってませ~ん」
「そうか。そっちがそうなら、覚悟は出来てるんだろうな?」
彼は瞬間移動で彼女の左に現れ、耳元で甘く囁く。
「彼女のおっぱいの大きさを、オマエのサイズにするな。そのサイズはオレのものだ」
「……ひぃゃぁぁぁ……」
耳から体全体に悪寒が走り、彼を突き飛ばし両手で胸を覆う。
「こ、このムッツリ変態スケベサブキャラがぁぁぁ」
「意味不明な突っ込みをやめろ」
形はどうあれ、2人の距離は縮まってはいる様子。
彼の苦手要素であったアノ部分も、早い段階で克服出来たようで。
ま、毎日のように凶器を突きつけられると、慣れもしますわな。
「何よ?ろくに触ってもくれないくせに。姉上の乳ばかり見とれてさ」
「見とれてない。てか早く作業に戻れ」
☆★☆★☆★☆
春馬は最近、料理の勉強を始めたようで。理由は簡単。
「女の子にモテる為だぜ」
と、本人はおっしゃっておりますが、あながち間違いでもございません。
女の子をこよなく愛する彼の行動は、いつも相手の気持ち優先。
となれば、その女の子の為に、料理を勉強すると言う流れでございます。
きっかけはあの時。
『はうぅ。ごめんなさい。また失敗したよ』
彼女の手料理が食べたいと、いつもの軽いノリで言った言葉が、アペリラに過度のプレッシャーを与える。
案の定。期待に応えたい一心で作った料理が、ことごとく失敗。膝から崩れ落ち、土下座をする彼女。
『もしかして、苦手なのか?』
『これでも頑張って練習してるんだよ?もっと頑張って、春馬にオイシイって言わせてみせるから』
『いつから練習してる?』
『…………ママと住むようになってからだから……数年?』
『…………お、OKわかった。ならこんな提案はどうだ?』
このまま練習を続けていても、平行線を辿ると悟った彼。
ならどうすればよいか?自分が料理上手になればいい。
そんな単純な考えだけで、行動に出たのです。
「最近は自分でも成長出来てるって感じだぜ。もっと頑張って、亜咲花を超えて見せる」
と。微妙に目標がズレて来ているかもしれませんが、彼が彼女の苦手要素をカバーする日も、もう少しでございます。
☆★☆★☆★☆
さて、コンビ解消の危機を乗り越え、彼女達の絆は、更に深まった"莉樹"と"アペリラ"。
ご存知、リズリラコンビでございますが、学校でも、2人の人気は未だに健在。
ただでさえ、ワーキャー言われる存在ですから、「「夏にボーイフレンド(仮)が出来ました」」
などと、公表出来る筈も無く。学校では、いつもと変わらない日々を送っておりました。
そんなある日。莉樹からアペリラに、このような誘いがありまして。
「ミコの助勤?」
「ああ。簡単に言うとバイトだ。この時期、父上の神社は参拝者が増えて、巫女様の人手が足りないんだ。私も手伝っているんだが、リラリラも一緒にどうだ?」
大晦日から年始に掛けまして、毎年大勢の人で溢れるこの神社。
莉樹は父の手伝いで、毎年のように巫女をやっておられる事がクラスで話題に。
それは、瞬く間に学校中に広まり、謎の盛り上がりを見せる同学年の生徒達。
今年は別の意味で、参拝者が増える事が確定いたしました。
「あはは。。。放課後話してくれたらよかったのに。大変そうだから、ボクも手伝うよ」
そして舞台は神社へと移りまして。新しい年を迎えた夕時。
「よ。明けましておめでとう」
「今年もよろしくお願いします」
「「どちら様でしょうか?用がなければ、次の方に変わっていただきますよう、お願い申し上げます」」
早朝から、同い年の人達に、何度も笑顔で対応し、ある意味限界を迎えつつも、決して弱さは見せない彼女達。
そこに現れた男達でしたが、とにかく今は構ってられないと言う目で、声をハモらせ追い返そうとする2人の美人巫女。
流石に察して、早々におみくじを1つずつ買って離れると、クリエの視線が彼女に注がれていた。
「ようやく亜咲花に染まって来たか?本命を捕ってしまった俺が言うのもなんだけど」
「いや、アペリラはお前を選んだ。最近は、柔いのも悪くないと思っている」
「クリエよ。お前は、彼女の胸しか見てないのか?」
垂髪で、巫女装束がやけに似合う莉樹。それもその筈。彼女はこの季節に現れる、看板娘でもあるのです。
「まあ。あの衣装にアレだもんな。俺でもたまに間違いを起こしそうになるが、やっぱ今は帰国子女の巫女だぜ」
洋風の顔に、綺麗な黒髪が巫女装束とマッチし、無邪気な笑顔で初詣客を虜にするアペリラ。
「リズリラコンビとはよく言ったものだ。クラス中がおかしくなるのも理解出来る」
「だな。改めて、あの2人の魅力は計り知れないぜ。なあ、精霊は魅了の力なんてのは」
「あるわけないだろ。あったとして、姉ちゃんが使うと思うか?」
「そうか。俺はあると思うがな。毎日魅了されまくりだからさ」
「言ってろ」
2人はしばらく彼女達を遠目で眺め、勤めが終わるまで神社で待機する事に。
あと数分もすれば、交代の時間となり、本日の御勤めはこれにて終了でございます。
「「終わった」」
着替えを済ませた2人が、彼らの元に合流する頃には、空もすっかり暗くなり、澄んだ空気が体に染み渡る。
いつもより距離を縮め、寄り添うカップル達は、初詣を楽しみ、おみくじ勝負をする。
どこか懐かしい光景に思えるのは気のせいかもしれませんが、いつの時代も、同じ事をするものなのだと。そう感じる私なのでございます。
その晩。彼女達は、莉樹の家でお泊まり会をする事となっており、男子とは、早めのお別れとなりました。
そして、有りそうで無かったこちらのシーン。
「そういや、初めてだね。ボクとリズリズがこんな格好で向かい合うのって」
「てか、お泊まり会なんてのは、今回が初めてだからな。旅行も行かなかったし」
「だね。お互い知ってるようで、知らない事もあるんだね」
「改めて感想を聞いた方がいいのか?太ってるとか言うなよ?」
「とても綺麗だよ。それにしても、浴槽広いんだね」
そう。ここはお風呂場でございます。
若き女性が向かい合い、体を湯で温めながら会話を楽しんでいる。
互いが肌を見せ合い、互いを知るのは、実はこれが初めてなのであります。
言い方を変えると裸の付き合い。
見慣れた顔の先に知る、産まれたままの姿。
莉樹がアペリラに感想を求めているのは、自分の身体に似合わないくらい成長してしまった部分。
平均的でバランスが整っている白き姫よりは、やはりアンバランス感は否めませんが、その分、服装で外見をカバーしている彼女。
「それでもやっぱ隠せないんだよ」
「いいじゃん。春馬もクリエも好きなんでしょ?てか男は莉樹のおっぱい好きだよね」
「私はそこ専門で、雄のペットになりたくないんだがな。てか春馬が好きなのは、リラリラの裸だぜ」
水しぶきを出しながら、鋭く右手の人差し指を彼女に向けて、胸元より下腹部を指刺す莉樹。
刺された部分を目で追い、頬を赤らめて手で隠すアペリラ。
「リズリズのエッチ。ボクと春馬はまだそんなんじゃ」
「へ~。まだって事は、いずれって意味だろ?年始なんだし、1回くらい股を開いてやったらどうだ?」
「エ?ま、ままたって…………」
頭の中で彼女の妄想が大きく膨らみ、まともな言葉が出なくなるアペリラ。
あの夏の件以来。彼女は少しばかり変わりました。
それは何か?
もうお気づきでしょうが、彼女は"性"の知識が増え過ぎてしまい。花も恥じらう乙女へと。
正にキャラ設定の変更。新たなスキルの獲得により、精霊は、純粋な乙女心を持つ女へと転身。
「その説明やめて。ボク、そんなんじゃないから。元はと言えば、リズリズがこんな世界を教えなければ……」
「…………後悔してるのか?」
彼女は背を向け、そっと「してないよ」と呟くアペリラ。
彼女に聞こえないように軽く深呼吸をし、雪のような白くて美しい肌に、形が変形するくらい、自分の柔らかい部分を背中に押し当て、両手で彼女の膨らみに手を添える莉樹。そして……今だから伝わる謝罪を、彼女に述べる。
「ナ、ナニ?」
「ごめんなさい。好きな人に捧げる前に、私のせいで」
彼女の震えてる両手にそっと、自分の手を重ね、口を開くアペリラ。
「あれはボクが勝手にした事。それに、まだボクは奪われてないでしょ?」
「…………私は、何をしても許してなんて言えないけれど、あなたに出来る事は何だって」
首を左右に振り、後ろを振り返りながら、優しく答えるアペリラ。
その言葉に軽くうなずき、「これからも側にいて」と瞳を潤ませ、彼女に唇を重ねる莉樹。
思わず発した声は彼女に奪われ、少し戸惑いながらも、彼女を受け入れ目を閉じる精霊。
一体アペリラは、莉樹に何と言ったのでありましょうか?ヒントは莉樹が残した言葉。
彼女が胸を熱くしたその言葉は、読者様のご想像にお任せするといたしましょうか。
「…………このままだとのぼせちゃうね」
「…………だな。上がるか」
☆★☆★☆★☆
──────そして、高校最後の年。
放課後のチャイムと同時に教室を飛び出し、廊下を掛けて行くリズリラコンビ。
「急げ、リラリラ。途中まで見送ってやんよ」
「ウン。ありがとう、リズリズ」
階段の横にある手すりを滑り台にし、軽快かつ迅速に、階段を下りて行く。いや、滑って行く彼女達。
3階から2階までは順調。そして1階まで降り、下駄箱まで一気に走り抜けようとする中。先生に注意され、足止めを喰らう。
「どうする?」
「こんな所で止まってらんないよ」
「だな。なら」
莉樹が先生に背を向け、前屈みになりながら口を開く。
「先に忠告しとくね、先生。上を見たら訴えるかんね?」
「亜咲花。アペリラ。校内のアイドルだからって、何でも許されると思うなよ」
莉樹は両手をアペリラに差し出し、合図を送ると、アペリラはうなずき両手に向かって走る。
「行って来~~~い」
両手に足が乗った瞬間。力の限り持ち上げると、先生の頭上を、アペリラが軽快かつ繊細に飛び越えて行く。
それはまるで、新体操の選手のような身のこなし。もはや、ご存知の通りでございます。
「先生ごめんなさい。明日ちゃんと怒られるから」
「……見事な白」
「しっかり覗くなエロ教師」
莉樹を残し学校を後にする程、何故彼女は急ぐのかと申しますと。
「そんなに急いで帰って来なくても、この子は逃げたりはしないわよ?」
「これから一緒に暮らす家族だからな。早く会いたかったんだろ?でもその前に、帰った時の挨拶がないぞ?」
「ただいま。パパ、ママ。ねえ?もういいでしょ?ボクも早く抱かせてよお」
彼女の両手に納まる愛の結晶────命の光──────
それは、とても暖かく。とても眩しい。
今日は新しい家族と対面出来る日。
彼女は少しでも早く、小さな命に触れたかったのです。
「「お帰りなさい。アペリラお姉ちゃん」」
両親から初めて伝えられる言葉。お姉ちゃんと言う響き。なんだか照れる彼女だけれど、まんざらでもない様子。
「これで本当のパパとママだね。みあさん、アキトさん」
「何を生意気な事を言ってるの?あんたも私らの大事な娘よ?ちゃんと自立出来るまでは、嫌でも面倒見てやるんだから、覚悟しなさい」
「アペリラ。これからも、俺やみあを頼れ。もちろん、仲間も、友達も、そして……お前を愛してくれる人もだ」
「ボクを愛してくれる…………ウン。これからも、よろしくお願いします。パパ、ママ」
早いもので、彼女達は高校3年生。
リズリラコンビの人気は留まる事を知らず、いつの間にか校内のアイドル的存在へと変化しておりまして。
「ほんっと。ウザい、迷惑。私らは、何も目立った事していないってのに」
「あはは。そうでもないんじゃない?」
思い起せば所々に、彼女達の人気が上がるイベントがずらりとありまして。
高校1年の巫女の件から始まり、体育祭、文化祭、ミスコン、修学旅行、その他諸々。
黙っていても周りが頂点へと押し上げる。拒めばいいのに、引き受ける2人も責任はございますが、彼女達も思い出は必要なのでございます。
「いっその事。みんなの記憶からさ、私らを消してしまう?」
「ダメ。それに、親友の無駄遣いをしないでよ」
「冗談だって。でも、1番困ってるのは……」
「亜咲花さん。僕と付き合ってもらえませんか?」
「俺も好きです。高校最後の思い出に、是非」
彼女の最大の悩み。それは、男子生徒からの告白。
あれから今まで、クリエとの事は隠している彼女。勿論アペリラも何も触れない。
これ以上の個人情報は公表したくないのです。
「はいはい、ごめんよ男共。亜咲花の彼氏は俺だ。悪いな」
困っている幼馴染の肩を抱き、悪い虫を追い払う春馬。
「あんたね~。後でリラに謝りなさいよ」
「別にいいよ。ありがと、高くん」
高校3年にして、彼女達とやっと同じクラスになった春馬。
奇跡的に彼女達はずっと同じクラス。春馬とクリエも同じだったのですが、皆が揃う事はありませんでした。
3度目のクラス変更では、クリエのみ違うクラスになってしまい、莉樹は少々不満気味でした。
「まあ、こんな状況を毎日見られたら、気を悪くするわね」
「て事は、アイツの心を、無事に射止められたようだな」
抱かれている彼の手を掴み、自慢の場所に押し当て、上目遣いで甘く答える彼女。
「あんたも、本気で堕ちてみる?」
「い、今は遠慮しとくぜ。てか、また大きくなったな?お前」
幼馴染の過激なジョークも、周りの生徒からしてみれば、本気の戯れにしか見えず。
この日以来、学校中に広まった大事件。当然、彼の耳にもその事は伝わりました。
その日の帰り道。
「何でオマエと彼女がカップルになってる?」
「落ち着いてクリエ。春馬はリズリズを助けようと」
「「すまないクリエ」」
ハモる謝罪。そして、幼馴染組の弁解を一通り聞き入れ、不本意ながら納得したクリエ。
「春馬、あまり度が過ぎて、姉ちゃんを泣かせるなよ?」
「ないないないって。例え高野が私の魅力に負けても、私の身体はクリエ専用よ」
「アー引くわー。クリエはいつも盛ってるんだ。最低ね」
「待て。オレは姉ちゃんを思って言ってやってるのに、何でそう言う流れになる」
「リラは繊細だからな。今でも初々しいぜ」
春馬とアペリラ。クリエと莉樹。
それぞれは、正式にカップルとして付き合い中。
放課後になれば互いの時間。しかし、人目はやはり避けている模様。
ここまで来たら、卒業まで隠し通すと言うルールを作り、日々の生活を送っております。
「ねえ、リラリラ。またモデル頼めない?最初だから、妥協はしたくねえんだ」
「ウン。いいよ。春馬もおいでよ。リズリズとクリエだけに見られるの恥ずかしいし」
「いいのか?そんなの魅せられたら、理性が保てなくなるぜ?」
「や、やっぱ来ないで。ボクはそんなつもりで誘ったんじゃないもん」
遂にこの夏。自作の同人誌をお披露目する事を決心し、無事にブースを確保出来た莉樹。
今まで作った作品で、十分勝負は出来る筈の彼女が、デビュー作をどうしても作りたいらしく、早めの準備段階に。
モデルはアペリラ。安定の主役でございますが、今回は少しばかり違うようで。
「描けたぞ。これが今の限界だ」
「オー。クリエって絵の才能あったんだ」
「妄想の力が強ければ強い程、絵は裏切らないわ」
「何だ?その無意味な持論は」
実はモデルは2人おりまして、クリエが描いた絵の中に存在する人物。
それはアペリラと莉樹。
まさかの本人登場の作品となったのです。
「遂に自分の身を売るのか?」
「そんなんじゃないわよ。この作品はね、私の思い出、このメンバーで集めた結晶を作りたい。だから、今回だけでいい。みんなで協力し合って、この本を完成させたいの」
彼女が作ろうとしている作品は、人間と精霊の物語。
一見、ファンタジー要素が入った内容なのだと、誰もが思う作品なのですが、実際はノンフィクションの内容。
当然、いつもの路線は無く、彼女達のありのままの思い出を綴って行く物語にしたいようですな。
「オレは既に承諾済みだ。後は2人の意見を聞きたい」
「ボクも手伝うよ。絵は無理だけど、出来る事があるなら何でも言って」
「あんたはどう?素直に言うけど、私の思い出には、無くてはならない存在なのよ?」
彼女の少し照れた声が、彼の耳に届くと、両手を胸の前で組んで、ドヤ顔でこう答えたのです。
「なら俺は、監修させてもらうぞ。やるからには、読者に満足させられるようにしなくちゃな」
3人の顔が喜びの顔になり、高校最後の夏の思い出が今。動き出したのです。
- つづく -