表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/270

閑話 サークィンでの休日:1日目

 いわゆる戦闘回。

 今日も冒険者ギルドに来ている。

 お目当ては渡航護衛クエスト。そろそろ見つかってくれないかなーなんて考えつつ足を運んでいるが、残念ながら見つかる気配がない。

 昨日も一昨日も蜘蛛狩りだ。あの液体はぬるぬるとしていて気持ち悪いし、浴びるとヒリヒリとしてくる。しかも見た目が見た目ということもあり正直やりたくない。

 防護ゴーグルを買ったはいいけど、結構な値段がする割には蜘蛛の魔石はめちゃくちゃ安いし、あんまりいい買い物じゃなかった気がする。でも無いと無いで危ないらしいんだよね。うーむ。


 録石と依頼書の更新。

 なぜ海運ギルドは依頼書なのかとシパリアに聞いてみたら、あれとは別に書類があるから、文字が読めないやつを弾いてるんじゃないか、と言われた。

 この前の生鮮食品だったら、内訳だったりを更に細かくした書類があって、それを向こう側のギルドで渡すらしい。

 なるほど確かに文字が読めなきゃ話にならない。それを弾くため……本当かなぁ?シパリアも護衛として付いていっただけであまり詳しくはなさそうだ。


「無かった」


 残念ながら今回もクエストは見つからなかったらしい。

 つまり、今日も蜘蛛だ。嫌になるなぁ。


「なあ、今日は止めにしねーか?」

「なんでだよ」

「いや、あんまり蜘蛛が好きじゃねーっていうか……」

「アン、いくらある」


 ティナのやる気ゲージがずんずんと短くなっている。

 まあ私も蜘蛛は好きじゃない。でっかいアシダカグモみたいなシルエット、タランチュラのような細かい毛、……想像するだけで気分が悪い。そしてあの足。5本以上は気持ち悪い。私が許せる足の数は4本までだ。

 と、そうじゃない。今の予算だ、えーっと……。


「毎日町に泊まるなら……色々引いても6日ってとこかな」

「数字は?」

「小銀5と……他は合わせて小銀2枚に届かないくらいのはず」

「村に泊まるとしたら?」

「大分延びるね。10日とかじゃない?」

「ふーむ」


 お金の計算はだいたい私とカクの仕事だ。更にいうならば、管理は私が担当している。カクは横から口を挟んでくる1番楽そうなポスト……どうしてこうなった。私もそっちがいい。

 とはいえカクは結構な浪費家だ。計算自体は早いくせに、「なるようになんだろ」とか言いながらすぐ使ってしまう。2人で活動してた時期もレニーが財布の紐を握ってたらしいし、きっとカクに任せてはいけないんだろう。

 サークィンの宿は1人大銅2枚中銅8と少し安い。ただ1食しか付いてないのでもう1食か2食は自分たちでどうにかする必要がある。結局1日辺り大銅貨3枚くらいが飛んでいく計算になって、それが4人だから1日大銅貨12枚の出費だ。クエストの諸費用を考えれば1日につき小銀貨1枚と見ておけばお釣りもでるだろう。


「ま、1日くらいなら問題ねえか」

「うっしゃ!カク、遊ぼう――」

「いや、特訓だ。特にティナ」

「なんでアタシ!せっかくの休みが!」


 何やら騒がしいことになっているが、とにかく今日はおやすみ。この1日を有意義に使おうではないか!

 ……と言いたい所だけど、私も私でまだちょっと他人への療術に不安が残る。特に骨折の治療は20%くらいで失敗する。フアが付き合ってくれるなら練習したいところだ。


「誰か、折らせてくれない?」

「……それ、危ない人にしか聞こえないよ?」

「丁度いい、今日は実戦で行こう。アンは治療担当だ」

「あ、それなら私も戦ってみたい」


 最近の私は座学が中心だ。蜘蛛との戦闘があるとはいえ、風刃熊と比べると悲しいくらいの弱さだし、正直ちょっとうずうずしてる。

 もしかすると私は戦闘民族なのかもしれない。つまり金髪になってスーパーアンジェリアに……ないな。ブリーチなんかも使ってガッツリ色を入れてる人は居るけど、ああいうのは珍しいタイプだ。

 それと、紫陽花の3人がどのくらい動けるのかを知っておくのも重要だ。フアとシパリアはそのうち別れるだろうけど、こっちも知れるなら知っておきたい。シパリアのアレはヤバかったし。


「なら、今日は全員だな」

「おいレニー、逃げよアアアア」


 ティナがレニーに声を掛け、アイアンクローを食らっている。レニーの握力はヤバそうだし、ティナの頭が変形しない事を願っておこう。最悪の場合は療術の実験台だ。……頭骨の復元失敗は本気でヤバそうだな。やっぱ練習しなきゃ。



◆◇◆◇◆◇◆



 サークィンを出て北東、街道に沿って1時間ほど歩くと畑が消え、荒野が現れる。

 土地自体は広大で平たいのに、どうにも土は砂っぽく、背の低い草や低木に覆われている。近くに川も走ってないし、農耕には向いていないのかもしれない。

 草食性の魔物はちらほらと居るが、あいつらは人を避ける。クエストで受けるような魔物は大抵肉食性で、草食性のは狩人と呼ばれる職業の獲物だ。

 出会す可能性のある強めの魔物といえば、せいぜいがゴブリンくらい。とはいえゴブリン達も普段は大人しく、人間と積極的に関わろうとはしてこない。お互いがお互いに不干渉、魔王さえ現れなければただの隣人でしかない。

 そもそもアーフォートの方じゃゴブリンとも結構仲良くしているらしいし、互いを理解できれば私達はそれほど離れた生物ではないのかもしれない。ま、布人(アノーレル)を受け入れてるくらいだし、もしかしたら鬼人(ガイニェル)なんて呼んでるのかもしれない。


「ここらへんだな」


 土地としてはサークィンのものではあるが、まともに管理されてるのは街道くらいで、それにダメージを与えさえしなければ大体何をしても許される。

 開拓することも許されてるらしい。たまに見つかるボロ小屋は、多分失敗した人の名残だろう。もちろん開拓したからって全てが自分のものになるわけでもなく、税金はちゃんと持っていかれる。大変そうだ。

 街道を外れて10分ほど歩くと、ちらほらと部分的にハゲた土地が見えてくる。何度も踏み均されたり、実際に燃やされてしまっていたり。こういう場所はダールの近くにもあった。広大な空き地があるならば、冒険者達の格好の餌食となってしまう。


「まずはカクとティナだ。互いに纏土刃を使え」

「え、もう始めんの?」

「敵が魔物でも、同じ事を言うのか?」


 ぼーっと歩いてたら、突然カクとティナの戦闘が始まった。いや、終わった?よく分からない。

 現在、ティナの首元にはカクのダガーがあてられている。つまりカクが先手を取ったってことなんだろう。


「油断大敵ってな」

「お、おい、ズルいだろ!今の無し!もう1回!」

「敵が魔物でも、同じ事を言うのか?」


 ダガーを指で遊ばせ、シパリアと同じ言葉で遊ぶカク。

 ズルいかズルくないかでいえばズルいとは思うけど、勝ちは勝ちだ。実際、カクやシパリアが居なければあんな風に奇襲されることもあるのかもしれない。


「不意打ちも立派な策だ。だが、次は正面からにしよう」

「うっし、今日こそ勝ってやるぜ!」

「まあ良いけどよ、ちゃんと纏土刃しろよ?」

エレス・トウ(土よ、砥げ)っと……なあこれ、素振りの時と同じ術じゃね?」

「魔言はな。真名が違うんだ、ティナにゃ聞こえないらしいけどな」

「ふーん」


 喋りつつ両者の魔力が高まっていく。いや、ティナの方が何倍も濃い。

 私から見れば大人と子供以上の差があるように見える。どう考えてもカクが勝つ未来が見えない。

 実際にはここに闘気という私にも見えない謎の力が働く。そうすると、今度はカクの方が上回る……のかもしれない。


 互いの距離は約10mほど。無言で移動しあった辺り、普段からこのくらいの距離でやりあってるらしい。

 たまに音が気になって見ることはあったけど、あんまりマジマジと見たことはない。これが初めてだ。

 ゾエロさえあれば、私でも一歩の踏み込みは5m程度にもなる。それに筋力が加わる戦士では、10mくらいは一歩で移動出来るのかもしれないが、にしたって遠すぎるような気もする。逆に魔術師基準で考えるなら、近すぎる。戦士と向き合うなら最低でも20mは欲しい。

 魔術も剣術も微妙な距離、それがこの10mなのかもしれない。いや知らんけど。魔術を剣術が混ざってるようなロニー流南陸だからこそ、この距離なのかもしれない。いや知らんけど。ちょっとしか習ってないし。……私の時は30mは貰おう。だって私魔術師だし。


「始め!」

「らぁ!」


 シパリアの掛け声と同時、ティナがとんでもない速度で弾け飛んだ。

 訂正だ。10mはかなり近い。あの時のシパリアほどじゃないけど、ティナは一瞬私の視界から消え去った。蜘蛛ばかり狩ってるせいで気付かなかったけど、いつの間にか凄いことになってたらしい。

 対するカクは逆手に持った左手のダガーでティナのショートソードを受け流す。エレス・トウのせいか、妙に鈍い音が響き渡った。

 受け流しつつ、右手のダガーの柄頭で脇腹の辺りを思いっきり叩きつける。

 うわぁめちゃくちゃ痛そう、想像しただけで息ができなくなる。

 いや、叩いただけじゃない。そのまま持ち上げて……アッパー?みたいな感じか。ティナが上に吹っ飛んだ。


 着地。左の脇腹を抑えつつ、だがしっかりと地に足を着け立っている。

 今度はカクが低い姿勢で飛び込む。ティナほどじゃないけど、やっぱりめちゃくちゃな速度だ。

 振り下ろされたショートソードを順手に持ち替えた両手のダガーで咥え込み、右膝でティナの左肘を蹴り上げる。

 不格好な形で肘から先がぶら下がる。折れたか、外れたか。

 苦悶の表情を浮かべるティナに対し、カクは真顔。いつものヘラヘラとした笑みはない。

 こんな時のカクはいつにも増してかっこよく見える。……今考える事じゃない。


「そこまで!」

「わりぃ、最後だけ加減できなかった」


 ……ふぅ、疲れた。見ることに集中すれば戦士たちの動きもある程度は見れるようになってきた。

 にしたって加減て。あれでまだ本気を出していないのか。もしかすると、この世界の戦士は等しく人外なのかもしれない。

 まあそもそもの話、呪人も魔人も人間とは少し違う。内臓や骨格も前世の知識とは違うところもいくつかあるし、全身には魔管も張り巡らされている。

 ていうか魔素なんてのが実在して、魔力の形で扱えて、魔術を発現させるなんて――


「フア、アン」

「あ、うん。ティナ」


 とそうだった。療術の練習にも来てるんだった。まずは私がなんとかして、ダメそうならフアに治してもらうことにしたんだった。


「最初にやることは?」

「ゾエロを用いて、患者が暴れないようにすることです!」

「よろしい」


 今だけは立場逆転。フア先生指導の元、言われた通りにこなしていく。

 ゼロ・ニグゾエロ。消費量は結構なものだけど、どうせ今しか使わないから問題にはならない。


「次にやることは?」

「患部を伸ばします!」

「不正解。外傷の有無を確認し、ある場合は発水等を用いて洗浄することです」


 そうだった。すっかり忘れてた。

 どれ……擦り傷のようなものは確認出来るが、裂傷だったりはない。これなら大丈夫そうだけど、一応流しておこう。

 感染症というのは厄介だが、エルの水には結構な殺菌効果がある。調理前に食材を洗う際にも活躍してくれる。まあ完全に殺しきれるわけではないけど、気休め以上の効果はある。

 エル・タイナが使えたり、あるいはダンジョン内ならこれはスキップできる。でもここはダンジョンじゃないし、私はまだゼロ・タイナですら不安が残る。だからエル・クニードは必要だ。


「ていうか、伸ばすじゃなくて元の位置に戻すだよ」

「あそっか」

「ちょ、ま、いぢぢ!」


 関節を正しい位置に戻し……うわ、わ、あれ、関節は?粉砕骨折って奴?いきなりハードルが高すぎるような。

 ティナの悲鳴はできる限り聞かないようにしつつ、多分正しいっぽい位置に治していく。

 実はここが1番痛い。自分で試したから知ってるけどマジで痛い。


「終わりました!」

「次にやることは?」

「魔力を感じ取り、自身と同調させます」

「よろしい……けど、ティナなら大丈夫じゃない?」


 紫陽花の3人なら特に探る必要もなく、どんな流れかどんな魔力かは十分に知っている。

 だからここはスキップだ。


「そっか。じゃあ、タイナを用いて治療を試みます!」

「早くしろよ!」

「あ、ごめん。デルア・ゼロタイナ(魔力よ、混ぜ進めよ)


 うだうだ言ってたら患者様に怒られてしまった。ああごめんよティナ。変な方向にくっつかないように祈るんだな!

 患部を両手に当て、自身とティナの魔力を混ぜ合わせ、徐々に同化させていく。

 切り傷には何度かやってるおかげでここは簡単だ。同化させた魔力を注ぎつつ、折れたっぽい腕が元通りになることをイメージして……よし、出来た。


「どう?」

「……おー、すげえ、元通りだ」

「ふふふ……先生、確認をお願いします」

「任せたまえ」


 ティナの折れていた左肘を触診するフア。よくよく見てみれば自身の魔力を流し込み、それによっても確認している。

 注いだ魔力の変化は感じ取れても、それ以上はどうにも難しい。療術師の多くはあれが使えて、それによって異常がないかを確認出来るらしい。

 最初に思いついたのは化け物のあの半透明の腕、次に浮かんだのはあの……なんだったかな……ゴブリンの時に管を伸ばしてた人。同じようなジャンルなのかもしれない。

 案外私も傍から見れば同じようにできているのかもしれないが、自分の感覚とはどうにも一致しない。不思議だ。


「うむ、良かろう」

「ありがとうございます!」


 フアのお墨付きを貰ったところで私の仕事は一旦終了。次の患者さん待ちだ。さて、次は……。


「アン、やるか?」

「待って、せめて30mはほしい」

「……どのくらいだ?」

「その前に、相手は?」

「じゃ、俺が」


 残念ながらシパリアはあまり長さの単位に明るくない。

 立っているカクを中心に1歩、2歩、……50歩。大体こんなもんだろうか?私もあんまり分かってなかったりする。単位の基準が成人の呪人男性の一歩幅と、私の体とはちょっと違うせいでどうにも正確な数字は分かっていない。

 まあ私なりに戦いやすい程度の距離があれば十分だ。セブゼロ・(より多くの魔力よ)ニグゾエロ(、より強く纏われ)っと。


「出来る限り威力は抑える事。それから、私の合図で術を終了すること。いいな」

「なあ、俺不利じゃね?」

「場合によっては距離を詰める。始め!」


 シパリアの掛け声と同時、魔術を構築。手始めに氷弾から行こう。

 カクも魔力を練り上げているようだが、生憎私のほうが遥かに早い。

 簡単に当てられるとは思ってないし、威力はいつも通りで。


ウィニェル・ダン(氷よ、穿て)


 氷弾の形成、射出。これまで何度も繰り返したおかげで消費魔力はほとんどない、私にとっては通常攻撃のような術。

 狙うはカクの太腿。ドッヂボールでは1番避けづらいと言われる場所だし、もし直撃したとしても防具があるから多少威力は落ちるはず。


「土壁」


 カクの短縮詠唱。私に向けた左腕から小さな土の塊が現れる。

 角度を付けて現れたそれは、私の氷弾を簡単に弾き、砕いた。

 氷弾は柔らかい相手ならともかく、硬い相手はあまり得意ではない。ウニドを付与しなければ、簡単に砕けてしまう。

 威力はともかく、硬い相手には風弾の方が効果的だ。

 ……魔言や真名の聞き取りが出来るとも言っていたし、見抜かれていたんだろうか。ぐぬぬ。


「おいおい、もうちょっと本気出せよ!」


 得意げに私を煽るカク。あいつ、もしかしてあそこから動かない気なのか?

 ……煽りに乗るのは癪だけど、ならもっと大きな術を撃ってやる!

 イメージするのは大嵐、それを1つに小さく収縮し、投げつける。

 あっちが言い出したんだ。どうせ治すのも私なんだし、当たったらどうなるかなんて考えない。


ラウィーニ・イゲズ(強風よ、収縮し)ビオ・ウズド・ダン(敵を穿ち爆ぜろ)


 金属が擦り合うような甲高い音を上げ、巨大な風弾がカクに向かって飛んでいく。

 弾速の速い術ではないが、代わりに触れたものを削り飛ばし、最後には爆風をも放つ術。


「解魔」


 カクの魔力が吹き出す。受ける気?それは無茶。

 ウズドをウィーニに付与した場合、爆発タイミングは崩壊時に限定される。

 だから爆風弾は生身では防げない。

 頑強な鎧なんかがなければ、そもそも受ける事自体が悪手だ。


「開流」


 腕から小さな風が発生、爆風弾と衝突。

 魔力はあるのに、維持もしてるのに、流れが掻き乱される。

 魔力が霧散し、風弾はただの風となり……消えた。


 カクの風術?初めて――いや、静言は風術だ、使えたんだ、知らなかった!生活魔術だって使えてたんだし、使えて当然なのか!

 氷は弾かれる、風は消される。じゃあ後は、これしかない。


エル・ズビオ・ダン(水よ、撃て)!」


 何かに触れると一気に拡散する水弾。

 狙うは足元。

 直撃すればそのまま、外したとしても水が跳ね――前進!?

 防御じゃなくて回避だなんて……いや、単に私の思い込みか。

 地面に衝突した水弾は、哀れにもカクの後方を濡らすばかり。

 これじゃ何にも繋げられない。


「なあ、もうちょっと頑張らね?」

「……!」

「終わりにすっか」


 今日のカクはめちゃくちゃに煽ってくる。

 実際、かなりの手加減をされてるように思う。

 まだリチ系は1回も使ってないし、なんなら間合いすらほとんど詰めてきていない。

 せいぜい水弾を避ける際に数歩動いただけだ。

 ……いや、そもそもが全て避けられるのかもしれない。だって、他は敢えて魔術で潰してる。

 どんな術式かは分からないが、詠唱するよりも横に飛んだほうが戦士にとっては絶対楽だ。

 ……加減してくれてるうちに、もっと大きな術を撃ってやれ。


「まだ!」


 魔力を溢れさせ、自身の領域を拡張させる。

 詠唱だけでは発現させられない、言ってしまえば上位の魔言。

 基点座標は当然カクの魔力。その上方1mほどに自身の魔力を伸ばしていく。


エル・レンズ・クニ(水よ、其の地に溢)――」

「いや、終わったよ」

「そこまで」


 いつの間にか、私の首元にはダガーが。

 術式の構築に集中しすぎたか。

 レンズは発動に時間が掛かりすぎる。味方が居ないとダメか。

 うーむ、近接用の術で戦ったほうが……いや、詠唱を挟む分どうしても初動が遅れるし……。


「……どうやったら勝てたと思う?」

「いや、勝てねえよ」

「そこをなんとか」

「そもそも魔術師ってのはソロ向きじゃないからな。これが4対4なら、16体16なら……結果は逆かもしれねえぜ?」


 向き不向き。

 なんて簡単に片付けるのは簡単だけど、諦めたらそこで終了だって太っちょ先生も言ってたはずだ。

 ……始まる前から魔力を拡張しておく?いや、それはズルい?うーむ。


「せめて無詠唱が使えりゃあな」

「あれ、どうやってるの?」

「さあ?昔からやってたらいつの間にか出来てた」


 どいつもこいつもこんなのばっかだ。無詠唱の習得方法さえ分かれば多少はマシになるかもしれないのに。

 そもそも昔からやってたらできたってなんだ。私だってずっと魔術使ってるんだぞ。前世か?前世が悪いのんか?おおん?


「俺ぁ休憩。ちっと魔力使いすぎた」

「カクってホントすぐ切れるよね」

「多くもねえのに魔術戦なんてしたからな。そりゃ切れちまうぜ。

 それよかレニーとティナだ、見ものだぜ?フア!お前も来いよ!」


 正面ではレニーとティナが睨み合っている。

 先程のカウンターがよっぽど効いたのか、ティナにしては珍しく先手を打たない。

 レニーはゾエロを纏っている。薄くはあるがほとんど均一、以前のような疎らだったり斑だったりはしない。

 あの状況から魔力の配分を変えられるようになるともっと使い勝手が良くなるんだけど、それはおいおいできるようになればいい。


「動かないね」

「う、え」


 いつの間にか、カクがフアを抱いている。

 いや、それは正しくない。カクが膝の上にフアを乗せていた。


「どうしたの?」

「あ、え、いや、別に」


 なんだろう。


「そろそろ動くぞ」

「あ、うん」


 ……今は置いておこう。

 あの2人だ。そう、レニーとティナ。

 いつの間にか微妙に距離が縮まっているし、ティナの魔力が足に集中してる。あの魔力は……シパリアやロニーの加速の時に見た奴だ。

 思い出したとほぼ同時、ティナが弾けた。

 カクに対して飛び込んだときよりも更に速い。溜めこそ必要なのかもしれないが、それでもシパリア並に動けるのか。

 人外だ。これに反応してみせたレニーも人外だ。こいつら頭おかしい。戦士はみんな頭おかしい。処理能力が明らかにおかしい。それとも全部反射で動いてる?


 ティナが飛び込み、レニーはそれを防ぎ、ショートソードを奪った。

 細かくは分からないが、多分こんな感じだ。あ、いや、今度はダガーが飛んだ。

 レニーは武器を1つ1つ奪うような、意味の分からない丁寧さを見せている。何あれ曲芸?

 一方のティナもティナで、武器が切れた思った瞬間には素手で殴りかかっている。なんだあいつら。

 一見するとレニーは防戦一方と苦しそうに見えるが、その表情にはまだ余裕が見える。

 ティナはといえば逆にこっちの方が苦しそうだ。……あ、レニーの奴、よくよく見てみれば弾く度に妙な動きをしている。

 攻撃が当たる瞬間に一瞬盾を突き出して、威力を殺してる?いや、角度を付けて衝撃を受けすぎないように逸してることもある。

 まじまじと見るのは初めてだけど、結構細かい事をしてたのか。へぇー。


 長いようで短い攻防。それは突然終わりを告げた。

 突然レニーが伸び切った右手を掴み、肘を左手で押し上げた。

 その瞬間、ティナが自ら倒れ込んだ。

 多分、合ってると思う。なんだあれ。なんか自分から倒れ込んだように見えた。


「そこまで!」

「怪我はないか?」

「いてて……ん、あれ?大丈夫だな」


 何あれ関節技ってやつ?かっこいい!

 手首を抑えて肘を押し上げる……かな?あ、なるほど。肩が限界だ。

 そっか、人体構造さえ理解しとけばこういうのもあるのか。なるほどなるほど。

 ……いや、これもしかして闘気使えてれば防げたりする?魔術師殺しなのでは?


「カクとは違うからな」

「言われてるよ?」

「ハッ、言わせとけよ」



◆◇◆◇◆◇◆



 フアとレニーの戦いはレニーの勝利に終わった。フアの射出系の術はほとんど防がれていたし、いくつかの術はそもそも効かない。雑にいえば相性が悪かった。

 唯一の驚きといえば、フアが咆哮のような魔術を使ったことくらいだろうか。

 術を詠唱する前に魔力を伸ばしていた辺り、魔王や風刃熊の使ったものとは別の術なんだろうけど、どちらにしろ対象を硬直させる術だと言っていた。

 残念ながら呪人のレニーにはほとんど効いていなかった。呪人はズルいなんて口に出してみたら、むしろ魔人がこの手の術に弱すぎると言われてしまった。マジかよ。


 次は私の番。レニーとの対戦は昇格試験を思い出す。

 あの時の敗因は首を捕まえられたこと。それはつまり距離を詰められすぎたこと。ちゃんと対策はある。さっきのはちょっとした事故だ。……本当だ。

 今回も距離は30mほど。フアよ、私のおかげだぞ。なんつって。


「始め!」

イゲ・ゼロゾエロ(魔力よ、強く纏われ)


 強めのゾエロを掛け、準備はオーケー。

 レニーは走ってきているが、ティナやカクに比べれば遅い。とはいえただ立っているだけじゃそのうち捕まってしまう。だから後退しつつ、手は前に。


ウィーニ・リュ・ダン(風よ、撃て)ウィーニ・ウ(風よ、撃)ズド・ダン(ち爆ぜろ)エル・ダン(水よ、撃て)


 手始めに大きめの風弾を2発飛ばす。レニーは避けるよりも受ける方が多い。だから風弾がよく効くはず。

 でもそれだけじゃ一瞬の足止めにしかならない。だからこっそり強力な風弾を追加しておく。足元に落として爆風を当てるイメージだ。

 最後の水弾はある意味本命。大きなものを1発だけだが、正しく飛べば次の術に繋げられる。

 1発目、盾の中央へと直撃。だが斜めに構えられた盾によって一瞬動きが止まる程度。

 2発目、レニーの足元、地面へ着弾。礫や砂を巻き上げたが、とはいえ動きは止められてない。

 3発目、同じく足元へ。爆発により視界はより一層悪くなる。目視はできないが、私には魔力視がある。レニーはまだ止まってない。

 4発目、更に手前へ着弾。数瞬後には踏むはずの位置だ。そしてレニーには見えてないはず。


シト・プート・エルス(これよ、固まれ)


 プートによって特性を強化。エルスの特性とは結晶化。凍りついた地面に氷筍が次々と発生していく。

 要は転倒床に棘床をミックスさせたトラップのような魔術だ。準備にやや時間は掛かるものの、とはいえ走る相手には多分強い。

 砂煙の中、レニーが転んだのが見え、氷筍達が折れるのが感じ取れる。ゾエロがあるから大きな傷にはならないはずだ。

 滑る床に悪戦苦闘しているレニー。だけどまだ油断はしない。ここまではただの準備なのだから。

 さっきは不発に終わったが、今度は確実に発現させてやる。

 基点座標は氷となって広がっている私の魔力。その周囲50cm程度に私の魔力を流し込み、上空30mほどまでを領域にする。

 レニーはまだ立てないらしい。よし、今度は成功だ。


ウィーニ・レンズ(風よ、其の地に)・レズド・クニード(溢れ、捕らえよ)


 広げた魔力を風へと変換。流れを制御し、触れるものを弾く風の壁の完成だ。

 イメージしたのは台風や竜巻。レニーはその目に閉じ込めたことになる。

 以前自分を中心に使ってみた際には、私の氷弾ですら簡単に弾かれるようなものが出来上がった。

 現実の台風やらとは全然違うが、魔術はイメージだ。イメージさえあれば発現させることが出来る。

 逆にイメージ出来ないと発現させられないともいう。私はリチ・ダンがめちゃくちゃ苦手だ。なんであれ燃えながら飛ぶんだよと思って以来使えなくなった。理不尽だ。


「シパリア、もういい?」

「そこまで」


 魔術を解除。レニーは変な格好で座っている。あれなんていうんだっけ、片足胡座でもう片足は体育座りみたいな……名前はともかく、確かにあれなら転びづらい。

 さすがにちょっと疲れた。まだ余裕はあるはずだけど、頭痛の気配がしてきている。出来て後2戦……いや、療術しにきてんだった。じゃあ後1回くらいかな。

 ゾエロを除けば今ので9術だし、2つの術を同時に発現させていた。それにレンズは魔力拡張が必要なのと不慣れなのが相まって結構な消費量だ。


「どや」

「完敗だ。あの風は何だ?」

「昨日に読んだ録石に出てきた"高風牢"ってやつのパクり」

「牢か……確かにあれは出られないな」

「ホントは球体らしいよ?そっちは再現できなかった」


 なんでも1人くらいなら閉じ込められるサイズの球体の風壁を作り出す魔術、というか魔法らしい。

 しかもその球体は好きなように動かせるんだとか。つまり中の人は風を踏むことができる?わけがわからない。

 試しにやってみたけど、そもそもが球形に整えること自体が出来なかった。それに好きに動かせるだなんて今の私の魔力じゃ無理だ。

 多少の自惚れはあるだろうけど、私の魔力はかなり多い。その私がまだ使えないような術なんだから、実際に使える人はほとんど居ないかもしれない。

 ま、あれは多分魔法だし、そもそも使ってたのは人ではなく飛竜。それにおとぎ話の世界の話。現実の私は魔人で、魔術師で、魔法なんて扱えない。だからこれが精一杯。

 それに今作った高風牢は円柱形、実は上は塞げてない。例えばロニーなんかだと簡単に脱出してしまえるはず。


「さて、怪我は……おおう」

「触れてしまってな」


 レニーの指が何本か曲がっている。闘気では指、纏身では胴の防御がやや疎かになる。どっちも使えるレニーだが、やはりゾエロはまだ得意ではないらしい。

 ていうかあの風、そんなに威力あるの?やべー。



◆◇◆◇◆◇◆



 レニーの怪我を治した後はティナと戦い、一瞬で負けた。

 あの人カクより速いんだもん。詠唱すら間に合わないよ!あんなのむりむりカタツムリだよ!……100m離れてても負けるんじゃないか?後ふっつーにぶん殴られた。痛い。

 そのティナはシパリアにふっ飛ばされて、続くカクもシパリアに簡単に打ち倒されてた。この世界のパワーバランスどうなってんだ。


 実は私はフアにも負けた。ていうか魔力が切れそうになったから降参した。

 つまるところレニーにしか勝ててない。ぐぬぬ。ま、まあフアには万全の状態なら余裕で勝てるし?ティナとカクは、1kmくらい距離があれば勝てるかもしれないし?

 ……うーん、あのアホみたいな速さをどうにかしないときっと無理だ。やってはないけど、シパリアとか上位ティナみたいな感じでしょ?やらなくても結果は見えてる。絶対無理。

 シパリア対カクはティナが大はしゃぎしていたが、私にはいまいちよく分からなかった。っていうか半分くらいよく見えなかった。動体視力もおかしいじゃん。

 1番見ごたえがあったのはやっぱりレニー対ティナだろうか。カクは私以外にはあっさり勝ってたし、ていうか私相手のときもめちゃくちゃ舐めプしてたし。むぅ、戦士連中はマジでおかしい奴しか居ない。あいつらなんであんなに早く動くの?耐Gスーツとか要らないの?

 ティナに聞いてみたら、特になったことはないと言っていた。そういうもんなんだろうか、そういうもんだと納得するしかないんだろうか。

 ところでティナさん、なぜあなたのゾエロは質の違う魔力が2種類あるんですか?なんか2層になってない?もしかしてゾエロを二重で掛けてる?……いや、多重ゾエロはさすがにありえないな。自分の魔力って反発し合うもんだし。特に同じ魔言同士はめちゃくちゃ喧嘩するし。

 多重ゾエロが得意な八纏のイルーミという人物は聞いたことがあるが、あれはカザンみたいなおとぎ話の住人だ。ロニーだってゾエロは1種類しか掛けられないと言っていたし、私だって1種類しか掛けられない。だから考える必要は……うーん、後で聞いてみるか。


 対人戦の結果としてはシパリアが全勝、カクはシパリア以外に勝利、ティナは私とフアに勝利、レニーはティナとフアに勝利、私はレニーにだけ勝利、フアは私にだけ勝利。

 やっぱり魔術師は対人戦には向いてないのかもしれない。そりゃ無詠唱で色々バカスカ撃てるなら話は変わるかもしれないけど、それでも一部の魔言は発現させるのに時間が掛かることは変わらない。

 殴られるのはやっぱり痛いけど、案外面白いかもしれない。療術の練習にもなるし、今後も行なうことにした。

 首や胸を狙われた時用の対策術はお披露目できなかったが、いつか出番が来るはずだ。

 次回更新は12月27日(日曜日)です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ