閑話 ヴェンの転生1
今のところ本編とは関係無いです。
2018/3/14 誤字修正。
「……んぅ……ぁあ……」
頭痛が走る。内魔力が切れて尚魔力を使い続けた代償だ。
「んてて……っあぁ!?……ああ、そうか」
辺りを見る。瓦礫と炎と死臭で彩られた広場を見る。大地は割れ、地面からは熱気が吹き出している。
「あー……寝覚め悪ぃな。意識失ったのか」
男がぽつりとつぶやく。辺りには人は居ない。"人"は居ない。
『起きたか。ヴェン』
「おう。やっぱこの体じゃダメだな。やはり魔術で戦うなら魔人に限るな」
『この前は「獣人の体はやっぱり最高だ!殴って良し叫んでよしだ!」とか言ってただろ』
「まあな。剛拳なら勿論獣人だ。だが柔拳なら魔人も負けてはないだろ?」
『柔拳……奇妙な技よ。我は未だにアレが苦手だ』
「くく、あれは"矮小なる人種共"が作り上げた一種の魔術だからな。"高等なる竜種様"には理解出来んだろうよ」
男は不敵な笑みで、しかし友へ向ける笑みで"竜"と語りかける。
『ふむ……矮小だ何だと拘るのは頭の硬い老害共だ。我はそこら辺は、柔軟だからな』
「よく言うぜー!この前だって『我は虫など食わん』とか言ってたじゃねーか。案外うめーのに」
『それとこれでは話が違うだろうが……まぁ良い。そんな事よりさっさと身転を済ませ。お主が気絶している間に、見繕ってきておいたぞ』
竜の傍らには、高風牢に捉えられた若い魔人が見える。いや、魔人の成長は特殊だから、これでも他種族では十分成人するくらいには歳を重ねているはずだが。
「……あー、ウィルン。お前ってさ、薄々感じては居たが……ショタコンな訳?」
『成る程。死にたいと見えるな。覚悟せよ』
「おいおい!冗談だよ!!」
『知っておる……我のも冗談だ』
「くぅ~!お前の冗談は冗談に聞こえねーんだよ!お前に取っちゃ俺はアリンコみたいなもんだろ?しんどいわー」
『ふざけてないで、さっさと身転しろ。その体も長くは持つまい』
「あーはいはい。……でもこれ幼すぎねえ?確か魔人ってここから成長するのに10年は要るだろ?だっりぃわー」
『戯けたことを……大体魔人は二次成長で魔力が大幅に伸びるだろう。だから"これ"を捕まえたと言うに』
ウィルンと呼ばれた緑の竜が、高風牢を指で摘む。
「はいはい、お前はいつも俺の為を思って、色々やってくれてるんだな。ありがてーありがてー」
『……身転出来るギリギリまでならお主を削ってもいいんだぞ』
「あ、やっべ。今のもじょーだん!はいはいやりますよー……ったく、やっとこの体にも慣れて来たってのに、やっぱり人種は脆いよなぁ」
『お主が人種に拘らなければ良いものをーー』
「あ?いくらお前でもそれ以上は殺すぞ」
『……すまぬ』
「いーや、俺が遊びすぎたってのもあるからな。実際、こいつらなんざ呪人の魔力量でも簡単に掃除出来た訳だし。わりーな」
『……ふん、分かれば良いのだ。さっさと身転しろ。それと、気になる事が一つある』
「あ?何があったんだ?お前が興味惹かれるなんてよっぽどだな」
『ダリルレリニアル……と言っても分からんか。ここから457年後に、セラの川辺に出来る街の話だ』
「セラってあの小川か?あんなところのすぐ近くに作ったって、意味ねーんじゃねーか?」
『いや、その頃には大河と呼ばれる程に大きくなっている。その街に、581年後に魂子が生まれる』
「ふーん、魂子ねぇ。別に珍しくねえんじゃねーの?異世界からの転生者だっけか」
『うむ。それがどうやら、我の未来視でも見えぬのだ。これは他神の影響やもしれん』
「そりゃゾッとしない話だなあ。でなんだ。俺はそのガキを殺せば良いのか?」
『いや、ただ単に魔力が強すぎるだけかも知れん。一応は備えておけよ』
「備えるも何も、575年だったか?未来すぎんだろ。今から何が出来んだよ」
『それもそうだな……。あくまで我らの予定に、そのダリルレリニアルが加わったと言うだけだ』
「オーケー。っと、この体ももうダメだな。ウィルン!そいつを俺によこせ!」
『言われずとも、だ。ほれ、さっさと済ましてしまえ』
緑竜は高風牢を男の前に移動させ、高風牢を解く。中の魔人は目を覚まさない。
「あんまりガキを虐める趣味はねーからな。この方が手っ取り早くていい。さすがはウィルンだ」
『世辞は要らん』
「頭かてーなー……ま、俺はお前のそんなところ好きだけどな」
緑竜が顔を赤くした。いや、恐らく人種ならばそう、という話だが。
「さて、名前も知らん魔人の小人よ。悪いがこれも運命だ。その体、大切に使うぜ」
『……すぐに壊してしまうくせに、毎回言うのだな』
「これが俺の教義だかんな。命を粗末にしない!だ。理由も無しに殺すのはねーよ」
『この光景を見たら、鼻で笑われるぞ』
「うっせえ!……これは、仕方が無いんだ」
男はそう言って、辺りを見渡す。炭化した、元人間であっただろう者共が見える。
突如強風が吹き、脆くなった死体を崩す。
「……お前ってば、情緒も何もねーんだな。まあ良い。組むぞ」
『これもお主の為を思ってだな……ふん、それよし身転だったな。我とした事が……』
緑竜がぶつぶつ言いながら、空間に魔法陣を映し出す。
「おー、やっぱり竜の魔術はかっけーな」
『感心してないで、お主もさっさと描け』
「わーってるわーってる。さ、気合入れっか」
空気が変わる。淀んでいた空気が浄化されるように、男の魔力が辺りを包み込む。魔力の切れた男から、魔力が溢れ出す。
「……やんぞ」
『あぁ』
男が一歩踏み出し、魔人の体に触れる。
「『汝、その身体を忌むべき像へと変え、邪なる者にそれを明け渡さん。ならば幸福への道よ、切り開かれん』」
1人と1匹、或いは2人、或いは2匹がそう唱える。魔人の魔力が周囲へと開放され、男の魔力が魔人へと流れ込む。
(「……今までありがとな。次の俺とも、仲良くしてやってくれ」)
緑竜にはそんな声が聞こえた気がした。緑竜は頷く。……そして男の頭を緑竜が噛み砕き、更に唱える。
『彼の者、強き者。其の者、弱き者。此の者、世界の理を乱す者』
それは幻想的な光景だった。凄惨な地に降り立つ一筋の光が、見る者の感情を上書きする。怒りも悲しみも、全てが上書きされる。天道ですら抗えないその暗い光が、より一層輝きを増し……全ては魔人の体に収束する。それはきっと、「神は居なかった」と言わしめるには十分すぎる光景だった。
一瞬のようにも、長き時のようにも感じられた現象も終わりを告げ、光の中心部に居た魔人が目を覚ます。
「……きみは、だれ?……ぼくは?」
『我はウィルン、お主はヴェン。さあ、我が背に捕まれ。記憶を掻き集めに行くぞ』
竜はまた、人を乗せて青に溶ける。