四十九話 土虎3
土虎の討伐クエスト。
魔石自体は高くない。肉も美味しいとはいえない。メインは皮だ。
土虎の皮は本来高く売れる。今回はかなりボロボロになってしまい、お世辞にも綺麗だとは言えないが、それでも加工用素材として使える。
実際に土虎が使っていたように、この毛皮はエレス系との相性がいい。色魔石には劣るが、似たような触媒としての効果に期待出来る。
骨、特に脊椎も売れる。これは土虎には限らないが、魔力を多分に含む魔物の場合は死んだ際に骨中に非常に細かな魔石を作り出す。恐らく一部の魔人も、私のような魔人も同様だろう。
この魔石を含んだ骨は高温に晒されると魔力が染み出してくる。特に精錬時に使用することで魔力を含んだ金属を作り出せる。私が持っているダガーもそうして作られているらしい。
らしい、というのはどうやらこのダガーは魔道具の一種、ダンジョンなんかで見つかる魔力によって変異した物を指す意味での魔道具なのだが、それであると言われたせいだ。
確かに元はそのような工程で作られたはずの金属なのだが、どうにも錆びなかったりだとか、魔力の通りがめちゃくちゃに良かったりだとか、魔法陣が彫られてないとかで、魔道具屋に鑑定してもらったところこれはダンジョン製であると告げられた。
ダガーのことは置いておこう。強力な魔物の骨に関してだが、他にも骨粉として肥料に使うだけでも効果的なのだ。魔嵐や魔力異常の大森林と同様、魔力は生物の成長を助ける働きがあるため、精錬に使えないようなクズ骨ですらある程度の金額で売れる。
強い魔物の体とは、余すところのない資源の塊だ。もっともこれは正しく解体出来る人間にとってであるし、土虎の肉はまずかった。食べられないほどではないけどパサパサしているし、かなり臭い。
クエストの帰り道、私はひどい疲れに悩まされた。
というのも、子虎には定期的に魔術を掛け直す必要があるのだ。
ティナは療術のほとんどが使えない。習う機会がほとんどなかったのだから仕方のないことなのかもしれないが、1人でこの子虎を管理する事になってしまったのだ。
魔力をゆっくり使い続けると、徐々に体が重くなってくる。それでも更に使い続けると、今度は頭痛や体温の変動が起こり、最終的には意識を失う。
自慢じゃないが私の魔力はかなり多い。一度に使いすぎてクラっとすることはあるが、流し続けるような場合では魔力の残量を気にする必要はほとんどない程度には多い。
しかし子虎に施した魔術は7術に相当する。ほとんどの魔術は術数が増えれば増えただけ消費量も増えていく。
瞬間的に使うだけならまだしも、定期的に使うとなるとさすがの私にも問題だった。
現在、私はレニーに背負われている。
レニーも結構な重傷だったが、療術によってある程度は回復させられた。
森を抜けるまでの間、私は何度も転んだ。魔力切れの症状であり、体の細かい操作が効かないものや、何かに覆われているかのような感覚の鈍さが襲ってきていた。
6日目、とうとう意識を失った。大森林を抜けたせいか、魔力の回復速度が落ち、遂に消費速度に追いつかなくなったのだ。
レニーの荷物はガシャに渡され、必死の形相で歩いている。
私はそれをぼーっと眺めている。
ああ、きっとあの荷物は重いんだ。とか考えている。
瞬間的な魔力の消費ではなく、持続的な魔力の消費による魔力切れはここまで気分の悪くなるものなのかと考えている。
これなら二日酔いの方が遥かにマシだと考えている自分を見ている。
不思議だ。
丸でゲームのキャラクターを操作しているような気分だ。
自分の姿はないのに、モニター越しにアンジェリアを操作している感じだ。VRでTPSをプレイしたらこんな感じだろうか。
不思議だ。
「休憩に、しませんか」
「ん、そうすっか」
日は直上、昼食時の時間だろう。
ガシャの荷物は明らかに多い。
ポーターとはそういう役目なのだから仕方がないとは思うが、長期のクエストとなると荷物は増える。
帰り道なら減るかと言われれば大違いだ。むしろ土虎を解体した結果色々増えている。
結局私はポーターの経験をほとんど積まなかったが、それでよかったのかもしれない。明らかにコスパが悪いし、今回のように危険な魔物と出会うこともある。
と、レニーに降ろされた。
「しかし、堪えるな」
「こりゃ俺らの取り分は少なめだな」
「そういう問題ではない」
レニーを説得するのは苦労した。
主にカクが。
◆◇◆◇◆◇◆
巣穴の横で警戒していると、3人が戻ってきた。
どうやら土虎は中で死んでいたらしい。血の臭いに顔を顰めそうになったが、解体してくれたカクに失礼に当たると考え耐えた。
だが結局、俺は顔をすぐに顰めることになる。血の臭いではない。ポーターの抱えていた荷物が問題だ。
「よう、良いもん見つけたぜ。土虎の子供だ」
「……何?」
「睨むな睨むな。子供を殺すのは忍びないだろ」
ガシャというポーターが抱えていたのは土虎の子供だ。
こいつらは親を殺し、剰えその子供すら手に掛けようとしている。
「どういうことだ。何故子供を攫った」
「よく見てみろよ、目も開いてねえ子供だぞ?
放っておけば死ぬだけだろうが」
「ならどうするつもりだ」
「売るんだよ。金になる」
売る。
「ふざけ――」
「見て見ぬ振りする偽善者に成り下がるのか?」
「なんだと?」
「考えてもみろ。こいつは放置されりゃ死ぬだけだ。そりゃ分かるよな。
直接手を下すか?それはもちろん反対するよな。
どっちも殺しには変わらねえのによ。
じゃあ育てるのか?俺達で?魔物を?出来もしない事は口にすんな。
何が1番得策か考えろ。俺らは金が欲しい。こいつは命が欲しい。
じゃあ育てられる人間に売っぱらうのが1番じゃねえか」
「だが、まだ子供、赤ん坊だぞ」
「だからだよ。小さいうちから育てりゃ人間を親と勘違いするかもしれねえ。
インプリンティングっつーんだ。育てる人間にとっちゃこれほど楽な事もねえ」
ああ、クソ。上手く言葉にならない。
「……生き残る確証があるのか?」
「んなもんねーよ。俺らにだってねーのになんでこいつにあると思うんだ。
ま、少なくとも命は伸びるだろうな。
ここに放置していきゃせいぜい3日が関の山だろ」
言っていることは分かる。時間を伸ばすならそれが1番効果的なのも分かる。
だが、こう、何故こいつはいつもこうなんだ。
「レニー、お前が言いたいのは虐待するような人間に買われる可能性もあるってことだろ?」
「ああ」
「じゃあここで放置して、野生の魔物に生きたまま食わせるか?」
「……そういう意味ではない」
「一緒だよ。選択肢を選ばないっつーのは、最悪の選択を自らで選んでるんだ。
分かるだろ?」
「……納得は出来ない。が、言い分は分かる」
どこか微妙に上から俺を見ている。
どこか少しだけ大人びている。
それがカクだ。昔から変わっていない。
小さな頃からずっとこうだ。こいつの考え方は損得第一、動物的だ。
だが間違っていたことはほとんどない。少しの不利を後の有利に繋げてくれる。
それは分かる。頭では分かる。だが感情は、それが正しくないと言っている。
「レニー、久々にクイズを出してやるよ」
「何故、今なんだ?」
「まあ聞けって。トロッコって分かるか?鉱山で使われる、人や鉱石を運ぶ乗り物だ」
「ああ、昔お前が言っていたな」
「そうだ。そのトロッコだ」
何か言いづらい事を伝える時、こいつは遠回りに伝えようとしてくる。
クイズだなんて言ってるが、今回もきっとそれだ。
「お前の前に線路がある。トロッコの線路だ。
そして鉱物を大量に積めたトロッコが走ってきている。
左の線路には5人が、もう右の線路には1人が作業をしている。
どうやらそいつらはトロッコの接近に気付いていない。
このままでは5人が轢き殺されちまう。線路は左側に繋がってっからな。
でもお前は分岐器って機械のすぐ近くに居る。
これをイジるとトロッコは左じゃなくて右、つまり1人の方に走っていく。
お前に出来るのは分岐器を操作するか、しないか。その二択だ。
言い換えよう。何もせずに5人を殺すか、お前の手で1人を殺すかだ」
選択できるわけがない。
「……答えられるか。それに、子虎と何の関係がある?」
「これに正解はねえ。何も触らなきゃそれは事故。お前はただの目撃者だ。
操作しちまえば、お前は1人を殺した殺人者だ。
だがそれにどんな問題がある?5人を救ってんだぞ?
後悔するかもしれないが、それで不幸になるのは自分と死んだ1人の合わせて2人だ。
操作しなければ、5人が不幸になる。自分が後悔すりゃ6人だ、単純だな。
いいか。俺は取り得る限りの最大の幸福値を選べって言ってんだ。
今の状況も、それと同じなんだよ。
お前は何もせずに子虎を殺そうと提案してる。
俺は分岐器を操作して、死なない可能性に賭けてる。
分かるだろ?」
これだ。こいつはたまに意味の分からないことを言い出す。
昔からだ。突然知らない言葉で喋ったり、聞いたこともない話をしたし、突拍子もない発想で何かを始めたりする。
今回の話だってそうだ。聞いたことのない話だ。
言っていることは分かる。1人を殺して5人を助ける。確かにそれは正しく聞こえる。
だが俺は間違っていると思う。自分で殺してまで助けて、それが正しいと言えるのだろうか。親族に何と言えばいいのだろうか。
「……それは数字の問題だ、感情はまた別だ」
「もうちっと自分を殺せっつってんの。
今までだって殺しまくってんだぞ?
今更子供だからっつって曲げんなよ。
現実見ろよ。俺らは母親を殺してんだよ。
殺してんのは母親だけじゃねえ、子供やその孫、可能性も殺してんだ。
分かるだろ?何度も話したじゃねえか」
「目の前に来ると話が変わるだろ!」
「いーや、変わらないね。答えは答えだ。
逃げるなよ。逃げ続けてどうなるかを俺は知ってんだ。
さっきのクイズに戻ろう。
分岐器を操作しなかった奴は、最終的に気を病んで自殺を選んだ。
操作した奴は、そいつの子供に襲われて死んだ。
この状況になった時点で正解はねえ。自分は不幸になるんだ。
ならよ、たくさんの人間を幸福にした方がよくねえか?」
違う、そうじゃない。
俺の気持ちが伝わらない、俺は言葉が見つからない。
「よし、こうだ。
お前はティナを助けてアンと俺を殺せる。
アンと俺を助けてティナを殺せる。
選べるか?選べねえよな、レニー。
お前は昔っからそうだ」
「当たり前だろう」
「じゃあ、俺に靡けよ。
俺が間違ってた事はそんなに多いか?
俺も折れた時、良い顛末に向かった事がどれくらいあった?
後になって考えなかったか?カクの意見に従っておけばって」
「ああ、分かった、十分だ。
貸せ!今ここで殺してやる!」
なら直接手を下してやる。
これが正しくないのは分かっている。
幸福値とやらが下がるのも分かる。
だが俺の心はそうじゃない。
「ガシャ、渡してやれ」
「え、でも……」
「良いから。好きにさせてみろ。分かるさ」
子虎の体温は低い。子供とは思えないくらいに冷えている。
本来、毛皮に覆われている魔物は体温を一定に保つはずだ。
特に子供は体温が高いはず。なのにこの子からはそれを感じられない。
「……何があったんだ?」
「アンが眠らせてんだよ。かなりの魔力を使ってな」
「何故だ」
「色々あるが、暴れたりしないようにだ。
道中暴れられて逃げられて死なれたらたまったもんじゃねえだろ。
こいつを死なせないために、色々頑張ってんだ」
アンは、と見てみればややぼーっとしている。
考え事をしている時の姿ではない。恐らく、魔力の消費によって意識が薄くなっているのだ。
氷の壁によって直撃は防いでいたが、それでも即死してもおかしくないような攻撃を受けていた。
あのポーターが土壁で姿を隠していたが、正直助からないと思っていた。
だが復帰は早かった。療術によって自らの傷を癒し、ティナ、そして俺の傷も癒した。
まだ子供であるアンが命を賭して虎を殺し、その報酬を得ようとしている。
俺はその報酬を揉み消そうとしている。
……間違っているのは俺なんだろうか。
アンだけじゃない。カクも、ティナも、そして俺もだ。全員命懸けで戦った。
その働きに対する報酬を、自ら捨てる意味があるんだろうか。
俺達は、生きるために、殺してる。
だが殺さずに済む選択があるなら、それでいいじゃないか。
この子だってそうだ。
必死に生きようとしている。
人も魔物も関係ない、生きようとしている。
それを俺は殺そうとしている。命を摘み取ろうとしている。
勝手に将来に絶望し、その可能性だけで摘み取ろうとしている。
……やはり、間違っているのかもしれない。
「……いや、止めておこう。カクの言うとおりだ。
貴族のペットとして自由に暮らす可能性もあるんだろう?」
「もちろんだ。
つーか飼育する時点で素材としちゃ二級品、
肉も不味いときちゃ殺す理由もねえだろ」
そうか、買われた先のことも考えていたのか。
「そういう事は先に言え」
「バカ、それじゃ面白くねーだろ」
「面白さは関係あるのか?」
「いや、俺の趣味……いっでえ!何すんだよ!」
身勝手なやつだ。
だがどうにも嫌いにはなれない。
結局、こいつはいつも先を見ている。
俺が食って掛かっても、受け流してしまう。
正面から叩き伏せられることもある。
剰え正しい答えに誘導しようとする。
例え間違った答えを選んでも、ギリギリで救おうとする。
種明かしとばかりに足りない情報を伝えてくることがある。
気に食わない。だが、嫌いではない。
妙な感情だ。
アンに抱いている感情とはまた別だ。
とりあえず、1発だけで許してやろう。
◆◇◆◇◆◇◆
「うっし、そろそろ行くか!」
カクの大声が頭に響く。うぅ、勘弁してほしい。
休憩とは言ったが、私にとっては療術を掛け直すタイミングでもある。
休憩前よりひどいぞ。
「大丈夫か?」
「だいじょばない」
レニーとカクが口論をしていたのは覚えている。ぼーっとしていたせいで曖昧だが、難しい話をしていた気がする。
結局、カクが1発殴られて話は終わった。よく分からんが、男同士の友情的ななにがしなんだろう。
私にはよく分からん。最近は自分の性別も男よりも女と考えているフシがあるし、そもそも元が元だ。生前もあまり男っぽくはなかった。……喧嘩はしてたけど。
「お、ありゃ荷馬車か?」
「ラッキー、声掛けてみようぜ」
ティナが馬車を見つけたらしい。
見つけたからなんだというのだって感じだが、カクはなんかノリノリだ。
町までは今日中に着くはずだ。ってことは今から乗る意味はないし、そもそも荷でいっぱいのはず。
「魔石粉あるか聞いてくるわ」
ああ、そうか。すっかり忘れていた。
魔石粉が切れていたんだ。だからこんなに魔力がないんだ。
こりゃ思考も大分鈍ってるな。
駆け出すカクの背中をぼーっと見ていた。
少しして、カクは戻ってきた。手には小さな袋を抱えている。買えたらしい。
「ほれ」
ポンと袋を渡された。結構な量だ。確か一気に摂り過ぎるとそれはそれでまずいと聞いた覚えがある。
「ティナ、ガシャ、お前らの分でもあんぞ」
「あん?なんでアタシまで」
「そりゃ今まともに動けるのがお前らだけだからだよ。
アンがダウンでレニーはそれを運んでる。俺は荷物が多くてダガーは振るえない。
ティナ、お前に助けられてんだぜ?ガシャ、お前も結構いけるじゃねえか」
魔石粉ははっきり言ってまずい。土と鉄を混ぜたような味がする。
すぐに回復するわけでもない。効果が出てくるのは早くても10分後とかだ。
今の私の総魔力的に、多少回復した程度ではほとんど効果はないように思えるが、まあありがたく摂っておこう。
「ティナ」
「おう……やっぱ不味いな、これ」
「美味しい薬なんてないですよ」
「そりゃそうか」
「うっし、じゃ今度こそ出発だ」
ボツパターン
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遡ること7日、虎の巣穴で解体を終え、私達3人は外に出た。
解体とは思っているよりもかなり時間が掛かる。こなれたカクですらこれなのだから、私の場合であれば1時間を掛けて骨入りミンチが出来上がるだけかもしれない。
この時点で既に体がややダルかった。この療術は続いて3時間といったところだ。定期的に掛け続けなければならないな、なんて考えていたような記憶がある。
となると満足に動ける魔術師が居なくなる。ティナは魔力の全てを魔術に回せるわけでもなく、不安だったのを覚えている。
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理由:アンがぼーっとしすぎて話が進まないため。




