三十六話 氷よ、穿て
2020/12/06 誤字修正(ドイ系→エレス系、他)
いつもどおりのある日の朝、君は突然立ち上がり言った。
「じゃ、休むわ」
突然っていうけど、実は何度か経験済み。カクとレニーは月に1回ほどこうして一緒に休むのだ。
何をしてるかは知らないけど、予め伝えてくれてるし、まあ年頃の男の子だ。あまり触れないようにしておこう。
「今日はどうしよっか」
「クエスト行こうぜ」
ティナは平常運転。私じゃ手綱を握りきれないのがやや不安ではあるけど、なんだかんだティナも優秀だ。
カクほどの頭のキレも無いし、レニーほどの堅牢な盾もないけど、2人よりも素早く動き、刈り取れる。
それに、私はあまり得意なタイプではないけど、カクやティナみたいなタイプは冒険者受けが良いらしい。要するにすぐに打ち解けるのだ。私にはなかなか出来ないことだ。
◆◇◆◇◆◇◆
とはいえ2人で受けるとなるとあまり稼ぎの良くないせいぜい7級のものくらいが現実的になる。6級以上のものは大体日を跨ぐのだ。まあ跨いじゃいけないってわけでもないけど、女2人で明かすとなると不用心な気がしてしまう。
しかも普段はレニーがメインの荷物持ちだ。最初はティナが持ってることも多かったんだけど、戦闘になるたびにどっかに投げたりするのでいつの間にかレニーになってた。適材適所って奴だ。私が計算を任されてるのもそれかもしれない。
それはともかく、つまり夜を明かすような荷物を持っていないのだ。塩くらいは私も持ってるし、マントも着けてるから、ある程度の野宿は出来ないこともないけどさ。
まあ置いておこう。今日は2人でクエストなのだ。録石が出るまで少し時間があるから、それまではいつも通り端っこで待機。
朝の寒さのせいか、尿意がある。ティナを置いて、今のうちにお手洗いを済ましておこう。
朝の冒険者ギルドはうるさい。こういうのを活気に溢れてるっていうのかもしれないけど、各々の装備のせいで物々しい雰囲気になっている。
やっぱりというべきか、小さな喧嘩が起きる事もある。やれここは俺らの席だの、やれ鎧が当たっただの、やれ足を踏まれただの……もう慣れたけど、最初は少し怖かった。
そういうとき、ティナは動じない。ぼけーっと見てることもあるが、驚いたりとかはあんまりない。私と違って肝っ玉がでかいのかもしれない。よくよく見れば少しだけゾエロが濃くなってることもあるけれど、そのくらい。
カクはなんだかんだダーロでも顔の広い冒険者になりつつあるらしく、知り合い同士が喧嘩をしてる時は止めに入る事もある。たまに殴られてはいるが、怪我はすぐに治る。
レニーは何もしない。動じない。ティナと違って魔力が濃くなることもない。強いていえば、私の近くに居てくれる。イケメンだ。
なんて考えつつ戻ってみれば、今日もまた端っこで小さな喧嘩が起きている。なんだかんだ怪我さえしなければギルド側は黙認しているらしい。おかしいな、ギルド員同士の喧嘩はご法度って言われた気がするんだけど。
まだ並ぶまでに時間がある。今日はどんな人が争ってるんだろう。
「――たのはアンタでしょ?私じゃないわ」
「いーや、アタシじゃないね!」
片方は紺色の布に複雑な黒い刺繍が施されたローブをまとった女性。手には魔石のハマった高価そうな銀色の金属杖。魔力量はもう1人とは比べ物にならない。きっと上位の冒険者だろう。
もう片方は茶髪の女性。前衛のくせに筋肉がほとんどなく、ゾエロで身体を動かしてそうな人。どっかで見たことある気がする。
どっか?いいや、ほとんど毎日顔を合わせてる。あの人ティナって言うんだ。紫陽花ってパーティの魔剣士。……何してんの?
「ティナ、ストップ。ストップ!」
「アン!聞いてくれよ!こいつがアタシにぶつかってきて謝りもせずに――」
「まあまあまあ」
えーと、こういうの苦手なんだけど、同じパーティだからね、仕方ないね。
聞いてみれば話は単純。いつもどおり机に腰掛けてボーッとしてたティナに相手がぶつかってきたらしい。
相手がそのまま無視したので文句を言ったところ、この状態らしい。
なるほど。ぶつかった相手も悪いし、そんな細かい事でいちいち喧嘩をしてるティナも悪く見える。まあ、どっちかといえば相手だな。
「悪い悪い、うちの新入りでさ。ほら、謝っとけ」
「……失礼しました」
なんて考えていたら、相手側からの謝罪が来てしまった。
いや、この人見たことあるぞ。確か、えーと……結構前に会ったから名前が出てこない。なんだっけ。一塊のリーダーだ。
「お、紫陽花の!久々だな、元気だったか?」
「ええ、相変わらずですよ。一塊の……他の方は?」
以前見た顔がない。確か男性の戦士が1人、女性の魔術師と弓術士が1人居たはずだけど。
「引退したよ。カルフィとサルダは死んじまった」
「……残念です」
「冒険者なんだ、よくある話さ。そっちの2人はどうした?カクカは少し前に見たけどさ」
「元気ですよ。今日は2人は用事があるらしいので、私達だけです」
なんだかんだ、冒険者の命は軽いのかもしれない。とはいえ一塊のリーダーの表情は少し暗い。まだあんまり時間が経ってないのかもしれない。
「ここで会ったのもなんかの縁だ、一緒に仕事しないか?6級を受けるつもりだ」
2回会ったら友達なんて言うけれど、2回目は友達に含まれるのだろうか。
なんてどうでもいいことはともかく、私としては別に拒否する理由もない。
このリーダー……ああ、思い出した。ネルサンディンだ。ネルサンディンに対して特に苦手な感情も無いし、正統派な前衛って感じで扱いもやすそうだ。それに、数少ない話したことのある冒険者だ。
だがティナはどうだろう、と目を向けてみれば明らかな不機嫌。
「ええと、私は良いんですけど……ティナ?」
「……いいよ。アタシも悪かったわ」
あら意外。
「スターナ、良い?」
「構いませんけど」
スターナと呼ばれた女性。表情は読みづらいが、不機嫌な気がしないでもない。うーん、どうなんだろう。
私は結構割り切れちゃうタイプだけど、こういうの引きずるタイプは意外に多い、というか多数派だ。
ティナは大丈夫そうに見えるけど、スターナに関しては分からない。
「簡単に自己紹介し直そうか。ネルサンディン、5級の剣士だ」
ややウェーブの掛かった黒髪の、ミディアムヘアの男性。背はティナより少し高いくらい。
各所に小さな板金が縫い付けられた革の鎧を着ている。レニーのとはぜんぜん違うけど、これも多分スプリントメイルって奴だ。レザースプリントメイルとかそんな感じなんだろうか。
武器はショートソードと小さめのラウンドシールド。正統派冒険者って感じだ。
「スターナ。魔術師。7級」
こちらも黒髪だが、ネルサンディンとは違いストレート。同じくミディアムヘアではあるが、こっちは女性的な長さとしてのミディアムヘア。つまり私と同じくらい、肩くらいまである方。
フード付きの長いローブを着ているし、杖も持ってる。うん、なんかこう、ザ・魔術師って感じの人だ。なんだかんだこのタイプは滅多に見かけない。大抵は私みたいにちょっとした鎧を着てる人が多いのだ。
よく見てみれば、ネックレスと左腕に付けたブレスレットには魔石がはめ込まれている。こんな上等な装備の割には階級が低い。装備だけ見たら、4級以上はありそうなのに……親のお下がりとかそういう系なのかな。ていうかなんかめっちゃ美人さんなんですけど。
杖もそうだ。金属杖に大きめの赤い魔石がハマっている。多分レチ系の魔石だ。魔石入りの金属杖とか、いくらするんだか……そもそも色魔石は普通の魔石とは性質が違うし、滅多に取れないから、それのせいで高かったりする。
私でも小さいものなら年単位でめちゃくちゃ頑張れば買えないこともないと思う。だけど……あんまり性能がよろしくないのだ。ちょっとだけケノールのものを使わせてもらったけど、正直あるなしの違いがよく分からないレベルだった。
「セルティナ、ティナと呼んでくれ。6級の前衛だ。サルダ達は、残念だったな」
「アンジェリア、6級魔術師です」
サルダは多分、ティナと仲良くしてた男性の戦士だ。カルフィがどっちかは分からない。そっか、死んだのか。
正直あまり実感がない。そもそも1回しか会ったことがないし、ぶっちゃけ顔すら朧気だ。
ともかく、今日はこの4人で動くことになった。
編成は前衛2、後衛2。やや後ろめだが悪くないバランスに見える。
「さて、いいクエストがありますように」
棚の更新時、ネルサンディンの呟きが妙に耳に残った気がした。
◆◇◆◇◆◇◆
受諾したクエストは風刃熊と呼ばれる魔物の調査。
本来ダールの東の大森林に生息しているこの熊が、ダーロの北の森で何度か確認されているらしい。風熊の親戚だな。
ダーロの北の森は大森林と繋がってないこともない。単に道に迷ったとかかもしれないし、逆に大森林で何かが起きているなんて可能性もあるが、少なくとも今は分からない。
ただし1つ問題がある。風刃熊の討伐階級は5級からなのだ。
もちろん5級の魔物だからといって6級や7級では手も足も出ないというわけではないし、4級や3級なら簡単にこなせるというわけでもない。そもそも数や場などの状況次第でもあるが、とはいえある程度の危険性の指標にはなる。
調査クエストは狩猟クエストよりも階級が低く設定されていることがある。個人的にはむしろ高くてもいいのではないかとも思うが、報酬なんかの問題があるのだろう。
そういえば、と思い返す。ゴブリンの討伐階級は6だが、あの緊急クエストの少し前、何度か見かけた調査クエストは7級のものが多かった気がする。
途中から6級向けのが並んでた辺り、今回はあくまで実際に居るのかどうかの調査。その後に5級向けに生息数なんかの詳細調査クエストが出るのかもしれない。
ならそこまで不安になることもないのかもしれない。足跡だったり、糞だったり、そういったものを見つけて帰れば良いのだ。多分。
私はカクじゃない。だから何が風刃熊のものなのかは判別が付かないが、ネルサンディンは自信気だった。多分、そういう技能があるんだろう。
であれば私の役割はその護衛。いや、5級の剣士なら私よりも強い可能性の方が高いが……あくまで役割的な意味だ。魔王とその側近みたいなもんだ。
向かう道すがら、なんだかんだ暇なので話に花を咲かせている。
「な、良いだろ!」
「ああ!この白から青に移りゆく……エロい!」
「ネールは話が分かるな!特にここだ!根本に行くに連れて――」
ティナとネルサンディンは、という注釈付きで。私には金属の光沢のエロさとかよく分からん。何言ってんだこいつら。ドリルとか見せたらテンションが天元突破してしまいそうだ。……私も構造なんかは結構好きではあるけども。
まあ仲良くなるのは悪いことじゃない。少なくともギクシャクしているよりかは絶対にいい。
「……」
「……」
私とスターナのように。
いや、別にギクシャクしてるわけじゃない。ただ話題がないだけだ。魔術師同士なんてこんなもんだ。これが使える、あれが使える。簡単な説明をし合って終わり、後の会話は各々だ。
あの2人はサルダという男戦士の話題からいつの間にか武具の話になっている。話題が合っただけだ。
私達は説明をし合って終わっただけ、話題がなかっただけだ。
◆◇◆◇◆◇◆
ダーロの北の森。名称が欲しいところだが、この世界は川以外の地形に名前を付けることをあまりしない。
知っているところだと、大山脈イーリルくらいだ。北東の大雪原クラト・フロウドと北西の大森林イズヘン・イルドは固有名詞に近いけど、直訳するとそれぞれ「広い大地」と「凍っている木々」になるから、ただの組み合わせだ。アンジェリアに「チビの魔術師」なんて意味はない。
他の地名はダーロの北の森、ダールの南の森、ダーマの西の森林、アズヴェストの湿地……そんな呼び方ばかり。
その地に住んでる人にとっては名前なんてどうでもいいのかもしれない。北にあるのか、南にあるのか。森なのか、平原なのか。広いのか、狭いのか。それだけ知ってれば十分なのかもしれない。
私としては不便に感じる。だって1つの森を「ダーマの西の森」「ダールの南の森」と呼び分けるなんて面倒臭いし分かりづらい。日本の北西の海よりも日本海の方が良いし、日本の北の海よりもオホーツク海の方が良い。
せめてイルレ・リニアルみたいな呼び方でもあればいいのにと考えてしまうけど、これは前世でそういう環境に居たからだろうか。
ま、私が勝手に名付けたところでそれが通じるわけでもないし、通じない名前に意味は無い。だから我慢だ。今から行くのはダーロの北の森、そう呼べば伝わるからそれでいいのだ。
ダーロの北の森。
名称はともかく、ここには何度か足を運んでいる。ダーマ滞在時は1回だけだが、ダーロに移ってからは結構な回数で通っている。
近場に強めの魔物が出る場所がここくらいしかないから結果的に増えるのだ。強めといっても奥地に4級が出るらしいとの噂がある程度だが、だからこそ5級の新種が現れたとなればこういうクエストが出るんだろう。
この森は良い。
どっかの大森林と違い、魔力が濃すぎることもないし、蒸し暑すぎる事もない。
私の魔力視は普通の視界にサーモグラフィーの画像を重ねて表示している感覚が1番近い。魔力が濃すぎると全面紫色に染まってしまい、ほとんど何も見えなくなるのだ。
普通の視界を優先するか、あるいは魔力視を優先するか。これはある程度すぐに切り替えられるが、感度の上げ下げは難しい。だから濃すぎるところでは完全にシャットアウトするしかない。
この森の魔力も多少は濃いけれど、全く使い物にならないようになるわけではない。魔力視が使えない状態で歩くのは、目隠しで歩くようなもんだ。見えてはいるが、見えない不安が同時にある。普通の人には分かりづらいが、私にとっては結構怖い。
だから、この森は良い。相対的にだけれども。
「っとストップ」
陣形はティナと私がほぼ同列、後ろにネルサンディンとスターナという形で歩いていた。
ふとネルサンディンが声を上げた。ティナはネールと呼んでる辺り、私も呼び替えたほうが良いのだろうか。まあいっか。
「何かありました?」
「その木だ」
ネルサンディンが指し示す木。
白っぽい皮にところどころ苔が着いているせいでブナのように見えるが、多分違う種類だろう。前世と似た生物は多いが、同じ種類の生物は見たことがない。
魔力的にも異常はない。特に代わり映えもない普通の木にしか見えない。
「もう少し上の方」
見直してみる。
低い所では真っ直ぐ伸びる一本の幹だが、15mくらいの高さで一気に枝分かれを起こしている。葉は逆光のせいで分かりづらいが、日を通すほど薄くはない。色は分からない。
魔力は安定しているように見えるが、よくよく見れば苔に少し吸われているような気もする。
「もう少し下……いや。
枝分かれから四半のところに新しめの切り傷がついてるだろ。この木は枝が登りづらいせいか、ああいうところに傷はつきにくいんだ。
もっと小さな頃に出来た古傷なんかが残ってることは多いけど、あれは今年のもんだ。
あの高さに切り傷を付けられる魔物は、この森にはほとんど居ない。
そして風刃熊は縄張りの木に傷をつける。こんだけ刃を飛ばせるんだぜってアピールする。
ついでに、低い所は苔が少ないだろ?こっちは縄張りのマーキングさ」
おお、詳しい!
確かに、高いところになんか切りつけられた後がある。新しいか古いかは私にはちょっと分からないが、確かに高いところに数本切り傷がある。
言われてみれば根本の苔も少ない。こっちの熊も背中が痒いんだろうか……いや、あれはにおいを付けるためのマーキングらしいけど。似たようなことをするってことか。
「切り傷は発情のサインだ。ってことは遅くても6月頃にはこっちに居たんだろうな。
ただ証拠品としては分かりづらいな……糞でも見つかればいいんだが」
この世界の前衛戦士は知識豊富っていう共通点でもあるんだろうか。いや、ティナを見る限り男性限定かもしれないが。
ダーロ周辺に風刃熊は今まで居なかったらしいから、どっか別の場所で見たことがあるとか、あるいは録石でも読んだか、そこらへんかね。
村出身の人はティナ含め特定の魔物に詳しかったりするけど、ネルサンディンの出身地もそういう場所だったりするんだろうか。
◆◇◆◇◆◇◆
「ウィニェル・ダン」
果実を持ってるわけでもないのに、なぜか襲ってきた火蛇へのとどめ。
氷弾はだいぶ慣れた。慣れたおかげで魔力消費も軽くなり、なおさら使うようになり、更に消費が軽くなり……という正のループである。
別に氷弾に限らず他の魔術も慣れてはいるのだが、なんとなくこれが1番使いやすい。それにエレス系よりも形状の変化も細かく指定できる。
「……氷結の魔女」
ぽつり、スターナが呟いた。
私のことだろうか。私のことだろうな。
なんだその厨二チックな呼び方は。勘弁してくれ。
「かっこいいなそれ!アタシは?アタシは?」
と思うのは前世持ちだからだろうか。ティナはノリノリだ。
「古い文献に出てくるのよ。
"氷結の魔女、世界を凍らせ、時を止める"
聞いたことない?」
言われてみれば、似たようなものを読んだことがある。
おとぎ話の悪役に氷の魔女。理由は不明だが、こっちの世界ではなぜか鉄板なのだ。
その中でも1つ、陳腐ではあるが毛色の違う話があった。
――ある女の子が王子様を待っていました。
その子だけの王子様。幼馴染の男の子です。
男の子は小さい頃、こう言いました。
いつか僕が強くなったら、必ず迎えに来るよ。
男の子は大きくなり、騎士となりました。
男の子は貴族でした。しかし、平民とも仲良くする不思議な貴族でした。
男の子の元にはたくさんの女性が来ました。
でも男の子は幼馴染との約束を忘れずに、必ず断りました。
―僕を待ってる人が居る。
ある日、男の子は戦争に行きました。
長く厳しい戦争です。
男の子は敵を倒し、戦争を終わらせました。
感動した王様は言いました。
―予の娘と結婚し、次の王となるが良い。
しかし男の子には幼馴染が居たので、これも断りました。
王様は激怒し、男の子の首を撥ねろと命令します。
しかし男の子は強く、負けません。
兵士を全員倒し、王様にもう一度言いました。
―僕を待っている人が居る。
男の子は向かいます。
幼馴染の女の子の元へ。
女の子の家には何もありませんでした。
怒った王様が捕らえてしまったのです。
男の子は怒り、王様の元へと駆けました。
女の子を捕らえた王様が言います。
―今からでも遅くない。考え直せ。
男の子は女の子がずっと好きでした。
だからまた断りました。
王様は言います。
―ならば、予に打ち勝ってみせよ。
王様もまた、強い人でした。
以前の戦争を終わらせたのも王様です。
しかし男の子も強い人です。
戦いは2日間続きました。
男の子が剣を振り上げ、弱った王様を殺そうとします。
しかし男の子は見てしまいました。
女の子の首筋に剣を立てる兵士を。
男の子は悩んでしまいました。
その隙を王様は見逃しません。
男の子は遂に死んでしまいました。
悲しいのは女の子です。
ずっと待っていた王子様が、王様に殺されてしまったのです。
男の子を抱え、わんわんと泣いてしまいました。
涙を流し、ずっと泣きました。
雨も降り始めます。まるで男の子の死を悲しむように。
やがて雨は雪に変わります。それでも女の子は泣き止みません。
いつしか涙は凍りはじめ、お城も、町も凍ってしまいました。
今も女の子は泣いています。
その町では全てが凍り、女の子以外は動きません。
まるで時が止まったように――
ああ、覚えてる。描写なんかはともかく、内容自体は結構細かい所まで覚えてる。誰も幸せにならない、おとぎ話にしてはちょっと悲しい話。
でも所詮はおとぎ話だ。そもそも王様と殺し合いってのがよく分からんし、全てが凍る前に女の子を殺してしまえばいいじゃないか。
昔話でもなんでもない非現実的な創作物。
「おとぎ話でしょ?」
「どうでしょうね。案外、未来の事だったり」
「まさか」
まさか。
そもそも幼馴染と言える男の子なんて居ないし、いや、まあユタとかケシスとかネールとか……ネール?そういえば、セメニアの弟もネールだ。ネルサンディンって名前だった気もしないではないけど、ネールとしか覚えてない。
ともかく、ユタは兄であって幼馴染ではない。ネールに至ってはあの子が入学して以降あまり接点がない。となるとケシスくらいしか居ないわけだけど、記憶喪失の元冒険者の彼が貴族様でしたって?ないない。
所詮おとぎ話よ。だいたい、セックスにこそ興味はあるが、結婚願望なんてのは今の所ない。好きな人も特に居ない。そのうち変わるかもしれないけど。
「ねえ、アタシは?」
「知らないわ。単に思いついただけよ。そんなことより、あなたの術式よ」
「そんなこと」
記憶を辿ったせいで少し忘れそうになっていたが、この場にはティナもネルサンディンも居る。
ティナは喧嘩どこ吹く風といった感じで話しかけたが、あしらわれてしまった。可哀想に。これでいて結構ナイーブだったりするんだぞ!
「普通はこう。ウィニェル・ダン」
スターナの左手の指先から氷の礫が飛び出す。私のものよりはやや魔力が少ないが、魔力に斑がない。綺麗だ。
綺麗ではあるがお手本通り。普通の氷弾。私も最初の頃に使ったが、すぐに真名を変えた奴だ。
「でも、あなたのはこう。ウィニェル・ダン」
もう一度、今度はスターナの指先から氷弾が飛び出す。先程よりも早く、形状はやや細長い。魔力も先程より多く含まれているが、しかし私のものとは少し違う。
驚いた。スターナも書き換えが出来るらしい。感覚的なものらしく、録石を読むだけじゃよく分からなかった奴だ。
撃てと穿て。一体何が違うんだとは上手く説明しづらいが、分かりやすいところだと密度が異なる。つまり穿ての方がちょっと小さく、代わりに重い。もちろん他にも色々あるが、大きいのはここだ。
「そして、こう。ウィニェル・ダン」
更にもう一度。今度は回転し、まるで放たれた弾丸のように飛び出す。一定距離までは速度が落ちず、曲がりづらく、狙った対象を撃ち抜きやすい質量弾。……私の魔術だ。
「真名の書き換えだけじゃなく、かなり柔軟に操ってる。あなた、誰に学んだの?」
「……兄と両親、それから両親の友人ですけど」
「そう。名字はあるの?アンジェリアさん」
別に隠すつもりはないが、とはいえ少し気が引ける。
「言わなかったら、どうします?」
「どうもしないわ。ただ、気になっただけ」
「レーシアですよ。アンジェリア・レーシア」
「そう、レーシア。レーシア……」
伝えると俯き、しばらく考え込んでしまった。
ねえ、どうしよう、とネルサンディンに目を向けてみるも肩をすくめるばかりだ。
「もしかして、サニリアさんの?」
「母を知ってるんですか?」
「なるほど、それで……」
また考え出す。
おーい。話し相手はここだぞー。返事しろー。ていうかここ森だぞー。危ないぞー。おーい。
……普段の私って、もしかしたらこんな感じなの?
「合点がいったわ」
1人で納得されても困る。一体なんだというんだ。
「詳しく知りたいなら、後でうちに来て頂戴。
ハイペストの研究所といえばすぐ見つかるわ。
今は証拠探しが先でしょう?
1つだけ教えてあげる。氷弾は普通、こう撃つのよ。リズ・ダン」
なーんか納得いかないが、確かに今の優先度としてはクエストの方が上になる。
仕方ない。頑張って見つけてさっさと帰ろう。そんで後からリズだったりを聞いてやろう。




