百十八話 フィオラの秘密
クロット村 風魔帝襲撃から一ヶ月
《ライラス目線》
夜にどれだけ悩んでも、どれだけ辛くても朝は無神経にやって来る。
朝目が覚めると毎度の如く、あの日の出来事が脳裏に過ぎる。
最強だと思っていた父が敗北し、友人が攫われ、俺の好きだった村が見るも無惨な姿に変貌したあの日の出来事が忘れられない。
そこまで考えて自分の気持ち悪さに反吐が出る。
そうか……俺は自分勝手で都合良くも”あの日”忘れたがってるのか……
自分の無力差を何か他のせいにして忘れて楽になろうとしている。
それだけはダメだ、父さんを……親友を奪われて、辛いからと言って忘れて楽になろうだなんて虫が良すぎる。
濡れたタオルで顔を拭って気持ちを切り替える、こんな顔は母さんや妹には見せられない。
木剣を握りしめて階段を降りた。
ルシェネの面倒を見ている母さんに軽く挨拶を済ませてからタオルを受け取る。
ルシェネももう二歳になって少し会話が出来るようになってきている。
「にぃに! ブンブン!」
「そうだぞーお兄ちゃんブンブンして来るぞー」
ブンブンとは俺が木剣を振っている音がブンブンなっているから剣術の鍛錬=ブンブンだ。
「母さん、行ってきます」
「はい。行ってらっしゃい、ライラス」
父さんが居なくなってから暗い雰囲気になるかとも思っていたが母さんはルシェネのお世話で忙しくて兄妹の前ではとても強い母さんのままだ。
でも……夜な夜な一人で泣いている母さんの声を聞くのはかなり心にくる。
今日も目が少し赤く腫れている。
あの日、村は殆どの民家が破壊し尽くされて荒地と化した。
俺の家も被害を受けたがかなり離れていたので家がなくなる事は無かった。
家の扉を開けると長い道のりの先に綺麗で穏やかな村が見えていたのだが、今は簡易的な民家が幾つか並んでいる程度の質素な村へと変わっている。
ただ、唯一の救いだったのは、村一つを飲み込む程の大災害だったにも関わらず、村の死亡者数は奇跡的に0人だった事だ。
怪我人は数名いたがどれも軽傷で、自然に治る傷か下級の治癒魔術で治る程度の傷。
最も被害が大きいのは右腕を切断されて重症のまま連れて行かれた父さんと誘拐されたフィオラと全治数ヶ月の怪我を負ったライゼンさんの三人だけで誰も死にはしなかった。
いつも通りの朝、いつも通りに剣を振るって濡れたタオルで体を拭く。
あの日以降、剣術の鍛錬がとても辛くなってきた。
最初は剣術への憧れで初めて、剣道とは違う楽しさに気付いて、次第に強くなっていくのが楽しくて、父さんの強さに感動して、勝ちたくてもっと強くなろうと決めた。
フィオラと友達になってからは鍛錬の時間になると毎日遊びに来るフィオラが楽しそうにしているのが好きだった。
剣術の鍛錬の時間は俺にとって父さんやフィオラとの思い出が詰まっている。
だからこそ、嫌でも思い出してしまう。
目にたまる涙を拭ってもう一度、剣を構える。
それからの練習はもう酷かった。
型も崩れて、体もフラフラになるまでストレスの捌け口と言わんばかりに剣を振った。
その姿は側から見るとかなり惨めに見えたに違い無い。
疲れ果ててその場で倒れ込んで空を仰いだ。
目を瞑ると心地の良い風の音と自分のうるさい心臓の音だけが聞こえて来る。
いつもならそろそろフィオラが遊びにくる頃合いだ。
来るはずもない足音に耳を傾けては落胆する毎日、俺はこれからどうすれば良いんだろうか。
探しに行こうにも俺はこの世界の事をまだ何も知らない、敵の場所も数も二人の生死だって分からない。
実力だって子供に毛が生えた程度だ、今までだってチンピラ程度には勝てるのかも知れないが強敵と戦った時はいつも誰かに助けられてきた。
森からネイルウルフが逃げてきた時は父さんが、隣町でフィオラと一緒に戦った大男は謎の情報屋のレイブンが助けてくれた。
思えば最初からそうだった、フィオラと初めて会った時だってトロールが襲ってきてフィオラに守ってやるって約束したのに結局俺は気絶して起きた時には全てが解決していた。
結局俺は助けて貰ってばかりで…………いや、待てよ。
トロールと戦った時、俺は一体”誰”に助けられたんだ?
あの日あの時、父さんとライゼンさんは別のモンスターと戦っていたからこの二人じゃない。
父さんが俺達を見つけた時は周囲には無傷で倒れていた俺とフィオラ、それと上半身が消し飛んでいたトロールの死体だけだった。
当時は取り敢えず問題が解決したからそこまで気にはしていなかった。
違うな、これは見苦しい言い訳だ。
俺は本当は誰が助けてくれたかは分かっているはずだ。
ただ、確証が欲しいんだ……最初からずっと俺を助けてくれていた女の子を助けに行く勇気を……最後の一押しが欲しい。
秘密を隠している女の子から目を背けて、動き出す前に先に言い訳をして、いつかふらっと帰ってくるなんて非現実的な期待に努力もせずに祈るだけ、一ヶ月も惨めに過ごしていた。
聞きに行こう、きっと俺が聞きたい事を教えてくれるはずだ。
俺はその場で立ち上がって村に続く長い長い道を駆けて行った。
ーーーー
村に入って、人が沢山住んでいる居住区では無く、商業区の先に向かった。
目的の場所に向かう途中のベンチに誰かを待っているかの様に一人と一匹が佇んでいた。
「あっ! やっと来たんだね……もう、待ちくたびれたよ」
その女性はそう言って膝に座っていたペコを降ろしてからベンチから立ち上がった。
あの時、俺を助けてくれた人物……そのフィオラを一番良く知っている人。
俺が今から会いに行こうとしていた人、フィオラのお母さんのマリーネさんだ。
「聞きたい事があります」
「はい、何でも答えますよ」
どうして俺が来る事を知っていたのか、どうして俺を待っていたのか、気になる事は沢山ある……
でも、今俺が聞きたいのは一つだけだ。
大きく深呼吸をしてからマリーネさんの目を見る。
「フィオラの秘密を教えてください」
「うん、その質問を待っていたよライラス君。ほら、立っていると疲れちゃうでしょ? 座って座って!」
俺は諭されるままにベンチに座った。
全てを見透かされている様に感じるのはこの人のオーラなのかそれとも別の……
「君が聞きたい秘密ってのはフィオラの正体……で合ってるよね?」
「はい……今まで敢えて聞かない様にしていました」
今まで幾度と無くフィオラが不思議な力を使っていた事、それを知ってしまうとフィオラとの平和な日常が無くなりそうな気がしたから。
「おとぎ話をしよっか。今からするお話は世に広まっちゃダメなお話だよ。エルフの青年に恋した天使のお話、始まり始まり。神様に仕える天使の中に一人の女の子が居ました。取り敢えず天使ちゃんとしよっか、天使ちゃんは神様のお仕事を手伝う為によく人間の世界に降りて仕事をしていました。そこでなんやかんやあってエルフの男性に恋をしました」
「その何やかんやが重要なんじゃ無いですか?」
「……コホン。天使ちゃんは両思いになり恋をしましたが、神様から特別な権能を借りている天使である以上、下界の人と結ばれる事が許されません。そこで天使ちゃんは天使の力を神様に返納して普通の人間になる事にしました、つまりつよつよな天使の力は今は使え無いのです」
一応、おとぎ話の程で話しているのにちょっと自慢げなのがフィオラのお母さんだなとしみじみ思う。
「そして天使ちゃんはお腹にいる子供とエルフの青年と過ごす為に優しい人達のいる村で過ごそうと決めました。しかし、ここで重要な問題が一つありました。生まれてきた子には天使ちゃんの力が宿ってしまったのです。天使の力はその小さな身体ではコントロールが出来ず、しかもその力が知られてしまうとその子に危険が及んでしまいます。なので二人で話し合ってその子の力を封印する事にしました。そして安全に暮らしました、めでたしめでたし」
「その子が今まで天使の力を使った事はありますか?」
「時折……感情が昂ると無意識にほんの少しだけ天使の力が溢れ出ちゃう事はあったの。無意識だからその力は微々たる物だけど魔術の威力が暴走しちゃうぐらいには強大だった。だから初級の魔術でも暴走して危険が及ぶから魔術は教えない様にしていたの」
それだけ言って俺の方を横目でチラチラ見てきた。
非常に気まずい……目が怖い。
その目だけ笑っていない顔本当に怖い……何だかフィオラに怒られてるみたいな気分になる。
「お、おとぎ話ですよね……」
「おとぎ話ですよ……」
「本当にごめんなさい」
「おとぎ話ですよ?」
マリーネさんはうふふと和かに笑って冗談ですと言って居たけどやっぱり半分は本気で怒ってそうだ。
「その子も天使の力の事は理解して居ましたから、男の子に虐められたとしても決して自分からその強大な力を使う事はありませんでした。ですが……今までに2度、その力を自ら封印を破って使った事がありました、ライラス君なら知っているんじゃないかな?」
それが俺が一番聞きたかった答えの筈だ……
「俺とフィオラが初めて会った日ですか?」
「正解正解! 私もライゼンから聞いた時は驚いたよ、自分が虐められても決して使わなかったあの子が初めて力を使ったんだから。人助けの為、それも男の子の為に使ったって聞いたら興味も湧くよね!」
あの時、俺はトロールに殴られて大怪我を負って居た筈だ。
それに俺のどんな魔術を組み合わせて使っても致命的なダメージは与えれなかった、をのトロールを倒したとなるとその力はどれ程強大なのだろうか。
「そしてもう一つは今から一ヶ月前の出来事。そう、君と協力して村のみんなを守ってくれた時だね」
「あれはマリーネさんが何か手助けしてくれたんじゃ無いんですか?」
「ううん、今の私にそんな大それた力は残ってないよ、だって普通の人間だからね。あの時は私が封印を緩めたに過ぎないよ、あの力はフィオラ本来の力の一端だね」
ごくりと生唾を飲み込む、フィオラの魔術は異常なまでに強力だ。
あれで一端……もしもフィオラが悪の道に染まったら一つの街でも国でも滅茶苦茶にだって出来るだろう。
そしてそのフィオラが今は魔王の手中にある……早く助け出さないと。
「マリーネさんに聞くのはおかしいのは分かってます。でも……フィオラは無事だと思いますか?」
「私とフィオラには封印した時の魔力のパスが残っています……大丈夫ですよ、フィオラは今も無事です」
「本当ですか!?」
「あぁ! やっと嬉しそうな顔になったね。殺す目的なら連れて行かずにその場で殺してる筈だよ。それにあの子は強くて賢くて勇気があるから今は大丈夫。でも、その孤独を耐えるのもどれぐらいもつか分からないかな」
「ありがとうございました、マリーネさん。最後の勇気が貰えました……」
「私の愛娘を頼んだよ、ライラス君」
「はい、任せてください! 父さんもフィオラも俺が連れて帰ります!」
俺は走ってその場を後にした。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
次話の投稿、楽しみにしていて下さい!!!