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五十一話 乗船

「よぉ」


 クエストも見つからず、町の散策にも飽きて帰ると何故かカクが宿に居た。まだ昼間なのに。誰か居るとは聞いてたけど、てっきりレニーだと思ってた。

 妄想のせいか微妙に顔を合わせにくい。カクにしなきゃよかった。

 私の体は少し変なのかもしれない。


「……どうした?」

「いや、何も?」


 平然を装いなんとか反応。全くどうにかしている。……カクの鼻に魔力が集まっている。気付かれた?


「水浴びしてくる」

「おう」


 私の視力は他の人よりめちゃくちゃいい。同様に、カクの嗅覚もめちゃくちゃいい。

 面倒臭いがさっさと流してしまおう。そもそも濡れっぱなしも気持ち悪い。


 私のポシェットには常に下着と手拭いが入っている。着替え自体はレニーに持ってもらっているが、今は宿に置きっぱなしだ。とはいえ着替える必要はないだろう。

 さっき買ってきた石鹸、下着、手拭い、コンパクトミラー、ブラシを部屋桶に入れて湯浴み場に行く。もう驚かないが、この宿の湯浴み場にも蛇口がついている。蛇口とは結構一般的なのだ。

 つまり水道がそこそこに発達しているということになる。ダールの自宅にはなかったけど、あれは魔人用だから。自分で水作れんだからそれでいいだろってことらしい。糞尿も自分たちで燃やせちゃうしね。

 しかもこの水は普通に飲める。ダールで水といえばほとんどが雨水由来のせいで飲むものとはされていなかったが、こっちでは普通に飲めるらしい。まあ味は悪いらしく、結局は炊事洗濯なんかに使われてることの方が多いみたいだけど。

 魔人ばかりのダールはともかく、アストリアでは呪人や獣人が結構居る。ともなれば彼らのためのインフラが必要になったってことなのかもしれない。

 中世近世、発展度合い的にはそこらへんが近いと思うのだが、なんとなく近いというだけで差異はかなりある。例えば体を洗う文化はこちらではかなり発達していて、入浴という言葉も一般的。

 公衆浴場もあるし、ほとんどの人は毎日体を洗う。一方の冒険者は洗う余裕が無い日もある、故に汚く嫌われる。当然だな!

 一応私も最近は毎日洗うようにはしているが、野宿ともなると人目の問題でどうしても後回しにしてしまうことがある。見るのは構わんが見られるのは構うのだ。自分勝手だな!


 こういった宿では体を洗う場所、湯浴み場と呼ばれる部屋が存在している。この宿では男女別に2部屋ずつあったはずだけど、幸いにも先客は居ないらしい。ラッキーだ。

 湯浴み場の直前には脱衣所があり、ロッカーが存在している。籠代わりに使った部屋桶と脱いだ服を中に突っ込んで鍵を掛ける。下着だけは手洗いしたいので持ち出す。

 前世の銭湯とよく似たシステムだが、鍵はリストバンドになっているわけではなく、単なる金属のプレートだ。

 この手の鍵はこの世界で最も普及している鍵の1つ。魔道具の1つなのだが、恐らく前世で見たような普通の鍵は魔術を使えば簡単に開けられちゃうんだろう。見たこと無いし試したこともないから分からないけどさ。

 これ以外にも魔力を流し込んで開け締めするキーレスタイプもあるらしい。こっちは見たことないんだけど、奴隷紋の一種を利用した魔道具なんだとか。その人の魔力がそのまま鍵となるので一種の生体認証だ。


 部屋とは呼ばれているが、湯浴み場の個室はかなり狭い。半畳くらいの広さしかなく、蛇口と排水溝、風呂桶、それを置くための棚だけがあるシンプルな構造、概ねシャワー室のような感じだ。鏡がないのはちょっと残念。

 魔術で作る水を使い続けると髪がパサパサになるとも聞くので、蛇口も水もありがたく使わせてもらおう。桶に溜めて掛けるスタイルなのでシャワー室とは呼びづらい。壁もガラス製ではないし。


シュ・リチ(火よ、熱よ)


 出てくる水は冷たいのでこれで温める。必要であれば水を温める用の魔道具も貸し出しているらしい。もちろん有料だ。魔術が使えてよかった。

 水を温めたところでもう1つ。


プート・エ(水よ、)ル・クニード(溢れよ)


 最初に使うのは魔術の水。お湯の出番は少し先だ。

 どうやら魔術によって生み出される水は自然界の水とは性質が少し違う。薄々感じてはいたが、ただの水ではないらしい。

 理解してからの応用は早かった。例えば今生み出したのは普通の水と違い油と溶け合う水。特に名前は無いので真名は変えてないが、雑にいえば界面活性剤を含んだ水だろうか。

 メイクを落とすのに使うからクレンジング水とでも呼んだほうが正しいかもだけど、食器を洗うのにも便利なので洗剤の方が近いかもしれない。

 鏡はないがどうせ目なんてすぐ瞑るから関係無い。ある程度落ちた気がしたらもう少し弱めの水で洗い流す。この水はあまり肌には良くないのだ。

 洗い終えたら今度はお湯で流しておく。魔術の水は魔力を流し続けないと消えてしまうので、雑にいうとめちゃくちゃ乾燥する。その対策だけど、どのくらい効果があるのかはよく分からない。


 次は新しく買ってきた石鹸を使ってみる。サークィンの日用品は結構安い。やっぱり供給が多いんだろうか。値段だけならダーロよりも安いし、品質も魔人大陸一だと謳っていた。実際に使ってみよう。

 以前のものと比べても泡立ちが良いわけではない。何が違うのかとちょっと疑問に思っていたら、独特の匂いがついていた。匂い付き石鹸だ。……意味があるんだろうか?

 まあ、と順に洗っていく。髪、腕、胸、腹……なんとなくだが私は上から洗う。そっちの方が効率が良い気がする。

 最近はなんとなく手で洗うことが多い。日が開いた時は手拭いを使うこともあるけど、そうじゃない時は素手だ。軽いマッサージにもなる。

 綺麗に洗い終えたらお湯で流す。この時が問題で、目に泡が入っていたりすると水をお湯にするどころの騒ぎじゃない。めっちゃ痛い。ヒリヒリする。ぐぬぬ。


 今日はやらかしてしまったわけだが、毎回こうなるわけではない。別に私は目に泡を入れる趣味があるわけじゃないし、マゾヒストでは絶対にない。

 全身を洗い流したら手拭いで拭き取り、シュ・リチ(火よ、熱よ)で乾かし、拭き取り……を繰り返す。こんな使い方ばかりしてるから私の手拭い君はすぐに死んでしまうのかもしれない。


ウィーニ・クニード(風よ、溢れよ)ゲシュ・プート・リズ(これよ、冷やせ)


 最後に火照った体を冷ますために冷風を流す。寒すぎたらリズをエルに変えて温風にしたりもする。ドライヤーにも扇風機にもなる便利な魔術だ。

 以前はゾエロを使っていたが、どうにも肌に悪いと聞いたので最近はこっちばかり使っている。エル・クニードで冷ますのも悪いと聞いたのでウィーニだ。

 あんまり冷やしすぎないうちに下着も洗い、傷まない程度に乾かしておく。生理の後は汚す事が多くてめんどくさい。もうずっと生理用の奴を履いておこうか。あれ汚れが落ちやすいんだよね。謎の技術が注がれてる。


 うむ、綺麗になった。後は着替えて部屋に戻るだけ。

 ここで鍵を忘れると悲惨な事になるため要チェック。2回やらかしたことがある。特に混雑する時間帯だと次の人に使われてしまって悲しいことになったりする。

 鍵は持った。手拭いも持った。石鹸も持った。下着も持った。桶はひっくり返した。部屋も一応軽く流しておいた。よし、問題はないな!


 湯汲み場を後に脱衣所へ。

 昼頃はあんまり使われないんだろうか?とか考えつつ着替えていく。

 下着は取り替えるけど他の服はそのまんま。どうせ明日には着替えるからこれでいいのだ。

 今日の夕飯はここで取ることにしよう。化粧のし直しは面倒臭いし、髪もめんどくさい。ブラシで梳かすだけにして下ろしてしまおう。ずっと縛ってたらハゲそうじゃん?私はエーターみたいにはなりたくない。


 部屋桶に荷物を突っ込んで部屋に戻る。桶は籠としても使える便利ツールだ。例えば私の部屋にあった小さな衣装棚がそのまま椅子としても使えるように、一石二鳥なツールは到る所に存在してる。いや、あれはスツールか、なんつって。

 一応部屋をノックする。時間帯的にカクは外出している可能性もあるけど、さっき居たならまだ居るかもしれない。


「よぉ」

「ただいま」


 全く同じシチュエーション。今回は別に匂いを気にする必要はない。

 と思っていたが、鼻をひくつかせている。なんだこいつ。あんまり嗅ぐなよ恥ずかしい。乙女に向かって失礼だぞ。


「石鹸変えた?」

「うん、使う?」

「いや、いいよ。匂い付きは苦手なんだ」


 嗅覚が敏感な人は香水を嫌ったり、聴覚が敏感な人はゲーセンを嫌ったり。これはどの世界でも変わらないことだ。……そんなに強いだろうか?黄色っぽいいい匂いだと思うんだけど。


「嫌なら変えようか?」

「いやいや、臭いってわけじゃねーから安心してくれ」

「そっか」


 自分からわざわざ嫌われに行く必要もない。

 と思ったが臭いと思われないならそれでいいか。

 しかしこの時間にカクが居るとは珍しい。ほとんど毎日食べ歩いてると聞いてたのに。


「珍しいね、こんな時間に居るなんて」

「あんまり残りがねーんだよ。船で食う事考えての節約さ」


 カクの口から節約という言葉が出るとは思ってなかった。この男は節約家の真反対、浪費家だというのに。一体彼に何があったというのだ。


「熱でもある?」

「水掛けんぞ」

「梳かしたばっかだからやめてー」


 軽口を言いつつ荷物を下ろし、分別していく。まだ湿っている下着は下の方で陰干しして、石鹸は元の紙に包んで、部屋桶は軽く水を流しておく。床に垂れ流しても魔力を切れば綺麗に消える。この性質はたまに便利だ。

 さて、どうしようか。

 小腹は空いたけど食べなきゃ死ぬってほどでもないし、今日はもう外出するって気分でもないし、部屋にカクも居るし……。


・手帳をまとめる

・魔力を浪費する

・録石を読む

・カクとお喋り

・寝る


 脳内選択肢はこんな感じ。2つ目はしておこう。町をぶらつくついでに浜辺で思いっきりぶっ放してきたけどまだまだ余ってる。ゾエロでも使っとけばいいか。

 寝る、はないな。こんな時間に寝たら夜寝れなくなって悲しい気持ちになる。24h営業のお店なんてほとんどない。夜とは私を含むほとんどの人にとっては寝る時間なのだ。

 録石……は読むようなの持ってないしなぁ。一応手元に1つあるけど、これはもう読んでしまった。さっさと売って新しいの買えばよかった。

 手帳をまとめる、といっても暇すぎてもうだいぶまとめてしまった。


 最後に残ったのは、カクとお喋り。

 うーん、実は、も何もないけど、私はあまり話すのが得意ではない。いや、得意じゃないってだけで嫌いではない、むしろ好きな部類ではあるのだが、どうにも得意ではない。

 それに結構な気分屋でもある。喋りたくない時は喋らないし、喋りたい時は喋る。うん、非常に面倒臭いやつだ。自分でも分かってる。

 とはいえ中学くらいまではあまり人と喋ってなかったのだ。仕方ない。人と接するための勉強はしたから、それ以前に比べれば遥かにマシだけど、元が元だけに未だに若干の苦手意識がある。

 特に自分から声を掛けるのは得意ではない。コミュ障だな。ああ、さっきの石鹸の話を広げておけばよかった……枕を用意するのは苦手なんだ。あっちから話してくれないかな。ちらっちらっ。


「なんだ?」

「いや、何してるのかなーって」

「見りゃ分かんだろ」


 見りゃ分かるというので見させてもらう。

 といってもダガーを砥いでいるだけ。戦士の日常である武具の手入れをしているだけだ。使ったんだろうか。

 無音の部屋にシャッシャッという音だけが響く。ここだけ聞いてるとレニーと一緒に居るときみたい。


「話したいことでもあんのか?」

「んー、有るような無いような」

「気が向くまで待ってるぜ」


 結局、何も言えずに過ごすことになった。

 カクが何度か話しかけてくれたのに、私の頭の中はまとまっていなかった。ポンコツだ。



◆◇◆◇◆◇◆



「はー……でっけぇー……」

「すごいな……」


 ついに順番が来た。

 魔人大陸と分かれ、呪人大陸へ向かう日だ。

 現在私達は乗船するための列に並んでいる。目の前には船。それもかなりの大きさがある。

 前世で船に乗った記憶が無いので多分これが初だと思うのだが、確実とは言えない。私の古い記憶、特に幼い頃のものは曖昧なのだ。ちなみに飛行機には乗ったことがある。耳がぼーってなった。

 さてこの船だが、恐らく木造だ。というのも薄っすらと魔力が含まれているからだ。世の中の金属のほとんどは魔力が含まれておらず、含まれているものは魔道具に使われていたりすることが多い。

 あの巨大な船体が全て魔力を含んだ金属であるとはさすがに思えない。魔力を含んだ金属とは基本的にむちゃくちゃ高いのだ。魔石杖が高いのもこのせいだったりする。

 だから、恐らく木造だ。今まで生きてきた中でなんとなく気付いた点なので正しくはないのかもしれないが、雑に言えば魔力を含む物質とはほとんどの場合有機物だ。魔素は炭素と関係のある物質なのかもしれない。

 動物と違い植物は死んだ際に魔力に変化が起こらない。動物であれば肉体から魔力のほとんどが失われ、心臓に魔石が発生するのだが、植物の場合はその肉体に魔力を宿したまま死んでいく。

 もちろんそれ以降は減る一方なのだが、魔石粉を定期的に与える事によって減った魔力を回復させ、長持ちさせることが出来るらしい。乾いてしまったスポンジに水を掛け直すみたいな感じなんだろう。

 木製の杖が生き物みたいだと言っていたのはこれのことである。定期的に減った魔力を補給してあげないといけないし、ただ与えるだけでもダメになるという。

 ちなみに数は少ないが骨製の杖もある。手入れはちょうど木製杖と金属杖の間の子といった感じらしいが、加工の難しさや色魔石との相性からあまり一般的ではない。ただし保有できる魔力量が金属杖よりも多いため、性能はピカイチらしい。


 と、思考が逸れた。

 そう、船だ。かなりのサイズの木造巨船だ。ティナとレニーは口が開けたまま見上げている。……いや、私も開いてたらしい。閉じなきゃ。

 カクはニヤニヤとこちらを見ている。さては貴様見たことあるな!抜け駆けはずるいぞ!


「さ、行こうぜ」

「お、おう!」


 こんなに大きな建造物、こちらの世界ではほとんど見たことがない。

 そりゃ王城とかに比べたら小さいけど、少なくとも町の建物よりかは遥かに大きい。

 船っていうのはどれも近くで見るとあんなに大きいものなんだろうか。


 しかし、帆はないのか……魔力的な動力でもあるのかな?



◆◇◆◇◆◇◆



 この船には色々なグレードの部屋がある。最終的に500人ちょっとが乗れる奴らしいが、私達のは下から2番目のグレードだ。ちなみに6段階ある。

 1番下はあまりにあんまりらしいので選択肢に無い。基本的には奴隷だったりが乗るような、荷物として運ばれないだけマシな程度であるらしい。

 2番目はあまりお金の無い人向けで、最低限のもの。私達の部屋は16人部屋の相部屋らしい。このグレードの部屋は性別や種族なんかで大まかに振り分けられる。

 つまりカクやレニーとはお別れで、ティナとは同じ部屋になれた。危うく死ぬところだった。一緒に並んでいてよかった。

 私達の部屋は4-7番。カクは4-2番、レニーは4-1番だと言っていた。若い番号が男性なのかもしれないけど、呪人を性別で分ける意味はあるんだろうか。いつでも性別変えられるって聞いたけど。


「なんかドキドキするな!」

「だね。船なんて初めて乗った」

「アンはいっつもテンション低いよなー」


 失礼な。これでも結構ハイテンションなんだぞ。

 渡された鍵には4-7-11、ティナのものには4-7-10と書かれている。ティナと一緒に部屋に行くと、どうやらこの番号はロッカーとベッドを指定しているということが分かった。

 この鍵は部屋の鍵となっているし、ロッカーの鍵ともなっている。無くさないようにしなくては……。

 ちなみに私とティナの番号自体は隣だが、ベッド自体は別々だ。私の方は12番の人と同じベッドらしい。別に一緒の布団で寝るってわけじゃなく、二段ベッドのペアだよって意味だ。


「ベッド替えてもらおっかな」

「え?そういうのってありなの?」

「良いんじゃね?相手次第だろ」


 現在、部屋には既に先客が居る。

 ティナは既に何人かに声を掛けている。私には出来ない芸当である。コミュ力上がる魔術でも発明されればいいんだけども。

 どうやら番号自体は並んだ順に割り振られてるらしく、先に来たほとんどの人は既に荷物だけ置いてどっかに行ったらしい、と9番の人とティナの会話を盗み聞きしている。

 ……あれ?9番って事はティナの上の人か?ってことは私の話か?


「すみません、うちの――」

「おい、良いってよ!」

「ホント?ありがとうございます!」


 ま、バレなきゃ問題ないし、別に不正利用ってわけでもないだろうからバレても大丈夫でしょ。あえて声高に言いふらしでもしなければ、かもだけど。

 交換してくれた人は150は超えてそうないい感じのお婆ちゃん。ラーナと呼んでくれと言っていた。

 少し話をしてみたが、何でも向こうで子供と一緒に暮らすとのこと。いつもは1つ上の3等室で夫と一緒に遊びに行っていたのだが、死んだからと引っ越すらしい。

 3等室はいくつか種類があるけど、基本的には団体客向けのもの。私達も最初はこっちにしようと思ったんだけど、高かったのでやめた。若干だけど予約も取りづらい。

 ついでに、部屋が一緒ならベッドの交換どころか鍵自体の交換もありらしい。さすが経験者は言うことが違う。金さえ払ったら後は自由なんだとか。ありがたく交換してもらった。

 ラーナの子供の年齢は70歳と少し。結構離れてるなと聞いてみたら、魔導ギルドで働いてるうちに婚期を逃したらしい。珍しい話でもない、魔人は割と婚期を逃す。サンと私も70くらい離れてる。

 元から子供を作れる期間が長いから結構適当だったりするのだ。大体100年くらい続くって考えたら、後ででもいいか……となるのは分からないでもない。

 呪人が慌ただしく生きてるように見えるのも多分ここらへんのせいだろう。私達魔人とは時間の流れが少し違うんだ。


「アタシらそろそろ行くわ。一緒に来た奴らが居るんだよね」

「そうかい、これからよろしくね」


 ティナはあんまり興味がないらしく、話を切られてしまった。

 まあ荷物を置いたらエントランスに集合と言われていたので長話もあまりよくない。

 

 この船は紛うことなき大型旅客船だ。大まかには2層に分かれていて、私達はグレードの低い下層の方を自由に動ける。

 別にプールがあったりするほどではないけど、レストランもあるし、博打も出来る。

 1週間くらい乗る事になると聞いているから、飽きさせないためのものなのかもしれない。

 1週間とは短いようで結構長い。この世界にはスマホやPCが無い。どちらも船酔いしそうだけど、要するに時間を潰す手段が限られる。

 景色を見て過ごすなんてのも、多分すぐに飽きると思う。私は結構好きだけど、多分ティナは10分も居られないタイプだ。

 レストランがあるのは大きい。おかげでカクは暴れだすこともないだろう。あんまり美味しくないとも聞いたけど、実際に食べてみなければ分からない。あいつは美食家っていうよりもなんでも1回は食べてみたいって感じの人間だし。

 博打は……どうなんだろう。私はかなり嫌いなのでやらないが、3人のうちに好きな人が居てもおかしくはない。順番的にはレニーだ。……ないな。まだティナの方が想像できる。

 他にもデックで海を眺めたり、バーでお酒を飲んだり、日に何度か催される劇を見に行ったり、なんだかんだでかなり贅沢な船らしい。前世持ちとしてはやや物足りないが、かなり立派な船だと思う。

 芸人の歌に耳を傾けつつ薄めたお酒に舌を打つ、なんてのは定番の楽しみ方であるらしい。私としては舌よりも舌鼓を打ちたいところだけど。あっなんか寒気が。


 十分とは言い切れないかもしれないけど、6日の間に暇で死なないように工夫されてるということだ。クルーズ船に近いんだろうか。

 ちなみに私達の動けるエリアは下層なんて呼ばれてるけど、別に下の方にあるってわけでもない。単にグレードが低いって意味だ。

 例えば劇場の席は上層と下層で明確に分けられているが、見聞きできるものは一緒だとラーナが言っていたし、デックに出て海を眺める事もできる。

 また上層の客が下層に遊びに来ることもあったりするらしい。下層の客が上層に行くのはダメだがその逆はありなのだ。

 上層とは2等室以上の部屋を指定すると入れるようになる、貴族やら豪商やらが犇めく魔のエリア。国にもよるが貴族ってのはまだまだたくさん存在してる。多分死ぬまで関係ないから割愛しよう。

 どうせ脂ぎったおっさん同士がニマニマしながらお世辞を言い合い、その裏では金のことだけ考えてるような世界だ。いやしらんけど。立派な人も居るだろうねごめんなさい。

 

「おーい」

「ん、ぼーっとしてた?」

「もう慣れた。お、レニー!」


 ティナがレニーを見つけたらしく、手を振りながら駆け出した。

 こういう時、レニーは羨ましい。体が大きいから目立つのだ。武具は船に入る時に預けてしまったが、普通の格好でもレニーはデカい。

 一方の私は埋もれてしまう。というか人が多すぎていまいち前が見えない。なんでこんなに小さいんだ?嫌がらせか?神様出てこいやこら。

 逸れないように私もレニーに駆け寄る。こんなとこで迷子になったら死んでしまう。あんまり人混みは好きじゃないんだ。


「あれ、カクは一緒じゃねーの?」

「別の部屋だからな。まだ来てないのか?」

「ここで待ってりゃ来るか。お前目立つし」


 しかし、こうしてティナとレニーが並んでいるのを見ると面白い。

 風が吹けば飛ばされそうなティナ、巨岩みたいにがっしりしてるレニー。美女と野獣とは少し違うか、凸凹コンビって感じだ。

 ティナは服装のせいでいつもよりは太く見える。逆にレニーは鎧を脱いでもあんまり変わらない。着痩せするタイプなのか?

 私は……どうだろう。いつもの旅装ではないけど、あんまり肉付きもよくない。ティナほどではないにしろ貧相だ。


「迷子にでもなってんのか?」

「あいつに限ってはないだろう」

「わり、待った?」


 ぽつぽつと言葉を交わしていると、ようやくカクが現れた。


「他の人と話し込んでた?」

「よく分かったな」

「まあね」


 カクが遅れる理由なんてあまり思いつかない。これでいて結構なしっかり者だから、同室の人間と仲良くなろうとした結果とかだろうと聞いてみればビンゴ。

 こいつはこいつで行動が読みやすい。1番分からないのはレニーで、1番分かりやすいのはティナだ。


「なあ、外行こうぜ外!海見ようぜ!」

「海は十分見たろ……ま、行ってみるか」


 ティナはずっとテンションが高い。海なんてサークィンに居る間何度も見たというのに。船の上から見るのとはまた別腹なのかもしれないけどさ。

 レニーもソワソワしているし、それを読み取ったのかカク班長はこれを許可した。いざ出発である。



◆◇◆◇◆◇◆



「青いな!」

「ああ」

「広いな!」

「ああ」

「臭いな!」

「……そうか?」


 海なんてどの世界でも一緒だ、と思っていたが、確かに船から見るのと岸から見るのでは結構違う。

 ティナは大興奮、飛び降りないか心配になるほどだ。一応柵はあるけど、身を乗り出すのは良くないと思う。レニーが付きっきりになっている。

 カクは興奮娘とその保護者を少し離れた位置から眺めている。一歩引くって奴だ。私は突き飛ばされたりしたら怖いから、カクと一緒に眺めてる。

 結構な人数が居るくせにデックはそこまで広くない。ここに来るまでの間何度も人にぶつかったし、1回だけ3人が同時に迷子になった。別に私が迷子になったわけではない。気付いたら誰も居なかったのだ。

 それに停泊中でも船は結構揺れる。今の所船酔いはしてないけど、酔う人はもう既に酔い始めるかもしれない。私は体幹が弱いのか転びやすいので要注意だ。踏み潰されたくはない。……一応鍛えてるんだけどなぁ。


 とぼーっと考えながら人を眺めていたら、上のデック、上層客用のデックが騒がしい。

 喧騒のせいで上手くは聞き取れないし、ここからでは見えないのでよく分からないが、何かが始まったらしい。


「ティナ、落ちるぞー」

「大丈夫だって!カクもこっち来いよ!」

「いや、捕まっとけ。動き出すぞ」


 カクの指令にホントか!と大声で反応したティナが柵を掴む。どうやら出港の時間らしい。

 さて、近くに掴めるものがない。吊り革でもあればいいのだがここは船だし、もしあったとしても手が届かない気がする。

 魔術はどうやらほとんど使えないみたいだし、ああ、どうしよう。私のことだ。絶対転ぶ。


「カク、ちょっと……」

「へいへい」


 真横に居たカクを捕まり棒として利用させてもらう。

 少しして、大きく揺れた。どうやら船が陸を離れたらしい。

 ティナは既に柵から手を離している。どういうバランス感覚だ。


「ふぁーぁ……少ししたら落ち着くさ。それより飯にしねえ?」


 あくびなんかして、景色には微塵も興味がないらしい。こいつはほんとに花より団子だ。

 次回更新は12月25日(金曜日)です。れっつ連続更新。

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