02 対戦!スライム
大草原に出た俺は、まず周りを見渡して見た。周りに生えている草やところどころにある花や木、そのどれもがリアルと変わらない高クオリティで作られていた。時折、体をかすめるそよ風の質感に本来なら室内でカプセルに入っているだけのはずの俺は、15年ぶりに外に出たような達成感と興奮を隠せなかった。
「最近のゲームのグラはすげえな……」
思わず感想が口から出る。その時、草木が揺れる音の中に開けたての炭酸飲料のようなシュワシュワとした音が混じっていることに気が付いた。音がする方を向くと、全長1mほどのぶよぶよした深緑色の物体がいた。初モンスターだ。恐らくスライムであろうその物体で俺は闇騎士装備の実力を試すことにした。
警戒されないように慎重にスライムへと近づく。間合いに入ると同時に俺は剣を振りかざした。ずしりとした剣の質量にふらつく。その姿を見たスライムは俺を敵だと認識したようだ。臨戦態勢にはいったスライムはゴポゴポという音を立てこちらを威嚇する。体勢を立て直した俺はスライムへと剣を振り下ろした。
しかし振り下ろした場所にはなにもいない。地面に思い切り剣を振り下ろした俺は、手に伝わるジンジンとした反動を受け思わず手を緩める。すると、背後から飛んできた緑色の野球ボールほどの球体が剣を弾き飛ばした。俺は物体が飛んできた方向に振り返る。
そこには先ほどのスライムが体の一部を伸ばしてこちらを見ていた。恐らく先ほどの球体はこいつが自身の伸ばした体の一部を切り離してこちらに打ち出してきたに違いない。剣を拾いに行くか、いや奴の攻撃速度からして俺が剣を拾うまでに間に合わない。ここはスキルを使うべきだろう。
初めて使うスキルだが、まるで体が覚えているように使い方が頭の中にスルスルと入ってきた。このスキル『御手洗菌』は俺が対象に触れながら「タッチ」と宣言する事で発動する。発動すると相手が周りの物から避けられ、その強さはタッチしている時間に比例。避けるものは俺以外の全てで、人や動物はもちろん無機物でさえも対象から逃げようとする。解除方法は対象が他のものに「タッチ」する事のみ。
今ここでスキルをスライムに使えば、スライムは俺の剣や鎧からさえも避けられる。つまり、ここから逃げられるはず。意を決した俺はスライムに触れた。ジュウと嫌な音が触れた手から鳴り、高熱の鉄板を触れたような痛みが手に走る。俺は「タッチ」を宣言する余裕すらなく、手を離してしまった。こいつ、体液が強酸性だ。触れた手のひらを見ると赤くただれている。スライムは伸ばした体の一部を俺の方に向けてきた。まずい、あんなの喰らったら体が溶かされちまう。スライムは体を震わせると俺に向かって先ほどの緑の球体を打ち出してきた。
びびった俺は本能的に後ろにのけ反る。すると狙いがそれたのか、球状のスライムの体液はすぐ脇の草むらに着弾した。ぶつかった場所の草が茶色に変色しみるみる枯れていく。俺は股間が生暖かくなる気持ち悪い感覚を感じながら、無様に後ろに這って進む。
「やめろ! たすけてくれ!」
言葉が分かるのかは知らないがスライムに命乞いをする。その時、背後から高速で火球が飛んできた。
「中級火炎呪文!」
火球はスライムに当たると、バケツに入ったガソリンに火をつけたように激しく燃え上がる。スライムはみるみる蒸発していき、数秒の内に消えてなくなった。さっきまでスライムがいた個所には、緑色のボールが一つ転がっている。
「スラボール、スライムのドロップアイテムだよ。私はもう持ってるからあなたにあげる」
背後から現れた女の子はそう言うと、目の前に転がっている緑のボールを指さした。黒髪の小さな少女は水色の服を着ており、手には身長よりも頭一つ分大きな杖を掲げていた。俺は彼女に言われるままドロップアイテムを手に取る。
『御手洗様! スライムのドロップアイテム【スラボール】初獲得です! おめでとうございます!』
どこからかアナウンスと同じ声が響く。手に取ったボールはぼわんと白い煙に包まれると消えてしまった。彼女は俺がアイテムを手にしたのを見ると、先ほどケガをした手を見せるように要求してきた。
「スライムを素手で触るなんて面白い人だね。初級回復呪文!」
赤くただれていた手のひらはすっかり元通りになった。魔法ってすごい。
「入手したアイテムは今みたいに消えちゃうんだよ。ただし一度でも入手したアイテムは何度でも召喚する事が可能になるの」
彼女はそう言うと、「スラボール!」と叫んだ。すると彼女の手のひらの上に先ほどのボールが現れる。
「人が召喚したアイテムは手に取ってもゲットした扱いにはならないの。だからモンスターを倒した時に出るアイテムを直接手に取らないと、獲得した事にならないんだよ」
彼女はそう説明しながら、先ほど召喚したボールを手の上でぽんぽんと跳ねさせて遊んでいる。よく見ると、スラボールは彼女の手の上を跳ねてはいるが、一部がゴムのように伸びて彼女の手にくっ付いたまま離れない。
「スラボールは粘着性があって、基本的に召喚した人の手からは離れない特性を持っているんだ。投げると最大で10mほどまで伸ばすことが出来るんだよ」
そういうと彼女は俺の鎧に向けてスラボールを投げた。スラボールは一端を彼女の手にくっ付けたまま伸び、鎧にぴたりと張り付く。彼女はえへへと笑うと「スラボール解除」と言った。すると、先ほどまで鎧にひっ付いていたスラボールは煙と化し消える。
「私の名前は東雲早苗。職業は僧侶だよ、よろしく!」
「あ、お俺の名前は御手洗大作。職業は闇騎士です、よろしく……」
久しぶりに会話するリアルの女の子に緊張して上手く声が出ない。相手もこのゲームに呼ばれたってことは引きこもりのはずなのに、コミュ力の違いを痛感する。目の前の可愛い小ぶりな彼女がまぶしく見えた。
「闇騎士? そんなの初期職業にあったかな、まあいいや、これからよろしくね」
「これから?」
「うん、ちょうど誰かパーティ組む相手探してたんだよね。私、僧侶だし近接戦出来ないから騎士とか武闘家がよかったんだけど。闇騎士なんて強そうなジョブ持ってる人に出会えるなんてラッキーだよ。」
突然の話の流れに困惑する。俺なんかがこんなかわいい子とパーティを組んで迷惑じゃないだろうか。昔、体育の時間に2人組を作ろうとして余った女の子に話しかけたら大泣きされたことを思い出す。俺が暗い顔をしていると、東雲さんは慌てて声をかけてきた。
「あ、もしかして迷惑だった? ごめんなさい、私空気が読めないって親にいつも言われてたから。ごめんね、こんな私が話しかけちゃって……。じゃあね、またどこかで」
東雲さんはさっきまでの明るい顔をやめてしょんぼりと肩を降ろして去っていく。俺はそんな彼女の後姿を見ながら、自分でもありえないほど大きな声を出していた。
「待ってください! さっきはごめんなさい! 急なことで混乱しちゃってたんだ! 俺とパーティ組んでください! お願いします!」
深々とその場で頭を下げる。東雲さんはこっちを振り返ると「ほんとうに?」と小さな声で呟いてから、駆け寄ってきた。
「よかったー。このゲーム初めてからもう6時間くらい一人だったから心細かったんだー。これからよろしくね、御手洗さん!」
俺は頭を上げると、彼女が差し出した手を握り返した。よく見ると、彼女の目の下は若干赤くなっている。同じ引きこもりどうし、メンタルの弱さは共通らしい。
握った手を離すと、彼女は「アナウンスちゃーん!」と叫んだ。
「東雲さん、何か御用ですか?」
「うん、御手洗さんとパーティ組むことにしたんだけど。」
「パーティ登録ですね、かしこまりました。2人のステータスを更新します。」
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パーティを組みました。ステータスを更新します。
【プレイヤー名】御手洗 大作
【パーティ】東雲 早苗
【職業】闇騎士Lv.1
【年齢】30歳
【性別】男
【引きこもり歴】15年:Sランク
【ボーナス】初期職業のランク大幅アップ
【たいりょく】D-
【こうげき】B(D-)
【ぼうぎょ】B(D-)
【すばやさ】D-
【かしこさ】AA+
【スキル】御手洗菌…触れた相手が周りから避けられる
【装備】闇騎士装備(剣・鎧・服・下着)
【プレイヤー名】東雲 早苗
【パーティ】御手洗 大作
【職業】僧侶Lv.5
【年齢】18歳
【性別】女
【引きこもり歴】3年:D+ランク
【ボーナス】【たいりょく】のランクややアップ
【たいりょく】A-(B)
【こうげき】B
【ぼうぎょ】B
【すばやさ】B
【かしこさ】B
【スキル】万能…あらゆる職業のスキルを中級まで使える
【装備】僧侶装備(杖・ローブ・下着)
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