百三十話 フェルト領 東町リント
「そろそろ見えてきたぞ、ペコ」
ペコは歩き疲れたらし小さくなって俺の頭の上で休んでいる。
俺の視界の先には膨大に広がっている小麦畑が見えてきた。
隣町で軽く聞いていた限りでは俺の目的地であるフェルト領では小麦市場が盛んらしい。
つまり、もう俺達は広大なフェルト領に足を踏み入れた訳だ。
昨日はトロールと戦って、半日歩いて、宿探しをたりとかなり時間が掛かったので飯付き一泊と勉強代で合計銀貨四枚と初日にしてはちょっと痛い出費を支払った。
今の所持金は銀貨26枚と銅貨8枚、ちゃっかりペコの干し肉で銅貨二枚も消えてしまった。
このままだと三週間もしないうちに財布の中が空になりそうだ。
どっかに馬車に乗ってる商人とか居ないかな。
空腹時に大量の小麦畑を見るとパンが食べたくなってきた。
もしかして俺たちが村で食べてたパンってここの小麦からできてるのかな。
「ほらペコオヤツだぞー」
頭の上にいるペコに隣町で購入した干し肉を顔の前でヒラヒラと見せつける。
ペコは気怠げに目を開くと嬉しそうに干し肉にかぶりついた。
「おい、人の頭の上でボリボリ食べるなよ」
やれやれと言わんばかりにノロノロとゆっくり頭の上から飛び降りて人型に変身しながら満面の笑みで肉を頬張っている。
「そう言えばペコってなんで封印されてたの? なんか凄い悪い事したとか?」
「理由は簡単、ペコが可愛いから」
ペコが笑顔でこっちを向いて来た。
生意気だけど確かに顔は良いから余計に腹立たしい。
ちょっと頬をつねってやろうか。
「却下」
「んー、ペコが賢いから」
ちょっとチョップしてやろうか。
「それも却下」
「文句が多いなぁ。じゃあペコが偉いから」
ちょっとビンタしてやろうか。
「却下だ却下! そのじゃあって何だよ、絶対今適当に考えてるだろ」
「だって説明が面倒──ペコ、いきなり封印されたから分からない」
コイツ、理由知ってて濁しやがった。
「何でそんな事気になる? もしかしてペコがわるーい獣かも知れないよ。その封印解いちゃった訳だけどその事はどうするの?」
なんだか凄い獣だと面白そうだ。
英雄を導く神獣、獣の神、国を滅ぼした大魔獣、地獄の門番、厄災の獣。
まぁ、良くも悪くもこういう感じだったらカッコいいな。
それと契約してるってだけで響きが良い、虎の威を借る狐ならぬペコの威を借る俺って訳だ。
「まぁ、封印は解いちゃった訳だしそれはもう今更だ。お前が良い奴でも悪い奴でもこの際どっちでも良いよ」
「どうして? お前、ペコに興味無い?」
悪戯を咎められた子供みたいにちょっと寂しそうに首を傾げて聞いて来た。
自称凄い獣がなんて顔してるんだか。
「いやいや、凄く興味はあるよ。でも、ペコが良い奴でも悪い奴でも俺とフィオラがペコとの関係が変わる訳じゃないからな。あ、でも悪い事してるとフィオラには怒られるかも知れないぞ」
「…………あはは、それもそうだ」
「あと、悪さして封印されてた場合はあんまり目立つなよ。俺、封印して来た奴が来たら追い返せる自信ないぞ」
「大丈夫だよ、人前で変身したりしないし。それに封印されてる途中で人型になったから多分人に変身できる事知らないと思うし」
「それなら大丈夫そうか、因みに封印して来た奴って強いの?」
なんだか凄い結界とか魔法陣とか色々あったし、本来銀狼の森に居なかったトロールが現れたのも多分そいつが原因だろうし、それで行くとかなり強そうだ。
「まぁ、それは……おいおい話すかな。ほら、もう町が見えて来た」
ペコは顎に手を当てて考える素振りをしてから話を逸らした。
ここまで露骨に逸らすという事はきっと何か話せない事情でもあるんだろう。
「おいおいっていつになるんだか……結構広い町だな、広さだけならクロット村と良い勝負しそうだ」
二人で些細な会話をしながら町の入り口前までやって来た。
この町は特に壁で覆われているわけでは無く形式的な門がある程度でかなりフラットな町に見える。
確認したいことがあったので入口で検問をやっている傭兵の人にそそくさと近付く。
「すみません、この町って……えっと、ペコ名前なんだっけ?」
「東町リント」
「そうそれそれっであってますか?」
傭兵の人は少し若くて、鎖帷子に所々にプレートを着て少し軽装備だ。
背中には身長と同じぐらいの槍を背負っている。
傭兵とかって見るの初めてだから少しテンションが上がる、俺の異世界で一度は見てみたいとリストがまた一つ埋まった。
「ええ、そうですよ。旅の御方……ですか?」
「はい、この町に冒険者ギルドがあると聞いて来ました!」
「そう……ですか。分かりました! ようこそ東町リントへ、歓迎いたします」
傭兵の人が後ろの仲間に合図を送ると門の前で立っていた人二人が横に移動した。
歓迎されて良かった、子供だからと追い返されたらどうしようかと思った。
「ありがとうございます、行こうペコ」
「ペコお腹すいた」
「さっき干し肉食べたでしょ! 晩御飯まで我慢しなさい」
「……ケチ」
拗ねるペコを尻目に町の中を進んでいく。
この町は一見すると煉瓦造りでかなり建築文化が高そうだ。
今の所俺の知っている村や町はクロット村、それと隣町、そしてこの東町リントの三つだけ。
この世界の情報はまだまだ足りていない。
それよりもみんな隣町って言ってたから俺もそう呼んでいるけどあの町って名前なんて言うんだろう。
クロット村にいた時は隣町って言えば誰に聞いてもあそこの認識だったから違和感がなかったけどよくよく考えて見たら他の街に行くと隣町ってコロコロ変わるし誰かに聞いとけば良かったな。
クロット村は大体が木造建築だったけど、ちらほら煉瓦造りの家もあった、村唯一の大工のガジェットさんは木も石も煉瓦でも家が作れるんだから凄い人だよな。
ガジェットさんがいれば三匹の子豚も狼に家を吹き飛ばされずに済んだのにな。
「ペコ、その後自慢の鼻で冒険者ギルドを探してくれ」
「ペコはそんな事出来ない、お前がやれ」
「仕方ない、まずは誰かに聞くか」
ペコの嗅覚では見つけれそうに無いらしいので、俺は渋々町を観光しながら冒険者ギルドを探す事になった。
冒険者ギルドってどんな見た目なんだろ、大体は町の中央にあって滅茶苦茶大きくて見た瞬間に分かるんだけどそんな分かりやすき現実でもあるんだろうか。
少しの間、町を見渡しながら歩いているだけなのに、なんと不思議な事にお金がみるみる減っていく。
勿論犯人は一人、食いしん坊でお腹ペコペコの獣、ペコだ。
「お前! 次はこれも欲しい!」
「ペコ今は我慢だ我慢! 俺だって食いたいけど俺らにはお金がって──おい! その肉は俺様に買った奴だぞ!」
とまぁ、そんなこんなでいっぱい買い食いを満喫してお金がかなり減って銀貨二十五枚と銅貨五枚に減ってしまった。
今はペコと二人でベンチに腰掛けて休憩している。
「はぁ、お金って何でこんなにポンポン減っていくんだろう」
俺は頭を抱えてため息を溢した。
まだ仕事にもありつけても無いのにこんな所で母さんから貰った大事なお金を散財してしまうなんて。
ごめん母さん、俺頑張るよ。
「美味い! これも美味い! 人間の作る物はどれも美味しいぞ!」
俺の隣ではさっき買った焼き鳥とサンドイッチ、それとクッキーを続けて頬張っている食いしん坊が楽しそうにしている。
「何でそんな顔してる? お前も食ってみる、美味いぞ!」
「むぐっ! いきなりなにす──ほんとだ美味い」
「美味い物を食べて寝ると大体の事は解決するぞ」
それが出来たら苦労はしない、それにこの悩みの種はペコなんだけど、それに関しては俺が稼いで養ってやるか。
俺のこの旅はフィオラを助け出した時の見上げ話にしてやろう。
昔にフィオラと一緒に冒険者になる話をした時はフィオラも怖がりながらも目をキラキラさせて聞いていた。
きっと楽しそうに聞いてくれるはずだ。
それにはまずはギルドを探して資金調達だな。
「ペコ! 走って探すぞ!」
「えぇー、めんどう……」
俺は文句を言うペコの手を引っ張って無理矢理走らせた。
待ってろよ冒険者ギルド!
最後まで読んで頂きありがとうございます!
次話の投稿、楽しみにしていて下さい!!!