百六話 vs未知の化け物
《エルトリス視点》
「待っててね二人とも、私がすぐに助けるから」
そう言いながら垂れる冷や汗を拭って生唾を飲み込んだ。
突如正体を表したモンスターに二人が拘束された。
空中では踏み込むこともできないので二人が自力で脱出するのは不可能、かと言ってこのモンスターも素直に助けに行かせてくれそうにも無い。
私は剣術が出来るだけの一般人、魔力で身体能力を上げて加速もできないので助けるのと倒すの両方は選べない。
そしてこの敵は今まで沢山旅をしてきても見た事も聞いた事も無い、ランクは推定で少なく見積ってB以上。
魔力の無い私が勝てるかどうか怪しいラインだ。
倒せる保証も助ける保証も無い。
ここでの失敗は許されない。
さぁて、どうしようか。
「師匠! 私の事は良いので先にミナ君を!」
「僕の事は気にするな……クソ! コイツ全然解けない!」
私は軍霊刀を握りしめ、踏み込んで目標に走る。
目標は本体の化け物……ではなく拘束されている二人の子供達だ。
シャルとミナを掴んでいる根の先端は細くウネウネと動いている為、狙いが定めにくい。
かと言って根本の部分はあまり動いていない分、太くて刃が通るかも分からない。
出し惜しみは出来るだけしない方向で……
後ろから襲ってくる本体の根に対して腰に帯刀している小さなダガーを幾つか取り出して走りながら投げつける。
やっぱり刺さってはくれないけど、小さなダガーでも多少は痛かったのか攻撃の手が少し緩んだ。
一番近くに居たミナの根元まで勢いを殺さずに走ってそのまま腕に力を込める。
目を閉じて一呼吸。
力神流 武人の型 超級
「【紫電一閃】!」
硬度を無視した完璧なまでの超越した一撃。
極度の集中状態から出せる技、魔力も無しに紫色の雷を放ち切断面はとても綺麗に滑り落ちる。
根が本体から切断されて拘束されていたミナが上から落ちてくる、受け止めようとしたけど器用にも空中で姿勢を正して身軽に着地した。
「ありがと、助かった。早くアイツを助けよう」
「私が根を斬り落とすからシャルを頼むよ」
「たぶん大丈夫、任せろ」
シャルを吊るしている根以外は全部私達を狙ってきているせいでかなりの数が襲ってくる。
紫電一閃は極度の集中状態でないと使えない技だ、有象無象の根に使える程気軽な技じゃない。
ミナが二本のダガーを抜刀し、小さな体を駆使して前傾姿勢で走り出す。
根の隙間を潜り抜けようとするが流石に数が多くて足止めされている。
「ダメだ、斬っても斬っても小さな傷なら直ぐに再生されるから通り抜けれない!」
ミナが高速で根元の同じ場所を斬りつけていても傷はすぐに回復してしまいキリがない。
根元は普通の技では多分斬れないけど真ん中から先端周辺なら普通の技でも斬れるはずだ。
私は走りながら愛刀であるホムラを納刀して二本のダガーを抜刀すて根に囲まれる様に立ち回る。
すぐに根が標的を私に絞って取り囲んで来る。
タイミングを見計らってバラバラのタイミングで攻撃を仕掛けてくる。
四方八方から十二本の根が猛攻を仕掛けてくるのをギリギリの所で全て交わす。
交わしても交わしても次の攻撃が襲ってくる、数秒間攻撃を防がずに避けるのはかなりキツい。
この技はあんまり好きじゃないんだけど……今はつべこべ言ってられない。
敵の攻撃のタイミングが合わさって周囲にある十二本の根が一瞬だけ止まった。
「やっと隙が見えたよ」
技神流 天人の型 上級
「【水面流歩】」
猛攻を寸前で幾度も回避する事によって見つけた最善手を流るように的確に斬りつける。
二本のダガーが無駄の無い動きで滑らかに無数の根を斬りつける。
斬られて十二本の根は少し経った後に根の中腹辺りからずるりと滑り落ちた。
「す、すげぇ」
「驚いて無いで足を動かして!」
「わ、分かってるよ!」
無数の根が斬られて影響で本体の花がかなり激昂している。
シャルを掴んでいる根とそれを守る根に目掛けてミナが突っ込む。
周囲を囲まれたら小柄で素早いミナの機動力が落ちるがそうじゃ無い場所はミナが優勢に見える。
襲ってくる根の攻撃を避けたり流したり飛び乗ったりと同じダガーの二刀流でもこうまで戦い方が違うものなのか。
ミナの死角を守る為に後ろを追いかける。
「あと少し……クソっ! またか!」
ミナがシャルに手を伸ばしてあと少しの所で地面からまた無数の根が現れた。
どうしてもシャルを返したく無いみたいだ。
基本的に知能の持たないモンスターが人を捕らえる目的は殺されない為の防衛本能、それか獲物を逃げられない様にする為のどちらかだ。
花のモンスターは人を食べるのか……いや、それなら一番近くに居た私を襲うはずだ。
シャルを狙った条件はなんだ……倒せそうな奴を狙う程知能は無い様に見えるし子供の方が美味しいとか敵意を出している奴を食べたがらないとかか。
いや違う、どれも違う。
思い出せば簡単な話だ、魔力濃度が高く無いと咲かないリカルロ花、同じ条件でしか巨大化しないスライムの大量発生、全てあの花の化け物が原因ならアイツはどうやって魔力を蓄えている。
仮に自分の周囲に魔力を垂れ流してそこで育ったリカルロ花を食べて育ったスライムをあの化け物が食べていると考えれば
辻褄がかなり合う。
つまりシャルを狙うのはシャル本人よりもシャルが持つ魔力が狙いだ。
シャルに魔力を使わないように早く教えないとシャルが食われるーー
「こうなったら強引にでも抜け出します」
逆さ釣りにされているシャルが我慢の限界が来たのか大量の魔力を使って身体能力を強化した。
シャルの周囲に魔力のオーラが現れた。
「シャル魔力を使ったらダメだ!」
「え? どうしてーーきゃあ!」
シャルが魔力で身体能力を大幅に強化した直後にさっきまで吊るしていただけのシャルを本体まで運び始めた。
餌だったシャルがより急激に魔力を有したから直ぐに食べるつもりだ。
私は本体目掛けて全速力で走る、お願いだ間に合ってくれ。
横目でミナを見ると数匹の根に囲まれていてシャルを助けれそうに無い。
ここは私しか動けない。
本体に駆けつけ様とすると私の前にも地面から大量の根が現れて道を塞ぐ。
「凄く邪魔」
ダガーを仕舞って直ぐに軍霊刀に手をかけて全て一度の攻撃で斬り伏せる。
周囲全ての根を斬った後に刀の軌跡を描くように紫色の雷が迸る。
シャルが化け物の上空まで運ばれた。
まずい、シャルが化け物に喰われる。
時間が止まっていると錯覚する程時間がゆっくりに感じる。
花の化け物がシャルを拘束していた根を解くとそのまま化け物の口に落下していく。
「師匠っ!」
「シャルっ!」
互いに手を伸ばすが、届かない。
そのままシャルが化け物の口の中に落ちていった。
すぐさま本体を何度も攻撃する。
紫色の雷が迸る、しかし本体の治癒能力が高すぎて切断した部分が回復される。
魔力による回復では無く生命として備わっている治癒力の為、ホムラでも直ぐに対処が出来ない。
そして、私の攻撃が終わると同時に根の攻撃が何度も襲ってきた。
全身に激痛が走り後方に弾き飛ばされる。
地面に打ち付けられる。
痛い。シャルが危ない。シャルが死ぬ。大丈夫、まだ助かる。いや、手遅れだ。また、助けれないのか。体が痛い。シャルが死ぬ。力が足りない。私はまた弟子を見捨てるのか。辛い。痛い……痛い……痛い。
でも……でも……シャルの今味わってる辛さはこんなものじゃ無い。
フラフラの足に力を入れて立ち上がる。
「ホムラ……久しぶりに腹一杯喰わせてあげる」
突如ホムラから発生した焔色の魔力がエルトリスを包み込む。
ホムラが放つ焔色の魔力は底を知らない、私から吸えるだけ嫉妬心を吸い上げる。
それと同時にエルトリスの様子が変わる。
虚ろな目に不気味な笑顔。
傍から見るととても不気味なオーラが漂っていてミナもそれを見て唖然としている。
そんな目で見るなんて酷いなミナは。
嫉妬心という感情を吸われているのに気力や闘争心は減るどころか増える一方だか、ホムラですらエルトリスの無尽蔵に増える嫉妬心を無にすることは出来ない。
「絶技……【滅尽艶羨】」
力無き声で呟いた。
絶技、それはその道を極めた者が後に辿り着く終着点。
魔力でも無く、技術でも無く、ただの力でも無い。
この力はただ、理不尽な世界に抗う唯一無二の絶対的な力。
【軍霊刀 ホムラ】の刀身が禍々しくも焔色で美しい妖艶の魔力が夥しく漂う。
理不尽な世界全てを滅する最悪の御業。
この技を使うと自分が自分で無くなる気がする。
これは互いの生命を奪い合う技。
どちらかの生命が耐えるまでホムラは生命をも吸い尽くす。
ホムラを振りかざそうとした次の瞬間。
花の化け物から……いや、花の化け物の体の中から金色の魔力が輝いた次の瞬間、化け物の体が内側からズタズタに切り裂かれた後、最後の一撃でぶち破った。
化け物から緑色の血と紫色の体液が垂れ流され、化け物が絶叫した後に動かなくなった。
「はぁ……はぁ……師匠、その力はぜったい使っちゃ駄目です。私は……大丈夫ですから……」
「シャル……」
シャルは服こそモンスターの体液で溶かされて所々裸が露出していたものの、幸い皮膚などは殆どダメージを受けていなかった。
普段から装備を多めに着させていて良かった。
私はシャルの元まで駆け付けて抱き寄せた。
「シャル本当に良かった……本当に良かったよ……」
「心配してくれてありがとうございます、師匠。それとは別に師匠はもう少し弟子を信用してください……私は師匠の弟子なんですから強いんですよ」
「うんうん……よかった……死んじゃったらどうしようって……」
「師匠、泣かないでくださいよ……師匠、師匠」
「うぅ……うっ……」
弟子の前で……子供達2人の前で私は少しの間、みっともなく泣いた。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
次話の投稿、楽しみにしていて下さい!!!