閑話 サークィンでの休日:2日目
いわゆる日常回、いや食事会。
「雨だね」
「雨だな」
部屋中に雨音が響き渡る。
サークィンでは珍しく、外はバケツをひっくり返したような土砂降りの雨。
ダールほど頻繁ではないが、当然アストリアでも雨は降る。とはいえ小雨や霧雨程度が多く、あまり長時間は降らない。あっちと違って乾燥しているのか、ちょっと降られたくらいじゃすぐ乾く。
こんな雨はシュテスビンを出て以来か。
「こりゃ一日中降り続けんな」
「分かるの?」
「俺らはこっちで育ってっからな」
なんでも冬の手前辺りは雨が降りやすいらしい。梅雨って奴なのか?いや、秋雨なんて言葉があったか。そんな感じなのかな?季節の変わり目に雨が降るのは前世と一緒だ。
ダールだとあんまり雨を気にしたことはない。だってあそこ年中降ってるし。せいぜい夏頃に魔嵐が来ませんようにーって祈りながら襲われるくらいだ。
「降ったり止んだりを繰り返すはずだし、ま、クエストはなしだな」
「マジか。金ねーってのに……」
私達の残金は現在小銀貨4枚とちょっとしかない。仕事ができないとなるとお金が足りなくなり、お金がなくなると宿を追い出され、最終的には身売りを……いや、さすがにそこまではないけど。
魔力売りさえしてしまえばその日の食事代くらいは賄える。特に私はどうせ売っても売り切れない程度にはあるはずだし、需要さえあれば宿代くらいも稼げるかもしれない。
問題はその需要だ。町が大きくなると魔道具が増えるが、それ以上に人が増える。言い換えると競合相手が増える、つまり稼ぎづらくなる。どれだけ魔力があっても1日大銅貨1枚も稼げない程度で落ち着いてしまうのが実情だ。
とはいえ私自身はあんまりお金を使わない方、ていうか武具の手入れも簡単だしスクロールもほぼ使わないしで結構余るのだ。パーティ用とは別だけど、私の自由に使えるお金は結構ある。
「では諸君。本日は私に付き合うというのはどうかね」
「金欠病だっつの」
「ここに小銀貨が3枚ある……これはパーティのではなく、私のものだ」
「なん、だと……」
「そして今日は雨……つまり色々安かったりする……」
そう、雨の日は若干安く買えるところが多い。
単に客が少なくなるからだろう。逆にいくつかの仕事は儲けが増えたりもする。両方とも、労働者時代に付けた知恵だ。
「カク。まずはお城の見える美味しいレストランを教えるのです……」
「いや、知らん」
あ、あれ?
「どこらへんにあるかはなんとなく分かるけどよ。結構高いぜ?予約も要るし」
「え、予約?今から間に合う?ていうかいくらくらい?」
「間に合うとは思うけど、4人で行くと小銀1に大銅8ってところじゃねえか?」
待って欲しい。私の頭の中では中銅貨6枚を一食、4人なら中銅貨24枚として考えていたのだ。それが小銀1大銅8、つまり大銅貨24枚、つまり中銅貨384枚、つまり16倍……。何?高級フレンチでも食べる気なの?
甘かった。どうやら私は現実をあまりに知らなすぎた。高い店は高いのだ。いっつも安物ばっか食べてるから知らなかった。食事代だけで半分も飛んでいくのは辛すぎる。
「……前言撤回!今日はおやすみです!」
「冗談だよ。1人頭大銅貨1枚もありゃ十分な店、知ってるぜ」
なんだ、うっかり騙されるところだった。
4人なら大銅貨4枚、シパリア達を誘ったとしても6枚か。全然問題ないな!今日は私の奢りだ!おめーら好きなだけ食いやがれ!って言えるじゃん。
「ま、その前に朝飯だろ。そこで決めようぜ」
雨の日の宿の夜ご飯はあんまり美味しくなかったりする。余り物で作ったりなんかが多いのだ。だから1食しか付いてない宿の場合は朝食を貰うのが宿利用のコツである。翌日も雨だった場合?時には諦めも大切なんだよ?
とはいえダニヴェスの宿と違ってここの店主は呪人。雨でもちゃんと買い出しに行くのかもしれない。魔人と違って呪人は"働き者"だからね。
◆◇◆◇◆◇◆
朝食を摂りつつシパリア達を待っていたが、現れたのは顔色の悪いシパリアだけ。どうにも2人共体調を崩したらしく、数日休むと言っていた。なんか食べたんだろうか。
そんな彼女達を連れ歩くわけにも行かないしと、雨が弱くなってきたタイミングで4人だけで街へと繰り出した。
傘は宿で貸してくれた。普通に買うのと同じくらいの値段だったけど、返却時に3/4は戻してくれるらしい。持ち逃げ対策だろうか?そもそも結構な荷物は宿に置きっぱなしなんだけども。
もちろんビニール傘のような安価なものでもないし、買うとなると結構掛かるのでありがたいシステムである。壊しちゃったりしたらまずいので丁寧に扱わなきゃだけど、そこまで弱い作りにも思えない。
傘はそこまで高級な品でもない。そのためか想像してたよりは人通りがある。これがダールだと農村に迷い込んだのかってレベルで人が居なくなるのに……やはり呪人は働き者だ。
いや、呪人がってよりは魔人が"怠け者"なだけだ。他の人種に比べて長生きな私達は、呪人達から見るとかなり"おっとり"しているらしい。レニーは育ちが育ちなだけにかなり魔人寄りらしいけど、それでもたまにツッコまれる。そんなに違うもんだろうか?
すれ違う人々を観察していると、たまにケモケモしいのが歩いていることがある。ダールでは見たことのない人種、つまり獣人だ。最初に見た時は驚いたけど、もう慣れた。
ダーロですら数回しか見なかったのに、サークィンでは結構見かける。今日は雨ということもあり魔人が少ないせいもあるのかもしれない。
彼らの面白いところは見た目の個人差が激しい所だ。肌を露出していない人が多いから手や首から上くらいしか分からないけど、特に指先は完全に獣みたいな人から爪だけ獣っぽい人、ちょっと毛深い程度の人……本当に同種なのかと疑うレベルで差がある。
以前読んだ録石には人がベースみたいなことが書いてあったけど、印象としてはむしろ逆。どっちかっていうと二足歩行してる獣ってほうが近いように思える。
足とか呪人や魔人と骨格違うもん。趾行って呼ぶんだったかな、いわゆるケモ足だ。なんかめちゃくちゃ早く走れそうなアレだ、一見すると逆関節に見えるアレだ。
壁に背を預けていたり、しゃがんでいたり、何かに腰掛けていたり……直立静止は苦手なんだろうか、滅多に見かけることがない。本当に苦手なのかどうかは知り合いに獣人が居ないのでなんとも言えない。
「ねえカク、獣人の知り合い居る?」
「獣人?……いや、居ないな。どうした急に」
「いや、体の構造どうなってるのかなーって」
「すげえ事言い出したな」
そんな突拍子も無い事だろうか?
もし今後療術を掛けるとなった場合にその骨格を知っておくのは大切だし、そもそも種族間でどれだけの違いがあるのかを知っておくのは大事だと思うんだけどな。
……いや、まあ、個人的な趣味として知りたいって要素が強いのは確かだ。嘘はいくない。内部構造とかすごく気になっちゃう質なのだ。ロボットとかもガワはどうでもよくて、どんな仕組みなのかが気になって仕方なかった。
まあ見た感じあんまり人と変わらないのかも知れない。全身のほとんどを毛皮で覆って尻尾を生やしたら呪人は大体あんな感じになるはずだ。胸は2つだし、指も5本。うん、基本的には一緒だ。すんごい爪が生えてたり耳が上の方に着いてたり首が太かったりはするけど、ちゃんと人型だ。
魔人よりは呪人の方が似ているかもしれない。魔力もかなり薄いし、筋肉もりもりな人も居るし、おまけに多分だけど男女差が結構ある。ペチャパイだと性別が分からなくなる魔人とかいう謎人種とは大違いだ。
ここらへんで見かける獣人は大体3種類に分けられる。
1番見かけるのは豹っぽい斑模様に猫耳が生えたスラッとした人。こっちの世界で豹は見たことないけど、ネコ科っぽい動物はちらほら見聞きする。例えばケノーは1m程度だが、猫と鼠を足して2で割ったような奴だ。
ケノーはほぼ肉食、擬態や不可視の魔術を生かした待ち伏せ型の狩人。ついでに綺麗好きでしょっちゅう体を舐めている。もう大体猫だろう。手先の毛が無かったり物を掴めたりと鼠っぽいところも多いけど、大体猫だ。
獣人大陸に生息しているネヌク・ケノーはこれの大型種であるらしく、ケノーのくせに追跡型だとかなんとか。群れも大きいって聞いたし、ライオンとかのイメージが近いんだろうか?うわ強そう。
一方こっちに生息してるマジルク・ケノーって種類は40cmくらいと結構小さい。ガチモンの猫だ。他のケノーと違うところは完全なる不可視化の魔術が使えること、それから跳躍力が半端ない事。……魔力が見えないと捕まえるのが大変だ。いや、見えても大変だった。前にクエストで探し回ったことがある。
他にも種類が居るけども、ネヌクを除いた野生のケノーは全て擬態や不可視の術が使えると言われている。どうにも飼育下だと使えない個体が多いらしく、特に小さいうちに親から離すと使わなくなるとか聞いたことがある。
つまりは先天性のものではなく、あくまで教わって初めて身につく技術の1つなんだろう。素質自体はどのケノーにもあるみたいだけど、ネヌクは使わない辺りケノーだからと一纏めに考えるのもよくないかもしれない。
次に多いのは多分狼系の人。豹っぽい人達の大半が暖色なのに対して、こっちは灰白色がほとんどで、模様も特に無い。ぽてっとした体型の人がちょくちょく居る辺り、狼は太りやすいのかもしれない。ちなみに私は犬派だ。
見かけたことのあるイヌ科っぽい魔物といえば、最初に浮かぶのは雷狼だ。彼らは真っ黒な毛皮と20cmはありそうな角が特徴だけど、狼っぽい人達は角なんか生えてない。
大きな荷物を抱えていたりする辺り、別に鎖骨が退化していたり、喪失していたり……なんてことはなさそうだ。うん、やっぱり構造を知っておくって大切じゃないか?
豹っぽい人達と違って、髪と呼ぶべき長さの毛が生えているのも特徴かもしれない。別に豹っぽい人達がハゲってわけじゃない。豹っぽい人達のは体毛って感じなんだけど、狼っぽい人達は髪って感じなのだ。別に差別とかじゃないからね。見た目の話だからね。
見かけた獣人の中では1番男女差がある。というのも、豹っぽい人達は魔人ほどじゃないけど割と分かりづらい。一方の狼っぽい人達は男女で髪の長さがかなり違う。長いのが男性で、短いのが女性だ。分かりやすいね。
上の2つから大分差があって、次に多いのは熊かなんかっぽい人。真っ黒な毛皮と丸耳、そして私の1.5倍はありそうなあの身長。よく分からないけど熊でいいよね?踵付けてないけど熊でいいよね?
そう、踵を付けずに歩いてる。つまり実際に見かけたクマ科っぽい生物、風刃熊と違って趾行性だ。風刃熊は蹠行と呼ばれる踵を付ける歩き方をしていた。
それっぽい魔物との違う点はこんな風にいくつかある。まあそもそも二足歩行してる時点で大分違うんだから「それがどうした」で終わる話なのかもしれないけど、私としては少し気になってしまう。
熊っぽい人達は人数自体は結構居るらしいんだけど、そのほとんどが船員として働いているらしく、普通に生活しているとほとんど見かけない。
ただこの前お菓子屋さんで見かけた辺り、甘いものが好きな熊さんも居るらしい。可愛いなおい。いやまあ個人差は大いにあるとは思うんだけども。
ここに含まれないっぽい獣人も見たことあるが、サンプル数が少なくてよく分からない。今の所肉食獣っぽい人しか見てない辺り、草食獣っぽい獣人は存在しないのかもしれない。
いや、この前ツルツルの獣人見かけたぞ。あれは一体なんだったんだろう。アルマジロとか?あいつらって何食べるの?虫?……なら肉食か。草食はやっぱ居ないのかな。
「雨ん中歩くってのも、たまにはいいな」
「そうか?宿で寝てるよりかはいいけどさー」
休日のティナは、普段と違いかなり可愛い。普段はダガーだのショートソードを振り回すお転婆なくせに、私服となると突然フリルが生えてくる。ギャップがヤバい。
スラッと伸びた肢体、大きな胸、くっきりとした目鼻立ち……前世に居たらモデルをしててもおかしくない。……あの乳もげないかなぁ。
素材が良いのに加えて、カクと私でよく魔改造を施している。今日も髪を整え、化粧もばっちし。
本人も満更でもないらしく、化粧をしてると観察されまくるし、ちょくちょく教えてあげてもいる。残念ながら不器用らしくあんまり伸びがよくないけど、何事も慣れだ。最初はすっぴんだったのに、最近は日焼けも気にするようになってきた。育成ゲームみたいで楽しい。
とはいえモテるわけではないらしい。残念ながらあの体型は貧相に映るらしく、男ウケは悪いようだ。本人はあんまり気にしてないっぽいけど、男がほしけりゃもうちょっと太れとたまにツッコまれている。
生まれつき筋肉が付きづらいと言ってたし、食も太い方ではないから、そういう体質なんだろう。あんなに動き回るくせして私と食べる量はほとんど変わらないのは少し羨ましい。……むしろ私が食べすぎなのか?いや、これは成長のためであって……。
乳といえば、ティナの胸は未だ成長中である。ていうかサンよりデカくなってた。神はもっと公平に与えるべきでは?一方の身長はほとんど伸びてないとかなんとか。最近カクに抜かれたって愚痴ってた。ざまあ。
「なあ、アタシらどこに向かってんだ?」
「さあ?主催者様に聞こうぜ」
「え、目的地とかないよ?散歩してるだけ」
単に考えたり観察したりしつつ歩いてるだけなのじゃが。
「じゃあ闘技場行こうぜ」
「バカ、今日は雨だろ」
闘技場とは、まあ大体文字通りだ。プロレスみたいな肉体だけで戦うようなのから、魔術を交えて遠距離で戦うようなのまであるらしい。
ダニヴェスでは禁止されてしまっているが、アストリアではまだまだ現役。賭け事なんかも行なわれてるらしいが、私はどうにも賭け事は苦手だ。とはいえ単に観戦目的であれば興味がないでもない。
というか他の人が魔術で戦ってる様を見たい。あんまり他の魔術師と動いたことがないし、他の人がどうやってるのかを詳しく知らないのだ。私のは我流、アンジェリア流戦闘術だ。……ダサいな、ボツ。
入場料こそ取られるらしいが、その値段は中銅貨4枚とそこまで高いものでもない。残念ながら雨の日は開催していないらしいが、今度見に行ってみようかな。
「観劇なんてどうだ?」
「あんま興味無いんだよなー」
「図書館っていうのも」
「やだよ。まだ文字読めねーもん」
「遊戯館――」
「ルール覚えんのがめんどくせー」
ああ言えばこう言う状態のティナはさておき。
雨の降るサークィンを歩くのは初めてだ。いつもは人がごちゃごちゃとしているこの大通りも、今は魔人が居ないせいかかなり空いている。人通りが減ったからこそ見えてくるものもある。世界は案外複雑だ。
例えば道。今まで気付かなかったけど、水はけを良くするためか微妙に傾いているらしい。アーチのような形状のおかげで外側に流れていっている。
じゃあその水はどこに行くのかといえば、別に道沿いの家屋を襲っているわけではない。通りには側溝があり、そこから別のところへ流れていってるようだ。
魔力的には町の外に向かっているらしい。城壁のすぐ外には畑が広がってるし、そっちで溜め込んだりするんだろうか。……水とは別の魔力も流れてる。確か都市魔法陣とかいうのだったかな。
水といえば、この町にはれっきとした上水道があり、ちゃんと消毒されているとか。
つまりどっかのダニヴェスと違っていちいち使用量を払って井戸を使う必要がないってことになる。
ダールに住んでいた頃、夏は雨水でなんとかしてたけど、冬は井戸を使う必要があったから面倒臭かった。年中井戸を使ってるような家もあったし、そういうところの家事は大変だ。
しかも洗濯の前には一度沸騰させないと服がダメになりやすいとか、熱湯のまま洗えだとか、冷やすと汚れが落ちにくいとか……洗濯ってのは実はかなり面倒臭い。温めるのだったり掻き回すのだったりは魔術でなんとかなるけど、水自体は本物を用意しなきゃいけないってのが多分原因だ。
ダールの水は硬水って奴なんだろうか?こっちではそこまで面倒ではないらしいし、ていうことは軟水?……私にはこの2つの違いが分からない。ミネラル多いほうが硬水だよね、くらいの記憶しかないし、いまいち味の違いも分からない。もしかして味覚が鈍ってる?
ダールと違い、サークィンの水は割と飲まれる。
私には味の違いがいまいち分からないんだけど、ダニヴェスだと「あいつ水飲んでるぜ!」ってなるのに、サークィンだと平然と飲んでる人が居て驚く。やっぱり水質が違うんだと思う。
1番感動したのはやっぱり洗濯だろうか。宿には洗濯機が置いてあるんだけど、いちいち水を運んでくる必要がない。もう最高だ。
いや、ダールの長宿にもあったっちゃあったけど、あれは完全に自動化ってわけじゃない。水の出し入れだったり魔石の補充だったりがあるし、二槽式洗濯機っていうの?乾かすやつと洗うやつが別々だった。……思い返せば結構面倒だな。発明とは素晴らしいね。
そういえば、サークィンでは水道料金は特に掛からないらしい。前世でも実現してほしかったね、水道代は結構嵩むんだ。
「お、止んできたか?」
「ホントだ」
気付けば雨はすっかりやる気をなくし、時折ポツポツと垂れる程度にまで弱まっていた。
カクいわく完全に降り止むわけではないみたいだし、実際太陽はまだ見えない。一時的に止んでいるだけなんだろう。
「ティナ、今のうちに売っとかない?」
◆◇◆◇◆◇◆
魔力売りによる収入は、その道具にもよるけど基本的には中銅貨1枚が相場になる。
私は8枚、ティナは5枚手に入れたところでフィニッシュ。近くにあった他の魔道具は既に補給済みだと言われた。ぐぬぬ、先客が居たか。
レニーも魔力売りにチャレンジし、失敗していた。カクがそれをフォローして事なきを得たが、やはり呪人には難しい作業らしい。やり方的には録石を読むとあんまり変わらないとは思うんだけど、消費魔力が大きすぎるせいだろうか。
雨脚はまた強まってきて、人通りは更に減ってきた。
魔人じゃないからって雨の中活動したがるわけではないし、屋台なんかもほとんど見られない。
とはいえ営業してる店がないわけでもなく、実際にちょこっと買い物もした。特にお気に入りは魔石を加工したアクセサリー。4人でお揃いだ。なんか良いよねこういうの。
3人は拓証と一緒に首にぶら下げ、私は鞄に付けることにした。拓証を首にぶら下げるのは、自分が冒険者の戦士であるというアピール、私の拓証は鞄に付けている。
この手のローカルルール的なのは結構ある。例えば冒険者は拓証を目に入る場所に付けるだの、魔術師はフードなんかで顔を隠すだの、療術師は左手人差し指に指輪を付けるだの、罠師は右手小指に指輪を付けるだの……大きなものから小さなものまで様々。
拓証を首に掛け、顔を隠し、腰に小袋をぶら下げ、両手の人差し指と小指に指輪を付けたらきっと何でも屋だ。そのうちカクはこのスタイルになるんだろう。
それぞれの由来を調べると結構面白い。例えば拓証を見えるところに、というのは元は当時の貴族達が自分の財力を見せつけるため、豪奢なアクセサリーを好んで身につけていたところから来てるらしい。
きっと市民が「あれおしゃれじゃね?真似すんべ」「でもうちら何も持ってねえべよ」「身分証があるべさ」みたいな会話をしたのだ。いや知らんけど。
どちらにせよ、身分証や職業証を見えるところに付けるというのは、冒険者に限らずダールでは一般的。他の都市、特にアストリアに来てからは冒険者くらいしかぶら下げてない辺り、ダールのローカルルールと呼んでも良いかもしれない。
他には魔術師の「顔を隠す」はエヴン教由来のもの。あの宗教では魔法は神の教えに背くとかいう理由で魔法使いは卑しい奴扱いらしい。中世の魔女みたいなもんだろうか。
現代では廃れた教義の1つらしいけど、その習慣はこうして冒険者達に引き継がれている。ただいつの間にか魔術師と魔法使いが混同されたらしく、魔術師もフードを被るようになったとかなんとか。
ちなみに呪人大陸の一部では今も厳格に守ってるようなところがあるとかないとか。ひー怖い怖い。フード被っとこ。触らぬ神に祟り無しじゃ。
元々は冒険者ギルドが生まれる以前の話、昔は指輪で自身の得意分野をアピールしていたらしい。だけど現在残ってるのは人差し指と小指だけ、それも冒険者に限られる。
例えば魔術師は左手中指に指輪を付けていたのだが、顔を隠してる人の方が増えたせいで廃れてしまった。まあそっちの方が遠くから見ても分かりやすいもんね。ちなみに1番得意な色の指輪を付けていたらしい。色ってのは色魔石から来てるもので、私の場合なら風の空か水の青かといったところだ。
右手の中指は弓術士の証だったらしいが、こっちも似た理由で廃れた。まあ弓背負ってるから一目で分かるもんね。
両手の薬指は戦士の証。特に右手であれば力が、左手であれば技術に自信のある証だったらしい。うちならティナは右手、カクは左手だろうか。……両方つけちゃダメなのかな、レニーとかどっちにするか凄い悩みそうだけど。
戦士が廃れた理由は、一部防具との相性の悪さかららしい。カクやレニー、シパリアなんかが使う指を通すタイプのガントレットのことだと思う。その後なぜ首に移ったのかは不明。
かなり脱線してきた。考えをちょっと戻そう。えーっと、外出外出……そうだ、買い物の後には魔導ギルドに立ち寄った。
サークィンにはちゃんとした魔導ギルドの建物がある。シュテスビンにもあるにはあったけど、結局1回も寄らなかったし、ダニヴェスに至ってはダーロ以外ほとんど活動を禁止されてしまっている。
ダーロの魔導ギルドも大きかったけど、サークィンの魔導ギルドもまたかなり大きい。
まあそのほとんどが職員じゃないと入れない場所らしく、魔道具やスクロールを作りつつ、新たな魔道具を開発したり魔術を研究?したりしてるとかなんとか。日本語にするなら研究所だろうか。
興味がないといえば嘘になるが、とはいえ今の私はユタに会うほうが優先だ。
そうそう、「ハイペストの研究所」は知ってるかと聞いてみたら、なんか普通に知っていた。どうにもハイペストって人は魔導ギルドでもかなりの地位の人らしく、ダーロの魔導ギルドを守りきった英雄とまで言われてるらしい。
しかしここはサークィン。もちろん研究所はここではなくダーロにあるため、あまり詳しいことは聞けなかった。残念だ。
品揃えに関してだが、ダーロの魔導ギルドとは違い、様々な魔道具が売られていた。あっちはなんか取り締まりが厳しいらしいから仕方ない。
1番面白かったのは、スイッチ式で3種類のトウか何かを切り替えられる警棒のような……有り体に言えばスタンロッドだろうか?お値段はなんと恐ろしき大銀貨8枚。いや高すぎでしょ。しかも壊れやすいらしい。アホか、その金で魔石杖買うわ。
術式は残念ながら教えてくれなかったが、1つは「当てた対象を感電させる」と言っていたのでこれはドイ系統だろう。とはいえドイ・トウはそこまで強力な電撃ではないらしいし、ただのドイ・トウではないのかもしれない。対象の無力化用だって言ってたし。
もう1つは「当てた箇所での爆発」。こっちはウズドだとは思うけど、レズドやズビオでも爆発を起こすことは出来るし、確実とは言い切れない。こっちは殺傷用らしいけど、下手に強すぎるとそれはそれで死体がぐちゃぐちゃになってしまう気がする。
最後の1つは「触れた対象を棒の向いてる先に吹き飛ばす」だという。こっちはもう全く何だか検討も付かない。ベクトル操作みたいなこと言うじゃん。私の知ってる限りだと唯一レズドがこれに該当するけど、あれは魔術以外にはあんまり利かないので多分違う。
作動は人力、つまり自身から直接魔力を流している時のみに限定されるタイプ。魔石で使えたりはしないし、蓄電池的なのも入ってないらしい。人力式で3種類ってことは最低限プレートが5枚……かなぁ。構造自体は知ってるけど詳しいわけではない。
人力式の魔道具は概ね「魔力を吸い上げる」魔法陣の描かれたプレート、「魔力を利用可能な魔力に変える」魔法陣の描かれたプレート、それから「魔力を術式に変換する」魔法陣の描かれたプレートから成る。
魔石型も同様3組だが、1つ目の魔法陣がかなり大きくなる。蓄電型の場合は最低でも5枚からとかなり複雑になるし、そもそもがかなり巨大な装置となってしまう。故に蓄電型は基本的には設置型のものにしか使われない。ちなみにこれは全部テルーから教わったことだ。
プレートとは言ったが、簡単なものでは1cm程度とかなり小さい。録石もよく見ると底に直接彫られてはいるが、拡大鏡がなければ何がなんだかさっぱりだ。
スクロールの品揃えはかなりのものだった。ダールの屋台ではスクロールが並べられていたが、サークィンではダーロ同様欲しい機能を伝えるといくつかリストアップしてくれるタイプ。屋台が例外で本来はこっちなんだろう。
ただ種類が多すぎて、例えば「100m先まで届く」「弾速の早い」「火系の魔術」と伝えると30種類以上出てきてしまう。あの量を覚えてる職員も職員だが、リチ・ダン系だけでそんだけ違うものがあるのかと驚いた。
ちなみにスクロールはどれも魔石付きか魔石別かを選べる。魔石とバラバラに買うよりは確実に安いし、もし在庫がなくても30分もあれば新しく書いてくれるとかなんとか。やっぱ大きいところはさすがって感じだ。
もし冒険者を引退したら、魔導ギルドに勤めるのも面白そうだ。魔術にはかなり興味があるし、魔力は人並み以上にあるし、多分バカではない……と思う。うん、だよね?最近カクにバカバカ言われてて不安なんだけど。大丈夫だよね?
魔導学校なんてのがケストの方にあると聞いたけど、お金が貯まったらそっちで学びながら~ってのも良いかも知れない。これから行く方向とはすっかり逆方向だし、なんかきな臭いのが難点ではあるけども。
……呪人大陸の方にもあったりするのかな?あっちの方が色々進んでるとはよく聞くけど、実際どのくらい変わるんだろう。
「ねえカク、呪人大陸の学校って詳しい?」
「学校?いや……ああ、こっちの学校とはちょっと違うらしいぜ。どっちかっていうと研究施設って感じだとか」
「魔導ギルドみたいな感じ?」
「じゃねえの?どっちも行ったことはねえから詳しくはないな」
行ったことがあったら今頃もうちょっと老けてるんじゃなかろうか。
孤児院出てしばらくはダニヴェスでいう労働者、つまりなんでも屋をしていたと聞いてたし、色々知ってるのはそのせいだろうか。私も結構広く浅くな感じで見聞きすることが増えた時期でもあったし。
しかし、学校か。そういうのサークィンには無いんだよね。ダールとダーロにあるのはケストのパクりだとか聞いたこともあるし、同じ名前でも発祥が別ってことだろうか。
以前サンが魔導ギルドについて話してくれたけど、聞いた限りだと研究室みたいな印象を受けた。私は実際に所属したことはないから分からないけども、なんとなくイメージだ。
サンか……東部の方、つまりケスト出身だとは聞いたことがあったけど、特にその父や母の話は聞いたことがないな。
あのロニーですら話してくれたことがあるのに、お喋りのサンにしては珍しく避ける話題の1つだ。多分、もう死んじゃってるとかなんだろう。私としても無理に聞き出す理由もなかったし触れないでおいたけど、ややモヤモヤが残る。
ロニーの方は両親共に死んでるらしいし、兄弟とも連絡が取れないとは聞いたことがある。だからじゃないけど、ユタのあの手紙は結構なダメージだったのかもしれない。
ロニーといえば、サンとはケストで出会ったと聞いたことがある辺り住むなり通るなりしたのは確実だけど、じゃあどこで生まれどこで育ったのかと言われればさっぱり分からない。よくよく考えたら私は両親を全然知らない。まあ親と話すってのは結構難し――。
「おーい」
「え、何」
「いや、着いたぜ?」
考えてる間、思ったよりも距離を歩いていたらしい。
そろそろ小腹も空いたしご飯にしよう、なんて話をしたんだった。忘れてた。
……ティナじゃなくてよかった。あいつはいつもチョップをしてくる。これ以上バカになったらどうしてくれる。ティナになっちゃうぞ!
◆◇◆◇◆◇◆
「わり、あんま見えねえわ」
「雨だもんね」
普段はテラス席があるというカニアック・エルツというお店に来た。エルの方の綴りに広いという字が使われてる辺り、意訳するなら大衆食堂とかそこらへんだろうか。にしてはちょっと高そうだけども。
カクの言う通り、残念ながら城はほとんど見えない。つまり私は騙された。……いや、晴れた日のテラス席なんかだとよく見えるんだろう。残念ながら今日は雨で、お預けってだけだ。
少しして、店員が紙のメニュー表を持ってきた。どれどれ……。
「ふむ……カクさんや、お任せ致します」
「お前らは?」
「読めねーよ」
「任せる」
メニュー表を渡されたは良いものの、いまいち何が何だか分からない。とりあえず値段はセーフだ。見た目よりも全然安い。
上の方は見知った名前がいくつかある。名前しか聞いたことのない料理もあるが、そこらへんは単に私が食べたことがないだけ、というかカクと一緒じゃないと大体いつも同じようなのを食べてる。カクが居ないとあんまり冒険する気が起こらないのだ。
下の方の料理は名前が抽象的過ぎる。「疲れを癒やす小さな一時」だの「情熱的な荒波に揉まれて」だの「豊かな海からの贈り物」だの、これを見て何の料理か読み取れなんて不可能だ。せいぜい後ろ2つはなんか海産物っぽい……?程度だ。
この中から最適なものを選べだなんて難しすぎる。だからといっていつもと同じものでは芸がない。だからここはカクに任せる。すると私好みの知らない料理が出てくる可能性が結構高い。……たまにあんまり好きじゃないものもあるけども。
結局カクが3人分を注文することになった。
レニーはいつもそうしていたし、私も最近はそうすることが多い。ティナの場合は単にメニューが読めてないだけで、読んであげたら自分で色々選んでた。まあ半分くらいはカクが読んでたんだけども。私には読めてもどんな料理かが分からぬ。
最近はティナに文字を教えつつ、カクからは呪人大陸の言葉を教わっている。ティナも同席しているが別々の言葉を同時に覚えるというのはさすがに難しいらしく、文字の進みはかなり遅い。
とはいえ文字はほとんど共通だし、呪人大陸へ移動したら否が応でも目に入るはず。そのうち読めればいいのだ。それまでは私達が読み伝えればいい話だし。
「お、来た来た」
「おー」
私の前に来たのはピラフのような料理とやや黄味掛かったスープ、それから魚を丸々1尾使った蒸し焼き。「情熱的な荒波に揉まれて」って奴はセットだったらしい。
思ったよりも量が多いが、朝食は軽く済ましたので丁度いい。魔力も使ったし結構歩いたしで割とお腹が空いていた。
見た感じ、これはエルフェという魚だろうか。ダニヴェスでもよく食べてたし、こっちでも何度か見かけた、海さえあれば――リニアルってあれ海でしょ――どこでも捕れる一般的な魚。味も食べ方もよく知っている。つまるところこいつは私の知り合いだ。
骨が多いのがやや面倒だが、淡白な割にはしっかりとお肉が付いているし、お値段も手頃と便利な奴。まずはこいつを解体してやろう。
首元に切り込みを入れ、次は背びれと胸びれに沿って切り込みを入れる。最後に首元の切れ込みにナイフを入れ尾の方に押せば半身が取れる。大体三枚おろしの手順だ。
次に剥がした半身を退かし、背骨を浮かせてあげれば――。
「アンって器用だよな」
「ん、そう?」
もう少しで食べられる、というタイミングでティナに声を掛けられた。
口は動かしつつ手は止めない。ていうか慣れてるしこれ。
「いやー……何それ?作法って奴?分っかんねーや」
ティナの前にはカットステーキが並んでいる。どうにも食器の扱いが苦手らしく、こういうお店では大体既に切られているものを注文している。
普段は冒険者として活動しているし、そもそもが村育ちだしで、あんまりそういうのを必要としなかったのかもしれない。
一方の私はちょっと違う。町育ちだし、なぜかサンに叩き込まれた。
「サンが結構うるさかったからね」
「へー、あんな優しそうなのに」
「優しそう……?」
なんかとんでもない言葉が聞こえた気がする。
「いやもう全然。うちじゃ説教担当はサンだよ、すーぐ怒る」
「マジ?想像できねー」
うちでは大体サンが怒っていた。というか、大体家に居たのですぐバレた。
別に私も悪さしようとしてしてたわけじゃない。ただちょっと魔術の構成を失敗してぼやっぽくなったり、寝てて家事を忘れてたり、迷子になってしまったり、まあそんなくらいだ。悪気があったわけじゃない。
ユタが居なくなってから怒られる頻度は減ったけど、それでも何か注意してくるのはサンだった。食事マナーだったりはサンもロニーに教わったらしいけど、私に教え込んだのはサンだ。
「ティナの家はどうだったの?」
「うちか?うーん……あんまり怒られるようなことできなかったからなぁ」
小さい頃は病弱だったと聞いたし、そうなっちゃうのか。
しかし今のティナからは想像もできないな。ジャイ○ン的な感じでガキ大将してる方がよっぽどそれっぽい。
「ハハッ、今のティナからは考えられねえな」
「だな」
「笑うなよ。そういうお前らはどうだったんだ?」
「俺か?俺も怒られた記憶はねえな」
嘘だろ……?ちびカクは完全にいたずらっ子だと思ってた。なんかもうずっと怒られてるイメージしか出来ない。
むしろ優等生だった……?いや、まあ、確かに色々なんでも出来るし、飲み込みは早い方だったのかもしれない。
え、でも、カクだよ?そんなのありえる?
「俺を泣かしてよく怒られてたじゃないか」
「んなことあったか?」
「やられた側は覚えてるもんだ」
と思いきやレニーをいじめてたらしい。カクは小さい頃におねしょが多かっただの、レニーは他の子から浮いてただの、2人はそれぞれ過去を暴露しあってる。……泣いてるちびレニーはそれはそれで可愛いかもしれない。
この2人は凸凹コンビって感じだけど、かなり仲が良い。いいな、男友達。ダールに住んでる頃、他の子と接触する機会はほとんどなかった。セメニアとケシスくらいしか一緒に遊んでた記憶がない。
まあ自分から他の人に声を掛けなかったってのもあるし、そもそも学校にも通ってなかった。そんなんなら交友関係は広がらなくてもおかしいことはない。……コミュ障ではない、多分。
それぞれの話を聞きつつ、料理を口に運んでいく。
エルフェはレモスと相性がいい。レモスとは、ちょっと酸味の薄くして癖を強くしたレモンって感じの果物。名前も似てるしね。名前が似ている理由は完全に偶然だとは思うけど、肉料理を酸味のある果物と組み合わせる文化は前世同様に一般的。
ただ私的にはこいつはお酒にくっついてるイメージが強い。そういう意味だとレモンってよりもライムの方が近いのかも。……名前的にはレモンとしておきたい。黄色いし。いやライムもそのうち黄色くはなるけども。
前世風にいうなら、スズキの蒸し焼きにレモンを添えた感じだろうか。あいつらよりは小さいけど、大体似たような味だと思う。結構うまい。
一緒に付いてきたスープには腸詰めが、つまりソーセージのようなものが入っている。ダールじゃあんまり食べることはなかったけど、アストリアでは割と食べれている。
そもそもダニヴェスには内臓を食べるような文化がほとんどない。よく土地が豊かだなんて言われてたが国外に出てみると実感する。多分、内臓なんて食べなくても十分やっていけてたのだ。それに私達は前世の人間と比べても少食だし。
ここから先はイメージだけど、加工が面倒臭いのもあるかもしれない。ソーセージって細切れにした肉とかをよく洗った腸に詰め込むんでしょ?魔人がいちいちそんな事をする理由が思い浮かばない。
肉は十分取れて、ゴミは簡単に焼いてしまえて、そもそも食事量自体が少ない国。うん、食べる理由が見つからない。
一方のアストリアは魔人の方が多いとはいえ、呪人もかなり居る。特にここサークィンでは獣人なんかもちらほら見かけるし、そのくせダニヴェスほど豊かな土地って感じもしない。
サークィンの周辺は結構砂っぽい。来る前は海から砂が巻き上げられているんだろうと思っていたが、海から結構離れてもこんな感じなので多分そういう土地なのだ。レニーいわくになるが、枯れた土地でも育つような植物しか育ってないという。
一応町の周辺はある程度開墾されてはいるが、少し歩けばすぐに荒野になってしまう。おかげで人がほとんど居ないので、私達にとっては都合がいいとも言えるけどね。
長々と考えてみたが、私はソーセージは嫌いじゃない。神と肉屋しかソーセージの中身は知り得ないだなんていうが、美味しければそれでいいんじゃなかろうか。まあ毒とか病気はさすがに勘弁してほしいけど。
このソーセージだが、日本でよく食べていたものとはだいぶ違う。スライスされているせいか、見た目はどっちかっていうと厚く切られたハムに近い。ヒルミナの腸を使ったらこのくらい太くなるんだろうか?
そうそう、こっちのソーセージの中の肉は内臓由来の物が多いと聞いたことがある。つまり内臓を内臓に詰め込んだものということだ、よく分からんな。まあコリコリした食感は癖になるし、味自体も悪くない。
スープには大きめの野菜がゴロゴロと入っており、ソーセージと合わせていい感じにスープに味が滲み出ている。スープ自体は魚介系っぽい匂いがしているけど、案外喧嘩せずに仲良くやれているらしい。うん、結構おいしい。
もう1品はピラフっぽいの。米をこういう風に食べるのは初めてだが、前世では米飯が主食の国に住んでいたこともあってなんとなく想像はつく。
一口運び……なるほど、想像してたよりもずっとしっかりした味付けだ。こっちにもお肉が入っているけど、ソーセージのとは多分別。これはなんだろう?というか……。
「カク、これなんていうの?」
「イップシエッだな。プシエットなんかを炒めたやつ」
「へー……ちょっと濃いね」
「こっちの料理じゃねえかんな」
美味しいことは美味しいんだろうけど、なんだろう……スープとは真逆、色んな具材が口の中が自己主張を繰り返していてかなりうるさい。好きな人は好きだろうけど、残念ながら私の好みではない。
「6点じゃ。妾の舌には合わん」
「厳しいなおい。ほれ」
カクのお皿と1つ取り替えてもらいつつ、カクが居ない時に新規開拓をしないのはこれがかなり大きいかもしれないと考える。
要するに私のわがままだ。多分1人で食べに来ていたら普通に食べ進めたとは思うんだけど、甘えられる先があるから甘えてしまう。……このくらいいいよね?
イップシエッの代わりに渡されたのは平たいパン。なんだっけ、前世だとフォチャッカみたいな……名前なんてどうでもいいか。
中にはクルミのような木の実とチーズが練り込まれており、やや油っぽくはあるが嫌いじゃない。うん、私はこっちの方が好みだ。
前世で読んでた異世界転生物だと血眼になって米を探す主人公がちょくちょく居たけど、私にとっては信じられないな。まあ近くにあれば食べるかもしれないけど、その程度、あったら食べる程度だ。
単にピラフの味が好みでないだけだったかもしれないか。ただの米飯なら案外美味しく食べられるかもしれない。……なんか醤油とか生卵とか欲しくなってきた。前言撤回、やっぱ信じられる。フィクションとはいえあれは私のバイブルだ。
ともかく、このパンは結構美味しい。残念ながら魚の蒸し焼きとは合わないが、スープとはよく合っている。
魚を食べ、少し飽きたらパンを口に運び、口内の油分をスープで流しつつ……悪くない。バラバラと同時に食べて行くのはお行儀が悪いらしいが、サンは居ないから怒られることもない。
いくつか他の人の料理をつまみ食いしたり、逆に私のも食べられたりしつつ、気付けばすっかり食べ尽くしてしまっていた。
「うむ、満腹じゃ」
「デザートは俺が頂くか」
「待って、それは別腹」
そういえば後に持ってくるか先に持ってくるか~みたいな話を店員としていた気がする。すっかり忘れていた。
フェルナン・ウィード・アラ・カゲンって言ってたっけ……冷やしカブの2個乗せ?聞き覚えのない名前だ。ていうか、カブ?
「ねえ、何が来るの?」
「見てのお楽しみってな。お、ちょうど来たぞ」
「おー」
私の前に来たのは2つの丸いアイスクリーム。なるほど、大きさも形も言われてみれば確かにカブっぽい。ネーミングセンスに疑問を覚えるが、別に私も優れてるわけじゃない。突っ込むのは止めておこう。
片方は淡黄色でもう片方は桜色。器には小さな花が添えられていて、実に可愛らしい。しかし季節はもう冬間近。こういうのは夏に食べたほうが良いんじゃなかろうか。
「……寒そうじゃない?」
「ま、食ってみ」
言われたとおりに食べてみる。
淡黄色の方はクリームっぽさが口に広がる。甘みも十分にあるが、下品な感じの甘さではないし、何かの花の匂いがある。蜂蜜とか入ってるんだろうか?
次は桜色の方。……こっちはベリー系?淡黄色と比べパンチがあるが、嫌いじゃない。というか私はこの手の味が結構好きだ。
いや、うん、確かに美味しいんだけど、冬……あれ?
「何かポカポカしてきた」
「面白いだろ」
え、何これ怖い。
普通アイスって体冷やすんじゃないの?逆に温まるの?
ああ、でも、これなら冬でも行けるかもしれない。さすがに食べ過ぎたらお腹を下したりしそうだけど、このくらいなら大丈夫でしょ。多分。
ていうか普通に美味しい。あれ、いつの間にか無くなってるんだけど。誰か食べた?……わけないか。
他の3人はそれぞれの別の物を食べてる最中。なんか私だけ早食いみたいで微妙に恥ずかしいんだけど。
特にカクのあれが気になる。なんかコーヒーゼリーみたいなのを食べている。
「なんだよ。……一口食うか?」
「食べる!」
どうやら私はよっぽど物欲しそうな顔をしていたらしい。美味しそうだったのだから仕方あるまい。人は欲望には逆らえないのだ。
「ほれ、あーん」
あーん。子供扱いのようで一瞬気が引けたが、残念ながら欲望には逆らえなかった。
見た目は苦そうだったが食べてみて驚き。普通に甘かった。むしろ最初に広がる甘みはかなり強く、ぶっきらぼうとすら感じるほどなのだが、それと同時に広がる独特の風味によって、暴れん坊というイメージはまったくない。
自らの激情を理によって抑え込んでいるような、年をとって丸くなったとでもいうような……なんというか、淑やかさすら感じるような……日本語でいうなら「渋い」だろうか。
これは黒糖か何かなんだろうか?結構イケる。へー、こういうのもあるんだ。
「アン、あーん」
今度はティナからスプーンが伸びる。なんかギャグみたいで悲しくなったけど、やっぱり欲望には勝てなかったよ…。
こっちはプリンだ。当然ながら、以前に手作りして失敗したものと違い、すは入っていない。
前世で食べていたものよりはこちらのプリンの方がやや硬いらしいが、それでも舌で潰せる程度。その口溶けには儚さすら覚えてしまう。……前世のプリンの食感は覚えてない。ただ以前に日記に「前世のより硬い」と書いたことだけを覚えてるだけだ。
カラメルソースは掛かっていないため味の変化には乏しいが、逆にいえばいつまでも変わらない優しい甘さが口の中に広がり続ける。
でもいつまでも終わらないわけじゃない。もう私の口は空っぽだ。……今度はこれ頼もう。おいしかった。
「……」
プリンの儚さに舌を悲しませていたら、今度はレニーが無言でフォークを伸ばしてきた。なんだそれは!義務感か!いただきます!
レニーがくれたのは赤っぽいソースが掛かったチーズケーキ。ダールに住んでた頃にもよく食べてた奴だ。
ソースは酸味が強いが、ちゃんと甘さも含まれている。これはケシスのものだろうか。前世のラズベリーやザクロに似ているが、もうちょっと甘さを強くした感じの果物。
チーズケーキ自体はあまり強い味ではなく、仄かな甘みといった程度。しかしそこにさっぱりとした味に酸味の利いたソースが合わさることで、幾重にも重なるような深い味わいを感じられる。
なるほど、定番と呼ばれるためにはそれだけの理由が存在する。食後に頂くものとしては、やや薄味に感じられるこのさっぱりさがむしろ丁度いい。食事の終わりを告げる最後の一品にはぴったりだ。
「俺の勝ちだな」
「いーやアタシだね」
「俺のが1番面白かったろ」
いつの間にかバトルかなんかが始まってる。一体……ん、まさか。
「ねえ、もしかして私で遊んでない?」
少し前にカクが「アンの表情1番変えたやつが勝ちな!」とか言い出してからちょくちょくこんなことがある。
私ってそんなに無表情だろうか。確かに普段はそうかもしれないけど、彼らの前では結構表に出してるつもりだったんだけどな……うーむ。
「んで、どれが1番うまかった?」
「え、うーん……」
さてどれだ。
レニーのチーズケーキはいつも食べてた定番中の定番。これを基準として考えてみよう。あ、でもあのソースおいしかったな……いや、基準は基準、真ん中だ。
ティナのプリンは無難に美味しかった。他のプリンを食べたことがあんまりないからどのくらいのものなのかは分からないけど、好きか嫌いかで言えば間違いなく好きな部類だ。
ただその日その状況その気分によって選ぶものは変わると思う。食後なら断然チーズケーキだ。でも単品で考えるなら、プリンに軍配が上がる。難しい……とても難しい。こっちも真ん中だ。
よし、ここは一旦カクの黒糖ゼリーみたいなのを考えよう。口に入れてから飲み込むまで、その表情は常に変わり続け、飽きさせるような瞬間は訪れない。
……いや無理だろ。系統違うもんこれ。比べちゃダメだよ。よし、結論が出た。
「どれも美味しかった」
「それじゃ勝負になんねーじゃん!」
「最初は俺だぜ」
「順番はどうでもいいだろ」
やいのやいのと騒ぎ立てる彼らをよそに、窓からちらと景色を眺める。
雨は弱まってきたものの、やや暗くなり始めた街にはやはり人通りは多くない。
雨の日に外に出るというのもたまにはいいかもしれない。いつもと違う街並みで、いつもは気付かないようなお店に入り、いつものみんなと食事をする。
うん、幸せだ。私にとって紫陽花とは、仕事仲間というより親友だったり……そんな言葉のほうが近いのかもしれない。
次回更新は12月28日(月曜日)です。
既に何度か出てきてるはずだったのに、特に絡みがないためバッサリ切り落とされてた獣人に関して書くつもりが、気付いたら餌付けしていた。




