表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/270

三十九話 さよなら

「……さて、どうすっかね」

「私も出る」


 声の主はシパリア。いかにもな雰囲気で前に歩み出た。過保護な姐御が遂に登場ってか。


「良いのか?」

「ああ。ティナが起きたからな。お前らにだけ任せるわけにもいかん」


 振り返れば、確かに意識を取り戻したようだ。

 そしてレニーの右腕を見てわたわたし、何かを探し始めた。

 フアは何かしらの魔術を使用している。療術……ってことはないだろうし、冷却だろうか。

 レニーの脂汗が痛々しい。折れたのか。


「カクは陽動、アンは魔術で攻撃しろ。

 守れるとは言い切れない。各自自分の身は自分で守れ」


 おお、カクとは違うけどこっちもかっこいい!

 お姉さま!と抱きつきたくなるが今はそんなことをしてる場合じゃない。

 正面の風刃熊(イーントベア)は未だ戦意冷めやらぬといった様子。

 あれだけカクが攻撃したというのに、どれもかすり傷だ。

 私のやることは変わってないが、カクは陽動、つまり囮になるのか。


 シパリアがショートソードの剣身に手を当て、なぞる。

 たったそれだけの動作で、剣に莫大な魔力が注がれる。

 あまりの魔力に刃が延長されたかのような印象すら受ける。

 普通、多量の魔力を込めると物質は崩壊する。

 しかし、シパリアの剣は耐えてみせた。

 シパリアのショートソードは不格好だと思っていた。

 違う、見た目なんてどうでもいい。使えるかどうか、本質が大切なのだ。


「恐らく鎧風か鎧身だ。魔力を込めれば、術は届く」


 風刃熊はシパリアの剣から目を離さない。

 魔力が見えているのかもしれない。

 と考えた瞬間、シパリアが地を蹴った。


 風刃熊は左腕に魔力が集まるのが見える。

 またあの風弾だ。レニーの腕をへし折った風弾を放つ気だ。


「シパ――」


 だが風弾は放たれなかった。

 腕は振り下ろされず、宙に取り残されていた。

 いや、錯覚だ。

 ボトリ。

 腕が斬り落とされたと理解すると同時、鮮血が舞った。

 風刃熊の後ろで、シパリアが剣を振り抜いていた。


「アン!」

「ウ、ウィニェル・ダン(氷よ、穿て)!」


 名前を呼ばれ、咄嗟に魔術を発生させる。

 狙うは左腕の付け根、血の吹き出している一点。

 だが突然の詠唱で、上手く作り上げられなかった。


「ぐるぅあぁ!?」


 風刃熊は何が起こったと言わんばかりに自分の腕を確認していた。

 そこにやや威力の低い氷弾が直撃。しかし防御はされなかった。


「ぅっらぁ!」


 さらに追撃、カクが同じ箇所へダガーを突き刺す。

 痛みに悶えたか、復讐か。風刃熊が、シパリアに向かって走り出す。

 シパリアは剣を逆手で持ち、右手を不格好に長い鍔に添える。

 妙な構えだが、見たことはある。魔術を使うときの構えだ。


「雷閃」


 短縮詠唱。剣から電撃が走る。

 電撃は一瞬で風刃熊に到達、鼻先に直撃した。

 恐らく即死だ。以前見たものよりも遥かに魔力が多い。

 だがその巨体の速度は、まだ生きている。


「危ない!」


 声を上げたが意味はない。

 シパリアは潰されてしまった。

 そう見えたが、杞憂だった。

 シパリアは潰れてはいない、押し倒されただけだ。

 闘気は並の攻撃は弾いてしまう。特に打撃には強い。

 圧勝だった。


「……マジ?」

「悪いが、剣を抜いてくれないか」

「あ、あぁ……」


 剣は風刃熊の口中を貫き、後頭部から切っ先が見えていた。

 仮に電撃で死ななかったとしても、これで死んでいただろう。

 確実に脳にまで至っている。


 結果から言おう。

 シパリアはとんでもなく強かった。

 たった2つの剣撃と、たった2つの魔術。それだけで倒しきってしまった。

 確かにゴブリン戦でいくつかの剣術や魔術を見せてもらったが、ここまでの威力はなかった。

 魔王個体との戦闘も、すぐに逃げ出したためか彼女の出番はほとんどなかった。

 だが今回は違った。シパリアの、4級の片鱗を見た気がする。


「ふぅ……悪いが、魔力総量は多い方じゃないんだ」


 とはいえ本人はかなりお疲れの様子。

 魔力量は少ないが、アンバランスなほどに出力量が大きい。それがシパリアらしい。

 使い捨てのロケットランチャーのようなもんか。


 なぜレニーが怪我をする前に、とは言わなかった。

 結局の所、弱い奴が悪いのだ。

 シパリアが居なければ、紫陽花の4人だけならば確実に負けていた。

 私達はまだまだ弱い。


「フア」

「あっちは終わったよ。怪我は?」

「無い」

「……マジかよ」


 レニーの腕は元通りになっていた。

 フアは療術師だった。そりゃ人攫い対策もしたくなる。

 サンのようにある程度強ければ撃退も出来るだろうけど、フアはそこまで強くないらしい。

 だから力をつけさせようとしているとか。

 療術が使えるかどうかは他の魔術とは別の素質が必要らしく、私には全く出来ない。

 そもそも、タイナ自体が使えない。音は聞き分けられるが魔力操作が上手く出来ず発現させられない。真名も読み取れないことがある。

 似たような魔言は他にもいくつかあるが、そのほとんどは魔術としての性質を無視するようなものばかりだ。

 例えば空間上に直接魔術を発生させる奴。少し離れた程度ではなく、メートル単位で離れた箇所に直接発生させられたりする。レンズという魔言だがさっぱり扱えない。

 恐らくフアが離れているにも関わらず土壁を生成出来たのはこの魔言が含まれてるんだ。私にはまだ出来ない魔術。


「5級といっても、4級とはかなりの差があるんだな」

「どういう意味だ」

「お前の1つ上がアレだぜ?――」


 さっきからマジを連呼してたカクはレニーと話し始めた。若干ふざけたような声色をしている。

 5級と4級の差。レニーは攻撃を主としていないが、それでも、明らかに、格が違う。

 私とレニーよりも、レニーとシパリアの差の方が大きいように見える。


「悪ぃ、また足引っ張っちまった」

「ティナに大きな怪我がなくて良かったよ」


 ティナはちょっとだけ反省中。

 相手の力量を量らず、いつもの癖で切りかかり、1発食らって気絶だもんね。自分なら恥ずかしすぎて死ぬだろうから多少のフォローはしておこう。

 ああ、でも、本当に疲れた。なんか久々に命の危機って感じだった。


「……アタシは昇級出来そうもないなぁ」

「そんときゃ、後で付きあってやるよ」



◆◇◆◇◆◇◆



1686年7月23日・28――


 ――合格したのは私、カク、シパリア……ティナの落第は予想通りだったが、レニーとフアは少し意外だった。

 シパリアは合格というよりかは、3級に上がらないかという打診だった。昇級条件自体を元から満たしていたらしい。

 しかし昇級を断っていた。理由は「なんとなく」と答えていたが、多分シパリアなりの理由があるんだろう。例えば3階級差があると固定パーティが組めないとか、3級以上指定の緊急クエスト回避とか。

 結局、昇級したのは紫陽花のメンバーだけだ。


 宿の契約を更新せず、私達は一度ダールに戻ることにした。

 一度雷光を解散し紫陽花に編入した都合、海証がパーティ用としてはしばらく機能しないため、陸路でサークィンまで行くことにしたのだ。

 中央に位置しているダニヴェスから西部に位置するアストリアに向かうには、2つのルートがある。

 1つは海路。ダーロからサークィンへの直通便が存在していて、サークィンに向かうなら1番早い。約4日。

 1つは陸路。今回選択した奴。ダールからシュテスビンへ橋を渡る。1時間くらい。その後サークィンまでの移動を考えれば約1ヶ月。

 実はもう1つ、アズヴェスト大橋を渡るルートもあるのだが、今回は除外した。いちいち遠回りする理由も見当たらない。


 ダールとシュテスビンは地理的にはかなり近い。天気が良い日にはリニアル大河越しにシュテスビンの城壁が見えることもあるくらいだ。霧がかかってなくて、それでいてよく晴れた日限定だけどね。

 リニアルは川ではあるが、その幅はめちゃくちゃ広い。基本的に対岸は見えない。流れも緩やかではあるが複雑で、穏やかとは言えない。なんなら冬になると流れが逆になるし、アストリア側には砂浜もあるらしい。これははたして本当に川なんだろうか。

 私の中では半分くらい海だと思ってるのだが、こっちの世界では川扱いだ。実際、1年のうちのほとんどは海に流れ込んでるんだから、多分川なんだろう。よく分からん。

 シュテスビンはアストリアで2番目に大きい都市だ。1番大きい都市は南西にあるサークィンであり、3番目が北西にあるネフリン。それ以外はあんまり聞かない。


 アストリアは元々小さな国家が点在している地だった。今まで読んだ中では18個の国が出てきているが、実際にいくつあったのかは分からない。

 その中でも長い歴史のある西のシルクヮード、食料に恵まれた東のシュティスバイン、魔術に長ける南のンガッザ。この3国が群を抜いて強かったらしい。

 特にシルクヮードとシュティスバインは現在のサークィンとシュテスビンの前身に当たる。

 これに危機感を抱いた他の国、特に小さな国の多かった北部はネフリンを中心に、アズプトール連邦と名乗り対抗。パワーバランスに偏りはあったが、どの国も手を出せない状態になる。理由は単純で、自ら攻めようものなら横っ腹を食い破られるからだ。

 冷戦は40年もの間続いたが、ある時猛烈な魔嵐が襲った。これの影響かは不明だがンガーラが滅亡。後年、ンガッザ王宮の地下にダンジョンが発見されてる。

 パワーバランスが崩れ、ここぞとばかりに戦争が始まった。10年戦争とも呼ばれる長い戦いだ。

 でもこの戦争は結局、どの国も勝てなかった。9年後、ダンジョンからのスタンピードが発生。比較的近くだったシルクヮードとシュティスバインが亡国の危機に陥る。

 アズプトールはこれ幸いと出兵するが、結局攻めることはなかった。人同士で争ってる場合じゃねえ!ってなったのかもしれないが、とにかく町を攻めるのではなく、魔物の駆除を始めたらしい。

 これを機に2国も対魔物に向けて方針転換。結果的に3国の協力により1年掛かりでダンジョンを発見、封じ込めに成功する。

 合わせて10年戦争などともいうが、これによってなんかしらんけど仲直り。アズプトールを主体に1つの国となる。これが現在のアストリア。めでたしめでたし。


 とはならなかった。

 元が元なので仕方ないのかもしれないが、アズプトール連邦の首都であったネフリン、シルクヮードを元にするサークィン、シュティスバインを元にするシュテスビンは未だに仲が悪い。

 というのも、各王族がそのまま生存しているのだ。

 つまりこの国は王様が3人居る。

 国としては一応共和制らしいんだけど、実態は三頭政治。あくまで各王様同士が好き放題して、たまにアストリア全体でアレコレしようぜ!って会議をするくらいらしい。実質別々の国が3つ集まってるだけと考えた方が近いとかなんとか。EUとかそういうイメージなんだろうか。

 ついでにこいつら宗教が違う。ネフリンは八神教だし、サークィンはエヴン教。意見の合わない奴ら同士で政治と宗教の話をさせたらどうなるかなんて考えたくもない。

 表面上は仲良く、裏では睨み合い。しかしいざとなればお手々繋いで仲良しこよし。それがアストリアという国らしい。よく分かんない。一種のツンデレなのか?


 偉い人達の話は置いておこう。普通に住む分には結構良い国と聞く。

 呪人大陸との交易も盛んで、ダニヴェスよりも食事が美味しく、技術的にもダニヴェスより発展している。魔物が少なく平和、土地は広く肥沃であると、文句無し。唯一鉱物資源の入手性に難があるらしいが、小さな鉱山はいくつかある。

 冒険者と鍛冶屋以外は生きやすい国、なんてのは結構耳にする。

 実際、以前にユタから届いた録石にも過ごしやすいとか色々、特にサークィンに関してはどうでもいいくらい細かいことまで書いてあった。シュテスビンに関しては、ダールに住んでりゃ勝手に耳に入ってくる。


 とはいえ実際に行ってみなければ分からないことも多いはず。これはあくまで予習に過ぎない。

 今回はダールを経由してシュテスビンへ、その後ビューンという小さな町を挟んだ後にサークィンへ行き、呪人大陸にあるヘッケレンという国を目指す。

 なかなかの旅になるんじゃなかろうか。

 ビューンはカクとレニーの育った、シュテスビンに属する町の1つらしい。聞いたことはなかったが、そもそもダニヴェスの村ですら地図にすら載ってないことがあるんだし、別の国であることを考えれば知らなくても当然なのかもしれない。

 つまりカクとレニー、それから私は故郷にちょろっと顔を出すことになる。ダールを出てまだ1年くらいだし、ホームシックのようなこともないけど、どうせ通るなら寄りたい気持ちは多少ある。サンやロニーは元気にやってるだろうか。


 最後にもう1つ。ここ最近、前世の記憶を失う頻度が上がってきている気がする。

 この前なんて、自分が絵描きを目指していたことすら忘れていた。夢だったはずなのに、夢すら忘れていたのだ。

 記憶の上書きは古い記憶を優先していく傾向にあるが、突然新しめの記憶が上書きされることもある。あくまで傾向にしか過ぎない。

 もはやどこまでが前世の記憶で、どこからがこっちの世界の記憶なのかが曖昧な部分も多い。この年齢でこの進みなのだから、50歳までには前世の記憶を完全に失っていそうだ。もはや前世があったことすら忘れるのかもしれない。

 そうなった場合、果たして私は私なのだろうか。阿野優人としての自分は消えて、アンジェリアとしての自分しか残らないのだろうか。私とは一体何なのだろうか。倫理や哲学をもう少し真面目に学んでおけばよかったかもしれない。

 そもそも現在の私に阿野優人としての意識は本当に存在しているんだろうか。

 もはや親の顔も名前も思い出せない。

 複雑な気分だ。


 今日の日記はこのくらいにしておこう。明日からは歩くわけだし、眠っておかないとしんどくなる。

 さよならダーロ。

現在の階級

6級 ティナ、フア

5級 レニー、カク、アン

4級 シパリア

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] まぁ別人になって十年以上だし、環境も違うしで前世を忘れるのも自然なことかもしれませんね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ