百二十七話 謁見
(第三者目線)
一ヶ月前 クロット村???襲撃事件 直後
【???城内】
深緑の鎧を着た男性と小さな子供が長い廊下を進んでいる。
二人ははただ無言のまま歩いているが大人と子供では歩幅が違うせいで子供は少し早歩きで追いかけていた。
それを見た緑の鎧に身を包んだ男性は少し、歩幅を縮めた。
大きな扉の前で止まり、初めて口を開いた。
「ここから先は王との謁見です」
「王様……ですか?」
「えぇ、我等が仕えるに相応しい偉大な王です。言葉や態度には気を付けなさい」
「はい……」
重くて厚い扉を、深い緑の鎧を身に纏う男性は片手で軽々と押して開いた。
部屋に入ると玉座に座る一人の人物の周りに色の違う似た鎧を身に纏っている人達が立っていた。
王とその臣下達だ。
臣下達は玉座の前にいるのが三人、エルフの少女の隣にいる一人の合計四人の臣下がこの部屋にはいる。
「風魔帝ヒュブイ。只今、帰還致しました」
ヒュブイと名乗る人物は目先の玉座に座る一人の人物に片膝を付いて頭を垂れた。
小さな少女は真似をする様に後に続いた。
「奴は葬ってきたか?」
「はい、確かにこの手で……」
「よくやった。……そのエルフの少女は何だ?」
「奴が降り立った村にいた少女です。魔術の才覚があり、連れて参りました」
「そうか……」
漆黒と真紅が入り混じった鎧で武装している王と慕われる者はそれだけ言うと興味が失ったかの様に話さなくなった。
王が話終えると二人は立ち上がり、次に話し始めたのは臣下の一人だ。
「貴様、まさかその小さな娘に業を背負わせるきか……?」
深い漆黒の鎧に身を纏う女性は暗くて低く、落ち着いた口調で糾弾する様にが問いかける、怒りと焦燥が入り混じる声色だ。
右手はいつでも抜ける様に黒く禍々しい大剣の柄に手を掛けていた。
エルフの少女はその威圧感に少し気圧される、それ程までにその人物からは唯ならぬオーラが出ていた。
見知らぬ土地に見知らぬ大人に大勢囲まれていては勇敢な者でも恐怖を感じる。
「シャミル、王の御前ですよ。下がりなさい」
深緑の鎧を身に纏うヒュブイは腰に差している細い長剣に手を触れる素振りも無い。
それは余裕から来るものなのか王に対する敬意からなのか。
ヒュブイとシャミルが少しの間睨み合い、その場は静寂が響いた。
その次の瞬間、突如として空気が凍った。
それは比喩表現などでは無く、明確に空間が凍え、まるで支配されたかの様だった。
銀色に輝く鎧に身を包んだ一人の人物が動き出した。
ゆっくりと歩いているその人物の背中には大きな鎌が二本背負われている。
冷え切った女性の声が静寂な空間に鳴り響く。
「その辺にしておきなさい……その子が怖がっているでしょ?」
その一言、その一瞬が先程まで張り付いていた威圧的な空間を掌握した。
誰一人動く事は無く、誰一人声を発する者もいない。
ただ1人を除いて。
その女性はゆっくりと歩みを進め、エルフの少女の元に辿り着く。
「怖かったよね、あなた名前は?」
エルフの少女の頭に手を乗せて優しく撫でながら問いかけた。
それは慈愛に満ちていて、先程までの凍えた雰囲気は微塵も感じられなかった。
「フィオラです。お、お姉さんは?」
フィオラは恐る恐る聞き返した。
失礼の無い様に相手を怒らさない様に、相手の表情を伺いながら。
「そう……フィオラちゃん。可愛らしい名前ね。私はロキラス、よろしくね」
顔までも覆い隠す鎧越しでもロキラスと名乗る女性はにこやかな顔をしているのが分かる、そのお陰でフィオラの緊張が和らいだ。
「この子は少しの間、私が預かります。良いですねヒュブイ……」
ロキラスと名乗る女性の右手からは極度に凍えた冷気が溢れていた、触れればまともには死ねない圧が確かにあった。
「これはこれは……ロキラスの願いとあれば暫し貸してあげましょう。ですが……この先は言わなくても賢い貴方なら分かりますね」
三人の臣下達は話が終えるとそのまま体勢を立て直してその場に留まった。
「フォッフォッフォ、若いとは良いのぉ。ワシも混ぜてはくれんか?」
一人、先程までの空気感には似合わない茶色い鎧を身に纏った初老の男性が満を持して口を開いた。
気の抜けた声と発言から、他の臣下が睨みを効かせた。
「お主もそう思うじゃろ? のぉ、ヴィルグレイア」
名前を口にして顎に手を当てながらその名前の持ち主に振り向いた。
その目線の先には玉座に座る人物がいた。
彼の王がこの六人の臣下達を纏め使役する魔王。
またの名を魔帝王ヴィルグレイア。
先に反応したのは語りかけられた王では無く、臣下の一人。
深緑の鎧を纏っているヒュブイだ。
「ドマギス……口を慎みなさい。王に対して不敬ですよ」
「フォッフォッフォ、気にするなヒュブイ……王は寛大であるぞ?」
一触即発、そんな言葉が似合う緊張感。
そんな最中、話し始めた人が居た。
「お前ら、今からは俺が良いと言うまで決して何もするなよ」
「承知しました」「御意」「はい……」「了解じゃ」
各々が返事をする。
先程までの争いが無かったと錯覚する程、王の命には忠実だ。
「フィオラと言ったなエルフの子よ」
「な、なんです――――なんでしょうか……」
言いかけたことを訂正して敬語に治す、フィオラはこの場で無礼な態度は死を招くことを重々理解していた。
「貴様に問おう、貴様には大切な人はいるか?」
「…………どういう……意味ですか?」
恐る恐る聞き返す。
フィオラは最初、何を聞かれたか理解するのに少し時間が掛かった、そして理解した後は質問の真意や意図を考えた。
それでも分からなかった。
「誰でも良い。家族、友人、好きな人……誰かは居るであろう?」
真意は分からないが質問の意味なら理解出来たフィオラは少し考えた。
家族……ママ、パパ、ペコ。
友人………ペンタ君、カルロス君、フー兄達。
好きな人………………。
「ほう……最後に思い浮かべた人物で良い。もう一度思い返せ」
「わかりました……」
フィオラは言われた通りに頭に浮かべた。
それは普通の子供であり、何の変哲もない人物だ。
それでもフィオラの大切な……好きな人には変わりない。
「俺には力がある……」
そう言うとフィオラは突如苦しんだ。
胸を押さえ付けて呼吸が乱れ、苦悶の表情が見受けられる。
魔帝王は攻撃をした訳でも無ければ特別な魔術を使った訳でも無い、これは王が操るプレッシャーなのだ。
先程までの四人が出していたプレッシャーとは桁違いの圧。
立っているのもやっとで震える足を無理やり力を入れてその場に留まる。
「もし、俺がソイツを殺そうとしたら貴様はどう──」
「ッッッ!!!」
王はそのまま話さなかった……いや、話せなかった。
質問を最後までする前にエルフの少女が動いたからだ。
フィオラの周囲には水色と緑色の魔力の渦が広がり、全身を天使の力である光が覆っていた。
歯を食いしばり、目を開き睨みつけて最大限の魔力を込める。
フィオラが向けた右手からは巨大な隕石とも錯覚するサイズの氷の塊が射出された。
王は高速で飛来する氷塊に右の掌を向ける。
氷の塊が触れる瞬間に薄い波や渦の様なものがパラボラアンテナの様に放射状に現れ、極限まで威力とサイズが強化された氷塊が一瞬の内に粉々に自壊していった。
氷の塊が壊れたその時、氷塊の死角から極限まで高められた光がレーザーの様に束なって王を襲った。
フィオラは氷塊が効かない事を理解した上でこの攻撃を隠す為に撃ったのだ。
これには王も予想外だったらしく、少し呆気に取られていた。
しかし、それは攻撃を防ぐ手段が無い訳では無かった。
王は直ぐに、開いていた手を空を切る様に握った。
放射状に広がっていた波が形を変えてピラミッド型のプリズムを形成した。
光のレーザーがそのプリズムに当たると、光は七色に分散されて部屋の中を明るく照らしただけだった。
その攻撃が終わるとフィオラは力尽きたのかペタンとその場で力が抜けて座り込んだ後に横に倒れた。
「中々良い、気に入った」
王は一戦を終えた後、肘を付いて顎に手を当て、続けた。
「ロキラス、ヒュブイ……後は頼んだぞ」
「はい……頼まれました……」
「承知しました」
「ドマギス、炎魔帝と雷魔帝を探せ。シャミルは俺と来い」
「老人使いが荒いのぉ……あの二人を探すのはちと面倒なんじゃがなぁー」
「畏まりました、王よ……」
王は玉座を立ってシャミルを連れてその部屋を後にした。
ドマギスはやれやれといった様子で渋々玉座の間を後にした。
ロキラスは王のプレッシャーと天使の力を使いすぎで気絶したフィオラを優しく抱えて一人で部屋を出ていった。
「魔力の流れが狂っている……やはりあの少女は……」
一人残ったヒュブイはポツリとそう呟いてから部屋を退出していった。
少し前までは六魔帝同士の話し合いや王のプレッシャー、フィオラと王の戦闘、フィオラの攻撃で狂った魔力の流れ等によって騒がしかった一室が何事もなかったかの様に静まり返っていた。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
次話の投稿、楽しみにしていて下さい!!!