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プロローグ

残酷描写あり

 ここはフィーネ神王国の西に浮かぶヴィネイ島。徹底した女人禁制のこの島には数多くの修道院が点在し、質素、貞潔を誓った修道士達が日々修行に励んでいる。

 中でも最も格式の高いフィノス修道院は断崖絶壁の上に建ち、その偉容を誇る。修道院近くの森の中で、一人の少年、リオナート・フィーネが大木に上体を預けて昼寝をしていた。彼を探していた年嵩の修道士、マクル・ソアールはため息をつく。

「いくら今日が休息日でも、あなたのような方がこんな所で無防備に寝ていてはいけませんよ」

 小声で言いながらも少年を起こそうとはせず、ただ近くに立って静かに見守る。

 初夏の爽やかな風がリオナートの金色の髪を撫でた。子供らしさを残す愛らしい顔に髪が被さる。

 すると優しい表情で眠っていた少年の顔が引きつり、目を開いた。

「誰ですか!?」

 急に跳ね起きた少年はキョロキョロと周囲を見回し、マクルを見付けると眉をひそめる。

「何故あなたがここにいるのですか? それよりこの近くで女の子を見ませんでしたか?」

 リオナートの問いにマクルは笑みをたたえて答える。

「何かよくない夢を見たのでしょう。そろそろ修道院に戻りませんか?」

 リオナートは大きく首を振る。

「夢を見たのではありません。助けを求める女の子の声が聞こえたのです。行かなければ!」

 焦るリオナートとは対照的に、マクルは落ち着き払っていた。

「確かにあなたなら苦しむ者の声が空間を越えて聞こえることもあるでしょう。その少女はこの島ではなくどこか別の場所にいるのですよ。つまり、修行中のあなたでは少女を助けることは出来ません」

 リオナートは目を見開き、何度か首を振った後苦しそうに声を絞り出した。

「助けを求められているのに助けられないのであれば、私は無能と同じではありませんか! 苦しむ民に手を差し伸べるのが聖職者の役目ではないのですか!?」

 激しい言葉を叩き付けられてもマクルは眉一つ動かさなかった。

「あなたのように未熟な方が助けに行ってどうするというのですか? 少女のことなら心配いりません。未熟なあなたに聞こえるのですから、王都の方々は既にお気付きの筈です」

 リオナートは俯いて握った拳を震わせていたが、やがて息をつくと顔を上げた。

「あなたの仰る通りです。心が乱れるのは未熟な証拠です。女の子の事は心配ですが、私の出る幕ではありません」

 マクルは一つ頷き、少年を修道院へと促した。


  ◇◇◇


 こちらは亜界(あかい)と呼ばれる人間界と魔界の狭間の世界、太古の神が悪魔から人間界を守るために創造した異界で、魔界に住む悪魔は必ず亜界を経由しなければ人間界に辿り着けない。

 悪魔が亜界に侵入すると人間の高位聖職者や神王家の者は警報としてそれを感じ、人間界での出現場所を予測して討伐に向かう。

 人間が待ち構えていると分かっているので押し入ろうとする悪魔はほとんどいないが、下級の悪魔が(まれ)に問題を起こす。


「あれ? むさ苦しい島に引き籠ってるお前が、何でここにいるの?」

 亜界の乾いた土の上に突如現れた白装束の少年、レイユース・フィーネはヴィネイ島にいた筈のリオナートに向かって質問を投げた。二人は兄弟で顔立ちも髪色もよく似ている。

「……っ! 兄さん、なぜこちらに!?」

 今まさに目の前の洞窟に足を踏み入れようとしていたリオナートは、レイユースの声に振り返ると驚愕で飛び上がった。

「質問に質問で返しちゃ駄目だよ。もちろん姫の救出に決まってるでしょ? 一刻を争う状態だから、そこを退いてくれる?」

 レイユースはリオナートの返事を待たずに空中に魔法陣を描き始めた。

「他の修道士達の目を盗んで転移して来ました! 兄さん、私も女の子を助けたいんです! 連れて行ってください!」

 魔法陣が彼を島に返すためのものだと気付き、リオナートは声を上げた。

「お前は修行中の身、今姫と接触すれば最高神官の候補から外れてしまうよ? それに時間がないって言ったよね? 修行が終わったら、また会おう」

 レイユースは魔法陣を発動させ、手のひらをリオナートに向けた。光に包まれながらも、リオナートは抗議の声を上げ続けた。しかしすぐに光も声も消え、亜界から完全に姿を消した。

「本当はお前がいた方がいいんだよ……。でも修行を無駄に出来ないからね。それに姫を助ける王子は、一人の方がいいしね」

 レイユースはリオナートが立っていた場所を見ながら呟いた。が、すぐに表情を引き締めて洞窟の入り口に向かう。

「姫、今行くからね!」

 言うなり全速力で洞窟に突入した。


 洞窟の奥深く、長方形の白い石の上に少女は全裸で寝かされていた。ぐったりとして身動き一つしない様子は、死んでいるかのようだった。

 傍らに立つ美貌の青年は嬉しそうに口角を引き上げて話す。

「君は強情だねえ、ぼくの下部(しもべ)になるって言えば、すぐに楽になれるのに」

 少女の全身には何百本という黒い針が刺さっていた。その針が少女の動きを封じ、声さえ出せない状態にしている。白い肌は足の爪先から顔まで針に侵され、美しい赤い髪に覆われた頭だけが無事だった。

「次の一本にはさすがの君も耐えられないと思うよ? さあ、ぼくに全てを差し出して?」

 少女が陥落すれば瞬時に針が反応し、呪縛が解けて体の自由を取り戻す。でも少女はピクリとも動かなかった。

 青年は笑んだままで自身の髪を一本引き抜いた。柔らかそうに見えたそれは徐々に金属と化し、細長い針となった。

「もう一度だけ訊くよ。ぼくの()になって?」

 青年は数十秒待ったが、少女の体に変化はない。

「フフ、気の強い子は嫌いじゃないよ。そんなに欲しいなら、ほら……あげるよ」

 妖艶に微笑みながら青年は人差し指と親指で針を摘まみ、躊躇いなく少女の頭に突き刺した。針は頭蓋骨を難なく貫通し、脳のある一点に至る。

 青年は最後に力を込めて針を押し込むと、小刻みに抜き差しを繰り返して刺激を与えた。

 動かない筈の少女の体が大きく仰け反りガクガクと震える。

 青年は針から手を離す。

「抵抗は無意味だよ。ただ苦しみが長引くだけなんだからね」

 蕩けそうな声で話しかけるが、当然返事はない、と思っていると……。

「針の悪魔、パーグダイク! さっきは失敗したけど、姫から離れてさっさと魔界に戻れ!」

 レイユースが突然走り込んで来たかと思うと、そのままの勢いを利用して青年を突き飛ばそうとした。しかし見えない壁にぶつかって弾き飛ばされる。

「ぼくの名前を知ってたことは誉めてあげるけど、君みたいな子供にぼくが倒せるとでも思ってるの?」

 青年は不機嫌な声で言った。レイユースは俊敏に立ち上がると、青年を睨み付ける。

「黙れ悪魔! 戯れ言に付き合う気はない!」

 レイユースの強気の発言も受け流し、青年は髪に手を伸ばした。

「今更来たところで遅いんだよ。この子はもうすぐぼくの()だからね」

 青年が震え続ける少女の体を指し示した。初めて少女に目を向けたレイユースは、想像を超える残酷な光景に硬直してしまう。

 その隙を突いて青年は手にしていた針を無造作に投げた。

「男の子に丁寧に刺してあげる趣味はないからね」

 針はレイユースの眉間に刺さる寸前に、白い手によって叩き落とされた。

「あたしが加護を与えるこの子に手を出すとは、さすが下級悪魔、底が浅いわね」

 突如現れた黒髪の美女に青年が目を見張る。

「人間界では姿を晒せないけれど、ここはかつて大神フィーネ様がお造りになった世界、女神であるあたしは自由に力を行使出来るのよ?」

 美女の言葉に青年は明らかな動揺を見せた。いつの間にか少女の震えが止まっていることにも気付かないようだ。

「フィーネ様は地術を操る人間の一族にご自身のお名前を与え、その土地を守るようにお命じになった。だから今でもあたしのように人間を愛する神は、気に入ったフィーネ家の子供に加護を与えたりするるのよ」

 話しながら威圧感を増していく美女に、青年は気圧され震え始めた。目だけは憎々しげに美女を睨む。

「美しいこの子をこんな醜悪な物で汚すなど、許さないわよ? 今すぐこの針を全部抜きなさい!」

 美女の命令には逆らえないのか、青年は悔しそうにしながらも針を抜いていく。

「レイユース、この子は記憶を操作されたようだわ」

 青年の作業を監視しながら、美女がポツリと呟いた。

「え? 治りますよね?」

 レイユースがすがるような目で美女を見る。

「記憶を抜かれたり、改竄されたのであれば治せるわ。でも、本人も忘れていた古い記憶を無理矢理引きずり出されたのよ。最悪の場合、正気を失うわね」

 レイユースは真っ青になって少女の方に手を伸ばした。幾筋もの涙が頬を伝う。

「そ、そんな……。姫はとても大切な、女の子なのに!」

 青年は針を全て抜き去り、少女の傍から離れた。すかさず美女は命じる。

「ここから立ち去りなさい! 今後人間界への立ち入りを禁じます!」

 言葉は呪縛となり青年の魂に刻み込まれた。何の言葉も発することなく黒い霧と共に消えた。少女は最後まで青年に屈服しなかったのだ。

 レイユースは少女の傍らで涙を流し続けていた。針が刺さっていた場所には小さな赤い痕が残り、見ていると痛々しい。

「レイユース、しっかりしなさい! 彼女が一番好きな場所への転移を手助けするわ! そこで彼女が何者であるか、いかにあなたが彼女を愛し、必要としているかをはっきりと伝えるのよ! 美と愛の女神であるあたしの加護があるのだから造作もない筈。さあ、行きなさい!」

 美女は身に纏っていた純白の布を全裸のままだった少女の上に被せると、レイユースの背中を押した。

 少女とレイユースの姿が消えると美女は呟いた。

「面倒なことになったわね」


 薔薇咲き誇る庭園で少女は目を開いた。レイユースはぼんやりとしたままの少女に必死に語りかけた。


 薔薇咲き誇る庭園で少女は再び目を閉じた。安らかな寝顔だった。

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