百十九話 人喰いペコ(嘘)
「はい、任せてください! 父さんもフィオラも俺が連れて帰ります!」
そう言ってライラスは何か考えがある様に自宅のある方へと走って行った。
「な、なんで睨んでくるのペコ! いいでしょ、ちょっと過酷かも知れないけどそれでもライラス君、この一ヶ月で一番いい顔してたでしょ?」
マリーネの声を聞いて理解したかしてないかは不明だがペコの表情は変わらなかった。
依然、少し不満に見える表情だ。
マリーネは胸に手を当てて小さく深呼吸をして話し続ける。
「私が視えたのはここまで。ペコ……あの子を頼んだよ」
マリーネはペコの頭を撫でると嬉しそうに鳴いてからペコは自らの特等席であるマリーネの膝の上から飛び降りた。
黒くて小さな可愛いモンスターは走って行った男の子の後をゆっくりと追いかけて行った。
「私ができる事はここまでかな。無事で居てね、フィオラ……」
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《ライラス視点》
父さんは居ない、ライゼンさんは数ヶ月はまともに動くことも出来ない、母さんはルシェネの世話で助けに行きたくても行けない、フィオラも攫われた。
ギリギリ戦力になる奴なら一人いる……でもアイツはダメだ。
フー兄ことフツーウは戦闘能力は結構高いし、自分より強い奴がいると反抗せずに賢く付き従う悪知恵が効く奴だ。
それにアイツはフィオラには恩がある助ける義理は十分にある……でもダメだ。
今の村では人手が足りて無い、クロット村で魔力が使える人はわずか数人、その内二人は誘拐、一人は動けない状態だ。村を守るのも復興させるのにも人手がいる、それにフィオラが帰ってきた時にみんなが居ないとフィオラが悲しむ。
俺が頼れる人はみんな動けない、俺が動くしかない。
誰かじゃ無くて友達の俺が助けてやるんだ。
大丈夫、父さんに鍛えられた、エルトリスさんに鍛えられた、フィオラやシャルが俺が天狗になるのを止めてくれた、今まで一人じゃ無かったけど問題が起きても最後は解決できた、気合いの見せ所だ。
母さんには言うかどうか……は取り敢えず後回しだな。
それから村を出る準備の為に武器を取りに自室に戻った。
「まずは戦力だな」
人数は俺一人、金は無一文、武器は隣町の鍛冶屋のダイダロから貰った凄い短剣、杖はフィオラにプレゼントしたから持ってない。
俺はこの二年で剣術は力神流・技神流共に中級、魔術は中級までは一通り、上級が火柱一つだけ、火力としては十分だけど火は何かと使い勝手が悪いから不安要素だな。
金は……現地調達しよう、この世界の法律は……分からない、詳しい人が居たら聞いてみよう。
物価とかはこの村の知識しか無い……情報が少なすぎるな。
俺は腰に短剣を差して、自室の二階から一階に降りた。
母さんは……今はお皿を洗っている。
俺はこっそりルシェネの所に歩いて行った。
「にぃに! 遊ぼ!遊ぼ!」
俺に気付くと手を上げながら小さな体で頑張って歩いてきた、俺は目線の高さを合わせる為にその場でしゃがんだ。
俺は自分の口元に指を置いてシーっと声を落とす様に合図した。
ルシェネは今のジェスチャーで分かってくれたみたいで声を落として話し始めた。
「にぃに、遊べないの?」
「ごめんな、お兄ちゃんは少しの間、旅に出るからルシェネと会えないんだ」
「?」
それを聞いて少し首を傾げて居た、流石に少し話が難しかったみたいだ。
「ルシェネはママとパパは好きか?」
「うん、好き! お菓子と一緒!」
「あはは。そうか、お菓子と一緒か!」
「にぃに笑った!」
ルシェネの頭を撫でてからルシェネを優しく抱きしめた。
「にぃにもお菓子と一緒!」
「……ありがとなルシェネ。おかげでお兄ちゃん勇気が出たよ」
母さんの為にもルシェネの為にも父さんを助けに行こう。
「ルシェネ、お母さんも守ってくれるか?」
「……? うん、分かった??」
やっぱりちょっと早かったか、次に会う時は俺の事覚えてくれてると良いな。
俺はルシェネをタオルが床に敷かれた簡易的な布団の上に運んだ。
決心はついた、家を出よう。
俺は家の扉を開いた。
この村を出るには長い道を降りて村の中央区から東に進むと隣町だ。
復興されつつある村の景色を感傷的に浸りながら進んで行くと一匹の小さくて何でも食べて素早い黒い奴がいた……ゴキじゃない、ペコだ。
「お前とも今日でお別れだな、俺に懐いてくれないし生意気だけど結構好きだったよ」
ペコは俺の言葉を聞いてもうんともすんとも言わなかった。
言葉はある程度分かってるなら返事くらいしてくれても良いのに。
それとも今までのは俺の考え過ぎで実はアホなのかな。
ペコは無言のまま俺の足元まで歩いて擦り寄ってきた。
今までしてこなかったツンデレのデレの部分を見せてくれたのが余りに可愛くてしゃがんで頭を撫でる。
「おぉー! 最後だけは仲良くしてくれるのか! ありがとなペコ——って痛ったぁぁぁ!」
顔をすりすりしてくるのかと思ってたら力強く指をガブリと噛んできた。
そして、今まで噛んできた奴の全てが甘噛みだった事を今初めて知った、本気噛みしてきやがった。
「何すんだよペコ、小物モンスターから人喰いモンスターか吸血鬼にジョブチェンジするきか!」
俺の指から滴る様に少量の血が垂れていた、ちょっと痛いのを我慢してすぐに回復魔術をかけて傷を治す。
ペコの方を見ると口元に血がついていてそれをペロっと舐めた。いよいよ人間に牙を向く様になってしまった。
ペコの中で飼い主から餌になってしまった俺に興味を示さずにペコは村の方に歩き始めた。
良かった、餌にはならなかったみたいだ。
「おい、どこ行くんだよ。何か用があったからこっちに来たんじゃ無いのか?」
それを聞いたペコは足を止めて俺の方を向いてきた。
俺の目を少し見てからまた背中を向けて歩き始めた。
俺、これ知ってるぞ! ついて来いって奴だ!
「分かってるぞペコ! よし、どこに行きたいかは分からないけど俺が連れてってやる!」
俺はペコを抱き抱えて村に目掛けて走り始めた、ペコは最初こそちょっと暴れてたけど俺の意図を汲んでか分からないけど大人しくなった。
ペコは分からない事だらけだ。
長年冒険してた父さん達でも分からないらしいし、分かってる事は”付いてなかった”から多分メスって事。
それと俺達の会話を何処までかは分からないけどある程度までは理解している事だ、言語を理解していると言うよりは会話内容だけ理解してるっぽい、俺もよく分かってないけど。
「もしかしてそろそろ人間の言葉を話すのか? それとも人型になって美少女にでも変身するのか? 俺はどっちでも良いぞ! だってどっちも見たいシチュエーションだしな!」
そうして俺はテンションが高くて小さなモンスターに一人で話しかけながら走っている危ない人になったのだった。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
次話の投稿、楽しみにしていて下さい!!!