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五十話 白昼夢

2021/01/02 誤字修正(立花→六花)

 暇だ。

 土虎(デーテンタイガー)の子供はやや時間が掛かったものの、高い値段でドナドナされていった。

 土虎単体で見た場合のクエスト報酬は小銀貨10枚、魔石は大銅貨5枚で売れた。

 値段だけ見ればかなりの額だが、これを4人とパーティ用の財布で割ったし、ガシャに対してもポーター代を払うことになる。

 手元に残ったのは小銀1大銅12くらいだ。

 ここに毛皮(但しボロボロ)と骨、牙、爪、卵巣……売れる部位を全部合わせると、私の取り分は小銀貨3枚くらい増える。

 上位の討伐クエストの場合、クエストそのものよりも魔物の値段という要素の方が大きい。クエストの階級が上がったとしても、報酬自体は実はあんまり伸びなかったりする。

 合わせて小銀4大銅12、これが今回の母虎から得られた金額。毛皮へのダメージが多すぎて買取額はめちゃくちゃ下がっていたが、それでも結構な値段。

 ここから諸経費が引かれる。途中で何度か補給した食料であったり、消費したスクロールの補給、ダメになってしまった服の再購入、最近は全員で出すようにしている、装備の手入れや修繕に使う品々。

 結局、私の手取りは小銀3大銅8になった。サークィンではめちゃくちゃ美味しい部類のクエストに入るのだが、それでこれだ。

 平均的な1食の費用が中銅貨5枚であると考えても、1日で15食程度の稼ぎにしかなっていない。

 仮に3食摂る生活をするならば、5日分の食費しか稼げていないのである。もちろん宿だったりの費用はまた別に掛かる。

 要するに、儲からない。


 はずだったのが、今回は別だ。

 子虎はなんと大銀貨5枚で売れた。

 大銀貨5枚だ。意味が分からない。ガシャが結構頑張ってたってこともありお小遣い兼口止め料としていくらか渡したし、両替である程度減ったものの、それでもかなりの臨時ボーナスが手に入った。

 小銀貨19枚、つまり大銀貨1枚と小銀貨3枚だ。4級や3級のクエストを日帰りで出来るような人間にとっては普通なのかもしれないが、私にとっては普通じゃない。

 一気にお金持ちだ。だって、毎月自由に使えるお金は、大体小銀貨5枚とかそのくらいなのだ。その4倍ものお金が突然舞い降りてきたことになる。

 前世の記憶が蘇る。1人暮らしを始めた結果、毎月の給料はほとんどが生活費に消えていっていた。人とはただ生きるだけでも金が掛かるのだ。

 光熱費、水道代、通信費、食費、年金、家賃……結局、毎月使えるお金なんてほとんど残らない。

 仮にあの世界で宝くじで10万円が当たったとしたら、きっと私は飛び跳ねていたはずだ。スクラッチで1000円が当たっただけでSNSで報告していたんだから、飛び跳ねるどころじゃないかもしれない。

 いや、10万も当てたことはないが、大体そのくらいの衝撃だ。というか物価に違いがあるとはいえ10万どころか50万以上あるんじゃなかろうか。


 とにかく、金が降って湧いたのだ。

 泡銭……とは少し違うか。苦労はしたし、うん。でも泡銭という言葉を使いたい。予定外の臨時収入だし。うん。

 金があれば働かなくても生きていけるなんて言うが、これだけあれば確かに長いことぼーっと過ごせる。あんまり使いすぎると軍資金不足で受けられないクエストが出てきそうなので、実際は見た目ほど長くは休めないかもだけどさ。


 金の湧いた私達は早々に冒険者をやめた。

 いや、やめたわけではないけど、とりあえず船が出るまではよっぽど旨い仕事以外は受けなくていいや、となってしまった。

 カクは日々食べ歩きに勤しんでいるし、レニーは装備のいくつかを買い替えた。修理に出したものもあるが、その費用はパーティ用の財布からも出している。

 ティナは珍しく貯金するようだ。少し前にダガーを買い替えたばかりなので、しばらくは買い換える必要がないと言っていた。


 さて、私だが。

 どちらかといえば貯金コースだ。特に欲しいものも思いつかなかったし、かといって魔石杖が買えるほどのお金でもない。

 じゃあ全く使わないのかといえばそうでもない。ほつれ始めていたマントを買い替えたりと少しは使っているが、あまり高いものでもない。

 久々に絵を描いてみたりもしたし、図書館にも行ってみた。

 そう、図書館だ。この国には図書館がある。いや、この町には図書館がある、が正しいのかも。シュテスビンにあるとは聞いてない。

 図書館とは本が並んでいる建物だ。録石ではなく本、文字の書かれた紙だ。こっちの世界ではニアケの店以外には存在しないのかと不安になっていた、あの本だ。

 そもそもシュテスビン、ビューン、そしてサークィン。つまりアストリアで訪れた大きめの町は全て呪人が多かった。

 というかサークィンに関しては3割くらいが呪人らしい。5割が魔人、3割が呪人、残り2割に布人と獣人って感じだ。

 呪人大陸が近いせいか、呪人比率が明らかにダニヴェスよりも高く、それに合わせてか文字を使う場面が結構あるのだ。


 図書館とはいえ、入場にかなりのお金が掛かる。

 しかも身分証に応じてその値段は変わるし、そもそも拓証の場合は5級からしか入れないらしい。ちなみに5級の拓証では小銀貨6枚を要求される。

 最初はボッタクリだと思ったけど、出る時に大銅貨4枚分だけ引かれて返された。100円ロッカーじゃないけど、そんな感じの防犯対策なんだろう。

 本の種類はそこまで多くなく、期待はずれと言わざるを得ないものだったが、とはいえ文字を読むのは楽しかった。

 並べられているのはあくまで写本がほとんどだが、中には印刷されているものもあった。どんなオーバーテクノロジーだ。

 職員に聞いてみたが、どうやら一部の人気の本は印刷されることもあるらしい。木版画みたいな感じだろうか。別にオーバーではなかった。


 1回の入退場に大銅貨4枚とは安く聞こえるが、繰り返すとなると結構な出費となる。

 また内部にはゾエロすら使用させない特殊な魔法陣が描かれているらしく、あまり長時間居ると気分も悪くなる。一度ティナを連れてきたが動けなくなってた。ゾエロがないとダメなの忘れてた。


 図書館に行くにはお金がかかりすぎる、となると暇になる。やることがないのだ。

 2日に1回、紫陽花のメンツと定期的な模擬戦を行なったりもするし、そういう意味では暇な日はあんまりないのだが、時間にするとやはり暇だ。


 この模擬戦で最も勝率が高いのはカクだ。防御の隙を突くのが上手く、攻撃を往なすのも得意。相性が悪いとかそういう感じではなく、2人からすると上から叩き伏せられるような気分になるらしい。

 私も例外ではない。真名の聞き取り、魔力嗅、闘気、ゾエロ。この4つを上手く組み合わせての魔術対処がめちゃくちゃ上手い。魔術がダメとなると私に出来ることはほとんどない。勝てない。

 レニーはティナに対しては好成績。真っ向から防ぎきってそのまま掴み倒してしまう。超接近戦ではレニーに軍配が上がるらしい。かといって遠距離で魔術戦に持ち込んでも盾でほとんど防がれてしまい、そのうち魔力が枯渇する。

 ティナは私に対して好成績。一気に接近されるせいで対処が間に合わない。ゾエロによる防御も問題だ。いまいちどこまで威力を上げて良いのか掴みかねるし、対抗術もカクほどじゃないけど扱える。魔術に対する反応は遅いのでそこを狙えば勝てる時もある。

 私はレニーに対して好成績。攻撃こそ通りづらいがティナと違い距離を稼ぎやすい。互いの距離が離れたのならば、戦いを支配するのは戦士ではなく魔術師だ。盾で防いでくれるのもやりやすい。避けるのでなく防ぐ相手には布石がよく効く。

 要するに、カク以外は三竦みになってる。相性の問題だろうか。


 とはいえ今日はその日ではない。自由な日、つまり1人だ。

 やることもないので久々に1人で冒険者ギルドに行くことにした。

 別に紫陽花に加入しているからといって他の人と組んではいけない決まりがあるわけじゃないし、こう、なんというか、魔力を使わないとそれはそれでムズムズしてくる。

 その発散のためにクエストを受けるのだ。そのために早起きをしたのだ。今日の私は仕事人モードなのだ。

 ……雷光の2人が居れば良かったんだけど、大森林から帰ってきたら姿を消していた。ま、そのうちまた会えるでしょ。



◆◇◆◇◆◇◆



 冒険者ギルド。

 いつもはみんなと来るので何とも思わないが、なるほどレニーが居ないと結構怖い。

 最近のレニーは保護者のような感じがする。常に私の近くに居るし、他の人とトラブルになりそうになるとすっと前に出てくる。妹みたいな扱いをされている気がする。

 特に今、早朝は気が立っている人が多い。呪人は短気な人が多いのも問題だ。ダニヴェスよりも明らかに治安が悪い。もしここで冒険者登録をしようものなら、お馴染みのチンピラ冒険者に絡まれるイベントが発生しそうな気がする。

 海運ギルドと建物が一緒なのも問題だ。船乗りは、なんというか、圧が凄い。

 惚れ惚れする肉体美!とか、野獣のような眼光!とか、そういうのではない。なんというか、物腰が鋭いという言葉がぴったりな風格ある佇まいというか、ぶっちゃけ睨まれたら泣いてしまいそうだ。

 実際、冒険者と喧嘩になったのも見た。確か6級冒険者の人間だったはずなのだが、ワンパンで意識を刈り取られてた。殴り合いとかじゃなく、ワンパンだ。別にハゲてはいなかった。

 どうやら冒険者側が喧嘩を売っていたらしく、数々の証言の結果1ヶ月の出入り禁止と言い渡されていた。ぷぎゃー。


 続々と冒険者、そして船乗り達が集まり始めているが、録石棚の更新まではまだ時間がある。

 やることがないので私は他の冒険者を観察することにした。目が合わないように慎重にだ。何を言われるか分かったもんじゃない。

 ざっと見た感じ、ダニヴェスのときよりも大型の武器を持っている人間が多い。

 大型とはいえ、別にファンタジスティックな感じではない。単にティナやシパリアのショートソードに比べて大きいってだけだ。

 いわゆるロングソードに当たると思うのだが、とはいえ明確に区別出来るような感じはしない。お、ちょっと長いか……?くらいのどっちとも言えないのも多い。

 例えば80cm以上はロングでそれまでがショートだ、みたいな基準を私は持っていないのだ。うちの戦士共、特に武器マニアなティナであれば分かるのかもだけど、私は武器に関してはさっぱりだ。

 サークィンはあんまり階級の高いクエストもないし、であれば階級の高い冒険者も多くはない。駆け出しの町って感じだから似たような武器が多いのかもしれない。

 ……いや、ダールで見た冒険者のほとんどがダガーだったな。というかよくよく見れば大きな剣を持った人も短剣を腰に差していたりする。ダガーやナイフは人気の武器らしい。

 実際、自分で使っていても思う。これは便利だ。包丁代わりにもなるし、ナタ代わりにもなる。ショートソードに比べれば軽くて小さいし、安いものなら小銀貨4枚あれば買えてしまう。


 鎧もやっぱり魔人と呪人で違う気がする。というか、大型の鎧は呪人の専売特許って感じだ。

 多分魔人はゾエロに頼ることが多いんだろう。カクやティナも補助的な鎧でしかないが、実際のところゾエロと闘気の不思議パワーで結構な防御力になってたりする。私に至っては各所を守る程度の小さなものだ。

 レニーは違う。ファンタジーってよりは歴史の人って感じだ。あんまりそっち系はやったことないが、マウントアンドソードとかに出てきそうな見た目をしている。アーマードロボットの4系とV系くらい違う。

 魔人がゾエロと闘気で防御を補強するのに対し、呪人は闘気と鎧で防御を補強するらしい。闘気の質も結構違うらしく、雑にいえば呪人の方が硬いのだ。ただゾエロが苦手な分、表面の防護に鎧を着るって感じらしい。

 魔力を見れば分かりやすい。ゾエロを垂れ流してるのは大体魔人で、そうでないのは多分呪人だ。服の上からじゃほとんど見えないし、呪人でもゾエロが使えるのは知ってるから、一概には言い切れないけどさ。


「なあ」

「ひぁ!」


 と人間観察をしていたら声を掛けられた。突然声を掛けられたら人は変な声が出る。別に私がビビりだとかそういうわけではない。私は悪くない。

 声を掛けてきたのは明らかに新米戦士って感じの男の子。魔力的には恐らく呪人だろう。


「な、何?」

「いや、ぼーっとしてたからさ。

 俺らと一緒にクエスト受けない?」


 ナンパか!と一瞬ちょっと期待したがそうではない。いや、ナンパの一種ではあるけども。

 サークィンはダニヴェスに比べ呪人比率が高い、言い換えれば魔術師の数は更に減るということになる。

 ほとんどが魔人のダールですら野良の魔術師は貴重なのだ。アストリアの最西部ともなれば絶対数は更に減るだろう。


 どれ、と見てみれば男の子の3人組だ。3人全員が戦士系に見えるが、そのうちの1人は魔人らしい。

 3人共鎧に傷は少なく、その手はまだまだ柔らかそう。多分村で仲良かった3人組がそのまま冒険者を目指して上京しました、みたいな状況だろうか。


「良いけど、ランクは?」

「7級さ。上げるのを手伝ってあげるよ」


 最近気付いたことがある。

 私の体はあまり成長していないということだ。

 マントを買い替えた際に気付いた。以前のマントは1回だけ身長に合わせてカクに伸ばしてもらったのだが、それ以来ずっとちょうど良かったのだ。

 鎧もそうだ。胸はずっとブカブカのまま、一向に大きくなる気配がない。……嘘みたいだろ、死んでるんだぜ、こいつ。

 どうやらこの体型で落ち着くらしい。チビでチッパイだ。クソ、どうしてこうなった。

 それから、結構な童顔でもある。言われるまで気にしていなかったが、一度気になると気になって仕方がない。

 まとめると、周りの人と比べて子供っぽく見える。いや、素直に言おう、幼く見える。このままじゃ合法ロリ待ったなしになってしまう。勘弁して欲しい。

 ……まだしばらく成長はするはずだ。今はちょっと落ち着いてるだけなんだ。そう信じようではないか。サンくらい大きくなるはずなんだ。


「上げるのを、手伝う?」

「パーティに入ってるわけじゃないんだろ?

 俺らと一緒にどうだい?まずは体験からでいいからさ」


 多分、こいつらは勘違いをしている。

 私の鎧は比較的新しい。新しいというか、大体レニーが防いでくれるし、私も魔術で防御するしでほとんど傷のない綺麗なものだ。

 先日マントも新品にしてしまったし、腰のダガーも常に綺麗な状態だ。

 恐らく新米か何かと勘違いされているんだろう。


「パーティ名は?」

「まだないよ。俺とラースが7級、ジャローは8級だからね。

 でも決めてある。イナーシャ冒険団さ」


 イナーシャ。確か八神教の1柱だ。何にまつわるかは忘れたが、山の……ああそうだ、鉄にまつわる山の神だ。

 神の名を借りるとは大きく出たな。どっかの雑草パーティよりも遥かに強そうだ。


「俺はバシナンド、バッシュって呼んでくれ。君の名は?」


 一瞬吹き出しそうになったが、別に誰かと入れ替わった記憶はないし、多分私は私のままのはずだ。

 さて、どうしよう。

 暇潰しに一緒に遊んであげてもいいが、後が面倒になるかもしれない。

 正直に5級であることを告げたほうがいいかもしれないが、今日1日くらいなら問題ないかもしれない。

 どちらが良いかと悩んでいたら、数少ない知り合いが顔を出してきた。


「やめとけ坊や、こいつは紫陽花の魔術師だ」

「坊……坊やじゃない。バシナンドだ」

「はいはいバシナンド君。このちっこいのは5級だぞ。俺やお前よりもずっと強いんだ。しかもあの"六花の魔術師"の妹だ」

「えっ……」


 顔を出したのは緋色の剣というパーティの1人だった男、6級のエーター。

 珍しくカク経由ではない直接の知り合いだ。彼がピンチの場面にたまたま出会したので、助けてやってからはちょくちょく声を掛けられる。

 緋色の剣の1人は死亡し、もう1人は投獄されたので"だった"だ。現在はソロで活動している。

 身長はレニーよりも頭1つ高く、非常に発達した筋肉を持っていて、両手で大剣を振るってる。どう見ても呪人なのだがこれでも魔人だ。ハーフとかなのかもしれないが、本人が魔人と言っているので魔人らしい。

 魔人にしては珍しいくらいの恵まれた体格を持った前衛だ。それでいて魔術も7術まで使えるというから意味が分からない。


「よぉ。今日は他の奴らは居ないのか?」

「うん、1人で来てる」


 人対人だったのでカクの指示により様子を伺っていたのだが、現在は投獄されているアカリナという戦士、そして死んでしまったナフランという魔術師がエーターを襲っていた。

 彼は自らのパーティに殺されそうになっていた。

 ナフランを殺したのはエーターだが、話が話だったので仕方がない。アカリナは以前からエーターを恨んでいたらしく、同じくエーターを恨んでいるナフランと結託して襲ったというわけだ。

 しばらくはエーターも事情聴取ということで捕まっていたが、正当防衛と判断されてシャバに戻ってきた。原因だったりは後から聞いた形になるが、正直どっちもどっちって感じだった。


「そうか……ちっこいってのも大変だな」

「うるせえハゲ。そのヒゲ頭に生やしてろ」


 エーターはハゲだ。まごうことなきハゲだ。ツルッツルのピッカピカだ。撫でてみたこともあるが気持ちのいいツルツルさだった。

 このくらいの軽口を言い合えるくらいにはお互いに顔を合わせている。先日も一緒に飲んだばかりだし、深く関わらなければ悪いやつではないと思う。

 知り合い以上友達未満って方が近いかもしれない。


「おい、俺が話してんだよ!どっか行けハゲ!」


 あっ、と思った。バシナンドは禁句を口にした。エーターにハゲと言っていいのはごく限られた人物と全ての女性に限られるのだ。

 私やティナがハゲ呼ばわりしてもニコニコしているし、この前なんて白髪交じりのおばさんに「そこのハゲ」と呼ばれてもニコニコしていた。

 だがカクがハゲと口にした時、エーターは大爆発した。殺されるかと思ったとまで言っていた。傍から見ていてもその殺気は凄まじく、真っ赤な頭も相まってゆでダコにしか見えなかった。

 この男は短気なのだ。女に対してはニコニコとしているが、男に対しては凄まじい勢いで怒り狂う、男性差別の権化とも言える存在だ。


「あ?今なんつったクソガキ!」


 言うが早いかバシナンドの襟首を掴み持ち上げる。凄まじいまでの魔力と殺気を吹き出している。

 あまりの速度に3人共反応出来ず、まだ何が起こったかを理解していないように見える。あるいは単に足が竦んでいるだけなのかもしれないが。

 バシナンドの顔色がみるみる変わっていく。自分がどういう状態なのかを理解し、必死に腕を攻撃し、解けないことを知ると顔色を伺い、その表情に青ざめている。七変化だ。

 っと、これでも6級の戦士、しかも単独で6級のクエストをこなすような男。止めないとホントに殺されかねない。実際に人を殺したこともあるわけだし、ラースか?は剣に手を掛けている。ちょっとまずい。


「エーター、下ろして」

「チッ……おらよっ!」


 エーターはバシナンドを一瞬手前に引き、そのまま2人の方に放り投げた。

 押し飛ばしたと言うよりは放り投げたといった方が正しいだろう。もし剣を抜いていたら、今頃は大惨事だ。


「ぁあっ!」


 宙に浮いたバシナンドが情けない声を出し2人に直撃する。ジャローか?は尻もちに加え小便まで漏らしている。

 こんなおっさんがキレてたら怖いもんなぁ。6級の出す殺気ってかなりのもんだし、普通の反応かもしれない。

 でもこれじゃ形無しだ。可哀想だ。仕方ない、ここはお姉さんの出番だ。


「大丈夫?怪我してない?」

「あ、ああ……ありがとう。大丈夫、大丈夫……」

「ジャローだっけ?洗ってあげるからおいで」

「いや、大丈夫、です……」


 と思いきや断られてしまった。ジャローもジャローでエーターに負けず劣らずゆでダコみたいに顔が赤い。

 お年頃の男の子が3対1でビビり散らし、声を掛けた女の子の前で失禁までしたらこうなるのが普通か。


「エーター」

「なんだよ」

「ちゃんと手加減したね」

「まあな」


 かなりの殺気を撒き散らしバシナンドを放り投げたエーターだが、もちろん本気ではない。

 この男はめちゃくちゃ強い。階級こそ6級だが、ティナやレニーよりも遥かに強い。当然私よりも強い。カクよりも強いとは思うのだが、最近のカクはどうも嘘っぽいので実はエーターより強いですとか言われても驚かない。ともかく、エーターの実力は6級どころの話ではない。

 エーターが6級に居るのは単にギルドで何度も問題を起こしてるせいだ。昇級試験が回ってこないとボヤいていた。

 本気で捕まえていれば、あるいは投げつけていれば、それこそ首がへし折れていてもおかしくはない。


「相変わらず喧嘩っ早いね」

「売ってきたのはこいつらだろ」

「まあまあ。慣れてるし」


 マントをフード付きのものに買い替えてから、どうにもこの手のナンパが多い。

 スターナやフアもそうだったが、魔術師は顔を隠す人が多いせいだ。

 別にフード自体は被ってないのだが、やはり私も魔術師のように見えるようだ。いや、合ってるんだけどさ。


「ったくイライラさせるぜ」


 頭の色はもう赤くないが、しかしあんな事があった直後にイナーシャ冒険団を睨みつけるのはどうなのか。

 と見てみれば尻尾を巻いて逃げ出す最中だった。ああ、可哀想に。あの子達はまだ子供だと言うのに。……まあこういう人も居るよって分かっただけ良いか。

 あんまり人が気にしてそうな風に呼んではいけないのだ。ハゲにハゲって言っちゃダメだし、デブにデブとも、チビにチビとも呼んではいけない。私は別にチビではない。まだ発展途上なだけだ。


「あーあ、今日はあの子達と遊ぼうと思ってたのに」

「暇なのか?なら俺と遊ぼうぜ」


 エーターが腰をヘコヘコ、下品な動きをしている。

 興味があるかないかでいえば間違いなくあるが、とはいえこの男相手は嫌だ。私にだって選ぶ権利はある。というかサイズ的に無理だろ。

 貞操観念ではないが、どうせなら初回くらいは嫌いじゃない人間としたいもんだ。


「あんた、ロリコン?」

「生理来てんだろ?子供が産めりゃ女は女だろ」

「さいってー」


 女の敵と言う言葉はこの男にこそ相応しい。心からそう思う。

 二人っきりになっても襲ってくるようなことはないと聞いたが、さすがの私も多少は警戒する。

 敵に回すと面倒そうなので仲良くなりすぎないように仲良くする。

 人付き合いとはそんなもんだ。面倒だが、避けたら避けたでもっと面倒になる場合もあるし、付き合っておけば何かに使えるかもしれない。コネって奴さ。


 しかし、子供か。考えたこともなかった。……私も命のサイクルのために廻る必要があるんだろうか。

 見た目はともかく、魔力視というちょっとしたレア能力は遺伝することが判明しているわけだから、私の遺伝子は優秀な部類なのかもしれない。

 魔言の聞き取りや闘気の扱い、魔力量がどうなるのかがちょっと分からないのが難点か。


「エーター、子供は居るの?」

「7人くらいか?もっと居るかもな」

「ふーん、多いね」


 今回の人生は女であって、種を撒き散らすような側ではない。魔人はデキにくいとも聞くが、あんまり無計画にはできない。

 未来なんてのも漠然としか捉えてなかったが、そろそろ考えなきゃいけない年齢なのかもしれない。

 将来か。誰かと結婚して子供を産んで幸せに暮らす、なんて未来が私にあるんだろうか。

 軽くシミュレーションしてみる。身近な男なんてカクとレニーくらいしか居ないから今回はカク。


 街の一角の小さな借家で暮らしている。朝起きると横にカクの顔……ふふ、おかしいな、ちょっと恥ずかしい。……まあいいや。とりあえず、カクが居ます。

 私はカクよりやや早めに起き、水浴びを済ませ朝食とお弁当の用意。出来上がる頃にはカクが目を覚まし、簡単に朝の挨拶。めんどくせえと愚痴るカクに水をぶっ掛け、新たな服を出す。

 朝食を摂ったカクは私の作ったお弁当を抱えて仕事に行く。プート・リズ・レンズ・ログ・クニードで作った保冷剤も用意したから、なかなか悪くなりづらい、魔術師ならではのお弁当だ。

 どんな顔をして食べるのかな、なんて考えつつ洗濯を済ませる。魔術師上がりで労働者上がりの私の洗濯能力は非常に高い。すぐに終わってしまうので、ソファで録石を読んだりしながら暇を潰す。

 昼頃、小腹が空いてきた頃合いに夕飯を作り始める。夕飯は団欒だ。凝り性で暇な私のやる気は概ねこれに注がれる。それにカクは食べるのが好きだ。今日のは特にこれが美味しい、こうしたらもっと美味しいかも、なんて会話を想像しながら手を進める。

 作り終わる頃には私のお腹はかなりペコ。まだ暖かいうちに、切らした食材を買い足すという理由で市場に行く。これは建前で、本当は露店での串焼きが目当て。……最近、ちょっとお腹が出てきた気がする。ダイエットしようかな。

 カクの帰りは遅い。まだかな、とぼーっとしているうちに眠ってしまい、ふと目を覚ますと毛布が掛かっていて、何故かカクも一緒に寝ている、なんて日もちょくちょくある。

 でも今日は違う。洗濯物を畳み終え、簡単な掃除をしているタイミングでカクが帰ってきた。開口一番に「うまそうな匂いだな!」とか言ってるけど、魔人とはいえ仕事帰りはちょっと汗臭い。水浴びを促し、その間に夕飯の用意をする。

 夕飯はここらへんでは珍しい牛のシチュー。カクはチーズなんかの乳製品が好きなので試しに作ってみたが、これが大好評。「やっぱりアンの飯が1番だな」とか言いながら凄い勢いで食べ続ける。お世辞かもしれないけど口にされるとやっぱり嬉しいな。

 食べながら今日の仕事の話をする。私はもっぱら聞き専だ。日がすっかり落ちた頃、話すこともなくなった私達は食器を片付け寝室へ。明日もまた早いし、今日は昼寝をしてないからちょっと眠い。

 パジャマに着替え、あくびをしながらベッドに入るとカクの視線。食欲の次は性欲らしい。冒険者上がりの私は体力を余してるし、そろそろ子供が居てもいいかも、なんて考える。気づけば私はされるまま。夜の経験値はカクに軍配が上がるらしい。

 丁度いい疲労感に包まれ、私達は眠りにつく。夜はまだ冷える。カクの背中を抱き、いくつかの傷に冒険者として一緒に旅をしていたことを思い出しつつ夢を見る。


「お?その気になったか?顔が赤いぜ」

「……あんたじゃないから安心して」


 顔が熱い。なぜカクで想像してしまったのだろうか。私のほうがゆでダコみたいになっている。ちょっと顔を合わせるのが恥ずかしいかもしれない。

 うーん、相手が誰にしろ、そんな未来が訪れるんだろうか。私はそれを受け入れるんだろうか。

 実際、妄想の中の私は満更でもなかった。自由な日々とはいえないが、充実した時間を過ごしていたように思う。

 なんてことのない普通の1日。いつかそれが現実になるんだろうか。


 呪人は分からんが、魔人は大体32歳までには結婚する。前世の人間基準で言うなら18歳くらいだ。精神年齢はこっちの方が上になるかもしれないけど、肉体年齢的にはそのくらいだ。

 アストリアとダニヴェスでは16歳を以って成人とする。つまり私ももう成人だ。16歳から32歳くらいまでに結婚して、子供が出来たらこれを育て、子供が巣立ったら次をまた育てる。ユタと私は6歳離れているが、毎晩シててもこれくらい子供は出来づらい。

 もちろん個人差はあるし、これは町に住む一般的な人間の話だ。例えば貴族であれば40歳くらいまで子供を作らないのが当たり前だし、100歳超えてから結婚する人もたまに居る。魔人女性は120歳くらいまで、男性は死ぬまで生殖可能だと聞いた。

 そして、冒険者は結婚するのが遅い。そもそも結婚しない、出来ない人もかなりの数になる。不良物件というべきか、家を空ける時間が長いから、そもそも結婚という生活スタイルに向いていない。

 お金の問題もある。1つの壁とされる6級までの稼ぎでは生活もちょっと厳しいのだ。8級はほとんど赤字、7級でその日暮らし、6級でようやく稼ぎが安定しはじめて、5級まで来ると子供を養うことも出来ると言われている。

 なんだかんだ結構な人間が1回は冒険者を目指し、挫折するらしい。結局6級で止まってしまう人が多く、仕事のキツさと釣り合いが取れないのだ。それに結構グロいことも多いしね。

 他に、これは女側だけの問題になるが、身籠ると魔力が使いづらくなるらしい。体内に別の魔力を宿すせいだとか言われてるし、無理に使いすぎると流れるとも聞いた。


 と考えてるうちに録石棚が運ばれてきた。

 いい感じのクエストもないし、パーティもない。

 クエストを受けずにギルドを後にした。

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