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 夏休みが始まって、二週間ほど過ぎたある日。

 アベラルドは、乱雑な荷物の中から、奇妙な形のものを取り出し、マックスとディーノに見せた。

「君らの世代はもう、こういうのを見たこともないやろなあ」

「おっちゃん、何やのコレ」

 マックスはアベラルドの手にあるそれを取り、ディーノと頭を寄せ合い、ためつすがめつ観察した。

 その物体はY字型をしており、二股の先端にゴムひもが張られていた。ゴムひもの中心には、茶色い合皮の生地が据えつけられている。

 ゴムひもの弾力は強いが、子どもでも簡単に引っ張れる柔軟性があった。

 ディーノもマックスも、初めて見る品物である。

「これはな、“パチンコ”いうやつや。本当は“スリングショット”て名前があってな。これは子ども用の昔のおもちゃやけども」

 アベラルドは、マックスからスリングショットを返してもらうと、足元の砂利の中から、栗ほどの大きさの石を拾った。

「もっともっと昔の時代は、狩りや戦争で武器として使われてたんやで」

 アベラルドは説明しながら、石を合皮生地に載せ、包むようにつまんだ。柄を持つ左腕をまっすぐ伸ばしつつ、右手でゴムひもを引く。

 Y字の先端がしなる。アベラルドがゴムを離した瞬間、石がひゅっと風を切って射出された。

 石の弾丸は、三メートルほど離れた煮炊きかまどの縁に命中した。その衝撃で、かまどの一部が崩れてしまった。

 スリングショットの威力を目の当たりにした少年たちは、そろって歓声を上げる。

「うわ、すごいな! ピストルみたいや!」

 マックスが両目を見開き、アベラルドは頷く。

「そうや。おもちゃ言うても、これだけ威力がある。遊び半分で他人様ひとさまや生き物に向けたら、絶対にあかん。物壊してもあかん」

 たしかに、あれだけのスピードで飛んでくる石に当たれば、確実に怪我をするだろう。打ち所によっては重傷を負いかねない。

「ほな、どうやって遊ぶんや」

「缶とか板で的こしらえんねん。おっちゃんが君らくらいの年頃に、たまにこれで遊んでたわ。よう当てられへんかったけどな。旅先の土産物屋でたまたま見つけて、懐かしゅうなって、つい買ってもうた。ちょっと待っとき」


 アベラルドは小屋に入ると、ほどなく縦長の板切れを持って出てきた。それを、五、六メートル程度離れたところにある、二つの岩の上に渡す。

 板の上に、空いた果物くだものの缶やジュースの容器を三つ置いて、簡易標的の完成だ。

「やってみるか?」

 アベラルドがスリングショットを差し出す。マックスが電光石火でもぎ取ったので、ディーノの順番は自動的に後になった。

「ええか、玉は利き手で持つんや。合皮のコレはパウチいうんやけどな、ここに弾を載せる。こんくらいの小石でええやろ。構えたときに気ィつけなあかんのは位置や。顔より上に構えたらあかん。返ってくるゴムが当たって危ないからな」

 マックスは相槌を打ちながら、熱心に説明を聞いている。ディーノも横で、頷きつつ耳を傾けた。

「柄は、縦やのうて横に水平に構える。腕上げすぎたらあかんで」

 アベラルドはマックスの背後に立ち、手を添えて腕の位置を調整する。

「ここでええ。ぐっと引いて撃ってみ」

「よっしゃ、一発で当てたるで!」

 意気込んだマックスは、教えられたとおりにスリングショットを持ち、思いきりゴムを引いてパウチを離した。

 放たれた小石は、向かって左側の缶に当たったが、かすっただけで撃ち落とすには至らなかった。 

「あーっ! くっそ、もう一回!」

 マックスは舌打ちして小石を拾い、パウチに装填する。

 二発目は見事に命中し、缶を弾き落とした。少年たちは歓声をあげ、お互いの手を打ち合わせた。

 その後、十回ほど挑戦したマックスは、三発をヒットさせ、三発かすめ、四発を外した。マックスは物事の呑み込みが早いので、回数を重ねるたびに撃ち方が様になっていったが、狙って命中させるのはやはり難しいようだ。

「凄いやないかマックス。初めてでこんだけ当てられたら上等や。せやけど、パチンコは銃みたいに照準がないからなあ。こればっかりは身体で覚えていかな」

 アベラルドはいつもの苦笑いを見せた。

「おっちゃん、ピストルの撃ち方も知っとんのか? ほんならそっちも教えてえな」

「アホ言うな。そんなもんの使い方なんぞ知らんでもええ。ほれ、次ノンちゃんの番や。それ貸してあげ」

 マックスからスリングショットを受け取ったディーノは、少し緊張しながら構えてみた。

「なあマーくん、これ、狙うときのコツってあるん?」

「さあなぁ。このへんやろかーってとこで適当に撃ってたから、よう分からんわオレ」

 小さき友のアドバイスは、何の参考にもならなかった。

 不安になって、アベラルドを仰ぎ見る。

「そない心配そうな顔せんでも。こういうのは、まずやってみたらええねん。狙いの付け方、撃ち方は人それぞれや」

「けど僕、マーくんみたいにうまく当てられる自信ないわ……」

 ディーノは消え入りそうな声で、弱音を漏らした。使い方のレクチャーを受けているときは、レトロで未知なる玩具に興味をそそられた。しかし、何でも器用にこなすマックスでさえ、結果はあの程度だった。それなのに、自分にできるわけがない。


 ――何やっても、お前にはどうせ無理や。


 耳の奥で、シルヴァノが囁いている。

 

 ディーノが何かを始めようとすると、いつもこの声が聞こえてきて、二の足を踏ませるのだ。

 俯いて唇を噛んでいると、背中をどんと押された。顔を上げれば、マックスがしかめっ面をしている。

「やってみたらええやんか。する前から『自分には無理や~』とか言うの、ノンちゃんの悪いとこやで。できるかできんかは、やってみてから決めーや」

 マックスはそう言い捨てると、ディーノの返事も待たず、落ちた標的を戻しに行った。

 アベラルドの手が、ディーノの肩に置かれる。乾いた細い手だが、温かくて、思いのほか力強い。

「たまにはええこと言うやないか、あの子。なあノンちゃん、やってみなわからんのは、何でもそうや。誰だってそうや。やりたいと思たら、まず挑戦してみ。なーんもせんままやったら、もったいないで」

「うん、でも……」

「失敗すんのが、嫌か?」

 ディーノは控えめに頷いた。

 失敗したら、成績が悪かったら、親に怒られる。兄に馬鹿にされる。今この場にいなくても、家族の叱責が聞こえてくる気がしてならない。

 肩に置かれたアベラルドの手に、力がこもった。

「ここには、失敗しても責める人はおらんで。失敗ゆうもんはな、成功よりようけするもんやで。何でもやってみて、何べんも失敗と成功を繰り返して、そうして自分の得意なもんを見つけていくのや」

 ディーノは、はっと息を飲んで、アベラルドの顔を見つめた。彼は同じ目線でディーノを見返し、励ますように頷く。

 

 失敗してもいいなんて、今まで誰も言ってくれなかった。

 家族からは、失敗は恥ずべきことだと言い聞かされてきた。それでもできないから自分はだめなのだと、そう思っていた。

 けれど、その考え方が間違いだったら?

 失敗を叱る親や兄の方が、間違っているとしたら?


 いつの間にか、マックスが隣に戻ってきている。元通りに置いてきた標的を指差し、「やってみろ」と目で発破をかけてくる。

 ディーノは深呼吸し、左手にスリングショットを持って、まっすぐ腕を伸ばした。


(本体は横に構える……顔より下に……パウチはしっかり持って)


 教えられたことを頭の中で反芻し、ゴムを引く。狙うのは中央の缶。

 パウチを離す。ゴムがしなる。跳び出した小石は、缶を通り越して、その向こうの茂みに消えた。

 失敗だ。

 ディーノは、マックスとアベラルドを交互に見て、言った。

「もう一回やる」




 少年たちのスリングショットブームはしばらく続いたが、ある日突然マックスが“もう飽きた宣言”を発布し、終焉を迎えた。

 けれどディーノは、その後も一人で練習を続けた。

 初めてスリングショットに触れたあの日、十回挑戦のうち、まともに当てられたのは、最後の一発だけだった。

 だが、その最後の一発が命中した瞬間、湧き上がった喜びは、何にも変えがたい宝物のように感じた。マックスとアベラルドも、声を上げて喜んでくれ、それが何より嬉しかった。

 他者に認められた、と実感できたのだ。

 それは、マックスとの友情を確信したときとは違う感覚。ディーノ・ディーゲンハルトという、十二歳のありふれた存在が成し遂げたことに対する、勲章も同然だった。

 たいていの人には、ちっぽけで取るに足らないことかもしれない。しかし、ディーノにとっては、そうではなかった。

 以来、スリングショットにのめり込んでいったディーノに、アベラルドは新しい本体をプレゼントしてくれた。ただし、いくつかの約束事を条件に。


 1、決して人に向けて撃ってはならないこと

 2、他のどの生き物に対しても撃ってはならないこと

 3、家や街のものを壊さないこと

 4、自分も怪我をしないよう、安全な使い方を心がけること


 ――おもちゃとはいえ、その起源は武器だ。小石であろうとも、高速で当たれば大事になる。それをよくよく自覚して扱うように。


 アベラルドの教えを、ディーノはしっかり胸に刻んだ。危険物になりかねないものを贈ってくれたのは、信頼しているという証だ。その気持ちに応えなければならない。

 大人から信用されたという事実は、子どもの自尊心を大いにくすぐる。

 その一方で、実の家族からは、アベラルドほどの信用を得ていないという現状が浮き彫りになってしまい、少し哀しくもあった。



 自分だけのスリングショットを持ってからは、自宅でも練習するようになった。もちろん、家族には内緒だ。

 壁に傷をつけてはいけないので、立てかけたクッションを的代わりにした。小石を使うのをやめ、エアガン用の合成樹脂の弾をこっそり購入した。形が不揃いな小石に比べて、軌道の見当がつけやすく、命中率も上がった。

 練習を重ねれば重ねるほど、狙いの付け方も理解できてくる。言葉で説明するとなると難しいが、直感で「このあたりだろう」と思えるポイントでパウチを離すと、たいてい狙いどおりに当てられた。

 身体で覚える、とはこういうことなのだ。



 たまたま性に合っていたのか、眠っていた素質が目覚めたのか、単純に努力の賜物なのか。月が変わる頃には、ディーノの腕前は、マックスとアベラルドを文字通り唸らせるほど上達していた。

 横に並べた十個の的を、三回連続ですべて撃ち落したときは、三人で抱き合って歓声をあげた。

「すごいなノンちゃん! ホンマに全部落としよったな!」

 マックスは、ディーノが仕留めた二体の怪獣人形を両手に持ち、大きく振り回しながら笑う。まるで自分の偉業のようにはしゃぐ友を見て、ディーノは嬉しいような、くすぐったいような気分になった。

「いやあ、ホンマに大したもんやな。まさかこんな短期間でここまで上手うまなるとは、正直思わんかったわ」

 残りの的を回収してきたアベラルドが、ディーノの頭を撫でた。

 アベラルドは、よく褒めてくれる人だった。褒めるときは、頭を撫でてくれる。

 そんなこと、親にもされたことがない。兄ならなおさらだ。祖母には何度か撫でてもらえたと思うが、滅多に顔を合わせないので、最後に撫でてもらったのがいつなのか、もう忘れてしまった。

 褒められるのは嬉しいのだが、まだ慣れていないので、どうにも気恥ずかしい。

 マックスも、そういう触れ合いになじみがないようで、アベラルドが頭を撫でようとすると、鬱陶しげに手を払いのけている。しかし、喜んでいるのは見て明らかだ。素直やないな、とディーノは思う。

「ノンちゃんは、集中力がすごいんやろな。狙いつけとる間は、周りの音も気にならへんのやろ?」

 アベラルドの言葉を受け、そういえばと気がついた。言われてみればそうかもしれない。

「うーん。ようわからへんけど、パウチ引いて、片目つむって、的狙うてるときは、周りの音が小さなるような気ぃするかもしれん。そんで、自分の手元と的しか見えんようなってるかも」

 改めて意識したことはないが、それが“集中している”状態なのだろうか。いまいちピンとこないので、首を傾げていると、マックスが背中を叩いた。

「そらそうや。ノンちゃんの才能やもんな」

「え?」

「何かにシュッて集中できるのとか、同じことなんべんも繰り返して練習できるのとか、すぐ投げ出さんとことか、地味~なの嫌がらんとやり続けられるの、ノンちゃんのエエとこやで」

「地味~て、それ、才能て言うの?」

 ディーノは訝ったものの、アベラルドがマックスの主張を裏打ちした。

「もちろん、立派な才能や。誰にでもできるこっちゃないで」

「でも、そんな大したことやないし」

 才能という言葉は、一目で分かるほど抜きん出た、非常に優れた能力に使われるのだと思っていた。

 何かの才能に恵まれているなどと、一度も考えたことがないディーノにしてみれば、その言葉は自分に似つかわしくない。

 しかし、アベラルドは首を横に振る。

「才能に大小はないと、僕は思うてる。それは、誰にでもあるもんや」

「誰にでも?」

「そうや。ごはん作れるのも、小説書くのも、絵を描くのも、演技できるのも。歌、スポーツ、勉強、他にもたくさんある。自分には才能がない、成功する人は才能があるからやって、よく言われるけど、僕は『見つけた才能をどう活かすか』によると思うねん」

「才能を、活かす……」

 アベラルドが頷く。ディーノはマックスの方を見た。友人はおどけた表情で、小さな肩をすくめた。

「ちゅーことは、絵が売れへんのは、おっちゃんが才能の活かし方を間違まちごうとるてことやな」

「うわ、キッツいこと言うなあ」

 得意気だったアベラルドの顔が、マックスの一言でたちまち渋く歪む。

 ふざけあうマックスとアベラルドの様子をぼんやり眺めながら、ディーノは二人に言われたことを考えた。


(才能は誰にでもある。僕にもある。僕の才能は“集中力”。見つけた才能を、どう活かすかが問題……)


 アベラルドの言葉の意味を、本当に理解できたのは、もう少しあとになってからだ。

 あのとき彼が語ったのは、純粋な励ましの気持ちからなのか、それとも「大人としてそれらしいことを言っておこう」という適当さからなのか、今となってはわからない。

 けれどアベラルドが、ディーノにとって人生の岐路のひとつだったことは間違いない。

 十二歳の夏休みに、アベラルド・コルテスという人物に出会わなければ、スリングショットに触れなければ、今、狙撃手シューターとしてマックスの背後を守れなかっただろう。

 

 

 人は、出来事を忘れていくものだ。

 たいていの出来事は、時間の流れに乗って、心と身体を通り過ぎていくだけ。そのうち、“記憶”という大きな括りでまとめられ、漠然と頭の片隅に積み上げられる。

 その中でも鮮明に刻まれた記憶は、「いい思い出」と「悪い思い出」に振り分けられる。

 残念なことに、「悪い思い出」ほど脳裏に蘇りやすい。そのとき味わった苦い感情とともにやってきては、心を苛み、また引いていく。

「いい思い出」は、実は少ないもの。茫洋たる記憶と「悪い思い出」の中に紛れているからこそ一層輝き、眩しく美しいのだ。

 そして「いい思い出」は、いつも同じ教訓を突きつける。

 楽しいときは長く続くものではない、と。

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