第ニ話
売店。ランチ。
俺の席の向かいにローゼンが座って、それぞれつまめる物を頼んで分け合おうという形。
さて。
「覚えてる?」
「?」
「俺だよ。隊長だ。」
「!」
口に含んでいたお菓子を飲み込んでから、話を始める。記憶の中にあるローゼンは、少なくともそうしていたが、目の前のローゼンも同じく行儀が良い。
目を閉じ、そっと手を机に置いて。ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「もちろん覚えております。…生きて、いらしたのですね。」
「…」
「時代が変わって…体も変わって…それでも、また貴方と逢えました。
これを運命と言わずして、なんと言いますか?…私は嬉しく思っております。また、お仕え出来るのですから。」
え、仕える?
「どうぞ。」
資料。読むと、適性者としての物。
美宮 銀杏
Sランク 序列第一位
超能力『流水』
ローゼン・ナフガニン
Aランク 序列第七位
スキル『修正』
序列がある。例えばAランクの1位の人はあくまでAランクの1位。Sランクとは比較にならない程の差があったりする。その為、ランクが1つ上の人に弟子入りする事も珍しくない。異能は成長し難いが、自身の工夫次第だ。ランクも異能の強さより、その使いこなしや技能で査定される。
「お前、適性あったのか。」
「はい。」
「…先日、急に記憶と力が戻った。ローゼンは?」
「私は最初からございました。」
記憶喪失の人は、何かのキッカケで記憶が戻ることがある。しかし、前世の記憶と力が戻ったのは、何の切っ掛けも感じられなかった。
「昔の力は、最近戻って参りました。」
「なるほど。」
つまり、広い範囲で同時に起こった可能性がある。この回帰。
「…この『流水』は、こちらの体で発現されたので?」
『流水』。合力の方向を自由自在に変えられるが、強弱は調整できなく、更に地面に足がついていないと使えない。
転生してから発現した、『美宮 銀杏』としての異能。
「ローゼンの異能もか。」
『修正』。物事を修正する。修正する事象と内容により、修正する時間が変わる。
同じく、転生後のローゼンの異能。
ローゼンは、この弟子入り制度を利用して、俺にメイドとして仕える事の正当化をしようとしているわけだ。
「ちなみに聞くが、俺の家には姉がいる以外、誰も居ないぞ?」
「構いません。」
ローゼンは、昔(転生前)ある国を支配した時、その国の王族に代々使用人として仕えている家系で、ローゼンはうちの隊の捕虜だった。
国が支配されたため、捕虜の意味が無くなったから解き放った。懐かれてしまった。
「さて、ここが家だ。」
自宅。夕方。
姉はまだ大学で授業を受けている最中だろう。しーんとした静かな空間に、ドアの開く音が響く。ローゼンの荷物を空き部屋に移し、まずは休憩だ。
「驚きました。紅茶の種類が豊富ですね。」
「姉さんが、ね。」
俺たちの時代には、まだ紅茶なんて無かった。おそらく転生してから勉強したんだろう。
家。夕食時。
日が完全に沈んだであろう暗さ。
姉が帰ってきた。
「ただいま…」
「「おかえり。」」
「…」
まあ、知らない美人が家に、弟と二人きりだったら驚くか。
「はじめまして、ローゼン・ナフガニンと申します。」
「あ、どうも。そこの姉の美宮 薫です。」
「銀杏様の異能の実力はご存知ですよね。私はその弟子として、この家に住まわせて頂きたいのです。」
「いや、待って。住むって?」
「はい。銀杏様のからは既にご許可を頂いて―――」
「―――へえ、こんな美人さんを、ね。」
まずい。姉は貞操観念が強く、不純な恋愛や肉体関係は極端に嫌う。
異性が嫌いなのではなく、過去に何かあった訳でもない。
それでも。姉はいつも俺に教えて聞かせた。
『いい、女の子と付き合うのは駄目。どうしてもと思ったなら、お姉ちゃんに甘えなさい。』
『あんたは女の子にモテるだろうけど、絶対手を出しちゃいけないよ。どうしても(以下同文』
『一日一回(以下同文』
他にもいろいろある。両親が居なく、たった一人の身内を大切に、立派に育てようとする気持ちはわかるが、少し厳しいと思う。
「お姉ちゃん、こんな子に育てたつもりは無かったんだけどなぁ?」
「別に恋愛関係じゃないんだけど。」
「嘘でしょ?異性の家に住むって、余程でしょ?」
「はい。」
こらローゼン、話をややこしくするな。
「あれ?お姉ちゃんに嘘ついたの?」
「…ごめん、ローゼン。嘘はつかないでくれ。」
「嘘はついていません。私は貴方様をお慕いしておりますと、はっきり申し上げたと記憶しております。」
ああ、これが修羅場という物か。
要らねえ。
家。夜。
結局誤解は解けたものの、姉もローゼンも不機嫌なので、そそくさと台所に逃げてご飯を作ろうとする。が、既にローゼンが作り置きしていたみたいで、人数分きっちりある。
レンジでチンしてテーブルに持っていくと、二人は既に打ち解けあっていた。
数分でこんな仲良くなると流石に不思議に思うが、それを突くのはまさに藪蛇だ。
「「「いただきます。」」」
「そういえばさ、さっき弟子入りって言ってたけど、ぶっちゃけ異能のランキングどれくらいなの?」
「Aランクの序列七位です。」
「…え?めっちゃエリートじゃん。」
現在世界には、異能の適性者はざっと20万はいる。
Cに10万
Bに9万
Aに1万
Sに50
そんなところだ。
当然試合なども行われる事があり、任意参加ではあるものの、賞金もある。
Aランクの10位内なら、おそらく数百万は一年間で稼げるはずだ。
「凄いじゃん!」
「いえ、まだ伸びます。本気を出していないので、Sに届く事も可能かと。」
「そっか。ローちゃんにとってはまだまだ、なんだね。…あれ?銀杏って、そんなに順位が高いの?」
ローゼンの事をローちゃんと呼ぶことにしたらしい。
「美宮 銀杏は、現在世界で一番強い人間ですよ?」
「え?」
「前に言ったじゃん…」
翌日。朝、登校中。
ローゼンと歩いていると、ヤンキーとか不良とか呼ばれる類の男性5人組に遭遇、いや因縁付けて来ただけ。
「どいてもらえるか?」
「は?舐めてんのか?」
鬱陶しい。
人数で相手に上回ると、まず余程の実力差がないと勝てないのは知っている。検討がついた。異能が少し使えるんだろう。
「俺は、こんなふうに異能って言う代物が使えるんだよ。てめぇみたいなクズはさっさと横の美人さんでも謙譲してればいいんだよ!」
「己の実力を弁えず、相手の実力を見た目で判断するのは良くないぞ。」
「あ?」
「もっと情報を集めたらどうだ?異能適性あるんだろ?」
震脚。足を1歩踏み込んで、その時の体中に働く力を全て同時に足裏に流す。『流水』が無くても出来なくはない。が、
「う…」
アスファルトに穴が開くくらいしとかないと、ビビってくれはしない。
足を上げる。ローゼンが『修正』。アスファルトが元に戻る。
怯んで下がった不良達の間を通って、普通に登校した。遅刻せず、血も流れない。
「いい方法だと思ったんだよ。」
現場に警察が行くのを、登校しながら見ていた。自分たちの身を守る事に精一杯で、元々の原因が自分たちにある事を忘れているようだ。
「別に、憂う事は無いでしょう。」
「ま、そうなんだけどさ。」
流石に2日連続で警察に会いたくはない。
教室。登校直後。
大が何やら興奮してやって来た。
「どうした。」
「…女バスの顧問が」
「よし俺も放課後見に行く。」
その話は聞いたことがある。が、女子の隣で出来るほど、俺は厚顔ではない。
「涼は?」
「ああ、あいつはトイレ。」
高木がやって来た。どうせ情報原はお前だろうがと、目線をやる。ウインクすんな。
話題の美人転校生は、それはもう凄く注目を浴びた。他クラスの誰であろうと一目見に来て、話しかけようとする者は少なくなかった。女子ですら色目を使ってんな。
「ね、今度ナフガニンさんのお家、遊びに行ってもいい?」
「どうでしょう、住まわせて貰っているので、許可を取らないといけません。」
「あ、部活は入るか決めた?」
「はい、少し目処が立っている部活がございます。」
「え、どこどこ?」
はて、昨日俺は部活動の事は教えて居なかったはずだ。まだ4月とはいえ、受験生だし、教えておく必要も無いと判断したからだ。
「茶道部に。」
うちにあんの?そんな部活。
涼が腹を壊して、大が付き添いで保健室に行ってしまった為、少し手持ち無沙汰になった。
「あ、そういえばさ。昨日家で異能の試合テレビでやってたんだけどさ。」
「あ、あれね!めっちゃ興奮した!」
それは俺も見たな。情報収集に。話しているのは隣で、俺は会話に混ざらず単語練習。
「Sランクって、めっちゃエグいね。」
「あんなの、戦車じゃん。」
「ローゼンさんは見た?」
「はい、お相手が苦戦していたのも無理無いくらいの攻撃でしたね。」
一緒に見てたから、覚えている。ローゼンはテレビ好きなのだろう。
「あ、それでさ、異能ランキング見たんだけどさ、ローゼンさんが居たの!」
「え!凄いじゃん!」
「しかもAランク!」
「そんなに褒められる様な事はないですよ。」
「でもさ、凄いじゃん!」
異能は、民衆に受け入れられている。戦争が起こらないと、世界共通の、一人一人が特色を持つスポーツなんて、面白くない訳がない。
だから、こうやって笑って話せるのは当たり前で。
ふと、スマホが鳴る。一件の通知。
『4月25日に、皆でカラオケに行きませんか?大体3000円あれば必ず足ります。』
と、LINEで送られてきた。
鈴原 夏帆。霧が崎 結。相澤 明美。この三人と俺のグループラインがある(名前は事故りかけた4人組)。これは夏帆からのメッセージだ。結と明美は既に『行く!』と返事をしているが、俺だけ男なのは、少し気不味くならないか?そう提案したところ、
『私達は大丈夫です、後は銀杏さんの判断に任せます!気を使わずに言ってくださいね?』
いい後輩だ。これは行くしかないな。
「あ、授業始まる。」
昼休み。教室にとある後輩が訪れてきた。
「あ、銀杏先輩、ちょっといいですか?」
こいつは1年の田嶋 珠里。一度不良から助けた忍者の末裔さん。男子だ。男の娘。うん、気にしたら負けだ。
「どうした田嶋?」
「昼、一緒にどうですか?」
「う〜ん、ちょっと待ってくれ。」
席に戻る。ローゼンに聞く。
「弁当作ってきた?」
「はい、こちらに。」
「ありがとう。」
その弁当を受け取ったその瞬間、教室の空気が凍った。無理矢理無視して教室を出て。
「何処で食べる?」
「あ、食堂で。」
この、深く入って来ない姿勢は田嶋の気遣いのなせる技だろう。
食堂。
喧騒の中二人分の席を確保する。
「さて、何食べる?」
「あ、弁当じゃ足りないんですね。僕はラーメンがいいなぁ。」
「じゃ、俺はカレーにしとくか。」
「あ、いいですよ、自分で払いますって。」
「こんな金額奢らせろ。」
「こんなって、え、千円?」
「卵とメンマ好きだろ?」
「せ、先輩…!」
田嶋が目をうるうるさせているうちにさっさと払ってしまう。お金は有り余る程あるから、痛く無いが、周りの人の尊敬の眼差しがむず痒い。
「はいよ、どうぞ。」
田嶋は基本、女子にしか見えないから他の男子から一瞬、俺に嫉妬の目線が来る。だが、田嶋の制服を見てすぐに納得する。
『男装した女子なんだな。』
「何馬鹿なこと言ってるんですか。僕はれっきとした男子です。見ます?」
「多分見ても結果は変わらないと思う。」
何をとは言わない。
ご飯を食べる。これ以上に至福の時間は、睡眠くらいだと思う。
「先輩は、食べるのが好きですね。」
まあな。
「行儀も良いし…」
「まぁな。」
「イケメンだし。」
ん?
「そりゃ持てますよね、銀杏さんだもん。」
「何をブツブツと。美味そうだな、ラーメン一口もらうぞ。」
「あ、こら、僕のラーメン!」