りずりら_7話~8話
『高野、やっぱりリラの事が好きなの?』
『ああ。だから俺がはっきりさせてやる』
『2人に聞くの?』
『聞くより行動。クリエに宣戦布告して、俺はリラに告る。追い込まれれば、本音も聞けるだろう。それに、お互い正々堂々とぶつかるのも、青春ぽくね?』
「青春ね。異性の取り合いって、早い者勝ちじゃないのかしら?」
高野が家まで送り届けてくれたその日の夜。
シャワー中にさっきの話しを思い出し、濡れた髪をかき上げながら独り言を呟く私。
考えても答えはまとまらない。言い換えると、自分がどうするべきか?と言う答えを探しているの。
結局答えは先送り。
部屋に帰って来た私は、下着姿のままパソコンの電源を入れ、ぼ~とした頭で作業に入る。
今宵は、あと少しで完成する浴衣姿の彼女に、色付けをする事にした。
「ごめんね。リラ……あんな事があったのに……私はまだ……」
花火大会の事件と重なる彼女の姿。罪悪感を募らせながらも、欲には抗えない自分が嫌い。
ほんとバカで最低な人間よ、私は。
助けてもらって感謝してるのに、私の頭の中は……あの獣たちと一緒……
「でもね……汚すのはこの世界だけだから……って。あれ?」
色付けが終了し、完成した作品を眺めて違和感を感じる私。
全体的に色の塗り残しはない。線もおかしな所はない。
でも、なんか違うのよ。そうね、例えばその金色の瞳…………ん?
リラって、こんな虹彩の色だっけ?
「ありえないっしょ。金色なんてレア過ぎて、入学初日から気づくわ」
ま~あれよ。色々と考えながら作業してたからさ、ミスっただけなのよ。きっと……
そう思い、直ぐに修正しようとマウスに手を掛け、画像を"別名で保存"した。
ミスっただけ?……それも違うわ。だって、私はその瞳を知っている。
そして……あの時の不思議な現象も…………
『なんだ?手が、う、動かない』
『当たり前だ。ボクに出会った事を後悔するんだね』
リラ。あなたは私に、何か隠してない?
クリエさんの事もそうだけど、もっと違う何か。
それって。友達の私でも、教える事が出来ない事なの?
知りたい。もっと彼女の事。いや、私は知らなくちゃいけない。
「それで嫌われたっていい…………あなたの事…………全部教えて」
~ BBQ sequel_7 恋すル乙女の大暴走 ~
それから何日か過ぎたある日の早朝。いつもの河川敷を走り抜ける母親と娘。
暑さで滲むシャツにも慣れ、必死で母の背中を追いかける娘。
「ほら。まだまだ若いんだから、私の前を走る事くらい出来るでしょうに」
「はぁ。はぁ。ママって本当に人間なの?なんでそんな早いのさ?」
「世の中には、私より早い人間なんていくらでもいるわよ?あんたがしっかり足を使わないからよ」
「つ、使ってるよ。もしかして、ボクが変なのかな?」
弱音を聞き入れ、少し休憩を挟もうと、河川敷の斜面に座る、みあとアペリラ。
念のため、アペリラの足の具合を確認し、異常がないか調べるみあ。
「外傷はなし、筋肉や筋にも、これと言った異常はなさそうね。あんたの体力不足」
「そっか。ボクは持続力?ってのはないんだね。瞬発力なら誰にも負けないけど」
「そりゃーあんたのスピードには、クリエくんしか追いつけないわよ。でも、色々と出て来るわね。あんたの弱点」
乱れた息を空に向かって吐きながら、実感するアペリラ。
「改めて、人間ってすごいんだなって思う。ボクはホントに楽してたんだって、思う事ばかりだよ」
「何言ってんの?もうあんたは人間でしょ?それとも、学校で力使ってんの?」
「ウウン。学校でもソレ以外でも、使わないようにしてる。家ではたまに使うけど」
少し思い当たる事がありましたが、ここは隠す事にした彼女でございます。
「本当は、力を使うなとは言いたくないけど、この世界ではあってはならないモノなの。わかってくれるわね?」
「ママはさ。もしボクと同じ力があったとして、友達に命の危険があった場合、どうするの?」
彼女は当然、力を使ってでも助けると言う答えを期待しておりましたが、母は少し真面目な顔で、信じられない言葉を言うのです。
「その時の私の状況によるけど、真横なら身代わりになってあげて、遠ければ直ぐに救急車を呼ぶわ」
「…………助けられる力があっても使わないの?」
「あなたの力は、わたしらにとっては奇跡よ。でもね。人は、そんな力は持ち合わせていないって考え。だから自分の出来る範囲で精一杯の事をする。人としてね」
人として。自分が精霊である意味を、改めて認識させられる言葉。
そして母の言葉を聞き、自分の取った行動が間違いだったんじゃないかと苦悩する彼女。
「ま、アペリラがとった行動も、決して間違ってないわ。だって、あなたは精霊でしょ?その力はあなたの誇り。これからも悩んで使いなさいな」
いやはや、付き合いが長くなると、通じ合う事もあるようで。
母は何も聞かず、全てを悟って言葉をくれる。
そんな母に彼女は感謝し、出会った頃より大きくなった身体が、母を包む。
「ちょ、暑いって。てか、汗が酷いわね」
「最近とくに出るんだよ。これも成長しているからかな?」
「そうね。これからもっと成長して、汗っかきでも受け入れてくれる人に出会いなさい」
「ナニそれ?リズリズは私を受け入れてくれてるよ?」
河川敷で戯れ合う仲のよい家族を、近所のマンションの屋上から見ている男。
右手にスマホを持ち、通話ボタンを押すと、そこから聞こえて来る別の男の声。
「見つけた」
「よし、ではこちらも動く。お前は彼女をなんとしても捕獲しとけ」
手短に通話を終え、スマホをポケットにしまうと、いつの間にか姿が消える。
「さ、休憩終わりよ。頑張って走る…」
「ママ、伏せて」
立ち上がろうとしていた所に轟く娘の声。
母は反射的に体を下げると、辺り一面に舞い上がる砂埃。
「何?まさか。またイベントが始まるの?」と、分かる人にしか理解出来ない言葉を発する母。
彼女が立ち上がり構えると、静かに現れる人影が1つ。
「正解。これからイベントだ、"姉ちゃん"」
彼女が左手を天に掲げると、砂埃を一瞬に吹き飛ばし、視界を確保する。
「珍しく朝から派手な登場するんだ。そんなに大事なイベントなの?」
見ると、彼が右手に何かを持っている。安全を確保され、ようやく立ち上がる母。
軽く会釈をし、朝の挨拶と謝罪をする彼。
「おはよう、クリエくん。力を使う程のイベントって何?」
「いや、これは姉ちゃんに参加してほしいイベントらしいです。友達に頼まれて」
そのチケットには"大型プール施設"の名前が書かれておりまして、誘った友達と言うのは、春馬と莉樹でございます。
「普通に連絡して来なさいよ。人に見られたらどうするの?」
「心配は無用です。事前に確認した上の行動ですから」
色々と言いたい事を諦め、呆れた顔になりながらも、娘に「行きたいの?」と問う母。
元気な声で「ウン」と返事をして、誘いを受ける彼女。
当然、皆と楽しく遊べると思っておられるのですが、各々の心中は様々であります。
かつて母と仲間が体験して来た、いわゆる恋の物語を、彼女は身をもって知る第一歩。
それは、彼女への試練と申しましょうか。さける事の出来ない経験と申しましょうか。
新時代の彼氏彼女がお送りする、ありきたりな恋物語。
どうぞ、暖かい目で見守ってあげて下さいませ。
☆★☆★☆★☆
本日も、眩しいくらいに照りつける太陽は、地上の温度を上昇させ、身につけている衣服さえ、自分の意志で簡単に脱がせてしまうこの季節。
そして。大胆不敵な格好が許される、ここ"大型プール施設"では、若者達のテンションも上昇中なのであります。
そんな中。色白の肌に黒のサーフパンツを履いた帰国子女と、健康的な肌にオレンジのサーフパンツを履いたチャラい男が、肩を並べて綺麗な花を待っている。
「チャラいは余計だけどな。でもやっぱ、夏っていいよな?タダで肌を拝めるんだもんな」
「春馬。オレの水着姿を見て、そんなに喜んでいるのか?」
「ちゃうわボケ。女の子に決まってるだろ。てか、今から来る綺麗な同級生が本命だけどな」
「亜咲花さんか?」
「ああ。アペリラだ」
おやおや。互いが思い描く彼女と言うフレーズに、すれ違いが生じておりますが、あえて気づかないフリをしている春馬でございます。
「おまたせー」「しました」
元気いっぱいの声の後に、恥じらいのある声が重なり、男達の前に姿を現す乙女たち。
ミント色のフレアビキニに身を包み、美白の肌とマッチして、爽やかな印象のアペリラ。
対する莉樹は、チョコレート色のアンダークロスビキニ。白過ぎず小麦色まではいかずとも、綺麗な肌が大人の色気をかもし出す。
しかし、本人は恥じらいが勝ってしまっており、この水着を着た事を後悔しているようで。
「おお。相変わらずお前はズルいよな。童顔、巨乳、それでいて引き蘢り。どんだけアビリティつけてんだ」
「う、うるさい。好きでこうなったんじゃねーよ」
「おまけにそのツンデレ要素。嫌いじゃないよな?クリエ」
さりげなく言葉をクリエに流した彼。
クリエは相変わらずの無反応を装ってはいましたが、答えを求めている眼差しが気になってしまい。
「そんな魅力的な格好じゃ、また変な虫が寄って来るかもしれない。オレらから離れないでくれ」
「は、はい。ありがとうございます」
彼女の顔を一瞬見るも、少し目のやり場に困っているクリエ。
彼の言葉と仕草に照れて、落ち着きがない莉樹。
「春馬。見てみて。今日はリズリズと髪型お揃いにしてくれたよ」
「サイドテールか。2人で左右対称にしている所がポイント高いぜ」
莉樹が作ってくれた髪型を、嬉しそうに自慢しているアペリラ。彼女の自然な行動を、羨ましそうに見ている莉樹。
それに気づいた春馬が、軽くウインクして彼女を応援する。
「あ、あの。最初はみんなで軽く泳いでお話しでもどうです?」
「賛成だ。と、言いたい所だが、実はオレは泳げない」
☆★☆★☆★☆
あれから1時間くらいかしら?
みんなでクリエさんの泳ぎの練習に付き合い、お世辞にも上手とは言えないけれど、なんとか様になったのは。
でも意外だったな。何でも完璧そうな彼が、こんな弱点?欠点?があったなんて。しかも、リラリラも知らなかった事も意外。
これで、ますます彼と彼女の姉弟説は薄れて行くわね。そして、彼氏彼女説が濃くなって行くわ。
まあ、ここで悩んでても仕方ない。今日ではっきりさせると決めたの───
『お前がリラに聞く?無理してないか?』
『わからない。でも少し気が変わったの。力になってくれるのよね?』
『ああ。俺も真実を確かめなきゃ前に進めないしな』
───春馬が用意したこの場所で、私は彼女から真実を聞かせてもらうわ。
「で。なんでこうなってるわけ?」
「ど、どうした?オレだけじゃ不安か?」
「そうじゃないです。むしろ嬉しいって言うか。じゃなくて、ははは」
は~る~ま~め。
予定では、私とリラが2人になって、アイツが彼に本音を聞き、こちらも彼女に真実を問いつめる。
そんな計画だったじゃんかよ~。
なのにどうして?私は彼と流れるプールで、イチャイチャしちゃってるのよ~。
『悪い、彼女がどうしてもアレしたいって言うからさ、話しはその後でいいだろ?』
突然2人で姿を消したかと思ったら、心の中で返事を入れて来るな。
流れに身を任せながら、目に入って来たのはウォータースライダー。
どうやら2人は、そこにいるらしいわ。
「亜咲花さん、すまない。オレが勝手な行動をとったせいで」
「いいですよ。しっかり手を握ってて下さいね?少し泳げるようになったとは言え、溺れられたらこっちが困ります」
本日も利用客は大勢いる中。この流れるプールにも沢山の人が入っているわ。それは男女問わずね。
この中なら、泳がなくっても勝手に体が一定方向に運ばれるし、興味を持った彼が、無意識に私を連れてここに入ったってわけ。
人にぶつからないよう、握った手を引き寄せ、空いた手で方向を指差し、進路を確保する私。
彼も私に必死に合わせて、迷惑を掛けないようにしてくれている。
いつの間にか、目も合わせる事が出来る。言葉も自然と溢れてくる。
こんな時間が"楽しい"と、心の底から思えるようになっていた。
『なら先に告ればいいんじゃね?』
「ば、バカ春馬。そんなの無理に決まってる…………って?クリエさん?」
脳内に入り込むアイツの言葉に、またも声に出して突っ込みを入れたのも束の間。
握っていたはずの手を、私が離してしまったわ。
「あ、咲花さ……」
微かに聞こえた彼の声。
冷静になりなさい。この水は流れている。だから後ろにいる筈は無いわ。しかもそんなに遠くまでも流れては行かない。となれば、目で探せる範囲内に彼はいる。しかも水の中に。
私は人目を気にせず、息が続く限り水中で彼を探す。
彼の事だから万が一ってのはないと思う。でも、私が彼を手放してしまった責任は重い。
何でなの?彼女にも迷惑を掛けておいて、今度は彼にまで迷惑を掛けるの?
自分が情けなくて水の中で視界がぼやける。
私はその場で立ち止まり、息継ぎのために水面へ顔を出した時。
力強い手が、私の手首を掴む。
驚きで叫びそうになったけど、急いで口を抑えたわ。どうしてかって?それはね。
私は掴まれた手を掴み返し、再び水中に潜り、"彼を抱き締め"水面へと運ぶ。
「もう離さない。私の大切な人」
「亜咲花さん……すまない。助ける立場が助けられたな」
流れるプールの中心かどうかはわからないけれど、とにかく互いの体温を確認し合い、ゆっくりと流れに身を任せ、周りの熱い視線を浴びながら?…………え?
冷静になり、状況を確認し始める私。結論から言うわ。
もう手遅れ。
私の大胆な行動も、発言も、今も彼に押し当ててるアレも、どんどん激しくなって行く鼓動も。
全部彼に伝わったわ。
「…………これ以上、君に恥はかかせたくない。捕まってろ」
「え?……ちょ、ええ~」
彼が私を抱いたまま跳び上り、後を追うように、高く水しぶきが上る。
2人の体は宙を舞い、プールの外へと離脱し着地する。
嘘でしょ?だって、水中からこんな事出来る?
そういや彼も彼女と同じ、運動神経はかなり良かったっけ?
でも流石に今回はありえないっしょ?ん?ありえない?
私は一瞬、あの時の現象を思い出す。
もしかして、この人も何か隠してる?それか、同じ身体能力なら……本当に2人は姉弟なの?
あ~なんだか体が熱くて、考えが上手くまとまらない。
「あ、亜咲花さん。もうオレは大丈夫だが?」
「へ?…………あ、ごめんなさい」
体が熱いのは、彼に密着していたから。それに気づいて思わず彼を引き離す私。
やばい。胸の鼓動がおさまらない。
恥ずかしさのあまり、彼に背を向け、胸に手を当てながらうつむく。
「具合悪いのか?無理させてしまったしな。少し静かな所で休もうか」
優しい気遣いはありがたいけど、徐々に近づいて来る彼が、私は病むのよ。
決して体調を崩すとかではなくて、心の部分て意味よ。わかんないかな?
白状すると恋患いなの。って、私は誰に説明してんのよ~。
「わ、私。ちょっとトイレ」
下手な言い訳を使って、この場から走り去る私。
さすがに追い掛けては来ないみたい。その点は紳士なのね。
「あ。リズリズみっけ」
「やっと見つけたわ。こっち来て」
「エ?な、どうしてー」
移動中。こっちに向かって歩いて来ているミントの女を、問答無用で引っ掴み、今度こそ2人になるため、まずはトイレに入る。
「よ。巨乳を堪能した気分はどうだ?」
「や、柔いのは、苦手だ」
春馬もどうやら合流出来たみたいね。
☆★☆★☆★☆
日も傾き、暑さも少しだけ和らいで来た頃。
波のプールを眺めながら、ボクと彼女はお話をしていたんだ。
まあ、一方的に彼女の話しを聞かされていただけのような気がするけれど。
「だから、ほんと大変だったんだから」
「ごめん。あの滑るやつ、ボクは初めてだったから」
「あんたって、ほんっっと変わってるわね」
「あはは……」
いつもなら明るく返す所だけど、波を見てて思い出しちゃったよ。
そう。あの頃の寂しい日々を……
「リラ?ね?どうしたの?」
「ン?あ、あー何でも……プールなのに、海みたいだなって」
「あそこはやめときなさい。バカップルの集まりが大勢いるから」
バカップル?男と女って事?
そう言えば、彼女がさっきから話している事って、クリエの事だよね?
「リズリズってさ。もしかして、クリエの事が……好きだったり?」
「な。ななな何を言ってるのアペリラ」
「久しぶりにフルネームで呼んだね?ボクにも分かるよ。動揺ってやつなんでしょ?」
明らかに声も上ずってるし、こんな彼女も可愛いな。
でも、本当に彼女がクリエの事を思ってるのなら、ボクは応援しなくちゃね。
恥ずかしいのか、動揺を落ち着かせているのか。頭を下げ黙る彼女。
数秒後。自然に開いていた両手を強く握り、ボクの顔を力強く見る。
え?もしかして怒ってるの?
軽い気持ちで言った言葉が、彼女にしてみれば重く感じたのか?
そう思っていたのだけれど、実は大きな勘違い。
彼女は怒りではなく、気合いを入れた。もっと言うなら"勇気"を振り絞っていたんだ。
「好きよ。私、あなたに負けないくらい、彼が好き。アペリラこそどうなの?」
「クリエの事?なんで?」
「じゃあ言い方変える。好きでもない人とキス出来るんだ?」
「あれは……ね。お願い出来るのがクリエだけで、あの件はお互い謝っ」
「そもそもあんたは、彼の姉じゃないわよね?」
「待ってリズ。まだ答えてないっ」
「私が聞いた事は全部答えられる?だったらちゃんと聞くけど?」
「…………わかった」
大きな勘違い。それは私が彼を独占していると思われてるから。
そう理解した。でもね。それも含めて大きな勘違いだったんだ…………
「……あの時あなたが魅せた、あの瞳の色って……何?……」
強がっているけれど、両手は少し震えている。
そうか……知ってしまったんだね。
でもいいさ。力を使った時から、こうなる事はもう…………
「あはは。出来れば知られたくなかったな。でも。助けるのに必死だったから、力がキミにまで影響したんだね」
「ちから?どう言う……」
「説明苦手だから体験してみて。大丈夫、何も心配しなくていいから」
ボクは両眼を静かに閉じ、左の掌に意識を集中し、精霊力を解放した。
「え?…………ど、どうなって?……人が動かない」
彼女の声のトーンが明らかに不安定だ。そうだよね。人間には絶対に出来ない事だもん。怖いよね。
「ボクたち以外の時間を止めたんだよ。リズリズがあの時に体験した事の応用さ」
彼女に説明しながら両眼を開き、作り笑いで彼女の顔を見つめた。
「金色の瞳……あの時と同じ。あ、貴女は……に、人間なの?まさか、帰国子女は……こんな事もで」
「ボクは…………ボクはね、帰国子女でもなければ、人間でもない。"精霊"なんだ」
突然やって来た真実を、素直に受け止められる筈もなく。彼女は、両手を無意識に口元へと持って行く。
その後。彼女には、ボクの事を全て打ち明けた。髪の色の事も。ママの事も。学校に通う理由も。
でもね、クリエの事は言わなかった。
だって、彼女が好きになった人だもん。隠しきれるなら、このままずっと黙っててあげたい。
だから。彼のママとボクのママとの繋がりを理由に、ボクの一方的な押し付けで、クリエとの関係を姉弟にしたと伝えたんだ。
時を動かし、ボクの瞳も元に戻る。
でも、彼女の思考は未だに止まったままだ。それはボクの力のせいじゃない。でもボクのせいなんだ。
だから。これでおしまい。
「リズリズ……親友としての最後のお願いです。どうか………クリエだけは嫌いにならないで。あと………今までありがとう。"亜咲花さん"」
「そんな顔しないで………私は………待って………アペ………リラ」
言葉も聞かず、彼女の目の前から姿を消すボク。
最後の最後で、親友に魅せた泣き顔。
ああ。ボクだって涙は流せるんだ…………と、気づけた瞬間でもあったんだ。
☆★☆★☆★☆
帰り道。高野はアペリラを連れて家まで送る。
あれ以来、彼女は私の顔を1度も見ていない。
残ったクリエさんは、家まで一緒について来てくれた。
「今日は色々と迷惑を掛けたが、楽しかった」
「あの。もしよかったら、お茶でも飲んで行かれませんか?」
昼間の私なら、絶対に出来ない大胆な発言と行動。
でもね。もうなりふり構っていられない。
この状況を作ったのも私。それを解決するのも私なんだから。
「いや、こんな遅くに男を連れ込んでは、両親が」
「平気です。今夜は父上も母上も帰って来ないんで」
そう言って、強引に彼の手を引き、家の中へ連れ込んだわ。そりゃ驚いてたわよ。
昼間の弱気な私が、豹変しているんですもの。ま、リラとのやり取りだと考えれば、平気でこんな事も出来るなんて、ああ~何でそこに気づかなかったのかな。でもこれで覚悟は決まったわ。
男の人なんて、自分の部屋に入れる事はないと思っていたけど、いざやってみると簡単なんだ。
「すぐに用意して来ます」と彼に伝え。私は部屋を離れる。
『いや。忘れてくれ。あと、姉ちゃんの事も、嫌いにならないでほしい』
『どうか………クリエだけは嫌いにならないで』
あの言葉で繋がったわ。あの2人が互いに姉と弟となる意味。そして、彼女が嘘までついて、彼を守ろうとした理由も。
だから私には彼が必要なのよ。少しでも早く。
キッチンでお湯を沸かしながら、最近の出来事を元に、1つの仮説を立てる。
「初めて魅せてくれたね。リラの涙」
マグカップにコーヒーを注ぎながら、砂糖と共に零した言葉。
あんなに無邪気で素直に笑う彼女が、本気で流した貴重な雫。
大丈夫よ。あれはあなたの意思じゃないの。私がバカだから起きた事故。
「お待たせしました」
部屋に戻って、彼と対面する形でテーブルを囲む2人。
今更説明するのも何だけど。決して綺麗とは言えない部屋よ。今もテーブルの上には、次回作のラフ画が置いてあったりするし。
もちろん彼には見られたでしょうね。別にもう隠す事もないし、これから知ってもらわなきゃだしね。
互いに会話もないまま、飲み物だけが減って行く中。
彼が視線をラフ画にやり、誰でも言えるお世辞言葉を口にしたわ。
「絵、上手いんだな」
「私って、それしか取り柄ないですから」
「亜咲花さんは他にもいい所はあるだろ」
やっと言葉のキャッチボールが開始され、互いの緊張もいつしか無くなって行ったわ。
そして、少しずつ私のペースで話しの流れを変えて行き、本題に入る準備をする。
「あの、そこじゃ見ずらいので、私のベットに座ってて下さい」
私が彼に、見せたい絵があると説明し、パソコンの電源を入れる。
彼は、座る場所に抵抗はあったようだけど、パソコンの近くには、ベットしか置いていない事もあったので、自然に受け入れてくれたわ。
「これは。姉ちゃんなのか?」
「こんな絵を貴方に見せるのはどうかと思いましたが、どうしても知っておいてほしかったんです」
私の背中ごしに映し出された彼女の絵。彼は少し頬を赤らめて答えたわ。
私だって恥ずかしいわよ。でも、これからもっと自分を壊すんだもん。だからこれくらい平気。
「それは何故?亜咲花さんは姉ちゃんと仲がいいのは知ってる。他のクラスだが、リズリラコンビの名も、耳に届いている程だ」
「クリエさん。この絵に興奮しましたか?」
「は?何を言って??」
「では率直に言いますね」
私はパソコンに背を向け、彼のいるベットに向かって走り、身体を投げる。
慌てて両手で私を受け止めるも、勢いで彼の背がベットに着き、私が彼を押し倒した状態になったわ。
髪が乱れ、毛先が彼の顔を撫でる。互いに見つめ合い、微かに息切れした私の呼吸だけが部屋に伝わる。
彼が起き上がろうと、体に力を入れ始めた時。強引に、女の膨らみを顔に押し当て、主導権を与えない私。
「亜咲花さん?一体何を?」
「大きいのは嫌いですか?」
「さっきから意味がわからない。鈍いのは謝る。だからもう少し説明してくれ」
「貴方は、アペリラが好きですか?」
「オレは………」
「どうして?何でそこで黙るの?やっぱキスが忘れられないの?」
「ち、違う。あれは事故で、姉ちゃんとは何の関係も………」
「なら、私とキスして」
「だから何でそんな突然なんだ?」
「だって。私は貴方が好きなの。そう………好き。好きです。でも貴方は、私には興味ないんでしょ?」
自分勝手、好き勝手言っておきながら、挙句。彼の顔に、大量の雨を降らせてしまったわ。
そんな無茶苦茶な私を、彼は何も言わず抱き締めてくれた。そして。
「オレは亜咲花さんの事をよく知らないが、知りたいとは思う。興味もある。でも、オレと付き合うのはやめた方がいい」
「それは、貴方が精霊だから………ですか?」
「どうして………それを?」
「ほんのり桜色……ごめんなさい。さっき押し倒した時、確認させてもらいました。貴方の髪の色を」
抱き締められていた手が緩んで行くのを感じ、今度は私が抱き締め返す。
それは愛情ではなく、この状況から逃さないように。
「姉ちゃんに聞いたのか?」
「半分は正解です。でも半分は賭けでした。だって、クリエさんの事はずっと黙っていたんですよ。優しい姉上ですね」
「はあ。いつかこうなると思ってたが、まさかこんな早く訪れるとはな」
突然、両手から彼の感触が消え、ベットに独り取り残された私。
「消えた?お願い待って。私は貴方が必要なの。これから説明しようと思ったのに。もう頼れるのは貴方しかいないのよ」
誰もいない筈なのに、私の部屋のドアが開く音がする。驚きと不安で、身を守る体制になる私。
が、その心配も、すぐ安心に変わったわ。
「初めからそれを早く言ってくれ。何で自分を捨てるような行動を取ったりしたんだ?」
私を見捨てて消えたのかと思ったけれど、彼は瞬間移動?を使って、部屋の外に出ていたみたい。
彼は呆れた顔になりながらも、驚かせた事を謝り、私に手を差し出す。
「聞いてなかった?私は貴方が好きなの。だから貴方が望むなら、抱いてくれても構わない」
「何も望まないし、自分を安売りするな。精霊の存在を、何か誤解してないか?」
その手を両手で握り、上目遣いの体制になると。力のままに、私の体は彼に引き寄せられる。
「安売りなんて…………私はクリエさんだから…………」
「…………と、とにかく。要件を話してくれないか?オレに頼ると言ってたな?」
「ええ。でもその前に。はっきりさせておきたい事があるの。今度は逃げずに、話を聞いてくれますか?」
☆★☆★☆★☆
彼女を送り届ける為に、必ず通る道と言うか、場所がある。
それは河川敷。
夜になれば静かな場所で、それなりに夜景も楽しめるんだぜ。
そんでもって、俺の隣りには意中の人がいるし、告白するなら正に今だ。
と、思っていたけど。
流石に空気を読めない俺じゃない。いつもなら、明るく笑顔で接してくれる彼女が、今日に限って無言で歩いている。
時折、川を眺めては、悲しそうな表情。でもその顔が、やけに大人の色気を感じる。
だからだよ。余計に声を掛けずらいんだ。
こんな時にバカか?と思われるかもしれないが、怖いくらいドキドキしている自分がいる。
こんな表情も魅せれるんだな……って。
ほんと、女の子ってすごいよな。しかし、いつまでも無言って事には行かないよな。
てか俺が我慢の限界だ。
俺は、感傷に浸っているであろう彼女のすぐ側まで近づき、声を掛けようとした時。
「ごめんね、春馬。話し辛いよね?」
俺の気遣いより先に、彼女がいつもの笑顔を魅せ、話し掛けてくれたんだ。
……明らか、作り笑いだぜ?亜咲花様よ?お前は彼女に何をしたんだ?
大事な親友じゃなかったのかよ?
「んや、大人の魅力を側で堪能させてもらってた所だ」
「なーに?ボクはよく子供っぽいってリズり……亜咲花さんに言われるよ?」
「亜咲花さんね。やっぱアイツと何かあったんだな?」
「あ、ちが…………わない。ボクが悪いんだけどね」
「聞いて……いいかな?川でも見ながらゆっくりとさ」
彼女はうなずき、河川敷で座って話す事にした。
色々と上手く行かないものだぜ。
2人っきりの、こんないい場面なんだけどな。ま、これも協力なんて言った俺への罰なのか?
わかってはいたが、幼馴染が絡むと、いい事あった試しがないのも、事実だけどな。
俺は、彼女がどんな相談を持ち掛けられるか想像しながら、てか、ほぼアイツで確定だろうけど。
隣りで言葉を選んでいる彼女が、覚悟を決めて、口を開くのを待っていた。
「前に聞かれたけど、春馬もさ。ボクとクリエが、隠れて付き合ってるって思ってる?」
はい?
想像していた事と、少しだけ違うんですが?
「いやいや、こっちが聞きたいくらいだぜ?リラはアイツとキスしたんだよな?」
「あはは……やっぱこれがマズかったんだね…………」
「……別にキスで確定なんて思ってないが、やっぱ気になるんだわ。俺もリラの相方もな」
「もう…………相方にはなれないよ。彼女の側には、もういられない」
「いれるさ。俺が離れさせねえ」
「は……ルマ?」
理由はよくわからない。でも、原因は俺にもある事は理解した。
俺の軽はずみな言動や行動が、彼女達の友情を奪おうとしている。
だから、俺がここでどうにかしなきゃ、彼女にふさわしい存在になんてなれない。
「亜咲花が何を言ったのか知らないけれど、2人はずっと仲良くしてもらいたい。君はね、彼女にとっては大切な友達なんだ。今ここで君を失えば、これから彼女は不幸になる。もちろん君もだ。俺はそんな2人を見たくない」
「……ほんと、キミは優しいんだ。でも大丈夫。彼女は幸せになるよ。そう、ボクが消える事で、全ては解決さ」
待て。
彼女は、アイツと元から付き合っていないとして、どうして彼女が消えるとか言ってるんだ?
そこいらを知る事が出来れば、解決策は見つかるかもしれない。
「リラの代わりに彼氏が幸せにしてくれる。だから、自分は彼女の邪魔にならないようにいなくなるのか?」
「この問題はね…………誰にも解けないし、教えるわけにも行かない」
「知らなかった。リラも、意外と意地悪をする子なんだ」
左手で髪の毛をいじりながら、少し空を見上げた彼女。
その仕草を目に焼き付けたくて、彼女の顔を見つめると、彼女の体が震えている。
なっ。泣くのを我慢してる?
「ああ、だけど。俺はそんな君が知れて嬉しいかな」
「…………」
「だから……ほら、もっと知りたい。リラの事。(あれ?俺はこんな時に何を言い出してんだ?)そんでもって、俺の事も知ってほしい。(結局、俺は彼女に)お互い、色々と知り合ってさ、何もかも一緒の時間を2人で作って、ずっと笑って行きたいと思ってる」
言ってしまった。
告白と言うかプロポーズみたいになってしまったけれど。
彼女には、どんな感じで伝わったのだろう?
空から視線を俺に、顔も体も、全て俺の方へと彼女は向いて。
白く清らかな両手が、俺の左右の頬に触れた。
「春馬に出会えて……ボクは嬉しかった…………2人の事を、これからも応援してあげてね」
震える言葉が俺の唇に近づき、柔らかい感触と、温かく少ししょっぱい味覚が、俺の脳へと伝わり広がる……
それはまるで、記憶も存在も全て溶かされ、彼女の中へと混ざって行く感じ。
俺は彼女を見失わないよう、彼女を強く抱き締める……が、あまりの心地よさに、いつの間にか眠りに入る。
気のせいだろうか?
一瞬、彼女の瞳が、とれも綺麗に魅えたんだ…………。
「さようなら…………春馬」
◇◆◇◆◇◆◇
学生、特に高校生の時期にもなると、異性への執着、関心は大きくなる。
恥ずかしながらこの私も、そのような時期がございました。
それゆえに起るトラブルも様々。
例えば、付き合う手前、家の都合で離れてしまう人もいれば、同じ異性の人を好きになったり。
はたまた、付き合っているのを承知で、相手を奪おうとする人がいたり。
その逆で、奪われまいと、必死で相手から異性を守る人もいたり。
恋愛ってものは、なんと美しい響きなのに、複雑でありながら、悍ましい物なのでしょうか。
しかし、どんな困難があろうがなかろうが、人は恋が大好きな生き物。
あいや。こればかりは、人ではなく生物全般としておきましょうか。
そうですな。例えば、精霊と人間との恋模様とか。
「ええ?じゃあ、クリエの中には彼女の遺伝子が混ざってるの?」
「ああ。隠し事はもうしないと約束したからな。それにオレは莉樹を信用している」
正に、捨て身の攻撃のおかげで、彼をどうにか頼る事に成功した莉樹。
しかし。本題の前に、どうしても彼女が知っておきたかった事がありまして。先程まで、彼の口から真実を聞いておられたようですな。
知らぬ間に、互いの口調もタメ口、呼び捨てが当たり前になっている事を、当人達は気づいていないようですが。
このような事は、ささいな出来事でございます。
「て事は、クリエが姉上と呼ぶのも、きっと正解なんだ」
「オレは姉上とは言わないが、理解してもらえたならそれでいい。さ、これで本題が聞けるのか?」
「ごめん、あと1つだけ。2人が使う精霊力って、何でも可能なの?」
「基本は何でもではない。が、使い方次第で何でもは可能になる。姉ちゃんは"時間"の能力が得意なんだ。オレはその劣化版だと考えてくれても構わない」
「時間。。。私が体験したのも時間だったわ」
彼女がプールで体験した力。実は、彼は気付いていませんでした。花火大会の時に感じた力は、突発的かつ少量の力。
しかし、彼が感じ取れる範囲も限界がございまして、許容を超える力、精密な力、長時間持続させる力など。アペリラが彼を意識して力を使用すれば、決して気づかれる事はないようです。
「莉樹が俺に頼りたい事は、姉ちゃん絡みだと思うのだが、俺にどう……」
話しの途中で彼女のスマホが鳴り出す。
彼に断りを入れて、通話を始める莉樹。
「早速だけど、切るわよ?今とても忙しいから」
「まあ待てって。彼との楽しい時間はどうだった?」
2人きりの部屋に、春馬の無神経な声が響くと、直ぐにスマホの持つ手が動き、通話を終わらせようとする莉樹。
しかし、彼女からスマホを奪い、彼に話し掛けるクリエ。
「待て、春馬からなんだろ?少し話しをさせてくれ」
「ば、バカ。そんな普通に話されたらアイツに」
「お。まだお楽しみ中かよ。どこか寄り道してるのか?」
「寄り道と言うか、ここは"莉樹"の部屋だ」
類は友を呼ぶと言いまして。彼女の側にいるお方も、友達と同じくらいの無神経。いや、こちらは素直と言うべきでしょうか。
出来れば知ってほしくない情報を、春馬に聞かれてしまった莉樹。
慌ててスマホを取り返し、ハンズフリーに切り替え、誤解を解こうとする。
「おいおい。昨日の今日じゃねえな。お昼の夜だぜ?流石に展開が早いだろ?」
「か、勘違いしないでよ。わ、私はクリエに相談したい事があって」
「ほう。わざわざ姫の部屋で?しかも呼び捨ての仲ってか?これはもう」
「そんな事より、姉ちゃんはいないのか?」
(な、そんな事って。少し傷つくかも)
などと、心の中で彼女は思うも、先程のセクハラ攻撃を思い出し、彼を責める事をやめ、静かに話しを聞いている莉樹。
「姉ちゃん?お前に姉なんていたか?」
「言い方が気に入らなかったなら謝る。隣りに彼女はいないのか?」
「は?さっきからナニを言っている?俺は河川敷で独り寂しく夜景を見てるぜ?途中寝ちまってたようだがな」
どこか話しが噛み合わない事に気づく2人。
「ねえ高野?私の友達はもう帰ったのかしら?あんたがはりきって、送って行った筈よ?」
「おいおい、亜咲花様まで俺をからかうのか?お前にいつから友達が出来た?」
「春馬。それ以上は怒るわよ。私の親友のリラよ?あんたも大事な人でしょ?」
いつものノリで、ふざけていると思ってる2人でしたが、彼は真剣な口調に変わり、迷う事無く口にした言葉。
「だから…………リラって誰だ?」
~ BBQ sequel_8 ウソの先に残るもの ~
予想していた事が起きた。けど、順番が違っていたわ。
彼女が最後と口にした時から、私はきっとこうなるんだと感じ、彼に頼ろうとしたの。
だって。私だけなら、きっと彼女に会う前に……もう忘れていると思ったから。
『間違いない。姉ちゃんは春馬の記憶を』
『何で?私だけなのよ?春馬は何も知らない……』
『おそらく姉ちゃんは、親しい人から自分の存在を消そうとしている。初めから出会っていなかった事にする為に』
『………覚悟はしてたつもり。でも、どうせなら後悔したくない。だからクリエに頼ろうとしたの』
それは、私を彼女から守ってとかじゃなくて。
私はただ、彼女ともう1度。ゆっくりお話したかった。
そして、あの時勇気が無くて、言葉に出来なかった気持ちを、伝えたい。
『オレも一緒に説得する。春馬の記憶も元に戻す』
『ごめんなさい。迷惑ばかり』
独りきりの静かな部屋で、私は彼女の訪問を待つ。
その日の月はとても綺麗で、あの子のように白かったわ。
「ねえ?もう来てる?隠れてないで出て来て。私は逃げないわ。ただ、少しだけお話させて」
誰もいない部屋に、自分の声が虚しく響く。それでも私は、聴き取りやすいトーンで、彼女との出会いから語り始めていた。
リズリラコンビと呼ばれてから、まだ数ヶ月しか経っていなかったけど。私はあなたと過せて幸せだった事。
これから彼女とやってみたい野望や目標を語ったり。
幼い頃の恥ずかしい思い出や出来事。彼女に伝えられていない事など。
語り出すときりがないくらい言葉にしたわ。
「もう。やめよ?亜咲花さん」
音も無く。静かに部屋に現れたアペリラ。
「ねえ、こっちに来て一緒に座ってよ?まだ、あなたに伝えてない事がたくさんあるの」
「時間稼ぎなの?そんな事、ボクには通用しないよ?」
彼女の左の掌が、私の身体に照準を定めた時。
「座ってやれ、姉ちゃん。似合わない事をしようとするな」
彼女の真横に突然現れた彼が、左手を制し、力を一時的に止めさせた。
「…………やっぱいたんだ。せっかく黙っててあげたのに、バラしたの?」
「待ってリラ。私が聞いたの。彼は悪くない」
「そう…………誰も悪くないよ。全部ボクが責任を取るって決めたんだ。みんなの幸せのために」
彼女の瞳が金色に変化して行く。
「待ってくれ。今日の姉ちゃんはおかしいぞ?もう少し話しを」
「だって、もう遅いもん。私は…………春馬を…………だから、ね?忘れてリズリズ」
力で彼を押し退け、私に再度構える彼女。
それがあなたの答えなの?ううん、ほんとは苦しいんだよね?色々と悩んでるんだよね?
私は、彼女の側まで歩いて行き、私の右胸に彼女の左手を軽く当てた。
少しだけ震えた彼女。明らかにまだ決心がついていない。
まあ、色々と伝えたい事もあったけど。これで一生彼女と会えなくなるって事もないよな。
私は忘れてしまうけど、あなたが覚えていてくれれば。
「最後に、これだけは言わせて。私は……」
「そんなのダメに決まってるだろ」
突然大声で叫び、私を彼女から引き離し、姉上を睨む彼。
その瞳の色もまた、金色に輝いている。
「クリエ……ありがと。でも、もういい。これ以上アペリラが苦しむ姿を、私は見たくない」
「ああ、分かってる。どいつもこいつもお人好しだって事はな。もっと素直になれよ。オレは、その為にココにいるんだ」
心に響く言葉が、私の涙腺を解放させ、彼の顔を真っ直ぐ見て願う。
「私は…………忘れたくない」
その言葉で再び体が震える彼女。しかし、右手で自分の頬を叩き、意思を固める。
「ボクに逆らうの?今回は手加減出来ないかもよ?」
「ま、反抗期ってやつだ。やるなら場所を変えよう。ここはお互い本気を出せない」
一瞬、何を言っているのか分からなかったわ。
でも、突然2人の手が輝きを見せると、さっきまで私の部屋だった場所が、一面"草原"へと変化した。
私は驚きで声も出なかったけれど、彼が「動かずじっとしてろ」と言われ。私は素直に従う事にしたわ。
彼が出来るだけ私から遠ざかり、彼女もまた離れて行く。
かろうじて、姿は確認出来る所で立ち止まる2人。
「1つ聞かせてくれ。春馬の記憶は、完全に消してないよな?」
「…………ウン。ボクの中に…………ある」
「そか。なら安心した」
一瞬彼が微笑んで、姉上に構えると、彼女は無防備のままその場に立つ。
「オレは彼女の代わりに、オマエを救って見せる」
「好きにすればいい。諦めるまで付き合ってあげるよ」
彼が彼女に向かって走る。
これから目撃する精霊同士の姉弟喧嘩。
それは何もかもが想像を上回っていたの。
☆★☆★☆★☆
しっかし。夏休みだからって、夜中までどこで遊んでいるのかしら?
16にして、もうお相手見つけたのかしらね?
ま、それも彼女の人生だし、色んな経験をして行けばいいのよ。
時刻は深夜。
あの子の為に、夜食を用意して床につこうとしていた私。
部屋の明かりも消して、玄関の戸締まりも確認していた時。
タイミングよくインターホンが鳴る。
こんな時間に誰かしら?
「はーい、え?高野くん?」
「こんばんは。って、アレ?どうして俺はここに来たんだ?」
何?どうしたのよ?
もしかして、アペリラの相手って?いやいや。彼は1人よ?しかも、おかしな事を口にしたわね?
「高野くんだよね?亜咲花さんの幼馴染で、クリエくんとアペリラの友達の」
「え?はい。あ、でもアペリラって子は、ちょっと知らないんですよ」
「ねえ?高野くん……少し上がってらっしゃい」
間違いない。これは記憶の操作か何かね。
一体何をしたのよ?
てか、楽しいイベントに行ってたのに、どうしてこんな大問題になってるの?
とにかく。まずは彼の家に連絡?の前に、少し情報を。あと、パイセンにも連絡しとかなきゃね。
「ふふふ。みあちゃんは心配し過ぎよ。あの子達の問題は、あの子達に解決させなくちゃ」
「ぱ、パイセンは放任過ぎなんじゃ?」
「あんな~みあちゃん。高野くんがそうなったのには、きっと、そうならなくちゃいけない理由があったんや」
「それは、わかりますけど。あ、もしかして正体がバレたとか?」
「仮にそうやったとして、彼は記憶を部分的に失った。でもそんな事を黙っておける友達もおらへんよね?」
パイセンの冷静な判断が、私の心を落ち着かせて行ったわ。
この時間まであの子は帰って来ていない。
となれば、2人のどちらかが原因で、どちらかがそれを解決させようとしている。
「相談して助かりました。動きがありましたら、また連絡します」
「こっちも何か掴んだら連絡するから。くれぐれも若き男の春に、負けんようにな」
ったく。相変わらずなんだから。
でも。今回ばかりは、親が出る幕ではないか。とりあえず、今日は遅いし、彼を泊めてあげましょう。
「高野くん?お腹空いてない?今日は遅いから家でご飯食べて、泊まって行きなさい」
「え?いいんですか?って、もしかして……最近ご無沙汰ですか?」
「…………お帰り下さい。このクソガキ」
☆★☆★☆★☆
両親には感謝しないとな。こんな体じゃなきゃ、今頃は姉ちゃんに沈められている。
さっきから何度も何度も、姉ちゃんに触れようとするも、届かない。
たった1度でいいんだ。一瞬でも彼女に接触する事が出来れば、おそらく止められる。
そう。今の姉ちゃんを止めるには、この方法しか手はないんだ。
「もうやめて。十分よ。これ以上クリエが傷つく所なんて」
「彼女もそう言ってるよ?どうする?」
「諦めるわけない。いや、終わらせない。オレは莉樹も春馬も、アペリラも救ってみせる」
彼女が時折魅せる切なそうな表情が、まだ希望を与えてくれる。
オレは瞬間移動で彼女の背後を取ると、彼女が先読みし、背を向けたままオレの動きを封じた。
「な、何だ?これは」
「さすがにクリエ相手じゃ全部は止められなかったか」
止める?動きを封じたんじゃないのか?
自分に起きている現象を分析すると、どうやら首から下の感覚がない。
「オレの時間を止めようとしたのか?」
「知らなくていいよ。これでもう顔以外動かせないでしょ?ボクの勝ちでいいよね?」
ゆっくりとこちらに向き、勝敗を確認するアペリラ。
「オマエは、それでいいのか?」
「いいんだ。これはボクにとっての罰なんだから」
「罰じゃない。オマエは彼女を救った。力を使わなきゃ、彼女は違う運命を辿ったかもしれない」
「それでも、彼女の幸せの先には、ボクは必要ない」
「必要なんだ。彼女にとっても、アイツにとっても。解ってんだろ?オマエの中にいる春馬は、オマエの幸せを誰よりも願ってる筈だ」
春馬と言うフレーズが、彼女の中に閉じ込めている、記憶のロックを解除する。
「い、イヤ…………ダメだよ……見たくないんだ」
「それは姉ちゃんが無意識で開いた記憶だ。姉ちゃんは、消さなかったんじゃなく、消せなかったんだろ?」
春馬の想いが精霊の心の中に広がり、乱す。
「お願い。これ以上、ボクの頭の中をおかしくしないで。キミを思うとヘンになるんだ」
「姉ちゃんは優しい人だ。こんな事なんて、本当はしたくないんだろ?」
「黙って。彼女がボクを忘れたら、精霊なんて存在しなかった事に出来る。そしたらキミは、ずっと人のままでいられるんだ」
な。真の目的は、コレか?
「だから、どっちかが幸せにとか、不幸になるとかじゃダメなんだ。いい加減、自分を騙すな」
「ダマレ、このわからずや」
彼女の左手が、オレの顔面を捕えようとした時。
背後から走って来た莉樹が体当たりし、彼女の左手を両手で掴み、軌道を変えた。
2人の女の子がオレの方へと倒れて来て……感覚のない自分は、彼女達の下敷きになったようだ。
捨て身の覚悟でオレを救った莉樹。
おかげで体も自由を取り戻せた。当然皆は無傷だが、今は彼女に触れている。
オレは最後のチャンスだと思い、そのまま力を彼女に注いだ。
「ンっ。いや。バカクリエ。何でここに流すの?」
彼女は急いでオレを引き離し、友達も宙を舞っている。
そして、珍しく右手で力を使い、さりげなく友達を地面へと戻しながら、左手で唇を隠し、後ろへ下がって行く。
彼女に触れた部分。それは、倒れた時に決まってしまっていたんだ。
2度目のキスとなってしまったがな。
「言っとくが、事故だぞ?でも、オレも自分を騙すのはやめた。恥ずかしいが、姉ちゃんに流れてる事は、全てオレの真実だ」
「真実?ああね。やっぱクリエは……」
「言っちゃダメ。ウソだよこんなの。だって、リズリズの気持ち知ってるもん。だから、クリエは私を好きになっちゃダメ」
「あら~?私は、クリエがあんたを好きだなんて言ってないけど?しかも、何を照れてるの?」
「あうー。もう、頭の中が溶けそうだよ。何が何だかわかんない」
すっかり彼女のペースだな。
互いに、これ以上の争いは無意味だと思い、瞳の色を元に戻す。
そして、ひとまず草原に座った3人。
こうして、長かった1日が終わりを告げ。
新しい1日が始まろうとしていたんだ。
終わりの先、新しい朝。
人と、精霊が、互いに惹かれ合う物語も───ここから───。
- つづく -