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四十八話 土虎2

2020/12/07 魔言修正

 土虎(デーテンタイガー)が吠えると同時、魔術を構築する。


リズ・ダン(氷よ、穿て)!」


 しばらく練習したおかげでだいぶ使いやすくなったリズの魔言を用いた氷弾。

 が、ティナの時同様土虎の表皮に岩が発現、簡単に弾かれてしまう。


イゲ・ゼロゾエロ(魔力よ、強く纏われ)

「おい、もういいのか!?」

「交渉決裂だよ!」


 私の言葉によってか、カクが飛び出し、レニーもそれに合わせ前に出る。

 ティナはダガーを納め、ショートソードに持ち替えている。

 大きめの魔物に対してはこちらを使うことの方が多いのだ。


イゲ・ドイ・ゾエロ(雷よ、強く纏われ)


 ティナの魔力がゾエロが二層になる。纏身に加えてシパリアに教わった纏雷を掛けたのだ。

 まだ短縮詠唱は出来ないらしいが、発現させることは出来ている。

 ゾエロの多重詠唱は一般的ではない。

 ゾエロ同士は水と油の関係だ。普通は同時に使えない。

 しかしティナはそれを当たり前のように実現させている。


「腕試し、っと!」


 カクとの攻防の合間を縫って、土虎がこちらに岩弾を飛ばしてきた。

 土じゃなくて岩だ。やはり単なるエレス系ではなさそうだ。

 あまりの弾速に防御術の構築が間に合わなかったが、ティナはこれを軽く撃ち落とし、飛び掛かる。

 一段上の速度で飛び掛かる。


「うっらぁあ!」


 が結果は変わらない。

 瞬間的に形成された岩の鎧によって防がれる。

 なるほど、防御系に秀でた魔物なのか。


「伏せろ!」


 レニーが私に向かって叫んだ。

 反射的にしゃがんでみたら、頭上を何かが飛んでいった。

 訂正しよう。防御だけではないらしい。


ゲイゲ・ゼロゾエロ(魔力よ、硬く纏われ)


 私はティナじゃないのでゾエロは同時には使えない。

 反応することすら難しそうであるし、であれば硬度に重きを置いた硬化纏身の方が良さそうだ。

 さて、と。


「範囲術!」


 点での破壊力ではなく、面での制圧力を優先した術式を構築する。

 威力はそこまで高くはないが、爆風が発生する魔術だ。

 これが効くならば、ウズドが有効ということになる。


ウィーニ・(風よ、集ま)ウズド・ダン(り撃ち爆ぜろ)


 ティナがレニーの横に、カクが少し下がったのを確認して魔術を発現させる。

 巨大な風弾だ。風の津波と言い換えても良い。

 触れると爆発する風を発生させる魔術だ。

 弾速に優れた術ではないが、進む風によって木々や土が吹き飛ばされていく。

 レニーが一瞬浮きそうになっていた。後で謝ろう。


 しかし、魔術は防がれた。

 土壁に似た魔術を使われたのだ。

 この風は破壊力はそこまで高くない。

 岩の壁を崩すことは出来ず、魔力が霧散した。

 面には面で防御するらしい。


 唖然としていると、岩壁に魔力が集まるのが見えた。

 何が来る、と考えるよりも先に防御術を構築した。


ゲイゲ・ウィニェル(氷よ、姿)・ウニド・クニード(を表わせ)!」


 両の手の前に掲げ、発現させたのは氷の壁。

 単純に分厚く硬いだけの氷の塊。

 咄嗟の事に真名が曖昧なものになってしまった。

 数瞬後、岩壁が砕かれ、土虎が姿を表した。

 何の事はない、土虎による突進だ。

 だがその巨体は岩に覆われている。

 巨岩が転がってきた、と勘違いしそうになった。

 こんな薄い氷で防げるのかと疑問に思った。

 他に行動を起こす時間はなく、岩が直撃した。



◆◇◆◇◆◇◆



 周囲の喧騒によって、目が覚めた。

 幸いにも記憶は連続している。

 氷は簡単に砕かれ、岩によって吹き飛ばされたのだ。

 体の各所が悲鳴を上げている。

 急いで療術を掛けようとして、腕が変な方向に曲がっている事に気付いた。

 慌てる必要はない。こんな時のために練習していたのだから。

 無事な左手で骨を整え、魔術を唱える。


ニゼブ・ゼロタイナ(魔力よ、進めよ)


 正直、どこが怪我をしていないのかも分からない。

 そのくらい全身が痛い。

 だから、全身を一度に治すことにした。

 ゾエロのイメージを転用し、全身から魔力を吹き出させ、時を進める。

 もしかすると変にくっついちゃう部位があるかもしれないが、後で折って治せばいい。

 激痛、熱さ、激痛、痒さ……1分ほどで体が正常に動くことが確認できた。

 ずっと戦闘音が聞こえている。土虎との戦いはまだ終わっていないのだ。


ニズゼロ・(多くの魔力よ、)ニグゾエロ(より強く纏われ)


 硬化纏身はほとんど意味がなかった。

 いや、もしかすると硬化纏身だったからこそ即死は免れたのかもしれないが、次もそうとは限らない。

 だから硬度よりも身体能力の強化を重視したゾエロを構築し直す。

 今後の事も考え、少なめの魔力で内側を重点的に強化する。

 これなら突進くらいなら避けられるだろうし、岩弾も反応出来るかもしれない。

 私を隠していた土壁に感謝し、また前線へと向かう。


 3人が虎と対峙している。

 先程とは変わらないが、明らかに劣勢だ。

 レニーの盾はベコベコに凹んでいるし、ティナは足を引きずっている。

 カクは擦り傷ばかりだが、嫌な汗が浮かんでいる。


「ティナ!」

「気がついたか!」


 ティナを呼び戻し、急いで療術の準備をする。

 他者に対する療術はあまり得意ではないが、とはいえ練習は欠かさなかった。

 フアのおかげで効率的に練習出来ていたのだ。


「いでで」

「我慢して」


 曲がった状態で治すと後が面倒になるので仕方ない事だ。

 足を引っ張り、骨に異常がないことを確認する。

 脹脛の肉の抉れ、これだけらしい。


デルア・ゼロタイナ(魔力よ、混ぜ進めよ)


 患部に手を当て意識を集中する。

 魔力を流し込むだけでなく、元から流れているものも利用する。

 本来混ざり合わないものを混ぜ合わせ、穏やかな波をイメージする。

 鎮まった水面を揺らさないように、ゆっくりと、しかし確実に魔力を置換する。

 出来た。


「うっしゃ、行ってくる!」


 多重ゾエロのティナですらこの有様ということは、やはりこの魔物は強力なんだろう。

 5級最強とも噂される風刃熊(イーントベア)の討伐に成功したのはシパリアが居たからだ。

 じゃあ居なければ5級の魔物も倒せないのか、と言われればそうではない。

 私は私で術の組み合わせが多いのだ。


エル・ダン(水よ、撃て)!」


 カクが斬りつけるのと同時、土虎に向け水弾を放つ。

 次の術に繋げるための布石の術だ。

 しかし土虎はこれを回避する。

 鈍重そうな見た目に反し、その動きはかなり早い。


エル・レズド・ダン(水よ、分かれ撃て)!」


 今度は複数の水弾を発現させる。

 あまり少量では効果が薄くなる可能性があるので微妙だが、そもそも当たらなければ話にならない。

 が、土虎はこれを岩壁で防ぐ。


ウィニェル・ダン(氷よ、穿て)


 今度はいつもの氷弾。

 リズではこの先に繋げづらく、ここは使い慣れたウィニェルを選択。

 直撃する直前、もう1つの魔術を唱える。


シト・プート・エル(これよ、溶けろ)


 氷を液体化させ、土虎の体に掛ける事に成功した。


シト・イゲ・ウズド(これよ、爆ぜろ)!」


 直撃、土虎の体が爆発する。

 氷弾を水に変え、これに爆発の魔言を加える。

 水弾は避けるが氷弾は避けない、ならば当たる寸前で水に変えてしまえばいい。


「おっしゃ!」


 即座にカクが飛び掛かる。

 今度は防がれない。

 よくよく見れば、斬りつけたのは私が爆発させた箇所。

 皮が裂け、肉が見えてる。その一点を狙って斬りつけたらしい。


 分かったことがある。

 この虎の岩鎧は皮に発現する。

 つまり、皮を剥げれば攻撃は通る。

 岩壁と防御術もあるのでこれだけの話ではないが、少なくとも岩鎧の攻略は出来た。

 それからもう1つ。

 氷は岩鎧で弾き、水は避けるか岩壁で防ぐ。

 恐らくこの魔物は濡れるのを嫌う。

 いや、冗談だ。多分水を媒体に別の魔術に繋げられる事を知っているんだ。

 だから水は避け、避けられなければ岩壁で防ぎ、氷は岩鎧で弾く。

 恐らくだが、今後は氷も防ぐようになるだろう。

 たった1回しか効かない術だったのかもしれない。

 まあ、知れただけ十分だ。


 土虎が吠える。

 人や魔物に限らず、吠える生物は多い。

 だがあの咆哮、体を麻痺させるあの魔術は使わない。

 もしかすると使えないなのかもしれない。

 あれはかなり面倒だ。都合がいい。


「ティナ、レニー、魔術!カクは散らして!」


 2人に声を掛け、魔術による攻撃をお願いする。

 恐らくあの虎はかなり賢い。

 次の私の術に対しても対応してくる可能性が高い。

 だから目潰しを、だから囮を頼むのだ。

 しかしレニーの魔術は発生が遅い。

 だからカクにヘイトを稼いでもらう。


エレス・レ(土よ、破)ズド・ウ(裂する)ズド・ダン(弾と降れ)

「土沫!」


 ティナとレニーの魔術が発現した。

 数が多いせいか、岩壁による防御を選択する。

 想定通りだ。今この瞬間、私は視界の外だ。


ウィニェル・レン(氷よ、其の)ズ・ラ・クニード(地に表れよ)


 レンズに限らず魔術とは発現させるまでの距離によって大きく時間が伸びてしまう。

 だからこそクニードよりもダンが、ダンよりもシュが選ばれる。

 だが今回は3人が時間を稼いでくれている。問題にはならない。

 意識を集中させる。イメージするのは浮遊する氷の塊。

 基点座標を土虎の魔力と指定し、4つの氷塊をそれぞれ等間隔で配置する。

 布石の術だ。


「もう大丈夫!」


 私の掛け声で2人の魔術が終了する。

 元々レニーはあまり魔術に長けていない。長時間使わせるのは酷というものだ。


 それぞれの氷塊に意識を集中させる。

 これらから氷弾を放つ、1人で可能な十字砲火。

 媒体とする氷塊のイメージ、氷弾のイメージ、対象の位置。

 氷塊の維持、氷弾の発現、対象の魔力。

 少しでも狂うと思い通りにならない魔術。

 だがもう扱える。


「上!ゲシュ・ダン(これよ、穿て)


 一度の詠唱で3つの氷弾が放たれる。

 3方向からの同時攻撃。

 土虎は当然のように岩壁を発現させる。

 だがこの術は1回限りの使い捨てではない。

 直撃を確認し、再度詠唱する。


ゲシュ・ダン(これよ、穿て)


 一度目のゲシュへの魔力供給を絶ち、即座に繰り返す。

 結果は同じ。

 変わらない。あの岩壁は砕けない。

 が、それでいい。


ゲシュ・ダン(これよ、穿て)!」


 三度目の詠唱。

 今度は同時に4つの氷弾を飛ばす。

 この術は氷弾が3つだけ。

 そう思い込んだ土虎は、当然岩壁で防ごうとする。


シト・プート・エル(これを液体化せよ)


 氷塊の維持を放棄し、放たれた氷弾を加工する。

 氷は溶け、しかし勢いのままに岩壁に掛かる。

 当然だ。そのように壁を配置しているのだから。

 だが1つだけ、土虎に直撃したものがある。

 当然だ。そのように仕向けたのだから。

 次の術式が有効なことは既に知っている。

 後は唱えるだけだ。


シト・イゲ・(これよ、爆)ログ・ウズド(ぜ続けよ)!」


 続く爆音、何度も爆発させる。付着した水が全てなくなるまで、爆発させ続ける。

 血の匂いが漂ってくる。

 先程よりも与えたダメージは確実に大きいはずだ。


「やったか?」


 土煙の中、やったかのセリフ。

 それはフラグって言うんだ、言わないほうが良い。

 と軽口を叩くつもりはない。

 そもそもこれだけで倒せるとは思っていなかった。

 だがさすがに、これは予想外だった。


 土虎は消えていた。

 いや、違う。逃げ出したのだ。

 新たな血痕が残されている。

 もと来た道へ戻っていったのだ。


 カクがそれを追いかけようと駆け出した。


「待って!」


 レニーに駆け寄り急いで療術を掛ける。

 幸い骨は折れてないらしい。骨折していなければ療術を掛ける上で考える事は少ない。


「俺は良い、追うぞ」


 カクにも、と声を掛けたら拒否されてしまった。

 まあ見たところ大きな怪我はなさそうだし、血もそれほど流れてるようには見えない。

 ならいっか。


「結構な出血量だ、弱ってる」


 カクに先導され、土虎の血を追う。

 よくよく考えてみれば逃げる魔物を追うのは初めてかも知れない。

 群れの魔物はよく逃げるが、逃げ出す頃には十分な戦果を得た後だったりするし、魔石を抜かなきゃいけないってのもあって、基本的には逃げるならご自由にって感じだ。

 群れない魔物はあまり狩る機会がなかったが、風刃熊は一発で倒したし、ゴブリン魔王は逆に自分たちが逃げ出したしで、うん、初体験だこれ。

 そもそも大体は戦闘中に致命傷を負わせられていたからして、逃がすような機会がなかったのかもしれない。


 走り続けると、徐々に血痕の間隔が狭くなってきた。

 弱っているのかもしれない。カクのいうとおり、出血量もかなり多い。

 もしかすると、追っていった先で死んでいるかもしれない。

 それならそれで都合がいい。魔力に余裕こそあるものの、出来れば余らせておきたいしね。


 と、突然カクが足を止める。


「どした?……あそこか」

「らしいな」


 背丈のある草に隠れて分かりづらいが、視線の先には洞窟があるらしい。

 洞窟だ。

 この森のダンジョンは洞窟(ケーヴ)型だ。


「カク、あれって」

「ダンジョンじゃあなさそうだ。……ちょっと待て」


 鼻をひくつかせ、カクが注意を促した。

 私も魔力視に意識を集中してみるが、どうやら魔力が濃すぎるというほどではないらしい。

 ダンジョンは輝かしいほどの魔力を持つ。確かにダンジョンではないはずだ。

 しかし洞窟の中まで覗ける能力ではない。そういうのは風向きにもよるがカクの専売特許だ。


「確かにあの中だ。だが他にも居るっぽいな……気をつけよう」

「そうだな」


 ずいとレニーが体を前に出す。一応盾は持ってきているが、ベコベコだ。いつ壊れてもおかしくない。

 鎧も痛みが激しいが、その中も問題だ。私の療術は直接触れなければ発動させられない。鎧の中までは治療が出来ていないことになる。

 見える範囲でだけだが、ティナよりも怪我の度合いはひどかった。見た限りではほとんどが打撲のような感じだったが、むしろ何故骨が折れていないのかが謎なくらいだった。

 きっと私が居ない間他の2人のカバーを1人で行なっていたのだ。意識を取り戻したときも、ティナを必死に守っていた。

 正直いつ倒れてもおかしくはないと思うのだが、それでも前に出ようとする。私があの立場なら果たして同じ行動を取れるだろうか。


「いや、俺が前だ。アンはカバー、ティナはレニーと一緒に待機だ」

「了解」

「どういうことだ」

「あんまり無茶すんなってんだよ。

 お前はティナと下がってろ。俺ら3人でなんとかなるさ」


 と思いきや、どうやらカクも同じような事を考えていたらしい。

 同意見だが、レニーはやや納得のいっていない様子。


「言い方を変えよう。退路を見ててくれ。

 洞窟の中で挟み撃ちなんてゴメンだからな」

「……分かった」

「んじゃ行くぞ。アンとガシャは少し後ろに付いてきてくれ」


 ティナは魔力こそ薄くなっているがまだ動けるはずだし、レニーは怪我の度合いが激しい。

 カクは掠り傷は多いが軽傷で、私はまだ魔力に余裕がある。

 人選としては間違ってないだろう。


「暗いな……アルア・リチ・トウ(その火よ、砥げ)


 洞窟と呼んでいいだろう。ほとんど真っ暗であり、獣の臭いが充満している。

 カクは手にしたダガーの先を燃やし始めた。確か纏火刃という魔術だ。見た目だけで使い道があんまりないと聞いたことがあるが、なるほど松明のように使えるのは便利かもしれない。

 こういう時、私の魔力視は便利だ。明かりがなくてもよく見える。もちろん、明かりがあった方が安心感はあるし、カクが使わなければ私が明かりを用意したはずだ。


「なあ、魔物と話してたのか?」


 突然の雑談。

 戦闘中はこういう話をする余裕はないのだが、今は戦闘中ではないということか。

 私は未だにピリピリしてるんだけどな。


「うん」

「どこで覚えた」


 さて、どういう風に話そうか。

 バカ正直に話すのはちょっと話が変わってしまう。あの化け物は来ていないことになっているらしい。

 あの時はエリアズだけが襲来し、ロニーとサンが退治したことになっているのだ。

 なぜそんな話になったかは詳しくないが、セフィ○スみたいな魔術師もそう言っていた。なんだっけ、ああそうだ、イーグルだ。火の鳥の人だ。

 言いたくないと言ってしまうのもいいが、別に言いたくないわけでもないし、なら自分に嘘を付く理由もない。

 うーん、と考えていたら先に話されてしまった。


「まあいいか。あんまり感情的になるなよ。

 レニーはこういうの苦手だから置いてきたんだ」

「どういうこと?」

「子供だよ。ありゃ母親だ、この先に子供が居る。まだ幼い」

「それは、危険?」

「虎とはいえ、生まれたての赤ん坊に負ける気はしねえな」


 なるほど、確かにレニーはあまりこういうのが好きじゃない。

 先日なんて、火蜘蛛の卵をついでに焼こうとしたら全力で拒否してきやがった。

 なんというか、冒険者に向いてないんじゃなかろうか。無益な殺生を好まないといえば聞こえは良いが……うーん。


「ガシャ。冒険者になるならこんくらいは慣れとけ。

 俺らは殺しで食ってんだ。吐くなら見えないとこでやってくれよな」

「大丈夫ですよ!」


 なんて会話をしていたら、明かりが見えた。

 どうやら壁が薄くなっているらしく、人が通れるほどの広さではないもののいくつか穴が空いている。

 血と獣の匂いが濃くなってきている。


「多分だが、母虎は死んでて、子供がその体を舐め続けてる。

 レニーが見たら白目剥いてぶっ倒れちまうぜ」


 少し歩くと開けた箇所があり、そこではカクの言った通りの光景が広がっていた。

 よく見てみれば母親の傷はひどい。到る所の毛が剥げており、肉が見えている箇所も多い。

 猛々しかった顔は特にひどく爛れており、2割くらいは骨が見えている。恐らく私の魔術は特に顔に掛かったんだろう。

 死んでまだ数分、体からは血が流れ続けており、子供が縋るように死体を舐め続けている。

 なるほど、ショッキングな映像だ。


「大丈……顔色一つ変えねぇか、肝据わってんな」

「まあね」

「……あっちはダメだな」


 とはいえ自分が齎した結果だ。こうなることは織り込み済みで魔術を使い、殺すつもりで戦っているのだ。

 一歩間違えばここに倒れているのは私だったかもしれないのだ。

 いちいち構ってられるもんか。


「子供は?どうするの?」

「んー……生きて持ち帰りゃ結構な値段で売れるな。

 こういうのが好きな好事家ってのはどこにも居るもんだ。

 だがどうやって運ぶかが問題だ。逃がすってのは、ナシな」


 私達のことなど眼中にないかの如く子供は母親を舐めている。

 いや、違う。目など開いていないのだ。子供は死んだことに気づかず、乳を飲んでいるだけだ。


「出てるのかは知らないけど、飲ませておいた方が良いんじゃない?

 生きた状態で持ち帰るなら、だけど」


 親が親なら子も子だ。目も開いていない状態の子供ですらかなりの大きさがある。

 少なくとも私のポシェットに入るようなサイズじゃあないし、きっとそれなりの重さになるだろう。


「生きたまま運ぶってのは結構大変だし、そもそも町に入れる方法が分からねえんだよな。

 サークィンじゃ生きた魔物の売買が禁止されてるし、どうやって売るかって問題もある」

「つまり、死んでいれば問題ない?」

「バカ、それじゃ意味ねえだろ」

「いや、死んだように見せればいいのかなって」

「……ああ、療術か」


 療術には体内の魔力を正常化させ、体調を整えるものがある。

 ということは、その逆の魔術も当然存在している。

 体内の魔力の流れを乱し、仮死状態へと陥らせる術。

 実際に試す機会はなかったが、理論は知ってるし、似た魔術を受けたこともある。

 上位の魔物が使う、体の自由を奪う咆哮だ。あれの再現魔術に当たる。

 直接触れる必要があるし、魔力の消費量も多いし、発動させるまでにかなりの時間が掛かる。

 療術によくあるあまり使い勝手の良くない術だ。せいぜい手術の時に使う程度らしい。要するに麻酔だ。


「出来んのか?」

「死んだら死んだで仕方ないんじゃない?片方成功すれば上々でしょ」

「そうか、んじゃそっちは任せるわ。リチ・クニード(火よ、溢れよ)。ガシャ、そろそろ来い!」


 カクが死んだばかりの土虎の皮を剥がしに掛かる。

 土虎の皮は高く売れる。

 美しい模様だったりキメの細やかさだったりの価値もあるし、魔術触媒や防具の素材としてもよく使えるらしい。

 かなり痛めつけてしまったせいで美術品としての価値は期待出来ないだろうが、後者としての使い道はまだあるだろう。

 ん。カクの手が止まった。いや、私の方を見てる。


「子供を剥がしてくれ」

「ごめんごめん」


 つい見惚れてしまっていた。こいつらが居てはひっくり返すことも出来ないし、であれば解体は難しいか。

 子供は予想通り結構な重さがある。思ったよりも力も強く、乳から剥がそうとしたら転んでしまった。お尻がべちゃべちゃだ。


「いてて」

「後で尻洗っとけよ」

「うっさいわ」


 死体からは母乳は出ていなかった。

 よくよく見れば死体は骨が浮いている。普通の土虎がどんなもんかは知らないが、栄養状態はあまり良くなかったのかもしれない。

 母乳が生成されるプロセス……ざっとしか分からないが、血液を素材として作られていたはずだ。

 母体の栄養状態が悪いのならあまり出ないのかもしれない。単に死んだら出ないだけなのかもしれないけど、多少はタンク的な感じで蓄えてはいると思うし。


 小虎を死体から離すとフギャフギャと鳴き始めた。

 よく分からんが、少なくとも鳴くだけの元気はあるらしい。

 さて、と。まずは1匹目だ。手を当て、魔力の流れに集中する。


アルア・ゼロ・レズド(この魔力よ、流れを)


 正常な流れというものがどんなものかを知らないので、まずは流れを把握する。

 心臓付近に一度集まり、全身を巡り、また心臓の辺りに戻っていく。人と大して変わらないが、ややぼやけている。

 単にアルアが苦手なだけかもしれないし、土虎というのがそういうものなのかもしれないし、この小虎がそういう流れに陥ってるだけなのかもしれない。

 ともかく、流れは把握した。次はこれを遅らせる。


デルア・イロ・ウ(氷の魔力よ、)ィニェル・ログ・(その流れを)レズド・クニード(象り、顕れよ)


 小虎の魔力と自身の魔力を混ぜ合わせ、徐々に自身の魔力の割合を増やしていく。

 ウィニェルの魔言を利用して、同時に体温も下げていく。

 これは置換の術。リチ以外であれば属性詞はなんでもいいと聞いたし、なんとなくコールドスリープ的なイメージで氷にしてみた。

 実際、ウィニェルは扱いやすい。慣れの問題だとは思うけど、他の属性詞に比べ遥かに柔軟に操れる。

 よし、動かなくなった。非常にゆっくりとだが魔力は流れ続けている。


「ふぅ」

「お、出来たか?」

「多分」


 念の為、後ろ足の付け根を探ってみる。確か犬はここらへんで心拍数を測るはずだ。虎も大きくは変わらないだろう。

 ……見つけるのに苦労したが、心臓も動き続けているらしい。成功だ。


「もう1匹、と行きたいがデカいな。

 ガシャ、締めてみるか?」

「いや、それは……」

「アン、やるか?」

「良いけど、あんまり上手くないよ」

「こんな女の子でも出来るってよ?」


 誂い口調のカクは置いとこう。


「それよりも、これどうやって運ぶの?」

「そのためのポーターです!」


 ガシャの大きなリュックには道中で集めた食料だったりが詰まっている。

 そのまま入れてしまうと潰れてしまうし、かといって虎を下にするのも死んでしまうかもしれない。


「うん、だからどうやって運ぶつもりなの?」

「え?抱っこじゃダメなんです?」

「バカ、それじゃ町に入れねーだろ」

「あ、そっか」


 もしかするとこの子はアホなのかもしれない。

 まあ、この魔術を掛けてれば道中暴れだすこともないだろうし、町に入るだけなら私の魔術でもなんとかなるはずだ。


「不可視の魔術があるよ」

「そりゃナシだ。町の門をくぐる時にゃ魔術は解けるんだぜ」


 へえ、それは知らなかった。結界的なもんでもあるんだろうか。ファンタジーだなぁ。

 ……あれ?でもゾエロは解けずにそのままだ。例外もあるってことなんだろうか。


「うっし、じゃあ途中まではガシャだな。町に着いたら俺が商人を探してくる。

 レニーにはなんとか言ってみるよ」


 最終的にはこうなった。

 道中はガシャが運ぶ。町に着くまでの間、恐らく魔物の売買に反対するだろうレニーを説得する。

 町に到着したら外で待機し、カクだけは買い取ってくれそうな人を見つけ連れてくる。

 その間私はほとんど付きっきりで魔術の維持をすることになる。疲れそうだ。


 もう1匹の子虎。つまり2匹目に関してだが、すぐには殺さず療術の練習台として使ってみた。

 いくつか失敗もあったが、概ねは成功したようだった。

 最後に自分の魔力だけで療術を使ってみたが、掛けた箇所が血煙を上げて破裂した。サンに言われた通りだが、魔力暴走が発生したことになる。魔言無しでの魔力の合成はやはり普通は行なえないらしい。

 その後に正しい形で療術を掛けてみたが、飛び散った肉片が多すぎたのか綺麗な修復には至らず、なんとも不格好な気持ちの悪い形になっていた。

 ガシャはそれを見て吐いていた。私も血腥いことになってしまっている。

 早く水浴びがしたい。いや、眠りたい。魔力を使いすぎた。

※アーグルです。


 続きは明日更新されます。

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