百十六話 聖女セレスティア
「初めまして......この国を統治している聖女、セレスティアです」
カフェで出会った友達は人形と見間違う程に綺麗で冷たく豹変していた。
この人は間違いなく私達の友人のティアだ。
なのに初めましてと言った……それは聖女として会うのが初めてだからなのかそれとも私達と会っていた事を隠す為なのか。
今は従者のヒシアさんが居るから表立って聞かないようにしようか。
私は困惑している二人に軽く合図を送ってから聖女様の少し前まで近付いた。
「初めまして聖女様。謁見できた事、誠に感謝致します」
サンセリティア教の胸に手を当てて会釈をした。
正し、普通の会釈じゃなくて頭を上げた時にちょこっと遊び心を込めてウインクをした。
冷たい聖女様の顔が一瞬だけ笑顔が灯った気がした。
「その様に畏まらなくても問題ありません。かの有名な剣豪エルトリス様が本日はどのような用件でしょうか?」
あれ……手紙は確か聖女様からだったはずなんだけど。
聖女様が手紙を送ってから私が受け取って、サンセリティアに到着した時には二年近くは立っているはずだから忘れているのかな。
それとも手紙が偽物だったとか……いや、その国の最高権力者を偽る程馬鹿な人は流石にいないか。
「こちらの信書を拝見した為、サンセリティアに伺った次第です」
私は手紙を取り出してサンセリティアの印の入った表紙を聖女様に見せた。
それを見て数秒の間、考える素振りをして言葉を発した。
「それは確かに私が送った手紙です。 ヒシア、少しの間席を外してくれますね」
「しかし聖女様――」
「ありがとうございますヒシア、私の身を案じてくれているのですね。ですが何も問題はありません、私を信じてください」
「畏まりました、聖女様」
そこまで言われるとヒシアさんも引かざるを得なかったらしく部屋の外に移動してくれた。
ヒシアさんが止める理由も分かる。
いくら有名とは言っても剣を振るしか脳の無い荒くれ者の冒険者がいきなり現れては従者なら警戒して当然だろう。
「立ち話もなんですから、こちらの部屋で話しましょうか」
大聖堂の最奥の扉に案内された私達は聖女様の後ろを追いかけるように部屋に入って行った。
その部屋には丸いテーブルと椅子が四つ置かれていて壁には大聖堂の天井に描かれていた物と同じ天使と勇者の姿が描かれていた。
促されるまま三人で椅子に座ったその時。
「権限せよ【聖界杖セレス=マキナ】」
聖女様が右腕を頭より少し上に掲げた瞬間、その手には先程まで存在していなかったはずの両手杖を持っていた。
シャルとミナの二人が事態に気付いてから行動に移すよりも早くに聖女様が腕を下ろして杖の先端を地面に当てた。
どこからともなく聞こえる鐘の音と共に部屋中全体が青と白の魔法陣によって包み込まれた。
「はいはい、二人とも落ち着いて」
「あら、エルトリスさんは驚かないんですね」
「こういうのには慣れっこだからね」
完全に警戒態勢に入って椅子から立ち上がり武器を握っているシャルとミナを手で制した。
行動自体は怪しいけど、ここまで殺意どころか敵意も向けられないと逆に警戒するのも難しい。
「それとも私も剣を向ければよかったかな」
そう言って腰に帯刀している刀を軽くコツンと手で叩いてみた。
「流石に怖いのでやめてくれると助かります」
聖女様は杖を手放して胸に手を当てて深呼吸をしていた。
緊張を和らげる為だろう。
杖は聖女様が手放した途端に最初から存在していなかったかの様に消えて行った。
かなり緊張していたらしく表情も私達の知っているティアに戻っていた。
状況説明はこれからしてくれるとしてまずは子供達を落ち着かせないと。
「理由はあるんだろうけど流石に急にこんなことされると二人がビックリしちゃうから今度からは気を付けてね。はい、二人は力を抜いて椅子に座りなおそっか」
「……分かりました」「……了解」
武器を持つ手を緩めてから急に立ち上がってせいで倒れた椅子を元の場所に戻して座りなおした。
まだ少し警戒心が残っているみたいだけどそもそも武器に手を付けたけど普段なら躊躇せずに斬りかかっていたから相手がティアって事もあって戸惑っていたから武器を抜くまでは行かなかったんだろう。
「驚かせてしまってすみません。エルトリスさん、シャルさん、ミナさん」
「今は聖女様じゃなくてティアって事で良いかな?」
「はい! 皆さんの知っているティアです! まぁ、聖女でもあるんですけど」
そう告げた女性は冷たい表情の聖女様では無く私達と仲良くカフェで紅茶を嗜んでいた可愛らしいティアに戻っていた。
大体は理解してきたけどシャルとミナはまだ理解が追い付いていなくてポカンとしている。
「今は見えなくなったけど魔法陣はどういう効果なの?」
「あれは外界と遮断する魔法陣ですね。外からは扉も開けられないし音も漏れなくなります」
やっぱり他の人には聞かれたら良くない話だったのか。
今まで生きて来て聞いた事のない力だからもしかしたら魔術じゃ無くてさっきの杖の能力なのかな……だとしたら私の軍霊刀と同じ【魔装神具】か。
能力は外部と遮断するだけじゃ無いだろうし【魔装神具】はどれだけ調べても分からない事だらけだからなぁ。
パッと見て分かる【聖界杖】の能力は魔術の様に何処からとも無く現れた事と不思議な力で部屋の中と外を遮断する事ぐらいか。
何処からでも取り出せるの便利すぎない? 私のホムラも欲しいんだけど。
「でもどうして外部と遮断したんですか? ヒシアさんなら先程大聖堂の外に出たので聞こえないと思いますよ」
「シャル、こういう内緒話はこっそりと誰かから聞かれる物だよ、特に聖女様みたいな身分の高い人はね」
「聖女とはこの国全ての権限を持ち、民から信頼され、感情を持ち合わせては行けません。ですから正体を隠してカフェでお茶を楽しむのもこうしてみんなでお話をするのも細心の注意が必要なんです」
どの国でも身分の高い人間は多かれ少なかれ苦労する。
しかし、それを見た一般市民は楽そうで良いと言う……それは間違いだ。
聖女には聖女の、国民には国民の大変さがある。
「それなのにカフェでは私達に話しかけてきたんだね」
口元がニヤけているのを自覚しながらクスクスとからかってみた、それは他人を馬鹿にした物では無くて友達を笑顔にする為のちょっとしたお遊びだ。
「そ、それは……三人がとてもキラキラしていつも楽しそうにお話ししていて……私もお友達になりたかったからで……それにあのカフェにも認識阻害の魔法陣を使っていたので他の人に見られる心配もありませんでしたし!」
「ごめんごめんちょっと意地悪だったね。私もティアと友達になれて嬉しいよ、二人もそうだよね」
「はい! 勿論です!」「僕も……」
「ありがとうございます! とても嬉しいです!」
ティアの笑顔はとても眩しくて綺麗だった。
だからこそ、そのティアが聖女という難しくて非人間的な立場に居るのが腹が立つ。
でも……きっとこれは私のエゴだ、何故ならティアは自分で聖女になる道を選んだのだろうから。
「コホン。そろそろ本題に入りましょうか、まず一番大事な事を先に一つ。エルトリスさんが受け取った手紙、あれを書いたのは私ではありません」
「え、そうなの!? 私、サンセリティアの印が描かれてたから聖女様が書いた物だと思ってきたのに」
そう言って手紙をみんなに見える様に机の上に取り出した。
貴族や王族なんかの身分の高い人が書く手紙には魔術的な封がしてあってその時に自分の所属や家柄に沿った印が描かれる。
そして届いた手紙には私が知っている限り、サンセリティアの身分の高い人間の印だ。
それはこの国の最高権力者である人物、即ち聖女様が描いた物だと思っていたんだけど……まさかの勘違いかな。
「ですが、あの手紙に施されていた印は聖女にしか描けない印なんです」
「え、それって変じゃないですか? ティアさんが書いていないけどティアさんにしか描けないなんて」
「シャルリア、ちょっと勘違いしてるよ。ティアさんにしか描けないんじゃなくて聖女にしか描けないんだ、だから他にも聖女はいるんじゃないかな」
「はい、ミナさんの言う通りです……ですが現役の聖女は私一人しかいません」
「その言い方だとティアには該当する人物がいるように聞こえるけど?」
「はい……私がただの修道女だった頃に聖女を努めていた私の先輩だと思います。でも、いったいどうして……」
ティアの先輩が私に手紙を出した、そしてその手紙にはティアに会うように書かれていた。
いったい何が目的なんだろう。
行けば分かるとも書かれていたけどティアは何の事か分からない見たいだし。
「先代の聖女様は引退したのでは無く失踪したとヒシアから聞きました。そして、先代の直属の弟子でもあって後輩の私が新たな聖女となりました」
世界で一番大きな宗教だけあって噂なんかは嫌でも耳に入る。
それでも聖女様が代替わりしたなんて話は聞いた事が無かった、聖女様は人の前に顔を出していなかったのだろうか。
「先輩はとても賢い人で常に先を見据えている人でした……失踪した事もこの手紙を出した理由もきっと何か考えがあっての事だと思います」
そう言ってティアが手紙を手に取ると突如ティアが使っていた聖界杖が現れた。
「あれ!? どうしていきなり!? 私、権限させていませんよ!?」
ティアがその場で立ち上がって大慌てで杖を手に取るか元に戻すかを考えているがパニックになっていて落ち着きが無かった。
杖は不思議とティアが触れていなくても宙にふわふわと浮いていた。
違和感が少しあったけど魔術師が使う魔術とかも宙に浮いているから何とも言えないか。
「おかしいです! 制御が効きません、私の杖なのに……」
ティアが泣きそうな声で杖を見つめていた。
「よしよしティアも一旦落ち着こうか」
「で、ですが——」
ティアの話を遮る様に宙に浮いていた杖がたちまち光を放ち始めた。
その異様な光景に私含めて全員が杖の方を向いていた。
「これ……流石に自爆とかしない……よね?」
「実は……機能としては一応あるんですよね……自爆……」
それだけ聞いてその場にいる全員がゴクリと生唾を飲み込んだ。
私は冷静に扉のある所まで歩いてドアノブに手を掛ける。
最初にティアが使った能力は外から開けれ無くて音も漏れないとだけ言っていたから中からは開けれるはず……はず……
「どうしたんですか師匠……」
「扉が開かないんだけど……」
「そんなはずがありません、私が使った魔法陣は中からは開けれるはず……はず……」
ティアが数回ほどドアノブをガチャガチャしてから全員が一瞬静かになった。
「ねぇ、何だか杖もっと光ってない?」
みんなが色々パニックになっている時に一人冷静に話し始めた人がいた、ミナだ。
言われた通りに杖を見ると光量が増していた、いよいよ持って何かありそうだ。
私はゆっくりと杖に歩み寄った。
「師匠! 危ないですよ!」
「何だかよく分かんないけど大丈夫な気がする……任せてよ」
そのまま杖に手を触れてみる。
杖に触れた刹那、突如光が私を包み込んだ。
私ははゆっくりと意識が遠のいていった。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
次話の投稿、楽しみにしていて下さい!!!