百十四話 友人と友人の知人
カフェに入るととても上品で優雅に紅茶を嗜んでいる綺麗な茶髪の女性が座っていた。
目が合うと手を可愛くフリフリと振ってくる彼女の名前はティア、この国に来てから最初に仲良くなった友人だ。
ティアは白色が好きらしく白基調の服が多く、今日着ているのは襟のリボンがチャームポイントの白いボウタイブラウスとそれを一際目立たせている黒のズボンだ。
私も手を小さく振って三人でティアの座っているテーブル席に向かう。
「お久しぶりですエルトリスさん、シャルさん、ミナさん」
「三日ぶりだねティア」
「こんにちはティアさん」
「ティアさんは相変わらず美味しそうに食べてるね」
挨拶しながらティアが椅子に座る様にジェスチャーをしてくれた。
立ち話もなんだから、と言いたげだ。
ありがたく予め用意されていた三つの椅子に腰かけた。
「今日は私のわがままを聞いてくれてありがとうございます。三日しか経っていないですけど凄く楽しみでした」
「いいよいいよ感謝したいのは私達の方だし」
「そうですよ、それにここ三日は依頼で忙しくてあまりのんびり休む時間が無かったですから」
「特に今日の午前中の熊が大変だったかな」
ここ最近モンスターが活発化しているらしく、緊急の討伐依頼が増えている。
緊急だけあって報酬も上がっているからこの前の大量の報酬に甘えずに仕事を沢山した訳だ。
モンスターが大量に表れると仕事や稼ぎが増えるけどその分死人や負傷者が出るから素直に喜べないのがこの仕事の辛い所だ。
「今日はどのようなお仕事だったんですか、良ければ聞かせてください!」
このカフェに集まって話す内容は主に私達の冒険話だ。
あれを倒した、あそこに行った、あんな物を食べた。そういう話にティアは興味津々で聞いてくるからこっちも楽しくて話している。
「今日はねぇ、腕がこーんなに大きな熊と戦って来たよ!」
「まぁ! 本当ですか!? それだけ大きな熊さんをどうやって倒したんですか?」
「それはね……」
それから色々な話を広げては四人でこの時間を普通の女の子の様に楽しんだ。
この時間だけはお互いに辛い事や嫌な事を忘れれる様な気がしたからだ。
集まった時間がいつもより遅かったのもあってか辺りは少し日が落ちて来ていた。
「そろそろお開きにしましょうか」
「そうだね、時間も時間だしそろそろ解散かな」
カップに残った紅茶を飲み干して全員でお店を後にした。
「今日は本当にありがとうございました。皆さんと会えたお陰でとても有意義な一時でした」
「私達も楽しかったよ、ありがとねティア。……確かティアも明日から忙しいんだよね」
「そうですね……でもまた必ず会えますよ。だからさよならは無しです!」
明日、聖女様に会ってからは忙しくなる。
内容はまだ知らされていないけど聖女様からの直接の依頼を受けたり、六魔帝の情報収集にシャルを1人でも生きていけるように育て上げてミナの妹も探さないといけない……その為にこの一週間でお金も溜めた。
「じゃあ、またねティア」
「はい、また近い内に」
そうして三人と一人は別の道に向けて足を運んだ。
ーーーー
解散してからは宿に戻って子供二人が就寝した後、エルトリスはフードで顔を隠し、目立つ愛刀と安い剣を置いたまま歩き方を変えて一人、夜の街に溶け込んだ。
足音を殺して明確な目的を持った足取りで一つの路地に忍び込む、目的はとある情報屋、カルガーと冒険していた時代に知り合った知人のアジトだ。
アジトは一見すると普通の家で場所を知っていないと情報屋のアジトだとは思えない外見だ。
情報屋と面会するには特有の合言葉や仕草があってそれに失敗すると攻撃されたり逃げられたりと敵だと認識されてしまう。
カルガーの場合は合言葉を言わないとドアを開けた時点で矢や剣や斧なんかが飛んで来たり殺傷能力の高い罠が襲って来るパターンだった、勿論会うたびに堂々と突破してから入る。
ここの情報屋はカルガーと違って失敗した場合は直ぐに逃げる、カルガーに教えて貰っていた仕草は三回ノックにドアノッカーを二回叩くだったはずだ。
少しするとドアの隙間が少し開いた。
「誰の紹介だ……」
ジメットした低くて暗い声が聞こえてくる。
情報屋が自ら名乗る事は殆どなく、仲間内や仕事相手から紹介されるのが一般的からこの返事も試されている事になる。
「カルガーの紹介」
それだけ言うと少し開いていたドアがパタンと閉まった。
あれ、どこか間違えたっけと思っていると……
「入りな、アイツの紹介なら話ぐらいは聞いてやる」
「ありがと」
重く違和感のあるドアをゆっくりと開ける。
アジトの中は家とは思えない程、家具や荷物が少なく灯りになる物も無かった。
ここは罠や依頼人を確認する為の部屋で普段から使っていない証拠だろう。
知り合ったのは酒場でアジトには来た事が無かった、カルガー以外の情報屋のアジトには入った事無かったから少し興味を持ちつつ辺りを見回しながら男の後ろを追いかけるように奥の部屋に入っていく。
奥の部屋に進むにつれて灯りで照らされて周囲の物が鮮明に見えるようになった。
さっきの部屋とは違って生活感のある一室で綺麗とは呼べそうにない部屋だ。
子の汚さはカルガーの家と一緒でちょっと懐かしさすら覚える程だ。
「座りな」
近くにあった小さくて背もたれの無い椅子に指を差された。
フードを外しながら椅子に座った。
「こんな時間に誰かと思えば……カルガーは元気か?最近連絡も寄こさねぇんだわ」
「カルガーなら殺されたよ……」
「…………そうか。案外嫌いな奴じゃ無かったんだけどな」
今でもあの日が夢に出てくる。
シャミルが謎の力を使って街の住民を洗脳して操って奇襲を仕掛けて来た。
カルガーも例外じゃなくて操られる前に自爆した。
後から聞いた話では街を遠目で見ていた人曰く、黒い禍々しい瘴気が街中を覆っていたらしく、住人たちはお互いを攻撃し合っていて全滅。
その異様な光景から噂は瞬く間に広がっていた。
私達が操られていなかった理由は未だに分かっていない。
「今回来たのはそれ関係なのか?」
「ううん、今回は別件だね。『ジャックケイル』の情報が知りたいんだ、出来れば詳しく居場所まで」
「それなりに大きな組織だ……いくら払う?」
そう言われて手に持っていた硬貨を一枚投げる。
情報屋の男は硬貨を片手で受け取る。
「銀貨一枚程度じゃ話に――へぇ、流石はカルガーの友人だな。話が早い」
投げた硬貨はセシリア金貨、これ一枚あれば数週間は働かずに遊んで暮らせる。
投げたのはお釣りが要らない事の証だ。
金額に満足いったらしく金貨を懐にしまった。
「何が知りたい?」
「組織の強い奴とおおよその人数、それと居場所が分かれば完璧かな」
「それを全部話すのは危ない橋だが金額が金額だ。強いとされる奴は全部で四人、ボスと呼ばれている奴はかなりの大男で組織をまとめてるだけ合ってかなりの強者らしい。もう一人は次席で他の面々からはクーテと呼ばれている正体の分からない奴がいる、常に黒いフードを身にまとっていて顔も性別も分からない不気味な奴だ、分かっているのは体の小ささとボスのお気に入りって事ぐらいだな」
次席……この前倒したジャックケイルの赤髪の――えっとアイツが確かミナの妹に次席の座を奪われたって言ってた、それに身長が小さいって事は多分子供だ、クーテって子がミナの妹で間違いなさそうだ。
「三人目はボスの息子で色々な所で暴れ回っているから情報が多い、年齢は二十前後で気に入らない奴はどんどん殺している厄介者だ、組織内でもかなり嫌われていて内部からの情報が良く聞こえてくるような奴だ、戦闘力はボスが鍛えたらしいが怠け者って噂が有るから強さの真偽は不明だ」
大きな組織だけど警戒するべきなのはボスとミナの妹のクーテちゃんだけか。
ミナもかなり強い方ではあるけどそのミナが霞んで見える程強いなら相当な手練れだ。
「最後の一人はクーテって奴に次席の座を奪われたレオって赤髪の男で特殊な武器とある程度の魔術が使えるらしくてかなり強いらし――」
「そうだ! レオだ。名前一回しか聞かなかったから忘れてたよ」
「なんだ?ソイツとは面識があるのか?」
「え、うん。この前殺したよ」
「あ、あぁ……そうか。情報提供感謝する」
レオって魔術使えたんだ……使う前に殺したから知らなかった。
シャルが苦戦するぐらいの実力なら他の三人も警戒しないといけないな。
「奴らは街を転々としてるから今の正確な場所は知らないが一カ月前にここからかなり遠いガナウト領のイコザ村でボスの目撃情報があったはずだ」
ガナウト領ならここからかなり西に行かないといけない……
かなり遠いけど当面の目標になりそうだ、ミナとクーテちゃんを再開させる為にも出来るだけ早く向かおう。
「俺が知ってるのはこれぐらいだな、満足したか?」
「ありがと、金額に見合った情報だったよ」
「また何かあったら頼りな……カルガーの事は残念だったな」
「……うん、そうだね」
こうしてエルトリスは情報屋の男のアジトから街の闇の中に溶け込んだ。
向かう先は可愛い弟子と可愛い友人が泊っている宿屋だ。
二人の事を考えると不思議と足取りは軽かった。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
次話の投稿、楽しみにしていて下さい!!!