幕間 ジオルネンジ4
ジオカンディンとの生活は思いの外楽しかった。
今まで満ち足りていたと思っていた生活が、実はそうではないということをまざまざと知らされたのだ。
例えば衣食住、つまり文化的生物の基本とされるもの。無論知識として蓄えてはいたが、しかし知識と経験ではやはり大きな差があった。
衣、即ち装飾品。奴が最初に渡したものだ。俺の着ていたものは冒険者から剥ぎ取った、血と汗に塗れた少々匂いのキツいもの。凡そ王城に出向くための服ではない。今ならそう思うが、当時は気にしていなかった。
防寒具や防具に当たるものもあった。どちらも俺には不要だったが、その一点のみを目指し磨かれた技術は今であれば称賛に値する。俺には理解の出来ないものも多かったが、それでこそ装飾品だろう。
食、即ち動力源。奴が次に渡したものだ。俺達の食事とは魔力を魔石や魔物から取り込むことであり、奴の食事とはやや異なるが、エネルギー補給という点では同じ。味、匂い、食感……全てが新鮮で、世界と広さを体感させた。
奴はこれが好きだった。日に三度の食事を摂り、その表現で俺を驚かせた。俺はあまり食べることはなかったが、魔力の補給をこの時間に行なうこととした。なんとなく、そっちの方が気分が良かった。
住、即ち縄張り。奴が最後に渡したものだ。当時の俺の縄張りとはダンジョンだった。この辺りでは雪原の大洞穴と呼ばれていたらしい。ひねりのないチンケな名前だが、ある意味で素晴らしい名前だ。的確なのだ。俺のダンジョンは、穴だ。
俺は城が欲しかった。だが結局のところ、城だけ貰ったところで俺には使いこなせない。奴はそれを分かっていたのだ。だから少しずつ俺に渡した。少しずつ、俺が使いこなせるように。
俺は奴から色々貰った。知識だけでは捉えきれない様々な"もの"だ。それは例えば感情を理解する理由、感情を表現する方法、場面に応じた行動、町で暮らす上での決まり。
最初は面倒だと一蹴した。邪魔なら殺し、必要なら奪う。それがダンジョンマスターだ。だが町はそれだけでは立ち行かず、滅んでしまうと言った。
なら次の町を奪えば良い。そう言うと呆れたように笑い、次の町も無くなったらどうする?などと言う。俺の答えは単純で「更にその次の町へ行く」だった。
今になって思えば、暖簾に腕押しのような問答だ。奴は言った。「最後の町も無くなったらどうする?」と。
俺は答えられなかった。町に行きたいのに町がない。どうすればいいかは、当時は分からなかった。悩んだ俺を見て奴は言った。「だから守るべきものがあるのだ」と。
奴は理詰めで俺に物事を教え込んだ。俺の疑問に対し、ほとんどの場合答えてくれた。分からない場合は一緒に考えてくれた。だから奴は面白かった。
今になって思う。俺が最初に渡されたのは衣食住、そのどれとも違う。もう二度とは手に入らない、友と呼ばれるものだ。世間一般の定義とはズレるが、俺達は友だった。少なくとも、今の俺はそう思う。……奴の言葉とも、少しズレているか。
友とは何か、即ち自らを預けられる者だ。そういう意味では、俺の最初の友はルーメイだった。友を失う痛みは筆舌尽くしがたい。生きながらに自らを失う、不思議な痛みだ。だから奴を大切にした。
奴がどう感じていたかは分からない。簒奪者たる俺を恨まない訳がない。だが奴は俺と話す時、笑みを浮かべていた。忙しい中で時間を作り、俺に会いに来たこともある。だから奴も俺を友と思っていたと信じたい。
不思議な男だった。俺は奴のおかげで本当の意味で心を手に入れた。ルーメイも心をくれたが、それとは別の心をくれたんだ。
だが奴も例外ではない。魔物はいくつかの例外を除き皆死ぬ。ダンジョンメニューから召喚したものはその例外に含まれるが、寿命が無いだけであり戦闘で死ぬことはある。
1651年のことだ。奴と会ってから14年が経っていた。
◆◇◆◇◆◇◆
奴は満足気に言った。
「悲しむことはない、いずれまた会える。……ただお主より先に進むだけだ。お主が来る日に備え、また学んでおくよ……お主は私の子だ。息子よ、また会おう」
死者は天国というところに行き、復活の時を待つ。そんな考えを持つ奴だからこその言葉だろう。だが俺は知っている。死とはそんなものではない。永遠の闇だ。
いつもの俺ならそう伝えただろう。だがその日は言葉が出なかった。言えば奴が悲しむと思ったのだ。だから最後の時は嘘をついた。
「父よ、また会おう」
これが奴と交わした最後の言葉になった。
俺は泣いた。これが魔人の感情表現だと知っていたから涙を流した。だが心は晴れない。奴が俺に残した数少ない嘘の1つ。
◆◇◆◇◆◇◆
奴は生前、いくつかのおとぎ話をしてくれた。
地下の町、剣の英雄、人形と語る魔人、物に宿る魂、氷結の魔女、海の大怪獣、地上の太陽、理を司る鳥、全知無能の半竜、不死の半人、眠り続ける竜……それらはどれも面白かった。
例外はあるが、ほとんどの場合俺の知識は俺の命を保つために存在する。これらは俺の命に何の役にも立たない話だ。だからこそ、面白かったのだろう。
不要を求め、不要を楽しむ。それが人だと奴は何度も言っていた。いつしか俺は人に、ダンジョンマスターたる俺は人間種へと堕とされていた。
だが気分は良かった。ダンジョンマスターとしての一生では到底手に入れられないものを手に入れていたのだ。
ふと、生前奴の言っていた言葉を思い出した。
「男たるもの全てを手に入れてみたい。なんて思っていたんじゃが、私にはこの町で精一杯だったよ」
そもそもダンジョンマスター、あるいは泥人形には性別が存在していない。もっと言えば生殖機能が無い。外見上は人に近いが、胸も無く、膣も無く、陰茎も無い。排泄口はあるが、生殖器ではない。それが俺達の構造。
排泄口とは嗜好品を"食べた"場合に使用するためだけの器官であり、消化と呼ばれる機能はなく、あくまで"食事"をしているように見せるためだけの機能。
俺は泥人形だ。膣も陰茎も類似品であれば作ろうと思えば作れるし、体格といったものも時間さえあれば自由に操れる。しかし必要な場面は訪れなかった。だから作らなかった。
だが精神的にはどうだ。俺は俺を男だと考えている。一人称が俺であることも、俺が男であることの証明だ。
俺は混ざっている。いや、俺"が"混ざっていると言うべきか。俺は他のダンジョンマスターとは違う、俺が俺である理由が存在している。
だがほとんどはダンジョンマスターだ。俺とはダンジョンマスターにこびり付く意識の残滓。そうであるはずだったが、いつの間にかダンジョンマスターが俺になっていた。
俺は俺が俺であるために、俺に俺を押し付けていた。気づけば押し付ける先が無くなっていた。俺は、俺だった。
後日、俺は生殖器を作った。人を模倣するためにある程度の知識はあったが、細かい機能や構造までは分からず苦労した。
男を脱がせ、よく観察した。刺激を与えた場合にどう反応するかを詳しく調べた。囚人を解剖したこともある。内側については知らなかったんだ。
女も調べた。片方だけでは不完全だと思ったからだ。女のほうが内性器は複雑だった。内側は興味深い。俺の知らないものが多かった。
囚人が足りなくなった日には冒険者を捕らえた。だがダンジョンとの行き来は時間が掛かる。だからダンジョンと城を転移魔法陣で繋げることにした。転移魔法陣の設置には魔素を大量に消費したが、この頃には有り余っていた。
生殖後、どのように魔人が発生するかも調べようとした。概ね受精後12ヶ月で出産に至ることは知っていたが、どのようなプロセスを辿るか興味が湧いた。
だが妊娠している者は少ない。そもそもが魔人の繁殖力は他の魔物に比べ極端に低い。加えてダンジョンで召喚した魔人の生殖器は未熟であり繁殖能力がなく、調べるのには適さない。外で捕まえるのにも苦労する。だからこれ以上はやめた。本題からズレるし、魔人を消費しすぎるからだ。
魔人の解剖を繰り返したおかげで、いつしか様々な姿の模倣が可能となった。男女も、老若も、どれも細かいところまで再現出来るようになった。変化を繰り返す事で要する時間も減った。今では5秒とかからない。
結局のところ、俺は元の姿を愛用している。いや、厳密にはジオカンディンの姿を微かに取り入れている。遺伝と呼ばれる、姿や性質が似通う現象の再現だ。奴が俺を息子と呼ぶたび、徐々に姿を似せた。奴は「関わる人に近づくのかの」なんて言っていたが、そんなことはない。自ら少しずつ変えただけだ。
最初とは違い消化器や生殖器といった内側も魔人に近づけてはいるが、外観はあまり変わっていない。内臓の再現に意味はない。誰かは俺を笑うだろうが、俺は不要を楽しむ人間だ。不要とは素晴らしいものだ。
実は奴の言葉には当然続きがある。俺達は会話を楽しんでいたのだから。
「何故だ?」
「手一杯なんじゃ。人の一生はお主と違い短い。世界を手に入れるには短すぎる。仮に手に入れたとしても残された時間は長くないはずじゃ。ならばこの町と生き、この町で死ぬ。その方が有意義だと思ったんじゃ」
「お前が俺であれば、世界を手にしたのか?」
「かもしれんの。だが私は私だ、お主ではない。それに、夢は夢で見れるからの。夢を現実にするのは、よっぽどの愚か者か、よっぽど力のある者だけじゃ」
1つの目的を達した俺は、この会話を思い出した。思い出すにつれ、奴の言う夢を見てみたいと思った。
だが俺は夢を見ない。そもそも睡眠自体が不要であり、夢を見る機能も持ち得てはいなかった。
奴の夢は現実でしか見れない。だが世界を手に入れるとはどういうことかを聞きそびれていた。だから近衛兵に聞いた。
「兵よ、世界を手に入れるとはどういうことだ」
「は。愚見ではありますが、全ての人族を支配下に入れることかと考えます」
「支配下に入れる、とはどういうことだ」
「その者の自由を支配することだと考えます」
「どうしたら自由は支配できる」
「……その地の領主となる、等でしょうか」
奴と違い、兵の物言いは分かりづらく遠回りだ。だから普通、あまり会話を進めることはない。町の酒場の客に酒を奢り、そこで聞いた方が早いことが多かったのだ。
だが今回は参考になった。この世界の土地とは即ち最も力のある者が支配しているのだ。
例えば俺のダンジョン。あれは俺が支配しているが、俺より強い者が現れればコアを破壊することも出来るししないことも出来る。それは即ち、俺の自由を支配したと言える。
同様だ。世界を手にするには力があれば良い。とても単純なことだった。以前の俺であればすぐに分かったかもしれないが、もはや人間である俺ではすぐに思いつかなかった。
「世界を手にしたいと思ったことはあるか?」
「恐れ多くも……いえ、それが出来るならば、と一度は」
「そうか」
では手に入れるとしよう。と言い掛けやめた。手に入れることを諦めたわけではない。準備が必要だと考えたのだ。
俺が1人で攻めるという手もあったが、あの冒険者を思い出した。俺よりも強い存在がこの世界には五万と居るかもしれない。俺は死にたくはなかった。
だから兵を必要とした。そのため、まずはダンジョンの魔物を外に連れ出す実験を行なった。
結果は失敗だ。粘性生物を除く全ての魔物が、個体差こそあれど時間の経過によって体が崩壊するのだ。そしてそれは大きな魔物であればあるほど早かった。
答えはすぐに出なかった。粘性生物は外の世界のものを"食べる"ことで体を維持出来るようになることが判明したが、それまでだ。
試しに他の魔物にも食べさせてみたが、個体によっては時間こそ伸びたものの、最終的には崩壊してしまった。
結局、これには別のアプローチが必要だったのだが、当時は思い浮かばなかった。
次に魔人を使うことを考えた。国の兵士だ。だがケストは小国、隣国と戦争するには人数が少なく、また練度も低かった。
だが技術の吸収は早かった。教えれば教えるだけ、魔人は伸びるのだ。ダンジョンで召喚した魔物とは違い、成長が早いのだ。外の世界の魔物は、ダンジョンの魔物とは少し性質が違うのだ。
だから俺が直接教えた。何をどうしたら強くなるかは分からなかったが、何をどうしたら勝てるかは知っていた。それを教え込んだ。
いつしか全てを教えきっていた。1人にではないが、それぞれを合わせれば俺の知識に追いついた。
だから命じた。これを発展させよと。いつしか部門毎にそれぞれの専門の研究家が生まれ、ケスト以外からも訪れるようになった。
特に魔術部門の発展は凄まじく、後には魔導ギルドが迎合してきた。ケストとしても文句はない。ギルドの人脈はケストだけでは持ち得ないものだったからだ。
十分だと考えたのはそれから少し経ってからだ。
ある時、魔導ギルド員から周囲の国々の戦力を伝えられた。
差は明らか、圧倒的と言わざるを得ないものだった。俺は、ケストは、気づけば大戦力を抱えていたのだ。
外交という点では1つ問題があった。当時は東部都市国家大連合というものが存在し、ケストもそれに参加していたのだ。
これは互いの戦力を監視し、パワーバランスが崩れないようにするのが目的だった。
過去に魔導人形という兵器を用いた国家があった。国の名前は残っておらず、今は北部帝国と呼ばれるのみだが、そういう国があったことは確か。
魔導人形は強力で、ケストもその被害に遭ったらしい。だが魔導人形は暴走した。北部帝国は己の生み出した兵器に滅ぼされたのだ。自らの力量を計れない"よっぽどの愚か者"の末路だ。
結局、この魔導人形はウィグマ、アマツ、ンジュブレを筆頭に様々な国を踏み潰したらしい。
この悲劇を二度と起こさないように、と組まれたのがこの大連合だ。元は別の名前だったが、後に東部都市国家大連合へと発展したらしい。
参加国に対しての宣戦布告は即ち全参加国との戦争を示していた。
隣国のほとんどがこれに参加していたのだ。
しかし幸いか、2つの国が参加していなかった。ラーストとトバッコという国だ。だからまずは、こいつらと戦争をした。
戦争は面倒だ。俺1人でケストを落としたときと違い、時間が掛かる。
戦力自体はこちらが圧倒的なのだ。だが行軍、兵站、戦術……考えることは多く、そのどれもが重要だった。
魔人は弱い。時として外で寝るだけで死ぬこともある。特にケストより北側を攻める時に、それは顕著に現れた。
ラーストを支配下に置いた後、俺は考える必要があった。配下の魔人を凍えさせない方法、戦地で栄養のある食事を取らせる方法……どれもこれまでは研究していないものだった。
研究には時間が掛かった。だがそれを成し遂げたケストは、トバッコ征服を開始した。1655年のことだ。
時間はそう掛からなかった。研究の成果が出たのだ。かくしてケストは、1都市の小さな国家ではなく、3都市を持つ中規模国家となった。
国民はラーストやトバッコの者を差別した。戦敗国民だと蔑んだ。だが奴は俺を差別などせず1つ1つ丁寧に教え込んだ。俺が奴の教えに背くことなぞ出来ようもなく、これを法によって封じた。
当時の俺は差別というものに詳しくはなかったが、とはいえ見ていて気分の良いものでもなかった。
ダンジョンの中で、リライフデミゴッドとスケルトン・ウォリアに差は付けなかった。どの魔物も皆ダンジョンに所属するのだ。そこに差別はなく、ただ区別が存在するのみ。
どの魔人も皆ケストに所属するのだ。そこに差など作ってはいけない。
同じことだと考えた。俺の配下の魔物同士が喧嘩するなどもってのほか、戦力を無駄にするのはバカのやることだ。
ラーストとトバッコの両都市を育てた。
魔人は弱い。時として1日食事を抜くだけで死ぬこともある。だから農業を研究させた。土地のせいか結果は芳しくなかったが、多少の改善は見られた。
食料が増えることで、兵力も増えた。だが問題が起きた。領主の一部が食料を独占し、その領民を餓死させたのだ。
魔人は弱い。時として食事を抜かずとも栄養不足で死ぬことがある。だから俺はその領主を殺した。そして今後そのようなことが起こらないよう、各地からの情報を流すよう、また領主に縛られぬように俺直属の兵を置いた。
領主、即ち元貴族だった者。俺の支配下で、元々土地を持っていた貴族にはその管理を任せていた。直接支配するのではなく、領主とした貴族たちに支配させ、俺がその貴族を支配した方が効率が良かったからだ。
直属の部下は皆奴隷だ。ケストでは禁止しているが、たまに奴隷が発見されるのだ。特に領主は隠していることが多かった。
俺の国民は平等だ。管理のために権限を付与した領主や兵も居るが、それは技能に則る区別であり、差別ではない。そしてそれは俺のみに許される権限だ。だから勝手にそれを書き換えたものには、平等の死を与えた。
奴隷は見つけ次第解放したが、中にはそれを拒否する者がいた。もはや1人では生きていけないほどに弱った者、仕事が見つからないもの、生きる気力を失ったもの……様々だった。
だから俺は提案した。ならば俺のもとで十分働いてから死ねと。俺としても都合が良かった。奴隷紋をそのまま利用出来たし、これのおかげで裏切ることもない。
奴隷達を教育し、必要とあらば回復させ、直属の兵とした。月に一度の報告を義務とし、普段は一般人に紛れ込ませた。彼らはよく働き、不穏分子の排除が捗った。
国家は安定したが、次の一手が遠かった。周囲の国は全て大連合の一部なのだ。
だが隣国の民は俺を後押しした。移住する者が増えたのだ。結果的に立ち行かなくなった国が増え、いくつかは自らケストの一員になった。
これらも育てつつ、ようやく次の手を打った。同時侵攻だ。1657年のことだった。
まずは最も近いゲレスト、シアネ、ケレンダスという3国を落とすことにした。どこも小さく、また守りやすく、そして戦略的にも重要な地だったのだ。
全てを落とすのに1週間も掛からなかった。だが問題はその後だ。東部都市国家大連合の参加国共はケストへの宣戦布告を行なった。
予定通りだった。俺はダンジョンマスター、つまりは防衛の専門家だ。国を守るというのは攻める以上に容易で、兵力の殆どを削らせなかった。
引くことも許さなかった。ケストの地を踏んだ者には平等の死を与えた。
まずは周辺国を落とした。兵力のほとんどを失った国を攻め落とすのは簡単だった。
7国を落とした頃、大連合から休戦の申立があった。幾度か話し合いの場を設け、最終的に休戦協定が結ばれた。
全てが俺の手のひらの上で転がっていた。結局のところ、ケストはほとんど苦せずして大国へとのし上がったのだ。
休戦期間は10年と設定した。それだけあれば、各地の膿を出し、新たな社会に慣れるのにも十分だと知っていたからだ。
10年後、ケストと東部都市国家大連合との戦争が再開した。
だがこの時には大連合を離脱している国も多く、それらは傍観を決め込んでいた。
愚かなことだ。力を減らした大連合と、力を増したケスト。どちらが勝ったかといえば当然ケストだ。
結局、またすぐに休戦協定を結んだ。この時は停戦期間を5年にした。10年は長すぎるという声があり、また経験からも5年あれば十分だと判断したためだ。
この時にはもはやシグミ、ウィグマ、クルセト、ナスシャ、ジャラズの5国しか残っていなかった。加えて戦後にナスシャとジャラズは併合を望んだ。
この2国はもはや国として成り立たないほどに疲弊していたのだ。王族を含む様々な魔人が処刑され、町は何者によっても守られず死体が積み上がるばかり。自らの力量を計れない"愚か者"共の末路だ。
ナスシャとジャラズの併合を皮切りに、傍観を決め込んだ国々もそれに倣った。倣わぬ国もあったが都合が良かった。経験のない兵士の育成に利用した。
ケストは食料が豊富だ。どれだけ国民が増えようが、それを賄えるだけの土地があり、技術があった。それは全て俺が積み上げた知識と技術によるものであり、俺は奴の教えに沿って生きている。この社会を作り上げるのは俺だけでは不可能だった。
5年後、最後の東部戦争を起こした。とはいえ戦力は圧倒的だ。片や東部のほぼ全域を掌握した超大国ケスト、片や都市国家にまで落ちぶれたシグミとウィグマ、クルセトの3国。内容は語るまでもない。
最後まで抗戦を続けていたウィグマを落としたことで、東部都市国家大連合に参加していた国が全て滅びた。1672年のことだ。
結局の所、技術と国力に大きな差があったのだ。
同じ魔人同士で優劣を付ける。確かにそれは効果的かもしれないが、ケストのような形式の方が伸びは遥かに良かった。
国民1人1人の情報を管理し、年齢に合わせた教育を与え、才能に応じて更に上位の教育を与える。これだけで国民の能力は大きく伸びた。
与えた教育に応じた仕事を国家が提供し、その労働力に対価を払う。これだけで他国と大きな差がつき、国民は満足した。
落ちこぼれには肉体労働をさせ、体も弱いものには危険ではない治験をさせた。これだけで無職の人間は大きく減ったが、不満の声も少なくはなかった。
絵を嗜む者、音楽を嗜む者……芸術に興味を持った者にはそれを推奨した。これだけで文化が花開き、国民は盲目になった。
国民は満足している。各地に配置した直属の兵士からも不満の声もほとんど聞こえない。聞こえた場合は迅速に対処した。
国民を満足させると国力が伸びる。単純だが重要なことだった。
東部全域を支配したが、ジオカンディンの夢は分からなかった。
東部だけがこの世界ではないのだ。次の一手はこの大陸、最終的には文字通りこの世界全てを支配する必要があると気づいた。
だがここから先、つまり中部へ向かうには大きな障壁がある。
イーリルと呼ばれる大山脈だ。魔人大陸中部と東部はこの山脈で隔てられている。
唯一ウィグマ南部から通れることは通れるが、その先にはダニヴェスという大国が存在している。
ダニヴェスは中部を支配している大国だ。土地の広さでいえばケストの方が広いが、ダニヴェスは暖かい。故に食料が多く、人口も多い。
戦いは数だ。ケストは広さと技術はあるが、土地自体が痩せている。故に数で戦うならば負けてしまう。
それを知らない俺ではなかったが、調子に乗っていた。1679年にダニヴェスを奇襲したのだが、攻めきれなかったのだ。
よくよく考えてみれば当たり前だ。自ら攻めることはあまりせず、攻めさせてから攻め返していたのだ。
だがダニヴェスもダニヴェスで攻めあぐねていた。ケストの防衛力は高い。お互いが攻めきれない、睨み合いの状態が始まった。
ダニヴェスは魔術の研究が進んでいた。下手をすれば、ケストよりもだ。
魔導ギルドからの報告だ。
ノジミ・ジステルダ、ハイペスト・ブーチャ・シングライド、スタナシア・ノイド・シングライド。
特にこの3名が筆頭であり、失われた魔言の再発見やダンジョンで召喚した魔物の崩壊現象を止める方法の確立を成したという。
魔術は便利だ。魔言同士や魔言そのものとの相性こそあるものの、魔法と違いほとんどの者が習得できる。便利だが、故に厄介でもある。
崩壊現象を止める方法も重要だ。俺はダンジョンマスターであり、それさえ分かれば無限の兵力を得ることが出来る。
信頼出来る俺の直属の部下を使う事にした。
魔導ギルドを利用してこの情報を報告させたのだ。途中で1つの魔言が失われたが、残りの魔言と崩壊現象の対策は無事に届いた。
まずは魔言を習得させようとした。しかしこの一度失われた魔言群はほとんどの者が習得できなかった。なぜならこれは、もはや魔術ではなかったからだ。だが極一部の限られた者は習得することができた。
崩壊現象対策。これは召喚した魔物を別のダンジョンに送り込み、ある程度の時間を置いてから出すことで止められるとあった。
実際に試してみたが、完全に止められるわけではなかった。だが以前より大きく時間が伸びることが判明した。魔石を与え続ける必要こそあるものの、事実上の無限の兵力を手にしたのだ。
だがこの強制報告によって、ダニヴェスは魔導ギルド排除の動きを強めた。
当然だ。敵国の組織を放置しないわけがない。
そう思っていたが、ダーロ・アマツという都市の魔導ギルドだけは生き残った。生き残りはしたが、ケストとの連絡手段は絶たれた。音信不通だ。
最後の連絡には、ハイペストが魔導人形の製造方法を発見したとあった。
急ぐ必要がありそうだ。そう考えた俺は新たな魔言を取得した直属の兵をクラッタ砦、ダハリアル砦、イッヘール砦の3つに潜入させることにした。
どれもダーロ・アマツを攻めるのに邪魔な、辛酸を舐めさせられた砦でもあった。
クラッタ砦は失敗したが、ダハリアル砦とイッヘール砦は成功した。
後はこれらに転移魔法陣を設置し、魔物を送り込むだけだ。
そのための魔物は用意してある。
ジオカンディン、お前の夢にまた近づける。
次回更新は12月31日(木曜日)です。




