百三十二話 宗教勧誘
「不味いな」
「美味くない」
子供二人が酒場で二人、向かい合わせに座りながら頭を抱える。
他の冒険者が一番良く行くお店を紹介して貰ったはずなのに飯が非常に不味い。
冒険者は体が資本で強い体を作るのは美味い飯と相場が決まってるだろ。
「ペコ、食べたくなかったら残して良いぞ。俺が食うよ」
「いい、ペコ残さない。全部食べる」
てっきり不味い飯は食わないとか言い出すかとも思ったけど俺の思っている以上に律儀なのかも知れない、凄く嫌な顔をしながら黙々と不味い飯を食べている。
それか食い意地を張っているだけかのどちらかだな。
二人で口に放り込んでは、渋い顔をしてお互いの顔を見て。
「やっぱり死ぬ程不味いな」
「人の作る飯、不味い」
この前までは人が作った飯が美味い美味いと食っていたモンスターのセリフとは思えんな。
このまま不味い飯を提供していてはいつか人喰いになってしまうかもしれない。
不味い飯を口に運んでは水で押し流すを繰り返す。
「水が無くなった、ペコ貰ってくる」
ペコが水の入っていた瓶を持って食堂の方に走って行った。
走ると危ないと注意するよりも先に見えない所まで走って行った。
アイツはいつ見ても子供みたいでいつか悪い冒険者に狩られないか心配だ。
いや、モンスターを倒すのは良い冒険者か。
「ここのご飯ってほんとに不味いよね。相席良いかな?」
一人でまた不味い飯を口に放り込んでいると一人の男性が話しかけて来た。
「良いですよ。ほんとに美味しくないですよ」
ご飯を持っている訳でも無いの徐に俺の隣に座って来た。
何だこのイケメンは。ホストでもやれば大儲けしそうな見た目だ。
白髪に優しそうな目と風貌で軽装備、たぶん駆け出し冒険者とかだろうか。
ちょっと親近感湧いてきた。
でも、どうして他のテーブルもチラホラ空いてるし六人座れる広いテーブルで俺の隣に座って来たんだ。
生憎、ペコとは向かい合って座っていたからペコの席には座られては居ないけど。
「君、どこかの宗教には入ってるかな?」
「入ってないですけど……」
あ、これ不味いやつだ。
今食ってる不味い飯よりも数倍不味い。
「君は神を信じてるかな!?」
「いやぁ……いないんじゃ無いですか?」
コイツの印象がイケメン新人冒険者から変人ホストペテン師に変わった。
「それがいるんだよ! 君みたいな不幸そうな子供を助けるピッタリの神様がいるんだ!」
おい、誰が不幸そうだよ誰が。
確かに不幸続きだけど心配されるような程、不幸な顔面はしてないぞ。
「それは凄いですね。それじゃあ俺はこの辺で……」
「まってまってよ! 話だけでも聞いてってよ、君が食べてるご飯おごるからさ!」
ぐっ……お金のない貧乏な子供をお金で釣るなんてなんたる鬼畜。
白髪の詐欺師は俺の腕をがっちり掴んできて逃がしてくれそうにない。
しかも、かなり力が強い。
これ新人冒険者とかのレベルじゃない力だ、逃げれない。
背に腹は代えられない、逃げるのは諦めて大人の優しさに甘えよう。
「分かりました、僕の連れの分も奢ってくれるなら話だけは聞きます」
「やった! 交渉成立だね」
宗教勧誘の優イケメンは座りなおすと話し始めた。
「僕の名前はディアミル・ティルナノーグ。気軽にティルって呼んでよ、君とは長い付き合いになるからね」
いや、絶対に長い付き合いにはならない。
宗教勧誘してくる奴とは仲良くなってやるものか。
「……俺はライラス・クリウス、呼び方は何でもいいですよ」
「なら無難にライラスで良いかな」
「どうぞ、それで話って?」
目をキラキラさせながらグイっと近寄ってきて手を握ってきた。
近い近い近い近い。
「ライラスはティル教って聞いた事無いかな? あるよね!」
「いやぁ、聞いた事も見たことも無いですね」
「そうか……まだまだ布教が足りないか。まぁ、結論から言うと僕はそこの教祖兼信仰対象をしているんだ! ライラスも入らない!? まだ信者が一人しか居なくて凄く困ってるんだ」
えっと……ちょっと待てよ。
教祖兼信仰対象って事は……
「もしかして、さっき言ってた神様って――」
「僕」
「その、ティル教を広めてるのは――」
「僕」
俺はてっきり宗教勧誘を装った詐欺師か宗教勧誘をしているカルトとかだと思って警戒していたけど違った。
自称神様で自分の作った宗教に人を呼び込もうとする危ない人だった。
自分から宗教勧誘する神様が何処に居るんだよ。
この人とはやっぱり関わっちゃダメだ、今更だけど本名を名乗ったことを後悔してきた。
「いやぁ、今日はいい話がいっぱい聞けて良かったですよ。でも、今日決めるのは無理そうなんでまた明日ここで会いましょう! 集合時間はお昼頃にしましょう!」
「本当かい!? ライラス君は良い人だな! それじゃあ、また明日! お会計は僕から店員に払っておくよ! 今日は本当にありがとうね!」
自称ティル教の教祖兼信仰対象とやらのティルは嬉しそうに爽やかな笑顔でお店を出て行った。
顔は良い、声も良い、話し方も良い、たぶん良い人ではあるんだけど頭だけが残念な人だった。
ここの飯は安いけど死ぬほど飯が不味かったからもう二度と来ることは無いだろう。
ティルと会うのは今日が最後だろう。
ティルが出て行った直後にペコが店の奥から帰って来た。
「水貰いに行ったらなんかいっぱい撫でられてお菓子貰えた」
「それは良かったな。そのお菓子も不味かったりしない?」
「大丈夫、もう半分食べた。もう半分はお前にやる、ありがたく思え」
抱きかかえるようにお菓子と水の入った瓶を机に置いて俺の隣に座った。
「すんすん……なんだかここ臭い、さっきまで何もなかったのに」
ペコが鼻をピクピクと動かして鼻を抑えた。
俺は分からなかったけどティルは臭かったらしい。
「さっき変質者が居たんだ。たぶんそいつだろ」
「そうか、へんしつしゃとやらが居たんだな、お前はソレとは関わらない方が良いぞ」
「そうさせてもらうよ。早く食べてお金を稼ぎに行こう、せめて今日の宿と飯代を稼ぎたい」
「わかった、美味い物を食べに行こう」
今日一番驚いた事はティル教とか言う変なカルト教みたいな所に一人は信者が居た事だ。
類友で変な人が入ったか、顔の良さだけで騙されたのどっちかだろう。
当分の間はこの店には近付かないでおこう。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
次話の投稿、楽しみにしていて下さい!!!