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三十七話 甘○

 調査クエストは、結局他に証拠らしい証拠が見つからなかった。

 苔に付着した黒っぽい太い毛が数本、それから傷のついた木の皮くらいだ。これはティナが頑張って剥がした。

 まあこれでも見る人が見れば分かるというから、調査は1日で切り上げることにした。報酬さえ貰えればそれでいいのだ。貰えなかったら……まあ、そういうこともある。


「良かった、成功だったよ」


 ダーロに着き、ギルドへ報告。

 時間は掛かったが成功扱いになったらしい。調査クエストは面倒だな、今後はあんまり受けないようにした方が良いかもしれない。報酬もあまりいい方ではない。


「それじゃ。また会える日を待ってるよ」

「ええ、元気で」

「また飲もうなー!」

「ああ。ティナもそれまで、生きてろよ!」


 結局、あれからスターナとはほとんど話さなかった。

 詳しく知りたいなら、なんて言われたら、他の事も聞きづらくなってしまう。かといって魔術関連以外の話題は特に思いつかない。故に無言だ。私達魔術師は大体がコミュ障なのだ。そういうことにしておこう。


「んじゃ帰ろうぜ。氷結の魔女様」

「やめてってば!」


 ちょくちょくティナにからかわれる事を除けば、良い経験だったと思う。

 私の魔術、なんて思うくらいには最近鼻が伸びていたのだ。真名の書き換えなんて出来る人は少ないのでは、なーんて思ってたらこれだ。

 上には上が居る。しかも7級であれだ。肝に銘じておこう。……7級とは?


「お?お前らもちょうどか?」


 と自分を軽く戒めていると、カクとレニーが登場した。

 普段見知った顔ではあるが、こういう形で会う事はまずない。珍しいこともあるもんだ。

 彼らの横を見てみれば、これまた知り合いが2人居る。


「久しぶりだな、アンジェリア」


 雷光の2人、シパリアとフアだ。フアは無言で頭を下げるだけだけども。

 なんだ、懐かしい顔によく会うな。


「久しぶり!元気でした?」

「ああ、問題無い。そっちの状況は知ってる」

「レニー、報告行くぞ」


 若干ぶっきらぼうだがこれでいて結構面倒見の良い、姉御肌って感じの人だ。

 しばらく見ない間に若干老けて……なんてことはない。半年ぶりくらいだからね。


「何のクエストしてたんですか?」

「調査クエストだ。北の森に風刃熊(イーントベア)が出るようになったらしい」

「えっ」


 聞けば私達とほぼ同じ日程で同じクエストをしていたらしい。

 一応、調査の精度が上がるから失敗扱いにはならないだろうけど……大丈夫だろうか。

 私達は村に泊まって、カク達は野宿だったらしい。もし村に来ていたらそこで気付けただろうし、何なら一緒に進めたのに。


「お互い無事に帰れたことを喜ぼう。……魔術師と剣士はもう居ないのか?」

「帰っちゃいました」

「そうか。酒でもどうだ?」

「カク達次第ですね」


 共に死線を潜った……って程ではないかもしれないが、久々に会えたんだ。今日くらいは良いだろう。

 ネルサンディンの話を聞いて、少しだけ怖くなったのもある。次また会えるとは、限らないのだ。


「階級は上がったか?」

「変わってないんですよ。結構こなしてるつもりなんですけどね」

「そうか。急ぐ必要はない、ゆっくりでいい」


 ゆっくりでいい。確かにそう思う。

 しかしこの世界の若者は大体が生き急ぎ野郎なのだ。いつ巨人に食われるかとひやひやする。突然ダンジョンに潜りたいとか言い出すし。

 とはいえそれに便乗したのも事実だし、あまり人のせいばかりにしてはいけないな。


「おう、これ雷光の取り分な」

「飲みに行こうって、シパリアさんに誘われたんだけど、一緒にどう?」

「ん、まあ俺も紫陽花で行くつもりだったし、ちょうどいいな」



◆◇◆◇◆◇◆



 私達は雷光と共にイズヘル・イシュテールという酒場に向かった。訳すなら冷たい酒屋だろうか。冷たすぎないと良いけど、と思ったがお客さんがめちゃくちゃ入ってるせいか熱気があるので冷たいほうが嬉しいかも。

 この店を選んだのはカクだ。どうやら何度か足を運んでるらしい。一体いつの間に、とはならないか。休みの日なんかは別行動だし。


「ケルトヘアの丸焼きとパンズミ、ガルドリアドスクットゥ。他は後でまた頼む。

 それから辛口を3つ、甘口を2つ、早めに出してくれ」


 飲み屋としてではなく飯屋としてかもしれないが、なんて考えるくらいにはスラスラと注文を付けていく。

 各員の好みもしっかり把握してる辺りこういうところは気が利いてる。前世にいたら確実にリア充タイプだな。多分、仕事とかも卒なくこなす万能タイプの。

 フアはお子様なのでお水だ。別に酒に年齢制限があるわけじゃないんだけど、酒場で出る酒は度数が濃いのであんまり子供には飲ませない。


 と少し考えてただけなのにもう出てきた。めちゃくちゃ早い。これはクールな名前にピッタリの飲み屋さんだな。

 ちなみに甘口のは私とシパリアだ。以前にちょくちょく乙女っぽさを見せてくるシパリアちゃん可愛い!って言ったら怒られたのであんまり突っついちゃダメだけど。……あれは酔った勢いだし。


「互いの生存に感謝ー!」

「かんしゃー」

 

 感謝、なんていうけどそんな意味はない。「こんにちは」に今日の天気が云々なんて意味がないのと一緒だ。前世でいう乾杯ポジの言葉だ。

 私の目の前にはやや赤っぽい半透明のお酒。炭酸も入ってるらしい。スパークリングワインの一種だろうか。まずは一口。


「――!」


 こ、これは!

 こっちの世界に来て1番感動したかもしれない!

 も、もう一口……。


「!」


 口に含む直前、鼻腔をくすぐるのは仄かな甘みを含んだ香り。

 これ自体は特筆するようなものでもなく、アルコール特有の臭気を感じさせないのは凄いなと思う程度。

 しかし口に入れた瞬間、一瞬の酸味が広がる。甘い匂いからは想定していた味とは違い、舌が驚いた。

 酸味の波は一瞬にして引き、後からは甘い匂いと共に想像通り、いや少し複雑な甘みが広がる。甘さに舌が慣れた頃、今度は炭酸によって酸味が引き起こされる。

 恐らくは柑橘系、グレープフルーツのようなものを用いた果実酒の一種だと思うのだが私の知らない味。

 これは凄い。どうにかして表現したいと感じてしまった。頭の中はまだ言葉の濁流が続いている。あいにくとグルメレポーターのような表現は持ち合わせてないが……それを惜しいと感じたのは初めてだ。

 ふと顔を上げてみればシパリアが恍惚としている。うん、これは私だけの特殊反応じゃない。ふつーにおいしいやつだ。


「カ、カクさんや。これは……?」

「驚いたか?ここ、呪人の酒も置いてるんだよ。くそうめーだろ」

「くそうめえ……!」


 ……我々がこれまで飲んでいたのは泥水だった。

 思わず前世のコピペが頭に浮かぶくらいには格が違う。なんだこれ。え、ていうかいくら?


「中銅貨3枚だ。ちょっと高いけどな」


 普段飲むようなのは同じ値段なら2倍から3倍くらいの量がある。

 確かに高めではあるけど、いや、この味なら絶対にこっちを選ぶ。


「アストリアじゃ結構飲めるとこあるんだぜ?あっちはヘッケレンって国と仲が良いからな」


 聞いたことのない国、少なくともユタからの手紙には載ってなかったし、今まで読んだ録石にもなかった気がする。

 なるほど、確かにこの値段のお酒でこの味なら、本場なら料理も美味しいのかもしれない。

 ただ、いくつか疑問が湧いた。


「呪人大陸の事、この前調べたばっかじゃなかったっけ?」

「調べたってのは本当さ。元から知ってる事も多いけどな」


 聞いてみれば、カクとレニーは元から呪人大陸行きを目指していたらしい。

 だがアストリアはダニヴェスに比べれば平和。冒険者としての仕事は少なく、稼ぎづらく、階級も上げづらい。

 だから隣国であるダニヴェス、それもアストリアに1番近いダールを拠点に活動していたとのこと。

 金が貯まったらパーティを解散して2人で行くつもりだったらしい。

 ダンジョンへ行こう、なんてのも実際のところあわよくばの一攫千金狙いだったそうだ。


「ひどくない?」


 と声に出てしまうのも仕方がない。踊らされていたような気分になる。

 レニーの方も見てみたが、あからさまに視線を外された。


「我ながら同意だな!でも喋ったからノーカンにしてくれ!

 お前ら2人置いてくってのがどうもイメージできなくなってよ、レニーと相談してたんだ。

 だから改めて、俺らとパーティ組んでくれねーか?アンジェリア、セルティナ」

「おまたせしましたー」


 なんか凄い告白をされているのだが、ウェイターが料理を運んできてしまったせいでいまいち締まらない。

 カクとはそういう奴なんだろう。


「アタシは構わねーよ?」


 ガブガブとお酒を飲んだティナは、早くも酔っ払いの貫禄を見せ始めている。二つ返事で……というのは酒の有無にあんまり関係はなさそうだけど。

 まだ嘘が隠れてるのかもしれないけど、少なくともこうして話してくれてる辺りは多少距離も縮まったんだろう。

 こっちの大陸だって訪れてない場所はまだまだたくさんあるけど、私自身興味があるのは本当だ。

 断る理由は特に無い。


「いいよ。一緒に行こう」


 私達は改めてパーティを組み、楽しい宴を過ごした。



◆◇◆


 ――と綺麗にはたためない。

 だって、今ここに居るのは、紫陽花だけじゃない。雷光も居るのだ。

 彼女らは会話に参加出来ず置いてけぼりにされていた。


「おい、そろそろ話してもいいか?」

「悪い悪い。んじゃ飯も来たことだし楽しもうぜ!」


 ケルトヘアはまだだが、ガルドリアドスクットゥ、ええと、タケノコに黒胡椒をぶちまけてクタクタに焼いたみたいな料理は届いた。

 少し味が濃いのでそこまで好きではないが、あんまりお酒だけを飲み続けるのも胃に悪そうなので口にしよう。

 濃い味なのもおつまみとして考えれば悪くないのかもしれないし。


「どうだ。雷光も途中まで同行させてくれないか」

「途中まで?」


 突然シパリアがぶっこんできた。


「ああ、サークィンまでで良い。いや……。

 私は海証持ちだ。お前らが良ければ、クエスト扱いでの渡航も出来る」


 おお。

 海証とは、雑に言ってしまえば海用の拓証みたいなもの。陸渡りでの護衛クエストなんかはこれを所有していないと受けられないって聞いた。


「1人だけ持ってればいいヤツなの?」

「リーダーさえ持ってればいい。一旦うちのパーティに入ることになるな」


 つまり、一度解散して雷光に所属し、呪人大陸に移ってからの再編成という形か。

 私は構わない。何か問題があるようには見えないし、シパリアやフアとの仲も悪くない。


 他のメンバーを見てみよう。

 カクは考え込んでいる。彼なりに色々考えることがあるんだろう。結局紫陽花のリーダーはカクなのだから、最終的に決めるのはカクだ。表情を見る限り、悪いようには捉えてない気がするけど、ポーカーフェイスだったりするかもしれないからなんとも言えない。

 レニーは……元からだが、何を考えているか分かりづらい。あまり表に出すタイプじゃないけど、嘘が苦手なのは知っている。案外何も考えてなかったりして。

 ティナはフアの耳を引っ張っている。こいつほんま。フアが「アンさん助けて!」って顔してる。しーらない。


「無理にとは言わない。元はダーロから出るつもりだったからな」

「じゃあ、なぜ?」

「これも何かの縁だ。だろ、カクカ」


 ああ、カクの口癖の1つだ。カクに限らないが冒険者はどうにもこの言葉を好む気がする。ネルサンディンも似たようなことを言っていた。


「それに私1人じゃフアを守りきれるとは限らん」

「俺は賛成だ」


 レニーが声を上げる。この2人の関係をあまり深くは知らないが、なんとなく似た者同士な気がするし、シンパシーでも感じ取ったんだろうか。

 ティナはともかく、私も賛成だ。多数決を取るなら確実に過半数を取れるが、多数決だけで決められることばかりじゃない。


「いや、俺は良いんだけどよ。せっかくアンが付けた名前だぜ?もったいねーってな」

「渡ってからまた作れば良くない?」

「まあ、そうだが……」


 やっぱり悪い気はしていないようだ。

 パーティはリーダーを基準に組まれる。つまりリーダーがパーティを抜けると解散することになってしまう。だから"もったいねー"なのかも。

 一応、向こうで組み直せばいいと提案するがまだ考えている。何か引っかかる事でもあるんだろうか。


「そうだな、それでいいか。組もう」


 やや納得のいってない顔をしているが、飲み込んだようだ。

 でもこういう小さな不満でも、後で喧嘩の原因になったりするもんだ。吐けるなら、今のうちに吐いてしまったほうが良い。


「どうしたの?言ってくれないなら、私は反対する」

「……そうか。いや、小さいことなんだ。クエストの報告に行ったらよ、昇級を受けられるって言われてな。

 さっきの話もあるが、この話もしたかったんだ。対象者は俺達全員、つまり紫陽花のメンバーだ。なのにすぐに解散しちまうのはもったいねーだろ?

 だからこれだけ受けてとも思ったんだが、そうじゃない。シパリア達も一緒に受けられねーかなと思ってよ、ちょっと考えてたんだ。

 話自体には賛成だぜ」


 ああ、なるほど。カクは別に反対とかいうわけではなく、昇級の話だけを考えてたのか。

 確かにそれを逃してしまうのはもったいないし、どうせならこの2人も一緒に出来たら良いとは思うが……うーん。難しいんじゃないだろうか。

 あくまで対象は紫陽花で、雷光の2人は含まれてないように聞こえるんだもん。


「それは明日聞きに行こ?今日は同意ってことにしてさ」

「ま、そーだな。そういうことになる」


 かくして私達は同じパーティに属することになった。



◆◇◆◇◆◇◆



「シパリアさんは昇級を停止している状態ですし、受ける必要もないですよ?受ける事は自体は可能ですが、いくつか制限があります。

 フルアリンさんは……少々お待ち下さい。

 どちらにせよ、規約により1ヶ月は再編成が出来なくなりますのでご注意を」


 翌朝、私達紫陽花と雷光はギルドで説明を受けていた。どうやらフアはフルアリンと言うらしい。知らんかった。

 とそうじゃない。解散だの再編成だの昇級だのが実際に可能なのかを確認しに来たのだ。

 雷光を一度解散し紫陽花に編入した上であれば可能であるとのことだが、フアの実績にやや難があるらしく、そのことで現在確認待ちだ。

 昇級条件とやらがどんなものなのかは公表されてないので分からないが、雷光は簡単めのクエストをメインにしているようなのでそのせいだろう。

 また、パーティ単位での昇級試験を受けた場合は1ヶ月間脱退ができなくなるらしい。多分昇級権利を売る、みたいな対策だろう。

 実際"権利売り"は規約で明確に禁止されている。一度目は半年間の冒険者活動禁止、二度目は永続的な除名だ。別の管轄のところでなら登録出来るとも聞くけど、実際どうなのかは知らない。


 それにしても暇だ。

 今日は場合によってはクエストを休むことにした。例えば昇給試験がすぐに受けられるなら、クエストよりもそっちを優先しようとのことだ。

 実際、話だったり確認だったりが長いせいで棚の更新を過ぎてしまった。先程までは受諾処理のために受付に冒険者が殺到していたが、今はもうほとんど居ない。

 たまに寝坊した冒険者が来て、棚を見て、ため息を吐いて帰る……なんてのを眺めるくらいしかやることがない。


「確認取れました。大丈夫みたいです」

「良かった。じゃ、手続きしてくれ」

「シパリアさん、フルアリンさん、カクカさんの拓証を提示してください」


 やっと確認が終わった!と思ったらこれだ。また暇だ。レニーとティナ、それから私はやることがない。かといって席を外すのもいいとは思えない。

 ……ん、そういえば、何か忘れてる気がする。一体なんだろう。んん?……考えても浮かばない、トイレとかでぼーっとしてるとふと出てくる奴だ。


「昇級試験を開始しますか?詳細は開始後に伝えることになりますが、おおよそ3日程度掛かります」


 おや、すぐに始められるのか。ラッキー!


「ああ、頼む」

「では内容説明です。これより北の森に現れる風刃熊を討伐してください。

 それぞれの活躍具合により、昇級の可否が決定されます。

 試験官が付きますが、彼らの介入は即座の失敗を意味するので注意してください」


 はあ、風刃熊ですか。この前調査クエスト受けたばっかなんだけど。


「待て、フアには危険だ」

「……安心しろ、俺が守る」


 シパリアの表情はやや暗い。不安に思うところもあるんだろう。だがレニーの守りは一流だ。

 第一、魔王に出会ったときだってフア付きだったじゃないか。きっと大丈夫だ。

シフテ

┌─┐

└─┘

アカレ


席順イメージ

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