百二十九話 七歳の少年と一匹の女の子の旅
クロット村から半日かけて進んだ先に見える安全な表と危険な裏が綺麗に分かれる町が見えてきた。
日もかなり落ちてきて俺がまずやる事は今日泊まる宿探しだ。
母さんに渡されたお金はだいたい一ヶ月分、小袋に硬貨がじゃらじゃらと入っている。
中身は銀貨三十枚と銅貨十枚、仕事が上手く行くまでは節約生活だ。
通貨の価値は色々なお店を見たのと母さんからの話で概ね理解している。
田舎の宿に泊まるのはだいたい銀貨一枚から二枚程度、その間に銅貨が数枚入ってくる。
飯は一食だいたい銅貨一枚から三枚ぐらいだ。
それ以上でも以下でも疑わないといけない。
ここに来たのはフィオラ誘拐事件と父さんの風邪薬を買いに行った時以来だ。
隣町で“しなければいけない事”は三つ。
一つ目は宿探し。トロールと戦ったり休み無しで歩いたりともう足は限界、今日はこれ以上は動けない。
二つ目は情報収集。まずフェルト領がどこで距離がどれだけか分からないから隣町で色々調べないと。
三つ目はお礼。前に来たときに助けてくれた武器屋のダイダロと情報屋のレイブンの二人にもう一度、ありがとうを言いに行きたい。本当ならフィオラと一緒に言いに行きたかったんだけどな……だめだ、もう弱音を吐いてる。
「人多い、お腹減った、ペコ疲れた」
「大丈夫、俺も一緒だ」
わがままを言うペコを諭しながら腕を引っ張って歩く。
さすが精神性が見た目に現れてるだけはある、盛大に封印されてる強力なお助けキャラかと思いきや、クソ雑魚わがままお嬢様だったなんて。
戦力的にも契約的にもペコには凄い力とやらを取り戻して貰わないと。
日も落ちて今は夕方、晩御飯時だからか外には色々な屋台も出ている。
フルーツやお菓子、デザート、お肉やよく分からない物までたくさんだ。
「おい! お前! あそこから美味そうな匂い! ペコ食る!」
「だめだって言いたい所だけど買ってあげるって約束しちゃったしな……行くか」
ペコがお肉を焼いているお店に走って行った。
そう言えば干し肉ばっかり食べさせてたからしっかり焼いて調理されたお肉を食べるのは初めてなのか。
「んまぁー! お前、これ沢山買う!」
「はいはい、すみませんあと十個下さい」
「美味そうに食う子だねぇ、妹さんかい?」
「あはは。まぁ、そんな所です」
美味しいお肉を食べてご満悦のペコを引っ張って目的地を目指す。
路地裏に入ってどんどん奥に放っていくと広がっている裏の街。
ここは俗に言う軽い貧民街、聞いてる限り奴隷売買とか殺人とかは起こってる話は聞かないけど、盗みや喧嘩騒ぎはよく聞く。
「なんだこの宿屋は……」
目前にあるのは二階建てぐらいの今にも崩れそうな木製の宿屋がある。
しかも一階の壁が誰かが破壊した後に木の板で無理やり壁を治している後がある。
いったいどんな魔術を使ったらあんなに盛大に壁に穴が開くんだか。
それ以外にも全体的に見直してみてもすげぇボロい……流石は裏の街、表と比べるとかなり酷い。
でも節約する為には表のちょっと高くて綺麗な宿屋より、裏の安くて危険でボロい宿屋に泊まる。
意を決してお店の扉を開く。
扉がボロい楽器と勘違いするぐらいに軋む音が鳴り響いた。
今にも壊れそうだ。壊したら高額の弁償代払わされそうだから慎重にしないと。
「いらっしゃい」
少し無愛想な男性の店主がカウンター越しに対応してくれた。
かなりムキムキで良い感じに髭が生えている、強そうだ。
「すみません。一晩泊まりたいです」
俺は自分より高いカウンターにしがみついて話している。
体が小さいとこう言う時に不便だな。
「金はあるのか?」
「あります、二人一部屋でお願いします」
俺はそう言って銀貨が大量に詰まっている小袋を見せつけた。
ガキだと思ってもらったら困るぜ、なんたって一ヶ月分の生活費を貰って今はお金持ちなんだからな。
「そうか……飯は?」
「お願いして良いですか?」
「あぁ……分かった。銀貨七枚」
うん……? 母さんが相場は銀貨一枚から二枚だって言ってたよな。
二人分の飯をつけても銀貨三枚以下なはず……だよな。
ここは交渉と行こうか。
「定価なら知ってますよ。高く見積もっても銀貨二枚って所ですよね。今からでも他の店に行っても良いんですよ」
完璧だ。他所に泊まられるぐらいなら自分の店で安くても泊まって欲しいに決まってる。
甘かったなおっさん。
「そうかい、なら別の店に行くと良い」
向こうは交渉をするつもりが無いらしい。
別に問題は無い……ちょっと高くても他の店に泊まればいい、どの店よりも銀貨七枚よりは安いはずだ。
「分かりましたではそうさせてもらいます。行こうペコ」
俺は硬貨の入った小袋を持ってペコの手を引いて店を出ようとする。
「でも、この時間から宿を探して、もし見つから無かったら──」
「無かったら……?」
「野宿をする上に美味い飯も無いってことになるなぁ。今の季節だと寒いだろうなぁ、女の子にはちょっと酷だよなぁ」
そう言ってペコをよく見てみる……ペコは何も話を聞いていないみたいでキョトンとしている。
ちょっとムカつくけどすぐにフ◯ンダースの犬のパト◯ッシュが脳裏を過ぎる。
俺は良いとしてペコにそんな仕打ちをするのは流石に可哀想だ。
「ぐぬぬ、でも銀貨七枚は流石に高すぎます。定価より少し高い銀貨三枚で手を打ちます」
「少年は他の店に行くんじゃ無かったか? でも、どうしてもって言うんなら勉強代って事で銀貨四枚なら止めてやっても良いぜ?」
「くっ……分かりました。でも、もう一度だけ確認しますよ! 二人一部屋、一泊夜朝飯付き、勉強代込みでの銀貨四枚ですけど本当に良いんですよね!」
「少年、案外細けぇのな。まぁ、それで良いぜ」
「なら契約成立です! どうぞ定価の2倍の銀貨四枚です」
「確かに受け取った。ほれ、二階に上がって1番奥の鍵だ。少ししたら降りてこい、美味い飯を用意しといてやる。それとしっかり戸締りしとくんだぞ」
ったく優しいのかケチなのかどっちかにしてくれよ。
「それとだ少年」
「次は何ですか?」
「一つ忠告だ。交渉する時はなぁ、自分の持ち金は見せない方が良いぜ。じゃ無いと足元見られるから馬鹿だと思われるぞ。がはははは」
「余計なお世話です!」
俺はプンプン怒りながら二階の部屋に上がって行った。
「人間は面倒だな…………フカフカだぁ!」
ペコは話しながらベッドに飛び込んで足をバタバタさせている。
「本当に面倒だよ、子供だからって足元見られた……もう銀貨が26枚になっちゃった。まぁ、確かに色々勉強にはなったから良いけど……」
俺も隣のベッドに力尽きて倒れ込む。
「疲れた……」
まだ一日目だってのにこれだけ疲労してたらダメだな。
宿を探す道中でダイダロの武器屋を見に行ったけどそこにはもう別の店があって、通行人に話を聞くとかなり前に出ていったらしい。
俺が会った時はちょうど居なくなる直前だったんだとか。
ラッキーと言えばラッキーだけど……やっぱりちゃんとお礼したいよなぁ。
それと、情報屋のレイブンも色々と目星を付けて探してみたけど何処にもいなかった。
二人とも旅に出たのか引きこもっているだけなのか。
それともこの世界はみんな旅をして何処かに落ち着くのは稀な場合だけなのかな。
明日はフェルト領の情報収集だな。
フィオラ達は魔王の仲間にに攫われた訳だしこんな身近には居ないだろうからそっちの情報は少しづつ集めていこう。
「良い匂い! お前、早く行くぞ!」
「匂い……? ご飯の匂いかな。俺は感じないけどペコが言うならきっとそうなんだろう。行くか、美味いご飯を食いに」
ペコは鼻息を荒くしながら一人で飛び出して言った。
俺も腹の虫が鳴いているから早く食べに行かなければ。
その日の晩御飯はシチューとパンだった。
日本で出てくるシチューとは味が結構違うかったけど似たような雰囲気を楽しめたからかなり大満足だ。
ペコは初めて食う物らしくて最初こそ警戒していたけど食べる速度は俺より早かった。
あと、何だか強面店主の表情が嬉しそうだったのは俺の気のせいだろうか。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
次話の投稿、楽しみにしていて下さい!!!