百三十四話 隻腕の剣士/初のスライム討伐
【???の荒野】
雷鳴が轟き、しかして雨は降らず。
砂塵舞う荒野に隻腕の剣士が魔獣と対峙する。
その地に安寧は無く、死への恐怖と生への渇望だけが存在する。
睨み合い、探り合い、殺し合い。
それららが幾度か行われて、初めて少しの静寂が訪れた。
隻腕の剣士は慣れない手つきで片手で剣を鞘に収めた。
最近までそこにあった左腕が恋しい様だ。
「だいぶ慣れてはきたな。それでドマギス、次はどうしたら良い?」
その場には一人の男性しかおらず、返事は返ってこない。
かに見えたが、視界が鈍い砂嵐から一人、茶色の鎧を身に纏った初老の男性が現れた。
「ふぉほほ。慣れてないのに器用に戦うのぉ。片腕での闘い方なら雷魔帝に聞くと良い、あやつも腕が無いからのぉ、ふぉほほ」
ドマギスと呼ばれた茶色の鎧を身に纏った初老の男性は顎に手を当てては鎧で髭が触らない事を思い出しては首を傾げる。
「そうじゃのう……一度帰って待機じゃな、死ぬなよ小童」
それだけ告げるとドマギスの体がボロボロと崩れていき、先程同様に、その場には隻腕の剣士一人のみとなった。
「無茶言うなよ、ここに来るまでに何回死にかけたと──はぁ……」
隻腕の剣士は話し相手が突如居なくなった事で会話が強制的に止められた。
ため息を零したのにはいくつか理由がある。
その最たる理由は今いる場所が異常なレベルの危険地帯である事だ。
足元にいる先程まで死闘を繰り広げていたモンスターの死体を見る。
単体でB級相当のタイラント・リザードの群れ、計8体。
リザード種で稀にいる歪ながらも二足歩行を可能にして持ち前の俊敏性に機動力を兼ね備えた厄介な奴だ。
この地が異常なのはタイラント・リザードが群れを成している事だ、コイツらは他の地では群れを成さない。
単体でC級とかなり強い部類のモンスターだが、二足歩行をしてくる厄介なコイツがC級で止まっている理由はその群れないという性質が理由だ。
単体では危険要素の無いE級のスケルトンでも群れを成せば戦闘で命の危険がかなり上がるC級以上に上がる。
それだけ数が多いと危険度が跳ね上がる。
群れないからB級、そのモンスターが8匹も群れで行動し、さらには連携を取ってきた。
モンスターや冒険者の危険度は冒険者協会が多くの情報を元に決めている。
スケルトン基準ならば3体集まればC級相当と決められているがコイツの群れにはその基準が無い。
多くのモンスターの生態と冒険者からの情報で精査している冒険者協会が想定していない時点でこの地がどれだけ異常かが分かる。
何年も冒険者をしていたがこの地に来てから常識が覆されてばかりだ。
冒険者時代には基本的に剣術だけで戦って魔術は仲間達に任せていたがこの地で生きて行くには好みや出し惜しみ等している場合では無い。
出ないと死ぬ。
「はぁ、家族に会いたいな」
隻腕の剣士はポツリと呟くと目的地に向かって歩き始めた。
この地は天候が激しく変わる。
雷鳴は静寂になり、暴風が周囲を覆い尽くす。
既に剣士の姿もモンスタの死体も見えなくなっていた。
ーーーー
【フェルト領 東町リント】
《ライラス視点》
「くしゅん。なんだ、誰か俺の噂でもしてるのか」
「お前、いきなりどうしたんだ?」
ペコは変な奴を見る目で俺を見ながら聞いてきた。
「俺のいたとこだとくしゃみをする時は誰かに噂されているって言い伝えがあるんだよ」
まぁ、俺はこういう迷信は信じてないけどアニメとかで憧れあるからくしゃみする度に言ってるんだけどな。
「あの村の連中はそんな事を信じてるのか……変な奴らだな」
そうだ、この言い方だとクロット村での風習みたいになってしまったけどまぁ、良いか。
教祖で自称神の胡散臭いティルとそれを信仰しているミルさんにフィオラ捜索の協力を申し出た日からだいたい一カ月近くが経過した。
その間に二人には一度も会っていない、もしかしたら既にこの町を出ているのかも知れない。
その間、実力のいる依頼は今の俺には無理ゲーだったので何でも屋みたいにお手伝いするだけの依頼をとにかく沢山こなしてようやく冒険者ランクが最低のF級からE級に昇格した。
おかげで比較的弱いモンスターだけだが討伐に出向けれる様になった。
今日、受注した依頼は単体でF級のスライムを3体以上の討伐とその素材の納品だ。
初めての冒険者らしいクエストでちょっとテンションが上がっている。
いくら危険なモンスターと言っても動物系統のモンスターだと殺すのには抵抗感がある。
前に隣町に薬のおつかいに行った時にいた殺人ウサギみたいな奴は咄嗟に風魔術で攻撃して戦闘を免れたが冒険者になった以上はモンスターを殺す事も覚悟しないといけない。
だからスライムみたいな系統のモンスターだと抵抗感が無いはずだから場慣れするにはちょうど良い。
あとスライムを一度この目で見てみたい。
冒険の初歩といえばスライムとかゴブリンとかだろう、でもゴブリンは残虐なイメージあるから会いたく無い。
スライムと言えば最弱のイメージと最強のイメージがあるけどこの世界では最弱の方であっているのかそれとも種類によっては最強な奴もいるかもしれない。
取り敢えずスライムプチプチ潰してレベルアップだ。
町を出てから小1時間程度歩いた所にある森に入る。
この付近でも比較的安全なところで、出てくるモンスターは最大でもE級らしくて大半がF級の雑魚モンスターばかりらしい。
モンスターの討伐証明は角を持ってきたり右耳を持ってきたりモンスターによって様々らしいがスライムは倒したら液体とゼリーみたいなのに分かれるらしくてそのゼリーを納品すれば良いみたいだ。
さっそく森を探索していると水色でプルプルとゆっくり動いているモンスターを見つけた。
草むらから隠れて観察してみる。
「おぉ!見てみろペコ、スライムだぞ」
「見れば分かるよ、早く倒さないの?」
獣化して肩に乗っているペコの対応がちょっと冷たい。
スライムだぞ、あの有名人、いや有名モンスターのスライムさんだぞ。
「ちょっとは感動しようよ」
「モンスターで、しかも低級のスライムでどうやって感動するんだ?」
ちぇーペコは沢山見てきた有象無象かも知れないけど俺は人生最初のスライムだぞ。
生態観察も少し楽しんだ所でバレていないうちに倒そう。
周囲を見渡しても正面にいる一匹しかいない。
これは絶好の不意打ちチャンスだ。
「ペコ、スライムってどの魔術が効くんだ?」
「知らないよ、どうしてペコに聞くのさ。それにスライム程度ならどんま魔術でもすぐに死ぬでしょ」
「そういうもんか」
「そういうもんだよ」
弱点とか耐性とか工夫して倒したかったけどスライムってそんなに弱いんだな。
なら普段よく使っているし当てやすい氷塊を使おう。
質量でペシャンコにしてしまおう。
いつもより少し魔力を込めて使う魔術を呟く。
使う魔術は中級 水魔術
「アイスボール」
普段より少し大きな水の塊が形成され、次第に氷に変わって標的目掛けて飛んでいく。
スライムは飛んでくる魔術に気づく事なく自分より大きな氷の塊が直撃して爆散した。
目的を終えた魔術が霧散していき、その場に残ったのは周囲に散らばったスライムを形成していた水分とプルプル形を保っていたスライムゼリーだけだった。
「あ、スライム弱いわ」
「そうだよ弱いよコイツら」
俺の冒険者の夢だったスライム討伐があまりにも呆気なく終わって少ししょんぼりしてしまった。
依頼は三匹以上だったけどいっぱい倒してお金集めよ。
こうして、ライラスの夢のスライム討伐は幕を閉じたのだったとさ。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
次話の投稿、楽しみにしていて下さい!!!