第三話
食堂。食事後。
俺は甘味を欲してもう一度列に並び、食券販売機の前に立つ。
「そ、それは二千円パフェ…!」
この食堂はスイーツが美味しい。生徒達がカフェとして利用できる様に、美味しくそして安くしたらしい。学校が、学校敷地内なら金銭トラブルや暴力沙汰、ナンパなどが減ると予想できたから力を入れていると公表している。
実際、そういった厄介な問題ごとは激減、いや問題事の報告は激減している。学校敷地内でナンパしたりしたら、すぐに身元や噂が飛び交う羽目になる。そのリスクを冒す者は少ない。
だが全員では無い。
「ね、どうしたの?あ、照れてるんだ?」
「どうしたらそんなに可愛くなるのか、教えてくれないかな〜?」
少ないと言ったのは、田嶋がナンパされているからだ。さっきまで、一人もいないと思っていた。考えてすらいなかったと言ったほうがいいだろうか。
女子二人、見たことが無いので2年生だろう。確かに派手な見た目をしている。気持ちよくデザートを食べていたのに。しかも『邪魔だどけ』オーラが凄い。目線が刺さってる。邪魔なのはお前らだ。
「ね、いい加減さ、ライン交換しない?」
数分後でも、まだ一方的に話し続けている。田嶋は黙り込んで、聞こえませんアピールをこれでもかと言うくらいしている。スマホ触ってイヤホン、目を向けずにゲーム。
ここまで無視されてもなお、諦めないその根性は見上げたものだ。だかしかし。
「おい、いつまで話している。迷惑だ。」
マナーは見下げるものだ。
「…」
パフェが無くなってスマホも持ってきていない俺は無視する事が出来ない。周りからも、視線で注意喚起を促された。
そのまま、その女子二人は何処かに歩いていった。田嶋は今までに無いくらいの笑顔でお礼を言ってきたが、そんなに嫌ならさっさと追い払えばいいものを。それができる程度にはこいつのメンタルは弱くないはず。不思議に思う。
教室。放課後。
アルバイトの為に大は帰る。涼は早退。せっかくなのでローゼンに近所の案内をする。
そのつもりだった。
「申し訳ございません。両親に説明しろと言われて。どうかお付き合いください。」
「ん、気にするな。」
ローゼンの実家。おそらくリビング。というのも大き過ぎてわからない。
「いらっしゃい、ちょっと落ち着かないかもだけど、ゆっくりしていってね。」
「あ、お気遣いなく。」
「ふふ!紅茶とコーヒー、どちらにする?」
「じゃあコーヒーで。」
「はーい!」
なんか、ほんわかしてる。これだけは言える。あの人絶対マイペースだ。
「お姉ちゃんのルージュです!よろしくね!」
「美宮 銀杏です。ローゼンと同じ高校に通っています。」
…先に挨拶させてしまった。本来ならこちら側から自己紹介するべきなのに。
ルージュさんがテーブルに紅茶とコーヒーを1つと2つ置く。
「美味しいです。」
「お粗末様です。」
「ローゼンさんは、異能をお持ちです。もっと上を目指されてます。そのために私の家に、住み込みで鍛錬したいと、申されています。」
「うんうん。」
「その対価として、家事をやってもらいます。俺も俺の姉も、いろいろ用事があります。家事を少しでも手伝って頂きたいのです。」
「うーん、年頃の男女二人が、初対面で同じ屋根の下は、ちょっとね。難しいかなぁ。」
「…そこを、なんとか。」
「姉様。ただ、銀杏様と一緒に過ごしたいと思ったんです。銀杏さんの言っていることは、表面的な事情としての理由です。」
「まぁ!いいわぁ、青春ね!恋なのね!」
「はい。」
「くっ…」
否定し辛い。流石に、本気でローゼンが俺を慕っていると発言している事ぐらいわかる。
「お赤飯を炊かなくちゃ!」
「姉様、それは行き過ぎです。もっと段階を踏んでからにしましょう。」
「あら、私ったらせっかちね。そうね。もう少し待たなきゃね。」
「帰る。」
しかし、逃げられなかった。
夜ご飯を一緒に食べたいと言われた。折角なのでこっちの姉も呼ぶとしよう。
ローゼンの家。夜ご飯。
姉がやって来た。
「こんばんわ。姉の薫と申します。今晩は―」
「あら、敬語は無くて結構ですよ?私、ルージュ。多分同い年でしょ?」
「あ、もしかして同じ大学?」
「そうですよ?学科は違いますけどね。」
「そっか、じゃあとりあえず、宜しくね?」
「はい、宜しくお願いします。」
ルージュさんが敬語なのはデフォルトだ。話しててわかった。
ローゼンと言い、ルージュさんと言い、なかなか良い育ちをしている。肉体では無い。言葉の使い方だ。決して肉体ではない。
ちなみに、ローゼンの両親は海外に急な出張が入ったそうな。
深夜二時。
草木も眠る丑三つ時。妖怪が、悪鬼が、魑魅魍魎が跋扈する。
人間とは面白いもので、自分が『存在しない』と信じて疑わない、常識となっているものは認識できない。明治初期から、空想上の生物は存在しないと言われてきた。
最近までは。
異能の発現、それは空想世界を認めるものとなった。
一般社会の常識が覆り、対策をしないと命の危険に晒される(しかし、この結果ブラック企業が激減した)。
どんなふうに?
「こんなふうに、な。」
近くのコンビニ。
清掃中なのか、窓の御札が剥がれて結界がなくなっていた。すると人間の匂いに惹かれて鬼がやってくる。
「ん〜?上物だなぁ!」
自衛のためだ、仕方ない。
戦闘が始まる。
鬼は金棒を基本持っていない。鬼に金棒とは、普段無いから脅威という意味である。
「ほいや!」
ただ左手を振り上げて振り下ろす。その一瞬で凄まじい風圧がコンビニ内を吹き荒れる。
もちろん直接受けてしまうとそのまま潰れてしまうんじゃないか、そう思えるほど力強い。俺には関係ない。
「…まあ、期待はしていなかったさ。」
「はあ?」
右足を前に踏み込んで、全身の力を斜め右に。踏み込んだ足に体をすぐに引き付け、残した左足を摺り足で前に。重心を左足に、しかし停めずに鬼の足元に。左手を前に。
鬼はハエを振り払うように手を動かすが、力の流れをそのまま手に乗せて、水が流れるように。
「はっ!」
「んぐぬっ!」
鳩尾にあてる。体幹を崩させて、目一杯力を抜いて右足を一発入れる。
横腹にあたったらそのまま顔面に拳を一発。
カウンターまで吹っ飛ぶ鬼の手首を掴み、肩を抑えて下に倒れさせる。こいつ等に血という概念はないので、思う存分床に叩きつける。
「ぐぁっ!」
震脚ひとつ、顔に入れる。
『流水』の力で、地面に分散する力のすべてを後頭部に。
ガゴッと音がした。下のタイルが割れているが、気にせず飛び膝蹴りでこれまた鳩尾に全体重をかけて。
「…ぅ、が」
流石にこのダメージは耐えきれなかったようで、名も無き鬼は透明になって消えた。
力の塊であるので、死ぬときは何も残らない。ただ消えるのみ。
さながら流水。
「…そういえば、もうランキング戦始まってんのか。」
異能者のランキングは、試合による変動が大きい。
異能者はそれぞれ好きな武器・道具を使い、戦う。戦う場所の一帯は、特殊な結界で死ぬ事はない。但し、怪我や後遺症が出ることはよくあるので、棄権するものも少なくない。
当然、報酬も莫大である。Cランク戦ですら一試合に数万円。A、Sとなるともう億単位になる事もしばしばだ。
とりあえず、帰った。
翌日。学校にて。
ふと、思いついたかのようにローゼンが話し出した。
「ランキング戦、私は来月みたいなんです。銀杏様はいつなんですか?」
あ、まだ確認してなかった。携帯を取り出してメールを確認する。
「どうやら二週間後の土曜日みたいだ。」
まいったな、講座を休まないといけないらしい。受験シーズンを理由に休暇でも取ろうかな。もともと働いてないけどな。
「まさか、文化祭の日じゃありませんか?」
・・・みたいだな。
「だ、大丈夫ですって、皆がいます。クラスのことは心配しなくてもいいんです。」
「いやそっちじゃねーよ。むしろ文化祭の日に休むって、しかも高校最後だぞ?」
「え、でも試合が。」
そうなんだ、試合は不戦敗にはできない。メンツがある。
「さて、どうしたものか。」
とりあえず、試合も文化祭も準備がある。
まずは文化祭の出し物を決めてからだ。
「では、うちのクラスは喫茶店に決定!」
ちょっと待て。
「異議あり!まだ会議すら始まってないのに決めんじゃねえ!」
大、ナイスだ。高木に好き勝手させたらどうなるかわからん。きちんと話し合いで
「ならば、メイド喫茶にする。」
「「「異論なし。」」」
「馬鹿が、女子の意見も聞いてから決定しろ。」
話し合いの基本だろうが、まったく。
「見ろ、女子たちは自分勝手に話し合いしちまって、クラスが見事にバラバラだ。」
「す、すまん。やりすぎた。」
一段落。
「さて、俺たちは何がいい?」
「やっぱ喫茶店がいいな~。」
「あいよ。」
「お化け屋敷とか?」
いろんな議論の末、喫茶店に落ち着いた。俺とローゼンはフロアサービス。
「何作るのか決めようぜ。」
大と涼は厨房。
まず、大は料理が本当にうまく、そこら辺で店を立ち上げられるくらいだ。レパートリーは和食しかないけどな。
涼は、なんでだ?
「俺がウェイターやったら、客が入れ替わんねえじゃん。」
「モテテる自覚ありか、殺そう。」
「「「異論なし。」」」
星屑となった涼はさておき。
「ローゼンがいることには、変わらないんだがな。」
「?」
こっちは自覚がない。髪の色や転校生ということで注目されていると思ってるからな。
まあ、可愛いから許す。
「「「異論なし。」」」