七話 魔人(マジケル)
2022/08/27 解像度の変更と誤字修正
今日もまた、ひたすらに魔力を使う。
必要最低限な分だけを残して、ただひたすらに使い続ける。
最初こそ使いすぎて気絶する事もあったが、今はそんな事は全くない。
魔力は使えば使うほど、目に見えて増えていく。
量が増えたせいかもはや発生系だけでは使い切れず、今では全身に魔力を纏わせつつ座学を行なうのが日課になっている。
その魔力を維持しつつ読石を行ない、二重に魔力を維持しつつ座学を行なう。
そうしてユタ兄が帰ってきたら、魔言を教えてもらうのをメインに魔術のお勉強を始める。
今年で私は3歳になる。ロニーは未だリハビリを続けている。
◆◇◆◇◆◇◆
融歴1672年 2の季 6月17日
怪物に襲われた日。家を壊され、ロニーが力を失い、私とユタが強くなることを決めた日。
その日は何も無い平穏な日になるはずだった。私は1歳の祝福を受けて、家族の暖かさに包まれるような。
突然奴は現れて、私の家族を、人々を虫けらのように殺した。
目的を果たしたのか、気紛れなのか。最後には私の家族だけを生き返らせてどこかへ消えた。
それは嵐の様に唐突に現れて、過ぎ去っていった。深い傷跡だけを残して。
◆◇◆◇◆◇◆
化物が去って数分、街から人が出てきた。この惨状を見てなのか、顰めっ面を晒しながら。
彼らを見て、死んだ人々を見て、気を失っている家族を見て。やっと正気に戻れた気がする。
対峙した化物の恐ろしさを今頃になって感じて、大泣きした。
その後はよく覚えていない。気付いたら仮設住宅の様な場所に居て、ユタが私を心配そうに見ていた。
あれが夢であったなら。そう考えるだけの余裕はあるのに、挫くだけの場所に居る。
「あ、起きたんだね。おはよう」
「パパ、ママは?」
まだ幼いはずのユタがいつも通りの声色で、平静を装って声を掛けてきた。
この目線、この表情、この声……私を安心させようとしているのを感じてしまい、だからこそ不安が膨らんでしまう。
だからすぐに聞いてしまった。
「どっちもまだ寝てるよ。アンは大丈夫?」
「だい、じょうぶ? アンはいたくないよ? ユタは?」
目の前にユタがいるという現実に多少安心し、目の前にいない2人を心配する。
あれだけのことがあった後だ、特別おかしなことではないと思う。
……にも関わらず、ユタも同様に殺されていたのを忘れていた。
何か不調があるかもしれない、と疑わない方がおかしいだろう。
「うん、僕は何か……モヤモヤしたのに包まれて、眠っちゃってたみたい」
自分が殺されたことに本当に気付いていないのか、あるいはまたも隠しているだけなのか。
表情を変えずに放たれた言葉から、ユタの真意は読み取れない。
まだ頭の整理が追いつかない……普段の私なら、こんなことなかったのに。ユタのことなんて私が1番知ってると思ってたくらいなのに。
落胆なのか、疑問なのか、混乱か。今の私は自分のことすらも分からない。
ぐるぐると考えているうち、ふとユタの後ろに謎のヒゲモジャが立っていることに気付いた。
とんでもない強面だ……なんかちょっと怖いぞ。
「ごめん、紹介するタイミングが見つからなくって。こちらはセレンさん」
「セレンだ。ロニリウスの元同僚、といったところか」
「……アン、です」
ユタが一歩引くのと同時、ヒゲモジャはずいと前に出る。
この言葉遣い……見た目は結構怖いけど悪い人じゃないのかな? 子供向けの言葉で話しかけてくるだなんて。
しかしやはり問題は見た目。
まず身長がかなり高い。基準がないからロニーを1.8mとしてみるけど、なら2mくらいはあるんじゃないだろうか?
この街でこんなに背が高い人は……初めて見たってほどではないけど、それでも滅多に見れるものではない。ここまで高いと実生活にも支障を来しそう。
でも別に高いだけなら怖いなんて感想は出てこない。つまりはマッチョ、それもめちゃくちゃなマッチョ。柔道着とか似合いそうだなぁとか考えてみたり……プロレスとかにもいけるかも?
年齢的には40歳を超えたくらい。日本だと初老だなんて言葉があるけど、この人に関してはむしろ現役バリバリって言われた方が納得できる。
圧がある。
「1歳だったか?ちゃんと喋れてるな。マジケルは成長が早いと言うが、お前の時より早いんじゃないか?」
「僕もこのくらいの時には話せましたよ。魔玉に釣られてエリアズが来たりはしなかったけど」
あの怪物も言っていたマジケルと言う単語がここでも出てきた。
ちょうどいいし聞いてみよう。
「マジケル?」
「前に言わなかったっけ?僕らは魔人で、セレンさんは呪人。
同じ"人間"でも種類がある程度分かれてるんだよ。
僕ら魔人は魔力量が伸びやすい分、筋肉量は余り伸びない、とか。
あくまで呪人基準での話だけどね。呪人が1番多いらしいから」
そ、そういえば前に……な、なんとなくだよ? なんとなーく、ユタの口から説明されたようなされてないような、そんな気がしないでもない。多分気の所為だとは思うけどね?
えーっと、その気によれば確か……この世界は5種類くらいの人種で構成されてるとか、言ってたよーな気がしないでもないかもしれないなぁ……いやこれ絶対言ってましたね。もう思い出してますもん。
あの頃は「へぇ、白人黒人みたいなのが5種類なのかなー」とか思ってたけど……なるほど、オーガとオークくらい違ったりすんのかな。
一応"人間"ってくくられている以上、多分同種族だよね? ってことは子供は作れるのかな? できたとして生殖能力は? 雑種強勢来る?
「ユスタディン。さすがに1歳じゃその話は理解出来ないと思うぞ」
「アンは頭いいから、なんとなく理解はしてると思います」
い、いや頭が良いわけじゃなくて中におっさん入ってるだけなんですすんません。
今も結構なこと考えてましたすんません。
話そうと思えばもうちょっとペラペラ喋れてすんません。
怪物のおかげ? で声の魔術まで使えるようなっててすんません。
ま、怖がられそうだから使わないし喋らないけどね。赤子が雑種強勢!? とか言ってたら怖いでしょ。
とにかくだ。私の種族はゲームでいうところの魔力適正A筋力適正Cな魔法型ってことで理解しとけばいいんかな。
確かにロニーはそこまでゴリマッチョって感じではないし、街でもマッチョは滅多に見なかった。
ほうほうなるほど、これが補正差ってヤツですか。現実でこんなもん見ることになるとはなー……いや、前世でも黒人は身体能力高いーみたいなヤツはあったっけ。実際のところどうなのかはあんま覚えてないけど。
あれ? でもロニーって剣ぶんぶん振り回して……あそっか、あれ魔法の剣的なヤツか。
なるほどなー。私ら魔人は魔力をメインに魔術使ったり魔法剣使ったりって感じの種族ってわけね。りょーかい。
筋肉付かないってのはちょっと残念だけど、まあファンタジーな世界で魔法が使えない! ってよりはちょっとヒョロいです! の方が全然マシか。
うんうん、妄想が捗ってきたぞ!
例えば右手から炎を出して、左手から風を出して、バーニングトルネード! 的な?
うっは厨二病かよ私。でもそんなのが現実でできちゃうってわけでしょ?
だいたい私の魔力って多いらしいしな? もはや専売特許でしょこれ。ゲーム知識なら割とある方だし、色んな技を魔術で再現してみたり――
「アン、聞いてる?」
っと、妄想しすぎてしまったらしい。
頭の中では両手を天に掲げ隕石を降らせまくる自分の姿があるが、これは一旦置いておいて。
「ちょっと、かんがえてた」
「そっか。セレンさんは近くで冒険者をしてるんだって。それでたまたま、あのエリアズ達を見て――」
ユタの話をまとめるとこうだ。
ロニーとセレンは昔、冒険者としてパーティを組んでいたが、ロニーが結婚を期に引退宣言。
その時のパーティはなんだかんだで解散しちゃって、以降のセレンは冒険者こそ続けてはいるものの基本的にはソロメイン。
一応たまにパーティを組むことはあるものの、とはいってもその場限りのもの。固定パーティはロニーと別れて以来組んでないらしい。
で、今回たまたまアーフォート? なるとこの近くのダンジョンを目指していたところ、ダールにエリアズの集団が飛んでいったのを確認。
それを見て駆けつけようとしたものの、少しすると凄まじい魔力を感じ取ってしまう。
これは危険だと若干悩んだらしいけど、すぐに魔力がなくなったので今度は本当に駆けつけてきた。
するとダールの北門、というか北門跡地が悲惨なことになっていて、その中でぶっ倒れてるロニーも発見。
こりゃ一大事だと処理を手伝った後、なんとなーくロニーの姿を見に来たらユタに見つかった……という経緯らしい。
どうやらこの人、かなりのお人好しっぽいぞ。
「俺としちゃロニーが無事ならそれでいいんだが、まだ意識を取り戻してないみたいだからな。
あいつらには恩があるし、子供が居るのに家が潰れたとなっちゃ大変だろ。しばらくは手伝おうと思う」
とは本人談。
ヒゲモジャ強面なくせ、ゴタゴタが片付くまでは色々世話を焼いてくれるらしい。
人は見かけによらない……は失礼だしそもそも適切な語彙を持ってないから言わないけど、何にしろありがたいのは確かだろう。
「しばらくは宿暮らしになるか、俺も家は持ってないからな。
後は……戦闘技術に関してなら教えられる事もあるが」
「僕はセレンさんに鍛えてもらう事にするよ。
今度あの化物が来ても、アンを守れるようにね」
ここだ。早期教育の鍵はここだ!
戦闘技術というのが具体的にどこまでを指すのかが分からないが、しかしユタが鍛えてもらうというのだから、私も便乗してしまってもいいんじゃないだろうか。
……まあ1歳の体で何が出来るのか、はさっぱり分からないところだけど。前世だとそもそも分別もつかない頃合いでしょ?
記憶の中の人間よりも魔人の方が成長早いっぽいからなんとも言えないけどさ。人間の1歳って喋ってるイメージ無いもん。
いやでも中におっさん入ってたらこんなもんなのか? ……うーむ、ここらへんはさっぱりだな。
まあいいや、ダメ元でもなんでもいいから言い出してみよう。
物は試し!
「アン、も、つよくなりたい」
「おいおい、お前はまだ1歳だろ。さすがに無理がある」
が、当然の反応。
まあ、ですよねー。私も内心思ってるよ? 1歳なんてベッドですやすや眠ってるべきだって。
「セレンさん。魔人は成長が早いので問題無いと思います。僕も居ますし。それに、魔力を鍛えるには幼い頃の方が良い、とも言われますから」
おーっと、ここでユタの追撃だ! おにいたまだいちゅき。
ていうかマジで成長早いのね。そして異世界転生物でありがちな幼い頃に鍛えるとすげえ強くなるってアレもあるのね。
んー……人間の成長速度ってどんなもんだったっけな。もしかして呪いとやらでここらの記憶ももう飛び始めてるのかな。文字に起こしておくとかで記憶を保存しておいた方が良さそうかも。
「魔術や魔法に関してはそれこそサニリア……いや、無理か。仕方ないか。どっちかが起きたら確認は取るぞ」
「ありがとうございます」
「最優先は寝床とあの2人の体調、それにお前らの安全だからな」
ほんとおにいたまちゅき。あとセレンさんマジでお人好しっぽくてこっちも好き。
こうして1歳にして弟子入りしてしまった私は、まずは分からない言葉を改めて勉強しようと心に決めたのであった。